赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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波乱の合同合宿 其の一

「どうやら今日の日程は自由時間となったみたいですよ」

 

 車の窓越しに差し込む日差しは、既に反対側へと移っており、道が混んでいたせいか普段掛かる時間の凡そ倍の時間が過ぎており、昨日から何も口にしていなかった赤木は合宿所へ着いたら先ず飯か風呂だと決めていた。合宿所が木々の合間から顔を覗かせる距離まで迫った時であろうか、信号待ちを利用して透華と連絡を取ったハギヨシは、清澄高校部長竹井久の一声により、その日の予定は全て自由時間となった事を知り、赤木にその旨を伝える。

 

「そんなに焦って打っても仕方あるめえよ」

 

 到着したら先ず温泉にでも浸かるかと決めた赤木は、到着した瞬間ハギヨシに部屋の確保を頼み、貸し切り状態であったが、小部屋はまだ多数余っていた為一人部屋が一つ宛がわれる事となった。ハギヨシは何かあったらご連絡下さいと言い残すと、真っ先に透華の元へ駆けだしており、忙しない奴だなとその背中を見送る。

 

 

 

 フロントで鍵を受け取った赤木は、部屋に向かう道中、混浴の大浴場を見かけ、どうせなら部屋に設置されているであろう小さな風呂より、広い大浴場の方が良いなとその扉に手を掛ける。

 聞けば参加しているのは全員女子高生であり、男側の脱衣所に人間が居る筈も無く、唯一持っていた手荷物である着替えを適当なロッカーへと放り込むと、洗面台の横に積んであったタオルを手に取り大浴場への扉を開く。

 

 中には誰もおらず、まだ陽があるこの時間なら当然かと近くのシャワーで体を流し、浴槽へと腰を降ろす。その時、脱衣所の方向が騒がしくなって来た事に気付くが、当然赤木は無視しながら目を瞑りしばしの安息に身を委ねる。そして勢い良く開かれた扉と共に、喧しい女子生徒が静寂に包まれていた大浴場へと飛び込んでくる。

 

「華菜ちゃん一番乗りだしッ!……っておお!誰か居るッ!」

 

 池田華菜はてっきり一番乗りだと思っていた大浴場に先客が居た事に過剰反応すると、その人物へと右手を突き出し、只でさえ響くその声を大浴場により更に反響させてその人物へ届ける。

 赤木は自分の事であると分かってはいたが、その女生徒の台詞に見向きもせず天井を見上げていた。

 

「むッ……男だ!名を名乗るしッ!」

 

 本当に喧しい女子だなと無視を続けていると、それを諌める様にその横から声が響いて来る。

 

「華菜ちゃん駄目だよ……確か此処貸し切りの筈だけど……もしかして一般の人かも……」

 

 吉留未春は池田を諌めながら、毎度毎度苦労させられると溜息を吐くと、暢気に浴槽から天井を見上げている人物へと視線を移す。赤木としては無視を決め込んでも良いが、これ以上喧しくされても堪らないなと考え漸くその重い口を開く。

 

「ああ……あれだ。宮永照ってのに頼まれて麻雀しに来ただけだ」

 

 この場を手っ取り早く納得させる為には、此処へ放り込んだ張本人の名前を出すのが手っ取り早いと判断した赤木だったが、赤木のその思惑は外れる。照が一方的に押し付けただけのこの状況、この事情を詳しく知っているのは透華、ハギヨシ、咲だけであり、他校の生徒がそんな事情を知る由も無い。

 

「ええ!?宮永照ってあのインハイ王者の……」

 

「何っ!?なら気を付けるし!みはるんッ!白糸台からの刺客と見た!」

 

 駄目だなこりゃと考えた赤木は、ゆっくりと立ち上がり、未だに指を指し続けている池田と未春と間を抜けて脱衣場へと歩み寄って行き、大浴場を後にする。

 

 

 

「む……無視……しかも華菜ちゃんの裸を見てノーリアクションだし……」

 

「えっと……」

 

(フォロー出来ない……)

