赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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長野編
赤木しげる、西へ


 立ち並ぶビルや住宅街の合間を縫い、昇った朝日の光が深い眠りに就いていた赤木を目覚めさせた。 眠った時間は正確に覚えていないが、昨日の夕方から寝続けているとなると十二時間近く睡眠を取っていた事になる。多少フラつきながら体を起こした赤木は、自分が置かれている状況を直ぐに理解すると、照のベッドを奪ったままだなと思い返し、辺りを見渡す。しかし、照の姿は無く、代わりに赤木の直ぐ傍で横になり、寝息を立てている照の姿があった。起こしては不味いと、そっとベッドから降りた赤木は、部屋の中心に置かれている雀卓へと歩み寄って行く。卓上の牌は昨日から動かされておらず、其処には赤木の暗刻が佇んでいる。

 

「……………おはよう」

 

 卓上の牌を繁々と見つめていると、背後から布の擦れる音と共に如何にも眠そうな照の声が聞こえる。

 

「悪いな、起こしちまったか」

 

「いや、丁度起きた」

 

 寝間着姿の照は掛け布団から這い出るとベッドの縁へ腰掛け、フラフラと頭を振りながら目を覚まして行く。そして昨晩の出来事を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清澄高校大将であり、宮永照の妹である宮永咲は後日に控えた合同合宿に胸を躍らせていた。予選で戦った各高校のメンバーが勢揃いすると聞き、またあの面子で麻雀が出来ると気分が高揚していた。ワクワクが収まらず旅行バッグに着替え等の必需品を詰め込んでいた最中、机の上に置いてある携帯が振動している事に気付いた。

 自分の親友である和辺りだろうと、携帯のディスプレイを開いてみると、其処には想像もしなかった人物の名前が表示されていた。

 

『お姉ちゃん』

 

 つまり、宮永照からの電話であった。照と最後に会話したのは何時になるだろうか。麻雀を再開する前に一度東京へ会いに行った事がある。その時は殆ど口を聞いて貰えず、成果としてはアドレス交換のみであった。やはり自分が麻雀を嫌いになった事の確執がまだ続いていたのだろうと、その時は諦めていたが、今は胸を張って麻雀が好きだと言える。

 ならば堂々と電話に出てやればいいのではないか。咲は高まる鼓動を抑えながら、通話ボタンを押し携帯を耳に当てる。

 

「はい」

 

『もしもし』

 

「もしもし……お姉ちゃん?」

 

『うん。久しぶり、今大丈夫?』

 

「えっと……大丈夫だよ。どうしたの急に」

 

『先ず謝らせて欲しい。あの時はごめん』

 

 あの時、と言って真っ先に思い浮かぶのはやはり東京へ出向き突っぱねられたあの出来事であろう。

 

「え、あ……良いよ、全然気にしてないし……」

 

 嘘である。気にし過ぎてその日は食事が喉を通らなかったが、嘘も方便とはよく言ったものだ。

 

『私は未熟だった。人には選ぶ道があるのに、麻雀を避けた咲を避けてしまった』

 

「…………」

 

『だからごめん。また、仲良くしてやって欲しい』

 

 淡々と謝罪する照であったが、顔を真っ赤に染めながら、赤木に取られてしまった為持って来ていた予備の枕を引き裂く勢いで握り締めていたのを咲は知らない。返事を聞くのが怖い。しかし、此処で拒絶されても仕方無い様な関係を今まで築いて来てしまった。

 

 

 

「うん!私もお姉ちゃんとは仲良くしたい!」

 

 先程まで小声で怯えていた様な咲の声は一転し、それは自信に溢れた返答であった。

 

『……ありがとう』

 

 漸く枕を握っていた手を緩めると、久しぶりに世間話に花を咲かせようと予選の出来事や最近起こった他愛も無い会話を時間も忘れて続けていた。其処で咲が明日、予選に出場した各高校が参加する合同合宿へ向かう事を知る。これは良い機会だ、と。何としてもその会場へ赤木を放り込んでみたい。そう考えた照だったが、長野までは距離が遠く、足が無い照にとってはどうやって赤木を長野へと向かわせるかが問題であった。

 

『咲』

 

「何?」

 

『その……咲の知り合いに、東京まで車とかで来れる人居る?』

 

「お姉ちゃんこっちに来るの!?」

 

 咲からすれば、その言葉はどう取っても照が長野へ来ると言う文言であり、その一言で咲のテンションは最高潮へと達した。

 

『いや、私じゃない』

 

「へっ?じゃあ誰?」

 

 どう説明したものか。

 雀荘で拾った自分より麻雀が強い宿無しの高校一年生男子。

 

 

 インパクトは強いが、今一現実味に欠ける。しかし、それが事実なのだからそう伝えるしかないのだが、自然な形は何かと少し思案し、とりあえず麻雀が出来る男子が合宿に参加したいと言う体にしておく事にした。

 

『麻雀が出来る男の子』

 

