赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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赤木しげると無口な少女 其の一

 ずぶ濡れのまま階段を登る、何処となく既視感を覚えながら、赤木は店のドアノブに手を掛けた。ゆっくりと開いた扉の先には、少なくとも外観からは想像出来ない光景が広がっていた。

 普段なら様々な音が入り乱れている筈の雀荘は、ただ一つ打牌の音のみが広い店内に響いていた。

 異様な光景である。何十卓も置かれている店内に、立っている卓は一つのみ。そして使われていない雀卓は普通牌が整えられているものだが、どの卓も試合中の体を成しており、サイドテーブルには幾つもの飲みかけのグラスが無造作に置かれている。

 赤木の鋭い目線の先には、明らかに堅気では無い二人に対し、この店のマスターであろうタキシードの男、そして一目で女子高生と見て取れる女子が一人。

 

「あらら……そんなに濡れて……ごめんなさいね。今は……その……」

 

 あのマスターの妻であろうか、この異様な光景に怯えないようにとの配慮か柔らかい笑顔を浮かべながら店の奥へと戻って行き、白いタオルを抱え戻って来る。

 

「とりあえずお拭きなさい」

 

「ええ、どうも」

 

 赤木はタオルを受け取ると首へと回し、頭を拭き始める。そしてタオルを首に掛けたまま、その異様な卓へと歩み寄って行く。

 マスターの妻は一瞬止めようとしたが、その光景に全く動じず先々進んで行く赤木に声を掛けそびれる。赤木は照の背後へと歩み寄ると、近くの椅子に腰かけようと考えるが、この濡れたズボンでは申し訳無いとその場でポケットへと手を突っ込み、その場を見下ろす。

 

「なんだい、坊や」

 

「いえ、お気になさらず」

 

「ふん……通しじゃなきゃ何でもいい、好きにしろ」

 

 赤木からすればその光景は日常である。もっと言及するのならば、日本のヤクザのトップとも言える男を手玉に取った事があり、その上、泣く子も黙るその男を泣かせた事もある。それに関しては言い方に少々語弊があるかもしれないが、今の赤木からすれば目の前で突っ張っているヤクザはその辺に居る通行人と大差無い存在であった。

 そして普通に見れば異様としか言いようの無い卓で、赤木同様平常心で打牌している少女に赤木は興味をそそられた。

 ギャンブルは何かを賭けているか否かでその本質が変わる。少なくともこの場では賭けが成立しているのだろう。だが、赤木が見る範疇でその少女は恐ろしい程の平常心を保ちながら淡々と打牌していた。

 

(へぇ……)

 

 そしてまたその少女、宮永照も背後に立っている少年に興味を向けていた。試合中に対戦相手以外の人物を注視した事がかつてあっただろうか、流石の照もこんな雀荘にずぶ濡れで入店し、あまつさえその卓を見下ろす白髪の少年が気にならない筈が無い。

 半荘一回勝負、条件は半荘終了時、二人の合計点が純粋に高かった方の勝ちと言うシンプルな内容であった。箱割れが出てしまえばその時点でそのコンビが負け、同時に飛んだ場合はその時点での合計点で決まる。

 照は表情に出さないが非常に悩んでいた。高校の試合に入れ替わりの団体戦はあれど、チームが同卓して勝ちを目指すルールは無い。勢いに任せてツモっていてはマスターが飛ぶ。かといって出上がりだけを狙っていては上がれる機会は少なくなる。自分の麻雀が出来ない事に少々の息苦しさを感じていた。

 ツモが有効打になるのは相手が親の時に限り、更に自分の相方であるマスターの点数は東一局竜崎の親にて親跳直撃、残り七千点まで削られていた。何か来ると思っていた照であったが、それを仕掛けて来たのはなんと初っ端東一局であった。マスターは自分の手牌に必死で気付いていなかったが、照が見逃す筈も無かった。

 エレベーター。最も単純なイカサマであり、ある意味最強のイカサマでもあった。種を明かせば単純この上ない、コンビ間で牌を交換し合うのだ。

 卓下で行われるそれは証拠を掴み難く、牌を交換する一瞬の少牌の瞬間を指摘する以外に看破する方法は無い。そもそも上がり形を見ても怪しすぎる、清一色に向かう際その色が多少溢れる事は多々あるが、手出しの萬子、そしてその切り順がどう見ても支離滅裂であった。マスターは親跳を当てられたショックで全く気付いていないようだったが。

 と言っても照はそのイカサマを指摘する気も無かった。競技者としては認めたくは無いが、そんな小細工を全て薙ぎ倒して勝つ、それが照のセオリーだった。

 