 

 憐れむ未春の視線に気付いた池田は、伸ばし続けていた右手を、未春の胸付近へと突き出す。

 

「みはるんだってぺったんこだし!」

 

「ええっ!?私何も言ってないよ!」

 

「何じゃ騒がしい」

 

 赤木と入れ替わる様に入って来た清澄高校の染谷まこは、騒がしい室内に何事かと未春に事情を問う。

 

「それが……宮永照さんに頼まれてこの合宿に来た男の人が……」

 

「ん?ワシは何も聞いとらんが……どうせ久の奴の仕業じゃろ」

 

「うーん……」

 

 考えても埒が明かないと判断した未春は、今はこの大浴場を味わおうと壁に設置されたシャワーへと歩み寄って行った。

 

 

 

 全く風呂を堪能出来なかった赤木は、もう一度空いてそうな時間に入り直すかと諦め脱衣所を後にする。廊下へと出た瞬間、奥の階段から二つの人影が降りて来た事に気付き、その内の一人に照の面影を感じ、あれではないかと勘繰った赤木は此方へ向かい歩いて来る二人を待つ。

 直線のその廊下では互いの姿が丸見えの為、階段を降りた瞬間、宮永咲は脱衣所から出てきた赤木の姿を認識していた。その男は此方の姿を認めると来いと言わんばかりに壁に背を預けると、腕を組み待っており、まさかあれが照の言っていた男子なのではないかと予想を立て歩み寄って行く。

 共に歩いていた原村和は、咲からその話を断片的に伺っており、あれがその男子かと考える。そもそもこの合宿所には女子しか居ない筈だ。もしあの男子が目的のその男子では無かったら、只々危険人物である。

 

 

「えっと……貴方がお姉ちゃんの言っていた……」

 

 お姉ちゃん、と言うキーワードに反応し、やはりこの女生徒が宮永咲かと納得する。

 

「ああ、あんたの姉も無茶言うぜ。まあ立ち話もなんだ……一杯飲りながら――」

 

「ちょっ、貴方未成年ですよね!何お酒誘おうとしてるんですか!」

 

「堅苦しいな、一杯位いけるだろ?」

 

「駄目です!私が許しません!そもそも未成年の飲酒は法律で――」

 

 釘を刺された上に説教までされては堪ったものでは無く、冗談だと和を諌める。

 

「冗談に聞こえませんでしたが……まあいいです」

 

「あの!お姉ちゃんは何か言ってましたか?」

 

「……いや、別に何も言っちゃいめえよ。朝起きたらいきなり長野に行けってな。其処でお前さんと打てだと」

 

「そうですか……今は自由時間ですし、面子が揃えば――」

 

「いや、今は止めておこう。興が削がれた」

 

 今現在風呂場ではしゃいでいるであろう、あの喧しい女生徒の姿を思い出しながら、兎に角咲の顔を覚えただけでも収穫かと考え、自室へ戻る旨を伝える。

 咲は赤木が東京からこっちに来たばかりで疲れているのだろうと想像し、明日はよろしくお願いしますと丁寧に頭を下げ踵を返す赤木の背中を見送った。

 

「それにしても……あの人、本当に高校生なんでしょうか。妙に貫禄が……」

 

「高校一年生みたい。同い年だって」

 

「んー……」

 

 腑に落ちない和だったが、よくよく考えれば古風な話し方をする見た目が小学生の高校生だって居ると考えればそう珍しいものでは無いかと頭を切り替え、明日は誰と打とうかと漠然と考えつつ、引き続き咲との館内の探索を楽しむ和であった。

 

 

 

 

 

 

 太陽は山へと落ちて行き、施設の周辺は既に街灯無しでは足元すら見えない程の闇に覆われていた。食事を済ませた赤木は、特にする事も無く自室に敷いた布団の上で寝そべり、そろそろ大浴場が空き始めたかと考え始めた時、部屋の戸が小さく叩かれている事に気付いた。

 

「……入りな」

 

「失礼するわ」

 