「へぇ……お姉ちゃんの知り合い?」

 

『……うん。兎に角、その人と一緒に打ってみて欲しい』

 

「お姉ちゃんが言うなら良いけど……流石にそっちまで迎えに行ける人は……」

 

 仮に免許を取得している三年生に頼むとしても、合宿の時間を削ってまで行かせるのは気が引けてしまう。しかし、割と身近な人間で一人、お願いを聞いてくれそうな人間に心当たりがあった。

 

「あっ、もしかしたらいけるかも。ちょっと聞いてみるね」

 

『……ありがとう』

 

「えっと、因みにその男の子の名前は?」

 

『赤木しげる』

 

「赤木君……分かった。それじゃあ、折り返し連絡するね」

 

『うん。ありがとう』

 

 通話ボタンに手を伸ばし、携帯を折りたたんだ照は、未だに鳴り止まない心臓の鼓動をどうにか抑えようと深呼吸する。

 

 一方の咲は、直接の連絡先を知らなかった為、その人物と知り合いである中学校からの同級生へと電話をかける。

 

「あ、もしもし京ちゃん――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局返ってきた咲の返事はイエスであり、予選で凌ぎを削った相手校である龍門渕高校、その関係者がわざわざ遠路はるばる迎えに来てくれるとの事だった。

 

 

 

 

『本当?』

 

「うん。あっち側で少し揉めてたみたいだけど、赤木君の名前を出したら二つ返事だっだよ。もしかして有名な人?」

 

 

 

 

 

 使いパシリみたいで気が引けたが、今は手段を選んでいられる状況でも無い。

 この話は赤木にはまだ何も話していない。事後承諾で大丈夫だろうと椅子に腰かけていた赤木に一応確認を取る。

 

「赤木君」

 

「ん?」

 

「長野に行って欲しい」

 

「どうした、いきなり」

 

「そこに私の妹が居る」

 

「へえ……それで」

 

「打って欲しい」

 

「クク……そんな事だろうとは思ったぜ」

 

「良い?」

 

「そうだな……家の前まで迎えが来るのなら構わねえよ」

 

「そう、良かった。もう少しで着くって」

 

 はぐらかすつもりで発言した赤木だったが、まさか交通手段まで確保していた照の用意周到さに感心しながら、溜息を吐く。揚げ足を取られた様な気分だ。

 しかし一晩だけとはいえ衣、住まで用意されたにもかかわらず断っては義理が立たない。それに赤木は照の妹に興味を持った。この宮永照と言う麻雀選手の実力はずば抜けている、恐らく裏へ来ても良い所までは通用するだろう。そんな力を持った人物の妹がどんな麻雀を打つかは興味が沸く。

 

 

 

 

 

 

 照は赤木が着ていた学生服が乾いている事に安心しながら、適度な大きさの袋へ入れると赤木へと手渡す。それを受け取った赤木は、袋を肩から下げ玄関へと向かう。

 既に迎えは到着している様で、照の家の前には黒塗りのリムジンが横付けされており、自分が代打ちをしていた時の待遇を思い出していた。車の前に立っていた男は姿勢を崩さず頭を下げ、黒いタキシードに身を包んだその出で立ちは、まるで執事と言う他無かった。

 

「お待ちしておりました。赤木しげる様」

 

「クク、大層なお出迎えだな」

 

「……わざわざ有難う御座います」

 

 照はその男に、確か咲にはハギヨシと呼ばれていたか。頭を深々と下げ、よくこんなタクシーみたいな事を受け入れてくれたと感謝の念を伝える。龍門渕家の執事であるなら、その仕事を放棄して此処まで来るのは難しかっただろうに。そう言えば咲は赤木の名前を出したら二つ返事だったと言っていた。もしかして知り合いなのかもしれない。

 赤木は照に背を向けると、右手を軽く上げ返事を返すとリムジンへと乗り込んで行く。赤木と出会ってからまだ二十四時間も経過していないだろう。しかし、この男と過ごした時間は自分が人生の中で体験した何よりも濃密な時間であり、貴重な時間だった。そんな男との別れはあっさりとしており、リムジンが自分の家の前を過ぎ去って行くのをただ見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肘を突きながら都市開発された町を車のウィンドウから眺めていた赤木は、車の中に漂う静寂を一切気にせず背凭れへ体重を預ける。もし同乗者が居たのなら気が滅入ってしまうであろうその空間に話題を切り出したのはハギヨシであった。

 

「……赤木様」

 

「ん?」

 

「原田克美様をご存知でしょうか」

 

 

 

 さて、どう答えたものかと。その名を出すと言う事は裏に通じている人物となる。そんな赤木の思考を察したハギヨシは言葉を加える。

 

 

「私は今龍門渕家と言う御屋敷に勤めております」

 

「………………」

 

「……昔は無名であったその龍門渕家が成り上がる為には無論、裏の力も必要でした」

 

「………………」

 

