赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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東京編
赤木しげるの始動


 飛散しろっ赤木しげる…!

 

 初めに断っておくと、赤木しげるがこの世を去ったのは事故でも他殺でも無い。ならば病気かと言われれば、間接的な原因はそれであろう。

 赤木は患った。アルツハイマーと言う大病を。それにより己が人生の柱となっていた麻雀どころか、今日の年月日すら分からなくなっていた。

 凡人には到底理解出来ない領域で、赤木は自分が自分で無くなる前に手打ちすると決心し、自らの人生に幕を閉じたのだ。

 

 心地良いものだった。感じた事の無い風が体を通り抜けて行き、周りには生涯で初めての友と言える仲間に囲まれ、無念ではあるものの未練無くこの世を去る事が出来た。

しかし、風と共に散り散りになる様に吹き飛ばされていた意識が段々形になり、それはやがて明確な形を形成し始めた事に赤木は気付いた。

 その時には既に思考出来るレベルになっており、まさか原田か天辺りが自分を蘇生したのだろうかと当たりを付け始めた。

 しかし、次の瞬間にはその思考も吹っ飛び、赤木の瞼には、顔を歪めてしまう程の強い日差しが差し込んでいた。

 背中には硬い感触があり、周りの音を察するに自分は外に居るのだろうと考察する。少し呻き声を上げながら体を起こした赤木は、目をゆっくりと開き、眩しさで霞む視界に少し不快感を覚えながらゆっくりと頭を起動していた。

 

「クク……なんだこりゃ、これが死後の世界か?」

 

 ブランコに砂場、視界に映ったのは何てことは無い、何処にでもあるただの公園だった。自分の今の境遇からして生き返ったとも思い難い。つまり自分は死んだのだ。

 そしてこれが死後の世界かと頭に疑問を浮かべた赤木は、あまりに現代社会と酷似している為思わず笑いを漏らした。

 しかし、その笑いが一瞬で吹き飛ぶ程の衝撃が赤木に走る。黒いズボンにベルト、そして白シャツ。それは赤木が中学生の時に着用していた学生服であり、怪訝な表情で手を見てみればまだ皺が無い。顔を触ってみるが、どう考えても五十代の肌では無く、赤木の服装相応の肌になっていた。

 

「……ふぅ。こりゃ分からない事だらけだな」

 

 寝転がっていたベンチから、運動靴を地面に降ろし立ち上がった赤木は、ようやく鮮明に見えてきた視界と頭を回転させながら周囲を見渡す。

 人気は無いが、マンションや一軒家が視界に入る。そして先程から裏手の道を聞き覚えのあるエンジン音と共に車が行き交っていた。

 何か現状が分かりそうなものは無いかともう少し注意深く辺りを見渡すと、赤木にも覚えのあるコンビニのマークが目に入った。兎に角歩いてみようと足を踏み出し、砂利を踏み鳴らしながら公園を後にし、コンビニへと歩き始める。

 赤木はこの時点で、自らが自殺した時の事が嘘に思える様な、思考の回転に驚きを隠せなかった。

 

「クク……そりゃ中坊の時の俺なんだ、まだ呆けちゃあるめえか……」

 

 コンビニへ向かう道すがら、この姿には少し思い入れがあり、思い出したい事がすっと頭の中に浮かぶ事に有難味を覚えながら、過去を振り返っていた。

 自分が麻雀と出会う切っ掛けとも言える、南郷との出会い、そして強敵市川との死闘。アカギとしての始まりでもあるその時代は、波乱万丈な人生の中でも色褪せず赤木の中で生き続けていた。しかし、それさえも何一つ思い出せなくなった辺りから、赤木は自分の生涯に終止符を打とうと心に決めていたのだ。

 物思いに耽っている内にコンビニの前まで辿り着いており、容赦無く照りつける日差しから逃げる様に自動ドアを潜った。

 店員の挨拶を尻目に、赤木はその日の新聞が無いかと店内を散策し、レジの横に置かれている事に気付いた。新聞と手に取った赤木は真っ先に日付を確認し、それが2016年である事。つまり赤木の死から十七年経過している事実を知り、ますます謎が深まっていた。

 

 しかし、それが赤木の居た世界から十七年経過していたのかは定かでは無い為、赤木は頭を悩ませていた。その時、ドアに映る自分の姿が視界に入る。それは間違い無く中学生の頃の赤木しげるであり、今の自分が健常者である事の証明だった。先程から妙に思考が冴えている事がその考えを後押している。

少しの間新聞を握りながら思考を巡らせていたが、聡明な赤木でも考え様が無い事は存在する。そして一つの仮説を立てる。

 これは第一の人生を、無念に、そしてその無念に感謝しながら死んでいった赤木しげるに対する第二の人生なのだと。流石の赤木もアルツハイマーを患うまでは、思考する事に対して感謝した事は無い。失って気が付く事は人生において多々あるのだ。しかし、今は自由に思考出来る。つまり、麻雀が打てるのだ。

