赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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龍門渕透華 其の一

 座順は動かず、赤木の上家に透華、対面に咲、そして下家にゆみの並びで対局は開始された。起家は透華、ドラ表示牌は五筒であり、今回はそうならなかったが赤が多様されるこのルールでは一枚でダブドラになる可能性がある。

 

 

 

 

 

 もし、龍門渕透華がどんな人物かと問われれば、それは一言目立ちたがり屋と言えば片付けられる。

 そしてどんな麻雀を打つのかと問われれば、完璧の傍らに立ったデジタル打ちと答えれば話は済んでしまう。

 

 極稀に、透華が豹変する事がある。背後で透華の闘牌を観戦していた国広一は、今の透華の様子をとある試合と重ね合わせていた。それは昨年のインターハイ、透華はその目立ちたがり屋なスタイルをおくびにも出さず、淡々と打牌を繰り返し、圧倒的な強さで他校を蹂躙し始めた。当時対戦相手であった選手がこのままでは不味いと別の高校に狙いを定め、箱割れにする事でその場は収まったが、あのまま続けていたら間違い無く透華がぶっちぎっていたと一は確信している。

 透華が豹変する時、それはどれも強者が集う場所にて起こっている。今の状況がまさにそれと言った所だろうか。

 

 

 ならばこの透華に勝てる奴がこの場に居る訳が無い、事実咲やゆみ、そして衣や久相手に一騎当千、他者を寄せ付けない圧倒的な力でトップを取り続けている。しかし、役満を和了り続ける、八連荘をする。そんな派手な打ち回しでトップを取っている訳では無い。ひたすら淡々と和了り続け、気が付けば半荘が終了している。今の透華の麻雀を評するならば、そう形容する他無い、自分にもっとボキャブラリーがあれば言い方は変わってくるのであろうが、言いたい事は皆同じだろう。

 

 それにもう一つ気付いた事がある。あのカン大明神とも言える宮永咲からこの半荘三回で一度もカンの発声が上がっていない、透華の打ち筋も相まりその場は波一つ立たない海の様に静寂を極め、派手な出来事が起きる事も無く局が進む。らしくないと言えばそれに尽きるが、その状態の透華の方が普段の何倍も強いだろう。

 

 

 

 

 

 

 しかし、東一局、まるで波が立たないその場に、一悶着起こそうとしている奴がどうやら下家に居るらしい。

 

 

「チー」

 

 

 下家の男、どう言う訳で呼ばれたかは知らないが、どうせ企画した清澄の部長の知り合いだろう。先程からタンピン狙いで真ん中に寄せて行く透華の余り牌をこれでもかと鳴き続けている。

 場はまだ五巡目だが、既に下家の男子は三副露、一二三萬、七八九萬、九九九索とチャンタへ向かっていますと宣言している様な打ち筋であった。

 そして赤木が手の中から切り出した二筒を見たゆみは、追い付けるかとポンの発声を上げる。

 

 

(左から二番目の二筒、なら面子は一二三筒かな。三色は無いし、待ちは字牌の単騎……白と西は二枚切れだし狙いやすそうなのはそこ位かな……)

 

 

 そして透華のツモ巡、手は内側へ綺麗にまとまっており、四巡目にして三四五の三色が見えている、赤五筒が入れば最高の所だ。今の手には赤が一つ、満貫はほぼ確定していた。曲げて裏を乗せれば倍満まで見えて来るが、恐らく透華はリーチをしないだろうと一は考えていた。先程からそうだ、裏を乗せて倍満等目立ちたがり屋の透華なら絶対に向かう所だが、殆どの局面で牌を曲げていない。

 そして透華は当然の様にツモって来た赤五筒を手に入れ、浮いた七筒を切り出す。これで三四五の三色が確定し、頭は三筒、待ちは七八萬の両面。やはり透華からはリーチの発声は無く、高目跳満のその手、透華は聴牌した気を一切出さず、背後で見ていた一でさえ、手牌を見ていなければ気付かないであろうと思う程、その打ち筋は静寂に身を委ねていた。

