赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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葛藤する少女達 其の五

 その鳴きが間違っているかと言われれば、むしろ正着打とも言えるだろう。千点でも和了ればトップで終局、手は軽い断ヤオ、唯一の嵌張を埋める上家の打牌。

 しかし、問題は其処では無く、照が普段同じシチュエーションならその打牌をしたかと言われれば、そうでは無い。つまり自分を曲げた打牌。

 照の仕掛けに逸早く反応したのは菫であった。照との点差は33000点、子でこの点差は厳しい様にも思えるが、手には役満を期待させる三元牌の種が備わっていた。白は一枚のみ、しかし中は対子、加えて發は既に暗刻。心許無いのは面子が二三四の筒子しか無い事だろうか。

 二巡目、菫がツモって来た牌は發、カンを入れるべきか一瞬悩むが、照が鳴いた以上、恐らく手が早いのだろう。

 ならば一巡でも多く、ツモを拾っておきたい。

 

 

「カン」

 

 發を晒し、新ドラを捲る。あわよくば乗ってくれないかと捲った新ドラは八萬、掠りもしておらず落胆するが、そうやってツモって来た嶺上牌は六索、対処に困っていた三五索を嵌張から両面へと移行させた。

 

 この瞬間、照は赤木から大三元、国士の可能性が消えた事に先ず安堵する。そうやって役満の可能性が消える度に、照の勝率が上がって行くのだ。

 そんな照を後押しする様に五巡目、今度は淡から暗カンの発声が上がる。南をカンした淡が捲った新ドラは東、つまりそのカンだけで南、ドラ四が確定する。無論二人は諦めた訳では無い、少しでも照との点差を埋める為に尽力し続ける。

 照からすれば丸々乗ったのは痛いが、これで四喜和が消えた。字牌の数と赤木の河を見る限り、字一色は有り得ない。

 

 残る現実的な役満は四暗刻のみ。しかし、照からの直撃となると四暗刻を単騎で完成させる必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流石の赤木でもそんな芸当不可能だろう、そう考えていたのは六巡目のツモまでであった。

 恐らくその違和感を感じたのは照だけでは無い、淡、菫の両名とも察しているだろう。

 

 

(対子場――)

 

 

 順子がまるで重ならない。

 照の現在の手牌は、鳴いた二三四索に加え、四萬の暗刻、そして五六索、三四筒に六七七筒。この手が鳴いたその時以降一切動いていないのだ。まるで鳴いた事で縛られたかの様に、順子にならずツモって来る牌は全て対子になる。幾ら対子場とはいえ、今から暗刻を重ねに向かうのは遅すぎる。照はそう判断し七筒を頭にする事を決め、ひたすら四七索か二五筒を待ち続ける。

 

 同じくその対子場に苦しんでいた菫は、此処から鳴いていくべきかと葛藤の最中であった。

 しかし、既に中は場に二枚切れてしまっており、最高でも小三元までとなってしまっている。そうなれば打点が必要な菫は、裏ドラに期待しながら面前で手を作っていくしかない。

 

 

 

 次巡の七巡目、照のツモは六筒、再び対子が重なる一方であった。

 

 

(…………苦しい)

 

 

 赤木は確実にこの対子場、もしくは暗刻場に気付いている。そうなれば容赦無くこの男は四暗刻に向かうだろう。四暗刻単騎で張られてしまっては、待ちは現物以外分からなくなる。相手の心理を読み切り、その慢心や妥協を狩る男の四暗刻単騎待ちなど、この世で最も嫌な聴牌だと照には断言出来る。赤木を除く三名共、トップを狙える手が入っているにも関わらず、後一歩の所でそれが成就出来ない。進んで行くのは巡目だけであり、ただツモ切りが続く。

 

 

 

 それはまるで深夜の森、三人は灯りも無く足場も悪い獣道を、手探りで進んで行く様な感覚に陥り始めていた。其処は麻雀の闇、少しでも道を違えれば奈落へと誘われる。

 しかし、照にはその暗い森を少し照らす、確かなものを持っていた。

 赤木が聴牌するまでは、絶対に降りないと言う強い意志。南四局、漸くこの男の姿が見える様になって来た。無論手の内は全く読めはしないが、今なら聴牌の気配のみなら察する事が出来そうだ。ならば聴牌するまでは絶対に引かない。赤木が聴牌するまでに和了る事が出来ればそれに越したことは無いが、問題はその後。

 

 自分を一点で狙い撃ってくる単騎待ちを凌げるか。

 そう考えていたが、巡目は淡々と過ぎて行く。十二巡目辺りから流局の事を視野に入れ始めた。このまま何事も無く、流局で終わってくれるのではないか。

 

 

 

 

 

 

 しかし、赤木はそんな事を許す男では無いと言うのは、心の奥底では分かっていた。

 

 

 

 

 

「リーチ」

 

 

 同巡、十三巡目。

 赤木の手からリー棒が放たれる。

 

 

 

 

 一向聴に苦しむ淡だったが、此処で退いてしまっては完全に自分の勝ちは失せる。

 それだけは嫌だとツモって来た牌は、場に初牌である一萬、戦慄した淡だったが、その現状を冷静に理解し、そして気付く。

 赤木は自分や菫からは絶対に和了らない。ならばこの局を少しでも延命させる為に、赤木のロン牌を切ってやるのも手では無いかと考える。

 照からのロン和了りが条件の赤木は、菫や淡からロン牌が出てしまえば流石に白旗を上げる他無くなる。ならば自分はどれだけ突っ張っても問題無い、照は断ヤオで確定しているので照から声が上がる事は無い。

 

(いけっ!)