 余りにも物音がしないのでもう寝てしまったのかもしれないと考え、控えめにしていたノックにやっと気付いて貰えた久は、この男が咲と龍門渕の執事が話していた男かと寝そべる赤木を見下ろす。

 

「一応、この合宿の主催者として挨拶しに来たわ。清澄高校麻雀部部長の竹井久よ、よろしく」

 

「ああ」

 

「赤木君?だっけ。あの宮永照さんのお墨付きだとか」

 

「さあな」

 

 会話が広がらない男だ、と思いながら此処に来た挨拶以外の目的を赤木に切り出す。

 

「折角だし、ちょっと打っていかない?部屋に雀卓があるのよ、ここ」

 

「……そうだな」

 

 

 

 

 風呂が空くまではもう少し時間を潰していてもいいかと考えた赤木は腰を上げると、着いて来てと言う久の背中を追う。

 そして連れられてやって来たのは清澄高校の大部屋であり、中では先鋒の片岡優希が麻雀卓を囲う様に敷いた布団の上で燥ぎ転がっていた。その様子を和が諌め、咲は端で本を読んでいる。まこは部屋には居らず、久の記憶では予選でこっぴどくやられた鶴賀の妹尾佳織へと再戦を挑みに行っている筈だ。

 

「みんなー、連れて来たわよー」

 

「む!お前がしげるか!片岡優希だじぇ!」

 

 布団の上から右手を高く上げた優希にほんの数ミリ会釈をすると、中央に置かれている卓へと歩いて行き、入口から一番近い座椅子へと胡坐をかいて座る。

 

「誰か打ちたい人ー」

 

「えっと、じゃあ……」

 

 咲は読んでいた本を閉じ、小さく右手を上げる。そして優希は既にタコスを手に持ちながら赤木の上家へと座っており、対面へと咲が座る。

 折角なら私が、と和が空いた赤木の下家へと座り、久は後ろで赤木の実力を見定めさせて貰おうと背後へと付く。

 

「座順はどうするの?」

 

「このままでいいじぇ」

 

「……そうですね」

 

「じゃあ親だけ決めるサイコロを私が振るじょ!」

 

 出た目は右六、つまり赤木の親番からとなる。てっきり何時も通り自分からの親番だと思っていた優希は、幸先悪いなと思いつつハギヨシに無理を言って買って来てもらっていたタコスを齧る。やがて配牌を取り出して行った各々は理牌を終え、卓へ意識を戻す。

 

 

 この時、赤木は全力でこの局に挑む気は毛頭無かった。その一番の理由として、この卓の雰囲気にあった。とりあえず打ってみようと言うその場ではどうしても緊張感や真剣味が欠けてしまう。無論三人は手を抜いて打つ訳でも無く、これも練習の一環として全力で取り組むが、中々場の雰囲気と言うものは変わらない。

 しかし昨日、あの三人と囲んだ卓は今の場とは真逆、まるでインターハイ決勝戦を思わせるような、自分の全てを注ぎ込んだ闘牌であり、その覚悟があったからこそ、赤木も全力で迎え撃っていた。完全に手を抜く訳では無いが、赤木が本領を発揮するのは今では無い、恐らくその機は明日、何れ訪れるだろうと浮いた字牌を切り出した。

 

 

 

 

 

(うーん……)

 

 

 場は既に南場、トップは東場に和了り続けたが徐々に点棒を吐き出し始めている優希であり、次点でその点数の捌け口となりつつある和。次いで同点の赤木と咲。

 背後から赤木の闘牌を見ていた久だったが、余りのぱっとしなささに拍子抜けしてた。無論この三人と卓を囲み、更に優希が暴れ倒す東場を難なく凌いだ事から腕は確かなのだろうが、今一麻雀の派手さには欠けている。しかし、南場の始め頃から妙な打ち回しを始めている事には気付いていた。

 

 

「チー」

 

(また……)

 