 

 

 遅かれ早かれツモって来るであろうと考えていた一だったが、次巡に透華がツモって来た牌は西。場には二枚切り出されているが、チャンタを待つ赤木からすれば絶好の牌。赤木の河には東と北が並んでおり、南も河を見渡せば三枚見えている。

 しかし、この西を抱えてしまえば、親満の手を自ら放棄する事になる。

 

 

(うぐぐ……流石に切れないよね)

 

 

 透華はまるで手を進めるかのように、淀み無く、ツモって来た西を手牌に入れると八萬を場に切り出す。赤木の手牌から出た二筒、あれを見るに赤木の待ちはほぼ単騎で確定している。ならば赤木には幺九牌以外の牌は全て通る。かと言って、これ程未練無く切り出せるものなのだろうか。

 

 

 その八萬には声が上がらず、赤木はツモ切りで番を終え、ゆみ、咲はそれぞれ手出しで和了りを目指していた。そして透華のツモ、手に入った牌はドラの六筒。さてこれは切れるかと一は考え始める。

 チャンタ狙いの赤木には百パーセント通る六筒、他者にも聴牌気配は無い、未だに手から浮いた字牌が出て来ているのだ、聴牌は遠いだろう。仮に赤木がフェイクで二筒を切り出していたとしても、この六筒では和了る事が出来ない。

 それに西が通る保証が出来たとして、この六筒を使って手作りをするのは余り宜しくは無い、七筒を切ってしまっているが故、振聴になりやすい牌でもあった。ならば三筒と入れ替えても良いが、三色が消える分打点が一つ下がる。どの道絶対通る牌なのだ、今通しておくのが吉だろう。

 

 透華はそれを一瞬で判断し、当然の様に六筒を河にツモ切って行く。

 デジタルの世界ならば当たり前の話だ、後ろで見ていた和もその判断に誤りは無いと確信していた。

 

 

 

 

「カン」

 

 

 その場がざわつく。

 正確に言えば、赤木の背後に居た人物以外が、である。

 

 

 赤木は倒した六筒と透華が切った六筒を場に晒すと、嶺上牌へ手を伸ばし、残り一枚となった手牌の横へ叩き付ける。

 そして場に倒れる二枚の白。

 

 

「ツモ。8000」

 

 

 

 開いた口が塞がらないとはこの事だろうか。

 新ドラは乗らず、ついてねえなと呟いた赤木を尻目に、一はその強烈な六筒カンに目が釘付けになっていた。

 もし、赤木がこの嶺上開花で和了れなかったなら、役が消滅しこの局は逆立ちしても和了る事が出来なくなる。海底ならば可能性はあるが、その前に絶対透華が和了ると自信を持って言える。

 なら何故そんな意味不明なカンを入れたのか。チャンタ狙いで手牌に六筒の暗刻を残す意味も分からない。いや、そもそも手牌に中張牌のドラ暗刻があって、何故あんなチャンタに見せかけた鳴きを入れるのだ。深まる謎であったが、それに答えるものは居ない。それに赤木の打ち筋を口で説明して分かる者など元から居やしないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤木からすれば、デジタル打ちをする雀士と卓を囲むのはこの上ない闘い易さがあった。

 

 何故ならば、彼ら彼女らは皆、捨て牌と晒した牌に言い訳を作ってやれば、その言い訳通りに牌を切ってくれるのだ。

 

 チャンタの気配を出せば幺九牌を切らずに降りてくれる。

 タンヤオの気配を出せば幺九牌を切ってくれる。

 そんな理に適っていない不利な和了り方をする訳が無いと思ってくれれば、何でも切ってくれる。例えそれがドラだろうと。

 

 

 