 一文無し、宿無し、普通の人間なら絶望する状況であるが、赤木はそれ程悲嘆していなかった。とりあえず雀荘でも探すかと、赤木は何時ものニヒルな笑みを浮かべ、ポケットへ手を突っ込む。

 

「一雨降るな……」

 

 今居る場所は青空が広がっているが、山を越えようと遠くから押し寄せている雨雲に気付き、赤木はさっさと雀荘を見つけてしまおうとコンビニを駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し暗い赤髪を揺らしながら、降りそうな雨に鞄を漁るが、折り畳み傘を学校へと置いて来てしまった事に気付いた宮永照は、何のための折り畳み傘だと自分で自分に呆れていた。

自己嫌悪も程々に、家に辿り着くまでに一雨降るなと考えた照は、雨宿りも兼ねて普段は滅多に入らない雀荘へと足を運ぶ事に決めた。

 さて、街に点在する雀荘の中で何処に足を運ぼうかと考えていた照は、どうせ打つなら強い面子が良いと考え、高校に入るまでよくお世話になっていた雀荘へと向かう事に決めた。

 

「そんなに遠くないし……良いか」

 

 帰り道とは少し逸れるが、その日は妙な気分であり、雀荘へと向かってやろうと言う気になった。高校へ入ってから何故か雨が降ろうが雪が降ろうがフリーの雀荘へ赴く事は無くなっていたが、偶には気分転換にチームメイトと違う面子と打つのも有りかと考えをまとめ、雀荘へと早歩きで向かい始めた。

 

 雑居ビルの二階に店を構えるその雀荘の外観は、記憶と変化しておらず、此処のマスターは自分の事を覚えているのだろうかと漠然と考えつつ、階段に足を踏み入れる。その瞬間、背後では地面に大粒の雨が叩き付けられており、間一髪だったと胸を撫で下ろしながら店前の扉に手を掛ける。

ドアノブを捻り、扉を開けた瞬間蒸し暑さを吹き飛ばす冷気が照の体を包み、頭の中は涼しいと言う感情で埋め尽くされる。

 

「……こんにちは」

 

「っとと……いらっしゃい。……ん、もしかして照ちゃん!?」

 

 髭は綺麗に剃られ、清潔感のあるタキシードに身を纏った男性は、照の姿を見るやいなや手に持っていたコップを近場のテーブルに置き、照へと駆け寄ってくる。

 

「お久しぶりです」

 

「いやぁ、久しぶりだね。白糸台に行ってから全然顔を見せてくれなかったから」

 

「すみません。忙しくて」

 

「いやいや、いいよいいよ。元気そうで安心した。一人かい?」

 

「はい、直ぐ打てますか?」

 

「さっきあそこの角卓でラス半コールがあったから、ちょっと待っててくれない?」

 

「構いません」

 

 照は壁際に設置されているベンチに腰を下ろすと、窓に打ち付けている大粒の雨を見て溜息を吐いた。

マスターにアイスコーヒーを注文し、ものの五分で空いた卓に腰を降ろすと、表情を変えずに少し頭を下げる。

 

「よろしくお願いします」

 

 例え打つ場所が雀荘だろうが、部室だろうが、インターハイ決勝の卓だろうが、打つ麻雀は変わらない。何万回と繰り返した動作で配牌を並べると、第一打を切り出そうと浮き牌に手を伸ばす。

 その瞬間、背後の入口の扉が勢い良く開かれ、扉についてる鈴がけたたましい音を響かせる。

 

「沖田さぁん。どうも」

 

「あ……竜崎さん……どうも……」

 

 どう見ても堅気には見えない二人組が雀荘へと足を踏み入れ、その姿を見たマスターは一瞬驚いた表情を浮かべ、同時に何をしに来たんだと疑問を浮かべながら頭を下げる。

 

「いやな……ちょいと入り組んだ話になるんだわ。まあアンタが気にする話じゃあ無いんだが……結論を言うとみかじめ料、倍になるんだわ」

 

 恐らくこの雀荘に居る面々は学生からサラリーマンまで、ただ純粋に麻雀を愉しんでいる面子であろう。レートもノーレートであり、裏プロも居ない、遊びの場として成立していた。そんな中、誰もが聞きたくないであろう話を大声で言う辺り、やはりヤクザと言う人種は好きになれない。

 照はそんな事を漠然と考えながら、下家の辺張落としの一筒を討ち取っていた。

 

「ロン、3900です」

 

 このご時世にそんな昭和のVシネマの様なみかじめ料なんて存在しているのかと、久しく雀荘に顔を見せていなかった照は点棒を手に取りながら思う。

 マスターは店の雰囲気を悪くするのを嫌がり小声で話そうとするが、ヤクザの発言で大体内容が分かってしまう。店の奥では奥さんが不安そうな表情でマスターの動向を覗き込んでいる。