 あえて和に鳴かせる様な牌を切り出している事が偶然なのだろうかと久は考え始めていた。無論面子を崩して抜き打ちをしている訳では無い。しかし、麻雀には不要牌の中でも切る順番は存在する。赤木は不要牌の中で、和が必要になりそうなタイミングでわざわざそれを切り出しているのだ。

 

 

「ロン。断ヤオ、ドラ一、2000点です」

 

 この局振り込んだのは咲であったが、そのロン牌は赤木の溢れそうな牌であり、恐らく咲が振っていなければ赤木が振っていただろう。

 単にこの男の打ち方が甘いのか、それとも理由は分からないがわざとやっているのか、久にはこの時点で判断が付かない。

 南場に突入してからは咲も得意の二つ槓からの嶺上開花を決めており、点数はやがて平らになり始め、この半荘ノー和了の赤木だけツモで削られた分へこみが目立つと言った所であった。

 

(咲は私が言った通り±0圏内が見える点数……ルールは何時も通りの25000点持ちの30000点返し、オカがあるからこのまま調節して終わり……か)

 

 この半荘に限り、咲は久に素点での±0を目指してみろと言われていた。久からすればあの宮永照がわざわざ妹の為に送り込んできた男だ、咲のその点数支配の壁になってくれると考えていたのだが、どうにも宛が外れた様だ。

 

 

 

 オーラス、優希の親番を迎えた時点の咲の点数は25800点であり、3900点を和了れば咲の点数は±0へと収まる。久は咲がこのまま3900点を和了って終わりだろうと予想していた。

 赤木の配牌は良くない、嵌張や辺張が目立つのに加え、風にならない字牌ばかりが手に集まって来ている。咲はドラである二萬が配牌に無かった事に不安を覚えたが、手には対子が多く、これなら3900点の手が作りやすそうだと、第一ツモで重なった七萬の暗刻を見ながら胸を撫で下ろした。

 しかし、嫌な気配がする。カンを入れてしまえば、この暗刻に丸乗りする様な悪寒を感じていた。無論普通に行けばドラ四の良い展開なのだが、丸乗りしてしまった時点で±0は不可能に近くなる。嶺上牌や新ドラに関するその勘は、今まで外した事が無い。何もこんな時に乗らずとも、と内心苦い思いをするが、これも練習だと3900点への道のりを思考し始める。

 

 

 

 

 その局、赤木が動いたのは五巡目であった。嵌張のキー牌を引き入れ、筒子の形が良く纏まって来ており、一二三三三筒と既に面子と頭が一つずつ完成している。これなら平和、重なり方によっては断ヤオ辺りへ無理無く行けるか、と考えていた久の思考をぶった切る様に、赤木は優希が切った三筒を受けてその三筒の暗刻を場に晒していた。

 

「カン」

 

(ちょ……)

 

 

 一二筒が孤立する形で残り、愚形となったのをまるで気にしていないかの様に、三筒を四枚晒した赤木は嶺上牌に手を伸ばし、その牌をツモ切る。

 そして捲った新ドラは六萬、久は赤木の悪手に夢中で気付いていなかったが、咲の顔がかなり引き攣っていたのを赤木は見逃さなかった。

 

 

 咲が何処か点数を調節しながら打っている事は、南場に入るまでに気付いていた。それが何処を目指しているかと赤木は考えていたが、どうやら27000点付近で落ち着かせている、南場の始めで優希の猛攻が止まり、咲の点数が30000点を越えてしまった時、あえて2000点に見える様な鳴きを入れて見ると、明らかに自分への差し込みを狙っていた。無論そう見せる様に鳴いた赤木の手はバラバラであり、差し込む事は叶わなかったが。

 その後も和に鳴かれる様な牌を転がし、和が聴牌したと見るや否や、その点数が30000点を±0の範囲で割る様に差し込んでいた。

 

 

 

 明らかに故意で±0を狙っている。赤木としてはまだ本気で打つ気は無かったが、オーラスだけなら、とそれを決める。

 場を操った気になっている少女に、お灸を添えてやるのも有りかと意地悪気な笑みを漏らした。

 

 

 

 

 

 


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