 背後で赤木の一局を見ていた久は身悶えしそうになっていた。それは悪待ちの極み。久の打牌は多面張を捨て、あえて悪い待ちで待つ傾向があった。無論それは理に適っておらず、何となくと言う理由のみであり、よく和に抗議されていたものだ。しかし、赤木のこの待ちはどうだろうか。悪待ちを選ぶ為に役を下げた事はあったが、役まで捨てた事は一度も無い。そしてまるでそれが何であるか分かっていたかの様な白の地獄単騎。

 これまでの三回戦、透華以外誰一人満貫以上を和了った人間は居なかった、それをこの男は東一局で成し遂げたのだ。周りのざわめきは強くなって行くが、それとは裏腹に卓の面々は淡々と次局へと移行している。

 

 

 咲は赤木の和了りを目の前に、やはりこの場はカン出来なくなっている訳では無いなと何処か他人事の様に思い耽っていた。

 そして此処まで来れば理解出来る。自分が透華と同卓した途端カン出来無くなっているのは、それを勝ちへの拠り所としているからだろう。県予選決勝戦で悪魔染みた能力を発揮した衣でさえ、手も足も出ていなかった。幾ら満月が関係しているとはいえ、此処まで何も出来ないのは透華の力が影響している筈だ。

 恐らく、透華はこの場を平らにしている。文字通りその選手達の突出した能力を封じ込め、波風立たない場を作り上げているのだ。そして平の打ち合いになったなら、デジタルの極みである透華に勝てる人間は居ない。

 

 

 

 成程、この透華の強さの意味が漸く理解出来た。

 皆不確定要素を拠り所に闘っている節がある。それを取っ払われた時、やはりモノを言うのはいかに牌を効率良く切るか、つまりデジタル打ちである。かと言って普段その能力に頼り切っている人間がデジタル打ちを真似た所で牌選に甘さが出てしまう。そもそもデジタル打ちは一朝一夕でモノに出来る物ではない。ましてや普段からオカルト染みた闘牌を繰り返している少女達となれば尚更だ。

長くそのデジタル打ちに身を委ねた者にのみ、平の場で猛威を奮う資格が得られるのだ。

 

 

 お手上げだ、これまで三回戦はそう考えていた。この中で唯一勝てそうなのは同じデジタル打ちの和、そして臨機応変に場に対応出来るゆみ位だろうか。

 ならば、何故この男は平然とオカルトの極地とも言える和了りをやってのけたのか。

 

 

 それは赤木しげるが麻雀の打ち筋として拠り所にしているモノ、それが存在していないからであった。特段、赤木は此処でこう打てばこの結果になると思った事は無い。赤木がカンを入れれれば絶対に有効牌を引き入れる、と言った事は無いのだ。ただ赤木は、その状況でのみ、そうすれば良い結果になる、と言った事しか考えていない。

 

 赤木が拠り所にしているのは自分を信じる絶対の心。咲の様にカンで和了りを目指す訳で無く、赤木はそのカンをただの和了りへの足掛かりとしか見ていない。

 カンを入れて和了りを目指す咲、そして和了った道中にカンをしていただけと考える赤木、二人には決定的な考え方の差が生まれていた。

 

 

 

 

 

 東二局、赤木の親。

 子満貫を和了った赤木の点数は、半荘一回では確かなリードと言える30000点を越えており、逆に親と8000点を失った透華は先程までとは一転、苦しい状況であった。

 捲られたドラは四萬、つまり五萬がドラになり、赤五萬なら一枚でドラを二つ抱える事が出来る。

赤入り麻雀に余り経験が無い赤木だったが、こんな便利なモノが大衆のルールに追加されていたのかと、その事に感謝しながら手牌にある赤五萬を見下ろす。

 五七九萬と穴空きになっていた萬子の並びに、普通の人間なら六萬が入ればラッキーと考えて終わるであろう。しかし、五萬が一枚でドラドラな事を考えると、この並びをそれだけで終わらせるのは非常に勿体無い。

 

 

 この赤五萬は使える、デジタル打ちが地獄へと落ちて行く言い訳として。

 赤木はそう考えつつ、幺九牌を切り出し中へと寄せ始めている透華を横目で見ながらほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 


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