赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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龍門渕透華 其の二

 意識が川の穏やかな流れに溶け込む様な感覚に陥る事がある。そんな中、自分は周りに誰も居ない卓に座り、打牌を繰り返している。

 周りで聞こえるのは川のせせらぎ、そして河に牌が触れる打牌音のみ。しかし、自分の周りは闇が支配しており、認識出来ているのは卓上の牌だけ。その河に切られた牌だけを見て、淡々とやるべき打牌を繰り返す。随分心地良い場所だ、透華はこの空間に再び来れた事に喜びを感じながらも、その心の隅に僅かな虚しさが存在している事にも気付いていた。そんな時、決まって思う事がある。麻雀はこんなに容易く勝てるものなのだと。

 

 嗚呼、つまらない。そして意識が現実に戻って来た時、その事を全て忘れてしまっている。

 もう三度もトップを取った。暗闇で相手が誰かは分からないが、どうせ四度目のトップも確定している。この空間に居る時、自分に敵は居ない。

 

 

 そんな事を思っていた時、それは丁度東一局を終えた瞬間だった。ふと誰かが隣に座っている様な気がした。この心地の良い空間に踏み込んでくる不届き者がどうやら居るらしい。

 確かに、訳の分からない和了り方をされた。しかし、その人間もどうせ只一つの嶺上開花と言う和了り目を願い、遮二無二突っ込んで来ただけの運に頼る人間。全国大会は強い猛者が集うと聞いたが、大半はそれだった。皆平の場になれば力を落とし、無様に点棒を吐き出し始める。やはり、自分が持っているデジタル打ちこそ最高の技術だったのだ。どうせ下家に座っている男もその類だろう。

 手は悪くない、中に寄せながらも上の三色が見えてきそうだ。ドラは絡みそうにないが、この手をキッチリ仕上げれば牌を曲げずして満貫へ辿り着きそうだ。

 

「ねえ、そこの貴方。貴方は何時もあの様な打ち方を?」

 

「いや……俺は別に特別な打ち方をした訳じゃねえな」

 

 つまりあの打ち方がこの男にとっては普通の打ち方と言えるのだろう。

 

 呆れた。

 あんな事をしていれば聴牌率は下がり、和了率などもっと低くなってしまう。それに奇策は手に役が絡みにくく打点にも繋がらない、先程みたいにドラが乗れば辛うじて満貫へ届く事もあるが。そんな打牌で自分に勝てる訳が無い。短い半荘の内と言っても、その差は如実に現れるだろう。

 

 ドラが五萬な事を考えれば、赤を引き入れて打点を上げる事も視野には入れたいが、手が進む内に上の三色へと寄ってしまった。そして今ツモって来た牌でとりあえず手は完成した。南を頭とする高めチャンタ、平和、三色、待ちは場に残り一枚ずつの一四索。一つ心残りと言えばその浮き牌が九萬の事だろうか。

 今の場、対面は早々に索子に見切りを付けて切り出しており、筒子もちらほら切られている。その中で萬子だけが非常に高い。この九萬は早目に切ってしまっても良かったが、九萬をもう一枚引き入れての純チャンへの移行も考えられた、中盤赤木が一枚切っていたが、皆が中に寄せている今、手に使われている可能性は低い。つまりは山に残っている可能性が高く、そうなれば場に二枚切れている南を回し打つ事が出来、防御面としても優秀な構えだ。

 さて、対面は本当に萬子で待っているのだろうか、注目すべきのは十巡目に切られた六筒。

何かを引き入れての打六筒。恐らく五六六筒や六六七筒の典型的な並びか三四六筒に有効牌を引き入れたのだろう。三筒は早々に場へ三枚切られている為、二四六筒の並びを十巡目までわざわざ抱えていたとは考えにくい。その時点で聴牌か否かまでは分からなかったが、浮き牌が既に整理された様を見ると恐らく一向聴だろう。その後十二巡目の打七萬、煮詰まってきた場にあの牌は強い。萬子が後の事を見ても、上の萬子が臭い。曲がっていないがあれで間違い無く聴牌しているだろう。先ずは筒子の順子が一つ、後は萬子で固まっていそうだ。

 

 打七萬、あれも六七七萬か七七八萬の浮き牌。そうなれば七八萬の可能性があり、この九萬は切れない。何か切れる材料は無いかと河を見渡すが、ヒントになりそうなものは無い。ならば当初の予定通り南を落として様子を見てみよう、直ぐに一四索か六九萬を引く事が出来れば打点は下がるが聴牌復活、更にその時落とせるのは完全安牌の南。もし、次のツモが一索、更に対面に九萬が通っていたと言う結果が分かったとしても、自分の選択に後悔は無い。こうあるべきなのだ、自分の打ち方は。

 

「クク……震えねえな」

 

「何がですの?」

 

 怖くない、とでも言いたいのだろうか。言わせておけば良い。何れ自分が上回って――。

 

 