 無論、照は全く気にしなかったが、他の三人はマスターの方へと気が集中し、麻雀どころではなくなっていた。

 そんな面子と打っても仕方ないと照は配牌を伏せ、三人に目配せすると目を瞑り、騒動が収まるのを待つ事を決めた。

 

「そんな……倍だなんて……今月も一昨日に……」

 

「俺らも心苦しいんだけどな。親父には逆らえんのだわ」

 

「何とかなりませんかっ!?」

 

「うーん……ウチらも何とかしてあげたいし……じゃあこうしますか。折角の雀荘、一つ麻雀で決めますかい」

 

「麻雀で……?」

 

「そうだな……ウチらまだ他にも店回らなあかんからな、半荘一回。もしウチらが負けたらみかじめ料は今まで通り……いや、半額でええわ。ウチらが勝てば倍、これでどうや?」

 

 詐欺の常套手段。照はその浅はかすぎる要求に眩暈を覚えていた。先ず有り得ない要求を吹っかけ、その次に落としどころとして先程の要求とは掛け離れた条件を用意する。半荘の麻雀勝負となれば実力よりも運に左右される。それでも半荘一回の勝負を吹っかけて来た理由は、恐らく絶対に勝つ自信がある。つまりは。

 

「……イカサマ」

 

イカサマである。ヤクザは二人、恐らくコンビ打ちを要求してくるのであろう。

 

「ですが……」

 

 マスターは今遊戯中の面々に目をやると、雀荘内の客はマスターの意志を汲み取り、次々と席を立っていく。店を後にしていく客達が皆、また来るよと呟いて帰って行ったのがマスターの唯一の救いだろうか。

 マスターは申し訳なさそうに頭を下げているが、それを尻目にヤクザはあろうことか。

 

「そんなそんな、皆帰さんでも一卓貸してくれるだけでええんやけどな」

 

 どの口が言うのか、そんな状況で楽しくかつ気楽に打てる人物等その雀荘内で照以外居る筈が無い。

 気付けば照以外は全員店を後にしており、まだ飲みかけであったアイスコーヒーが勿体無いなと照は未だ椅子に座り続けていた。そんな照の様子を見たマスターは、照に駆け寄り申し訳無さそうに頭を下げる。

 

「ごめんな照ちゃん……。それと……」

 

 中々次の言葉を発しないマスターを見かねた照は、小さな溜息を吐くと首を縦に振る。

 

「構わないです。打ち足りていませんでしたし」

 

「……学生の君にこんなお願いするのは気が引けるんだけど……本当にすまないっ!」

 

 謝ってばかりのマスターの気苦労を考え、かつ照はまだ麻雀が打ち足りていなかった為、ヤクザとの麻雀を承諾した。先程言った通り、照にとっては店の存亡を賭けたと言っても過言ではないヤクザとの麻雀でさえ、部室で打つ麻雀とさほど大差は無かった。

 雨はまだ止まず、依然雀荘の窓を雨粒が叩いている。照は席を移動する事無く座り続けていると、ヤクザと話を付けたマスターが駆け寄ってくる。

 

「もし負けても、絶対照ちゃんには被害が出ない様にするから……」

 

 逆ではないのか。

 負けてもみかじめ料が上がるだけだろう、勿論この先非常に苦労する事になるが、今どうにかなる話ではない。問題は勝った時だ、素直にヤクザが負けを認めてみかじめ料を半分にするのであろうか、そのリスクを考えるとこの場は負けて収めるべきではないかとほんの刹那の間考えるが、自分はそんな器用な性格では無く、わざと負ける事が出来る訳無いと頭を切り替える。

 卓は照が座っていた卓をそのまま使用する事が決定し、場決めの話になるがヤクザの適当で良いと言う鶴の一声により、照の上家にマスター、下家に子分、そして対面に竜崎と腰掛けていった。

 

「じゃあ、始めましょか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局……降ってきやがったな……」

 

 既に全身が濡鼠の様に水浸しになった赤木は、急ぐ必要も無いなと街に点在している雀荘を横目に見ながら町を闊歩していた。雨が降る前に一軒目の雀荘を見つけていたのだが、何となく違うと言う理由で見逃し、それからどの雀荘も赤木の直感には引っかからず、既に五軒目を見逃した所であった。

赤木が居た時代よりも雀荘の数が遥かに多く、世間一般に麻雀が流行している事を感じていると、とある雑居ビルが視界に入った。二階の窓には麻雀倶楽部の文字があり、外観は雑居ビルに店を構える普通の雀荘だった。

 

「クク……」

 

 その雀荘を見上げた赤木は、小さく笑いを漏らすと濡れた足を階段に踏み出し、一歩一歩ゆっくりと階段を登って行った。

 

 

 

 

 


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