赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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波乱の合同合宿 其の三

 深夜、大半の部員が寝静まっている中、龍門渕の部員達が枕投げに奮闘し、隣の部屋の美穂子に咎められ部屋の明かりを消した時、宮永咲は何処と無く寝苦しさを感じ布団から這い出していた。行く宛も無くスリッパに足を通すと、皆を起こさぬよう静かに扉を開け廊下へ出る。まだ真夏とは言えないが夜は蒸し暑く、もわっとした空気が咲の肌を包むが、今はそれさえも心地よく感じる程咲の心はどんよりと曇っていた。

 適当に廊下を徘徊していると、突き当たりに光が見え足を運ぶ。其処は小さな休憩所の様であり、向い合せのベンチと暗い廊下を明るく照らす自動販売機が佇んでいた。徐に自動販売機の前へ歩み寄りディスプレイを見上げ、丁度喉が渇いていたと寝間着のポケットを弄るが、財布を持って来ている訳も無く溜息を漏らした。その時、背後から僅かに足音が響いた事に気付いたと同時に、振り向く間も無く自分の横に手が伸ばされ、その伸ばされた手に握られていた千円札は自動販売機に吸い込まれていった。

 

「あ……赤木君」

 

「好きなの飲みな」

 

 とりあえずとハギヨシに少額の金銭を要求していた赤木は、此処へ来る途中近くにコンビニがあった事を思い出し、酒と煙草を買いに行く最中であった。その道中自販機へ歩いて行く咲を見掛け寄り道をしていた。

 

「えっと、じゃあ……」

 

 咲は遠慮しようかと一瞬考えたが、喉の渇きには勝てずリンゴジュースのボタンを押すと受け取り口から取り出す。赤木は続けてブラックコーヒーのボタンを押すと、咲は屈み込みながら再び受け取り口へ手を伸ばし、コーヒー缶を赤木へと手渡す。コーヒーを受け取った赤木はそのままベンチへ向かおうとしたが、咲にお釣りを忘れてると呼び止められ、釣り銭を受け取り学生服のポケットへと捻じ込む。

 本当に何処かズレた男だなと思いながらベンチに腰かけた咲は、向かい合う形で対面に座った赤木に何から話そうかと考えたが、とりあえずジュースのお礼を言う事に決める。

 

「あの、ジュース。ありがとう」

 

「ああ」

 

「その……ブラックコーヒー飲めるって凄いね!私なんて苦くて全然……」

 

「歳食うとこれ位がいいのさ」

 

「…………赤木君も眠れないの?」

 

「ん?ちょっと酒と煙草を買いに行こうと思ったんだがな」

 

「学生服じゃ買えないよ。そもそも未成年だよね」

 

「いや、五十三だ」

 

 もしかしたらそれは赤木の渾身のボケで、此処は突っ込んでおくべきなのかと思ったがそんな気分では無くリンゴジュースに口を付けお茶を濁す。

 

「……お姉ちゃんと」

 

「……?」

 

「赤木君はお姉ちゃんと闘ったんだよね」

 

 照の口からは何も聞かされていないが、赤木と闘ったからこそ、この合宿へと送り込んで来たのであろうと言う事を想像し赤木に問う。

 

「ああ」

 

「……勝った?」

 

「ああ」

 

 当然の様に二文字で返答したが、この日本中を探しても同じ返答を出来る高校生はそう居ない。それどころか一人も居ないんじゃないかと勘繰ってしまう程、姉は強い。

 

「あれは間違いないな……学生であれに勝てるのはまあ居ないだろ」

 

 姉が褒められた事の嬉しさと同時に、その姉を倒す事が目標となった咲からすれば素直に喜んでいいのか分からない返答であった。

 

「私なんかじゃ……やっぱり勝てないよね」

 

 今日の赤木との対局。成すがまま赤木に直撃を取られた事は多少なりとも咲から自信を失わせていた。人は自己の領域を脅かすモノを恐れる。久が赤木と対戦した咲を見て思った感想であり、当の本人の咲もその言葉通り、自分の嶺上牌に自信を持て無くなっていた。あれは±0の縛りがあったからで、トップ狙いなら負けなかったとも一瞬考えたが、恐らくトップ狙いだとしても赤木には勝てなかっただろう。