「今でこその龍門渕家ではありますが、当時は裏と深い繋がりを持ち、祖父や父が尽力し、力を伸ばして行きました。私の家系は代々龍門渕家の従者であり、その従者と言う事は裏の麻雀にも通じております。そして私は祖父から話をよく聞かされました」

 

「………………」

 

「もう何十年前になるでしょうか。日本各地の悪鬼達を集め開かれた東西決戦。下っ端ではありましたが、祖父は裏方の黒服としてその戦いを間近で見ていたそうです」

 

「……それで?」

 

「その時、一際異彩を放っていた四人の人物が居ました。原田克美、僧我三威、天貴史……そして、鬼才赤木しげる。見た者を唸らせ、魅了する闘牌をする人物だと」

 

「クク、俺がその赤木しげるだって言いたいのかい?」

 

「それを確かめる為に、此処へ参りました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目に決まっているでしょう!」

 

 ハギヨシは長野予選の会場で知り合った、咲の同級生である須賀京太郎から連絡を受けていた。咲の姉が明日予定されている合同合宿へある人間を寄越したいと。駄目元ではあったが主人である龍門渕透華へと話を通してみると即答で却下されてしまい、その返事をメールで送るのは失礼に当たると判断した為に京太郎へ電話を繋ぐ。

 そこで零れた赤木しげると言う名前。それに思わず了承の返事を返してしまい、自分が執事を務めてから初めて主人の意向に沿はない行動を取ってしまっていた。しかし、その名前は余りにも強烈で、気が付けば透華の前で床に頭を擦り付けていた。

 

 祖父はその生涯に幕を閉じるまで、一つ悔やみ続けていた事があったと言う。それは自分のミスで、赤木しげるの闘牌を終わらせてしまったと。その内容は聞いていない為、どんなミスをしたのかは分からなかったが、まだ物心付いたばかりで幼かったハギヨシはその時、祖父と約束した。

 

「じゃあ、代わりに僕が謝ってあげる」

 

 

 

 その人物があの赤木しげるの訳は無い、何故なら赤木しげるはとっくの昔に亡くなっているのだから。しかし、それでも祖父と交わした約束を今でも胸に刻んでいたハギヨシは、縋る様な思いで透華に懇願した。

 

「ま、まあ……そこまで言うなら……」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤木は再び懐かしい場面を思い浮かべていた。東西戦で赤木がその舞台を降りる事となったあの局、その局では原田が部下へ白を合計六枚になる様に仕込ませていた。その際、白の代わりに抜く筈だった牌、それを部下が聞き間違え、指示した牌とは別の牌を入れ替えていた。それが原因となり、赤木はその舞台を降り、以降裏の麻雀界からは姿を消していた。

 もし、部下が正しく原田の指示を実行していたのなら、少なくともあの場で赤木が身を退く事は無かった。つまりその部下、ハギヨシの祖父が赤木の麻雀舞台に終止符を打ってしまったとも言える。

 

「クク……別に気にしちゃいめえよ」

 

「……ですが」

 

「結果が全てだ。むしろ潮時だったのかもしれないな、若い時のオレなら読み外す事は無かった筈だった」

 

「……すみませんでした」

 

「何もあんたが謝る事じゃねえよ。なら死んだ爺さんに言っときな、あそこで例え原田の指示を全うしても、最終的な結果は変わらなかったってな」

 

 その返答は後部座席で今踏ん反り返っている男が、赤木しげるだと言う返答と同義であり、同時に気にしていないと言う赤木の言葉を聞いて安堵の溜息を漏らす。

 やっと伝えましたよ、爺様。と、本来叶う筈の無かったハギヨシの祖父との約束は、小さな繋がりから叶う事になっていた。自分がひょんな事で知り合った男子生徒の同級生、その姉がたまたま出会った男。人の出会いは一期一会とはよく言ったものだな、とハギヨシはその奇跡に浸る。

 

 

「それにしても……そのお姿は一体……」

 

「さなあ、死んだと思ったらこうなってただけだ」

 

 

 

(この世は摩訶不思議……か)

 

「そうですか……申し遅れましたが、私ハギヨシと申します。何か困った事があれば、何なりとお申し付け下さい」

 

「そうだな……ならあれだ。煙草」

 

 赤木はヘビースモーカーどころかチェーンスモーカーとも言える。麻雀の最中やその合間にも常に煙草を吸い続けていた。今の体はニコチンを欲していない様だったが、どうにも煙草が無いと落ち着かない。

 

 

「それはいけませんね。今の赤木様のお姿は中学生、将又高校生です。未成年の煙草は法律で厳罰化されております」

 

 

 

 

 世知辛い世の中になったもんだと外へと目を向けた赤木だったが、森の緑だけはあの頃と変わらないものだった。

 

 

 

 

 

 

 




後付け。
咲と照の不仲の原因は原作ではまだ明確に明かされていないので脳内保管にしておきました。一応原作では意味深な過去回想が挟まってますが、そのコマだけで保管するのは難しかったので自然な形になってます。
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