 

「リーチ」

 

 

 下家の男子が放り投げたリーチ棒と共に河へ切り出された牌、それはドラの五萬。しかし、只のドラ五萬では無い、赤ドラ。つまり一枚で手を二役上げる事が出来る魔法の牌。

 透華はすぐさま対面の反応を見るが、対面からロンの発声は無い。それはまるで身投げの様な暴打、この下家も対面が萬子の上で待っている事位分かっているだろう。それは殆ど五八萬か六九萬に絞られている。

 

 しかし、通してくれたのなら此方は楽になる。これで五八萬の筋は消えた。つまり対面の待ち牌は十中八九、六九萬待ち。この九萬を抱えていては辛いが、もう一枚重ねる事が出来れば和了り牌を握れる上に聴牌復活。対面、上家と安牌のツモ切りが続き、続く透華のツモ。引き入れた牌は四索、打点は落ちるがとりあえずは聴牌。打南の六九萬待ち、牌を曲げる事無くノータイムで南を切り出した透華は、対面と聴牌を合わせられた事に安堵していた。これなら自分が負ける可能性がぐっと低くなる。

何故なら赤木の待ちは既に分かっているからである。

 

 さあ、思考しろ。これが自分の領域だ。

 

 

 

 赤牌切りリーチと言うのは待ちが非常に絞られる魔法の牌だ。

 一般的に赤切りリーチは二つの待ちに分類される。五七八萬などの並びから両面移行を考えての打赤五萬。両面移行で平和が付くのなら点数は同じになるのに加え、待ちも両面と広くなる。

 もう一つは引っ掛けリーチ、五七九萬や四五五萬などの並びからあえて赤五萬を切り出し、筋の八萬を誘う、そしてそれを読んで筋を引っ込めた所に三六萬で刺す。等々使い方は多彩だ。

 しかし、この引っ掛けリーチと言うのは自分の安全を保障しながら、かつ相手が飛び込んで来るのを誘う戦法だ。引っ掛ける時に切るものは比較的危険牌になりやすいのだから、皆危ない局面ではそんな打牌は引っ込める。そうだ、この状況で引っ掛けリーチをする為だけにわざわざ狭い待ちで暴打するなど理に適ってなさすぎる。

 

 

 赤木は中盤に九萬、そして前巡に四萬を切っている。つまり五七八萬の並びは無い、そして逆の二三五萬からの一四萬待ちも消えている。

 いや、思い出せ、確かあの前巡に切った四萬は、序盤手に入れてからずっと動いていなかった四萬。赤木の河から察するに、手牌は明らかに索子に寄っている印象を受ける。となれば伸びて来た索子に、最初引っ付いて固まっていた四五萬を落として行ったのでは無いか。そうとしか考えられない、この局面での赤五萬など。明らかに大物手で勝負へ向かった、それが索子の染め手となれば、対面の不要牌である索子を討ち取りやすい。成程、それだけを見たらただの暴牌だが、よくよく見てみると理に適っている。

 勝負手を押す為に切らざるを得なかった赤五萬、そう考えれば納得出来る、事実こんな打牌をされては皆赤五萬に釘付けになり、その付近を警戒してしまう。その実、手は索子で染まっていると言うのに。

 

 

 場は流局が見えてきた次巡、透華のツモ。

 手に入ったのは八萬、一応手変わりが出来るが、する意味も無い。対面の待ちは六九萬、そして赤木の待ちは索子の染め手なのだ。

 

 

 

 

 八萬をツモ切った瞬間、急に暗かった視界は開け、気が付けば自分はあの合宿所の雀卓に座っていた。

 

 

 

 この感じのままこの現実に戻って来るのは初めてだなと辺りを見渡した透華だったが、何やら騒がしい。皆が顔を見合わせ、燥いでいる。あの少年の後ろに居る清澄の部長なんてだらしのない顔をしながら少年の背中に抱き着いている。

 

 何が――。

 

 

 

「聞こえなかったか」

 

「…………?」

 

「2000点だ」

 

 

 

 赤木は何時の間にか手を倒している。

 

 七九萬の嵌張待ち、嗚呼、自分は八萬で振り込んだのだ。

 

 

 

「……何ですってェッッ!」

 

「うわっ、透華が戻ったっ」

 

 

 まるで脳天にラッキーパンチを貰ったかの様な衝撃が走る。

 

 索子はどうした、よく見てみると赤木の手に索子など面子一つしか無いではないか。

なら、何故わざわざあのタイミングで四五萬を落としたのだ。五七九萬の並びから赤五萬を切り出すのは分かる、先程自分も考察していた。

 しかし、わざわざあのタイミングで、わざわざ赤五萬が危険牌になるのを待ってから。いや、それ以前に四五萬の並びなら赤五萬を使えるではないか。ならわざわざ何故そんな打牌を、そんな事は理に――。

 

 

「……お名前、伺ってませんでしたね」

 

「赤木しげる」

 