 

 

 

「……あの局、仮に流局して親連したとしてだ。アンタが俺の立場で対面の手を見たいなら、何点払う?」

 

「へ?」

 

 何だその質問は。無論麻雀に於いて任意の点数移動は許されていないが、これは仮の話だろう。

 

(あの時の赤木君の立場から見た私は……特に聴牌していた訳でも無いし……)

 

「せ……千点くらい?」

 

「全部だ」

 

「全部って?」

 

「例え点棒を全部払ってでも、俺はアンタの手を覗く。多分アンタの姉も同じ事を言っただろうよ」

 

「え?でもそんな事したら……」

 

 仮に赤木の言った通り話を進めると、咲の点数は五万点近くに膨れ上がり、そうなれば親も無く子の赤木が逆転する術は紙の様に薄くなる。

 

「逆転出来なくなる……ってか?クク……まあ、よく考えな」

 

 赤木は缶コーヒーを飲み干すと、ゴミ箱へ器用に放り込み、踵を返しポケットへ手を突っ込むと、薄暗い廊下へと姿を消して行った。

 咲はその後も赤木の言った事を考え続けたが、答えは出ず、やがて疲労で眠くなって来た事を感じ自室へ戻ると眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

 後日、太陽が顔を見せ始めたばかりの合宿所では、大広間にて各高校が入り乱れた交流戦が行われていた。其処はまるで雀荘の様な雰囲気で各々が対戦者を誘い、空いた卓へと座り勝負を開始する。流局後に逐一手順について話し合ったりと、普段の練習では余り見られない光景が繰り広げられ、皆リラックスした状態で対局に臨んでいた。それもそうであろう、あくまで強化合宿と銘打たれたこの場で神経を擦り減らし、己の魂を振り絞った打牌をする者などそう現れない。

 

 咲は朝食の時から各高校の様々な人間に声を掛けられ、引っ張りだこであったがその全てを断っていた。中央少し横の卓へ座り続けている咲は、靴を脱ぎ、卓上で綺麗に並べられた牌を見下ろし続けている。その面持はまるで決戦を控える人間の様に鋭く、その卓へ座る事を皆が自然に避けていた。

 そんな中、一人の少女がその卓へと歩み寄り、咲へ問う。

 

「此処、良いかな?」

 

「はい」

 

 鶴賀学園麻雀部大将の加治木ゆみは、龍門渕の面々との対戦を終え、次の相手を探していた。その時、得も言えぬ雰囲気が漂っている卓が中央にある事に気付き、その中心に咲が座っていたのを受けてリベンジマッチだとその卓へ腰掛けた。咲が先程から対戦の誘いを断り続けているのをゆみは知っている、恐らく誰かを待っているのだろう。

 それが恋い焦がれるもので無いのは咲の顔を見れば分かる。その顔は大将戦の時に一瞬見せたあの顔、ゆみはそんな咲と誰が相手をするのかと気になり、興味本位で卓に着いていた。

 すると大広間の入口から、見覚えのある金髪を揺らして此方へ歩み寄って来ている人物が居る事に気付いた。それは紛う事無き龍門渕透華であるのだが、何時もと雰囲気が違う。そう言えば目立ちたがり屋の彼女がこの場に姿を見せていなかった事にゆみは今更疑問を持つ。

 透華はゆみと向かい合う様な形で着席すると、一言も言葉を発さずに目を瞑っている。その事を不審がりながらも、咲の様子を見るに透華が咲の待ち人では無い事を予想し、後一つ空いた席に注目する。

 

 和気藹々と麻雀に勤しむ中、一つだけ異様な雰囲気を漂わせている卓がある事に気付かない筈も無い。後一つ空いた席に、誰か行くのかと皆が皆の顔を見合わせるが、座っているだけで神経を擦り減らしそうな卓は御免だと互いが牽制し合う。

 