 

 

 そうやって場に切り出された一萬だったが、誰からの発声も無い。

 赤木のリアクションに注目するが、其処で無情のロン牌を出された所でこの男が顔色一つ変える訳も無いかと照のツモに注目する。

 

 

 照はツモ山に手を伸ばした瞬間、確かに見えた。その照魔鏡に映った死神の鎌を。その刃は無論自分の首元へと突きつけられている。

 

 

 何なのだ、と嘆きたくなる。

 点差は五万点、自分の手は鳴きに対応出来る軽い断ヤオ手。本来なら自分が赤木へとその鎌の矛先を向けている筈だった。しかし、現実的に今追い詰められているのは照であり、ツモって来た牌が赤木の現物では無かったら卒倒してしまいそうだ。

 照がツモって来た牌は一萬、不要牌が安牌であった事に安堵しながらその一萬を手牌に落とす。そして思考する、この長かった半荘に終止符を打つ思考を。

 

 

 

 

 

 もし照が其処で思考を捨て、適当に牌を切って行ったなら、恐らくは勝っていたかもしれない。

 手役が殆どバレてしまっているこの状況では、赤木の性質を考えるとむしろ目を瞑って牌を切り出した方が勝率は高い。

 

 

 

 

 

 

 そんな事が出来ればどれ程楽になるだろうか、しかしそんな手段は宮永照と言うプレイヤーが絶対に許さない。

 ならば思考する、何故赤木はリーチをかけたのかと。

 牌を曲げた時点で、赤木の狙いは成りそこないの四暗刻での裏ドラ期待、もしくは純粋な四暗刻単騎待ちに絞られる。前者と読むならば、暗刻は切り出して行っても問題は無い、しかし後者と読むのなら四枚見えている牌以外は全て危険牌となる。

 赤木がリーチをかけたのは、裏ドラ期待のシャボ待ちだと読ませ、暗刻を誘い出す為の罠では無いか。残りの巡目を考えると、暗刻を一回通してしまえば流局まで一気に近付く。

しかし、それを読まれているのであれば、本当に四暗刻単騎待ちなのかもしれない。

 

 分からない。

 

 

 もがけばもがくほど泥沼に嵌って行きそうな感覚に陥ってしまう。兎に角と、自分に今出来るのはこの一萬をツモ切る事だけ。照は一萬をツモ切り、次巡、自分が切り出す牌を思考し始める。他三人のツモ番は全く怖くは無い、菫は大三元へ届かず、聴牌すらしていない。赤木は無論ロン条件であり、淡もドラを乗せたきり手が動いていない。

 

 

 

 

 

 そして、十五巡目。

 

 

 

 自分が歩く地雷原は、後三歩。

 

 

「ッ――――」

 

 

 しかし、照はその牌をツモった瞬間、今まで曇り、薄暗いその場を照らしていた照魔鏡が一瞬晴れたかの様に錯覚した。手牌に落とされたのは四枚目の四萬、その時点でシャボ待ちだろうが単騎待ちだろうが関係無い。対四暗刻に炸裂する最強の銃弾。

 思わず椅子から転げ落ちそうになる。その四萬を四回切る、それだけで流局、勝ちが確定するのだ。国士では無い限り、四枚目で和了がられる事は絶対に無い。

 

 腰が抜けそうになりながらも、照はその四萬を切り出して行く。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……それだ」

 

 

 赤木は手牌の端を少し叩く。

 

 

 

 

 待て。

 

 

 

 それを倒してどうする、四枚目の四萬だぞ。

 

 

 

 四暗刻は絶対に―――。

 

 

 

 

 

 

 そうして姿を現した赤木の手牌は一瞬四暗刻にも見える。二筒の暗刻、八筒の暗刻、三萬の暗刻。

 此処までは良い、しかしその先にあるのは強烈、四枚並べられた五萬であった。麻雀のルール上、その手役は三萬が頭の三五萬の嵌張待ちとして扱われる。

 

 

「え、ちょっと待ってしげる君。その手ってリーチ、タンヤオ、三暗刻だけだよね?」

 

 

「ああ、俺の暗刻は」

 

 

 

 

 

 そこにある――。

 

 