 成程、やはりこの男がハギヨシの言っていた男。

 

「貴方は、わざわざ八萬を切らせる為だけに、索子の染め手に見せかけつつ四五萬を落としていった」

 

「さあ、どうだったかな」

 

「つまり、五萬が安牌だと分かっていたって事ですわね?」

 

 透華は対面のゆみに目配せすると、ゆみはどうせ読まれているのだろうと観念し手を開ける。それは紛れも無い六九萬待ちであり、透華の読みとピタリ一致していた。

 

「いや、勘だ」

 

「……勘ですって?」

 

「まあ、運が悪ければ死ぬだろうな、通れば良い待ちだろ?」

 

「………………」

 

「クク……なんだかな。昔からの癖って奴だ」

 

 

 理に適っていない打牌、デジタル打ちの透華もあの状態にならなければ多少打つ事もある。

 麻雀は目立ってなんぼだ、デジタル打ちが否定する流れを透華は信じている。だから流れに乗ったと感じれば押す事もある、悪ければ好形を張っても退く事だってある。しかし、此処までの三回戦の自分のデジタルに徹した打牌、その方が自分は強いと言うのを今自覚出来た。

 

 嗚呼、麻雀は何て不合理だ。

 

 自分が求める、デジタルで隙が無い打牌をしながらも、流れに乗り皆の注目を独占する打牌。

 それでは恐らくインハイの準決勝も行けない。

 自分が否定する、デジタルのみに徹し、派手さも、華やかさも、全てを欠かした打牌。

 自分で言うのもなんだが、それならインハイ決勝卓でも戦える自信はある。

 

 何時もは忘れてしまうが、あの状態の記憶を持ったまま戻って来た今だから分かる。チームが勝つ為、強くなる為には己を殺し、あのデジタルに徹した冷ややかな闘牌をするべきなのだ。

 しかし、それでは。

 

「……つまらないですわ」

 

 あの時も思った、それではつまらない。しかし、つまらなくても勝てるのだ、自分に着いて来てくれる仲間の為にも、自分は勝つ打牌をしなければならない。

 

 

「赤木さん」

 

「ん?」

 

「上手い打牌、強い打牌。どちらを目指すべきですの?」

 

「クク……何だその質問」

 

「…………」

 

「まあ……どっちもいけ、それで勝てる」

 

「……ぷっ」

 

 まだ二局しか打っていないが、この男の言いそうな言葉だ。いや、この男がそれを言うからこそ、重みがある。

 今自分はデジタルとオカルトを両天秤にかけていた。今まではそのどちらしか取る事が出来なかったからだ。しかし、今ならオカルトに身を投じながらも、デジタルを背負った打牌を出来る気がしてならない。自分が最強だと思っていたデジタルの極みでは恐らくこの男には届かなかった。たった二局だが、今の自分にはそれがマグレでは無い事位分かっている。

 二兎を追う者は一兎をも得ず、そんな言葉がある。今までの自分はまさにそれだった。どちら共得ようとしていたが、どちら共得る事が出来なかった。だからだろうか、デジタルの兎を追い続けた人格が出て来てしまったのは。

 しかし、何故今まで気が付かなかったのだろうか。二兎を得る為には二人で別々に追えばいいのだ。それを捕まえて合わせれば二兎を得る事が出来る。二つの何かを得る時、必要なのは別つ事なのだ。

 

 

 

 

 皆の注目を集めるのに、目立つ素行など必要無かった。この男はそれを見せてくれた。打つ時は地味でも、目立って無くても良い。

 真に皆の注目を集めるのはその華やかな打牌、事実赤木は皆の注目を集めるのに二局も使っていない。二打だ。

 あのカンと赤五萬切り。この二手だけで人の心を掴み、注目され目立っている。本人は全く目立った素振りを見せていないと言うのに。

 

 自分はあれ位人の心を掴むのに二打だけでは無理だ。しかし、一局かけてなら自分だって出来る。

 ああもう、あの清澄の部長なんてその二打だけで赤木にほの字だ。

 

 

「ふん、今に見てなさい。本当に目立つのは私、龍門渕透華ですわ!」

 

 

(クク……やけに元気だな)

 

 

 普通あんな討ち取り方をされれば、委縮し、萎えてしまうのが大半の人間だ。しかし、この女生徒は能天気なのか鋼のメンタルを持っているのか。それさえもプラスに考え自分の物にしようとしている。

 自分を省みる事の出来る人間は強い。先程の二局までとは違いやりにくくなるなと溜息を吐いた赤木だったが、後ろからしがみついていた久から見ればその横顔はどこか嬉しそうであった。

 

 

 

 捨てる、別つと言う事は同時に拾う事でもある。

 なら身を投じろ。デジタルとオカルトの到達点に。

 

 

 それは茨の道かもしれない、しかし退路なんてもう無い。

 その先にこの男が居るのなら。

 

 

 

 

 

 

 

 


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