「じゃあ私が入って久しぶりに本気――」

 

「衣が――」

 

「む」

 

「ぬ!」

 

 龍門渕高校大将の天江衣と、久が同時に名乗りを上げ互いに顔を見つめ合う。久はそっとジャンケンの構えに入ると、衣もそれに便乗し右手を握り後方へ引く。咲は赤木が来る様子も無く、来るまではこの面子で対局していようとそのジャンケンの様子を傍観する。

 

「「じゃんけんっ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……寝過ごしちまったか」

 

 久からは七時に交流戦を開始すると告げられていたが、赤木が目を覚ました時には既に時計の短針は八を示しており、一時間程寝坊をしていた。少し小腹が空いているが、とりあえず言われた場所へ向かうかと考えた赤木は重い腰を上げ大広間へと向かう。

 

 大広間では各卓で対局が行われているものだと思っていたが、何故か皆が中央へと集まり、一つの卓へ注目していた。赤木はそんな人だかりへと歩み寄ると、短い時間だが見知った顔は居ないかと辺りを見渡した。すると昨日対局した桃色の髪の少女が観戦している事に気付き、話し掛ける。

 

「よお」

 

「あ、赤木さん。おはようございます」

 

「何の騒ぎだい、こりゃ」

 

「腕に自信のある人達が咲さんと加治木さん、それと龍門渕さんに対戦を申し込んでるんですよ」

 

「それで?」

 

「座った人が毎回ラスで交代してるみたいです。部長や天江さんもラスみたいで、やっぱりレベルの高い卓ですね」

 

 今その面子と対戦しているのは、三人目にしてトップを取ると意気込んで行った池田華菜であった。しかし、丁度オーラスが終わり、池田の点数は見事ラスで撃沈していた。

 律儀に和が付けていた点数表を見るに、挑戦者が一方的にやられている訳では無い。久も、衣も、その時たまたまラスを食ったと言う点数であり、三回戦ともある人物以外の点数は横並びしていた。

 

 

「へえ」

 

 

 これがそうか、と。赤木はその金髪越しに透華の横顔を見ると、ポケットへと手を突っ込み池田の席へと歩み寄って行く。

 

「む!お前は昨日の!」

 

「代わってくれるかい」

 

 誰が決めた訳でも無く、挑戦者がラスを食ったら終わりと言うルールが浸透しつつあったこの卓は、赤木と言う四人目の挑戦者を迎え四回戦目が始められようとしていた。

 

(来た……赤木君)

 

(宮永の反応が変わった。やはりこの男か……)

 

 

 四人目に卓へ座ったのは、何処からどう見てもその辺の高校生であり、突出した特徴と言えばその白髪であろうか。

 しかし、ゆみは昨晩久から赤木について自室であった対局について聞かされていた。

 

「あれは凄いねー。まあ、ゆみも一回やってみれば分かるかもね」

 

 

 どれ程のものか、見極めてみよう。

 ゆみは深呼吸し、気持ちを入れ直すとこれまで以上に集中し、その対局へと臨む。一方の咲は未だ昨日の赤木の答えが出せていないままであり、あの質問の真意を見極める為この半荘へ全てを注ぎ込む事を決める。卓の雰囲気が一層変わった事に、挑戦者席を観戦していた久は直ぐに気付く。

 

 

(さあ、来たわね本命が。見せて貰うわ)

 

「む、嬉しそうだな清澄の。そんなにあの男が気になるのか?」

 

「ええ、よく見ておくと良いわよ」

 

 そんなにお墨付きされては見ない訳にはいかないと、ついにはその場に居た全員がその卓へと集まり、その動向を見届け始める。

 

「……ルールは?」

 

「基本は何時も通り、赤が四枚のアリアリ。頭ハネの半荘戦」

 

「クク、いいぜ」

 

 

 

 

 

 インターハイへ駒を進めた時、自分は照の場所へ大きく前進したと思っていた。

 しかし、この男が言うには自分に足りないものがあるらしい。

 自分と姉の間にある絶対的な何か。それを見極める、絶対に。

 

 

 

 


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