 そう言いながら手を伸ばした先にあるのは王牌、そしてその三つの裏ドラ。

 此処まで来れば、赤木が何を言いたいのかは理解出来る。理解出来るが、その現象に理解等出来ない。

 

 

「一枚目」

 

 

 捲った一枚目の裏ドラは二萬。つまり三萬に丸乗りし、この時点で跳満まで手が伸びる。

 

 

「二枚目」

 

 

 続けて捲った二枚目の裏ドラも再び二萬、これでドラ六の倍満。

 

 

 三枚目に手を伸ばすかと思われた赤木だったが、その三枚目の捲る前に指を止め静止する。

まさかこの手を二度和了る事になるとは思わなかった。そしてその一度目、あの時は乗らなかった三枚目。

 今なら、今の赤木なら、乗せる事が出来る自信はあった。

 

 

 なら、行け。赤木しげる。あの時の自分を超える為に。

 

 

 

 

「三枚目――」

 

 

 

 そうして赤木が捲った牌は二萬。

 やはり、赤木しげるの暗刻は其処にあったのだ。

 

 

「……ドラ九」

 

 

「うぇぇええええ!?何それぇ!?」

 

 

「…………完敗だな、照」

 

 

 

 それはまさに理外の闘牌。

 

 

 

 赤木 36400点。

 照 22600点。

 菫 21600点。

 淡 19400点。

 それが終局時の点数であり、結果だけ見れば照は二位。

 しかし――。

 

 

 

「…………成程」

 

 

 

 

 

 

 嗚呼、あの時照魔鏡が晴れたのは、勝利への光では無い。

 勝ちを急いだ自分を焼く閃光だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………そこ、借りるぜ。今日は疲れた」

 

「構わない」

 

 椅子から立ち上がった赤木は、照のベッドへと歩み寄ると後頭部で手を組みながら仰向けに倒れ込む。凡そ一分もしない内に聞こえてきた寝息に、よほど疲れていたのだろうと布団をかけてやる。

 

 

「ねえテル。しげる君って何者なの?」

 

「分からない」

 

「……雀荘で出会っただけなのか?」

 

「うん」

 

「……そうか、詮索はしない。それより今日は良い経験になった。礼を言うよ」

 

「私もー!」

 

「此方こそ」

 

「さて、と」

 

 時計を見ると、まだ一時間も経っていない事に菫は驚きながらも、窓の外へと目を向ける。外は既に日差しが差し込んでおり、濡れたアスファルトを乾かし始めていると言った所であった。

 

 

「帰るか」

 

「うん。それじゃ!しげる君にまた打ちたいって言っておいて!」

 

 階段を下りながら、赤木の闘牌について楽しげに語っている淡を見届けながら、玄関まで見送った照は、二人の姿が見えなくなると再び階段を登り自室へと帰って来る。

 相変わらず赤木は微動だにしないまま熟睡しており、その様子を見た照はベッドの傍まで歩み寄る。

 

 悪魔染みた麻雀を打つこの男も、案外寝顔は普通だなと率直な感想を浮かべつつ、頬を三度程突いてみる。

 

 しかし、全く起きる気配は無く、そっとしておいてやるかと卓の前に歩み寄った照は、自分の座っていた席へと腰を降ろし、終局時からそのままにしてあるその場を見渡す。

 

 

「……あそこで」

 

 

 四萬を切らない人間は何人居るだろうか。役満縛りと言う言葉に囚われすぎた照は、赤木の待ちが単騎待ち以上、つまり四枚目は絶対安牌だと思い込んでいた。まだ、自分には甘さがあった。最初に面前を押し通していれば、とっくに和了っていたかもしれない。

 

 

「…………」

 

 

 もっとこの男の麻雀を見ていたい。

 そう強く思った照だったが、それ以上にこの男の麻雀に触れて欲しい人物が、照の頭の中にはあった。

 遠く離れた長野県で別居している妹、宮永咲。

 

 

 家族麻雀以来、麻雀から離れていた筈の咲は、何時の間にか清澄と言う高校の大将を務め、そしてインターハイへの出場を勝ち取ったと聞いた。

 自分程では無いが、恐らく我が妹の咲も牌に愛されている。勿論大将戦の牌譜、映像は何度も見た。嶺上開花を鮮やかに和了るその姿は、自分が想像していた気弱い咲の姿は何処にも無く、一人の麻雀選手としての宮永咲が其処には映っていた。

 しかし、まだ全国には強者が多い。この先、得意の嶺上開花が全く通じない悪鬼達と出会ってしまうかもしれない。其処で崩れてしまわぬ様に、この男と打ち、もう一度自分の麻雀を見直して欲しい。

 

 

「……明日、聞いてみよう」

 

 

 こっちには一宿一飯の恩があるのだ。それを盾に取って長野に行って貰おう。

 淡には悪いが時間が無い。もう直ぐインハイが始まってしまう、その前に咲には壁を乗り越えて貰う。

 

 

 

 

「お姉ちゃんからの試練。頑張って、咲」

 

 

 

 

 

 


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