 

 そして東一局一本場、また仕掛けて来るのかと相手に少し気を配っていると、後ろの少年がマスターの後ろへと移動していた。

 少年は嘲笑気味にマスターの手牌を見下ろし、溜息を吐いている。マスターは気付いていないが失礼この上ない反応であった。皆が理牌に集中している間も照は集中を切らさない。

 山を全て取り終わり、照が手牌に目を降ろそうとした瞬間、竜崎が動く。不要牌を右手に握り、山の右端とすり替えた、無論照は見逃さなかったが、同時にその動向を目で追っていた人物が居た。

 

(……あの子)

 

 赤木である。普通観戦として背後に立つのならば、理牌されていく手牌に目が釘付けになるものだ。そして竜崎も手練れ、音も無く淀みも無く、したたかに行われたそれは、予め知っておかないとまず見逃すレベルの速さだった。

 赤木も照同様、言いがかりをつける事無く、再びマスターの手牌へと目を落としていた。

照は一息深呼吸すると、赤木に気が向きすぎていると気を取り直し、素早く理牌すると切り出しを何にすべきかを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(クク……随分きつそうだな)

 

 今自分が見下ろすこの男の心境は、手に取る様に分かっていた。何故なら赤木はかつてこの様な思考に陥った人物を何百人と陥れ、喰い取ってきたからだ。

 飛べば終わりなこの状況、初っ端に親跳を直撃され、残り点数は七千、満貫直撃で死ぬ。兎に角和了る事だけを考えて進められたその手は、既に見た目發のみの二副露。更には上家の竜崎の親リーチ。

 しかし、マスターに降りる気は更々無かった。何故なら手牌にはドラの暗刻に加え頭の五筒の一つが赤、傍から見れば苦し紛れの發のみに見えるその手は、実は満貫手に化けていた。マスターはその隠した刃で相手を穿つ腹積もりであったが、赤木からすればドラが何枚あろうが、マスターのその鳴きは苦し紛れ以外の何物にも見えなかった。

 竜崎からのリーチが掛かった瞬間、照からの差し込みを期待する。この満貫を和了れば、照の点数は16700点まで減るだろう。しかし現役高校生最強の照ならば、それ位諸共しないだろうと淡い期待を抱いていた。マスターの待ちはバレバレの三、六萬であり、出和了りには期待出来なかった。ならば差し込みと照からの援護を期待していた。

 照はそんなマスターのひしひしと伝わる熱望をとっくに汲み取っていた。しかし照の対面、竜崎に萬子が非常に高く、頭ハネのルールの今、萬子はとてもではないが切れる状況では無かった。どうしたものかと照は考える。他人を勝たせる方向で考える事がこれ程しんどいとは、敵全員をまとめて飛ばす勢いで和了り続ける事の楽さを今になって実感する。

 場は七巡目であったが、照は既に平和のノミ手を張っていた。待ちは六九筒。九筒はドラの為出る事は先ず無いだろう。下家の子分に聴牌気配は無い、そして対面の竜崎の待ちは十中八九、三六萬か五八萬と当たりを付けていた。タンヤオ気味の捨て牌、恐らく平和はないだろう。ドラはマスターが暗刻で持っているが、下手に裏ドラが乗れば振ったマスターは一発で飛ぶ。

 

「…………」

 

 竜崎のリーチ後、マスターは場に三枚切れている白をツモり、安牌をツモれた安心感と同時に、ツモれなかった事を悔やみながら場に切り出す。次の照のツモ、照はノータイムで一索をツモ切る。

 そして子分が安牌を手出し、竜崎の一発目のツモは不発に終わり、舌打ちと共に安牌の西を河に叩き付ける。

 次巡マスターのツモ。多少震えながら伸ばした手が掴んだのは、赤五萬。

 現在のマスターの手はドラ暗刻、頭である五筒の対子、そして四萬五萬。この五萬を赤と入れ替えればこの手が跳満にまで化ける。しかし、五萬は竜崎に厳しい。

 ならば四萬はどうだろうか、此方も厳しい。ならば五萬で勝負に出るしかないのでは無いか。

 マスターは乱れる呼吸を整えながら、ツモった赤五萬を手牌に入れ、五萬を手に取る。店の存続が掛かっている以上、そして自分がそれを握っている以上何処かで勝負を仕掛けるしかない。

 

(だけど……この五萬は……っ)

 

 

 竜崎に危なすぎる、振れば終わるかもしれない。

 

 

 

「ッ…………!」

 

 

 

 

 マスターは五萬を手牌の上へ置くと、深い溜め息を吐いた。

 切れない、自分には。諦めて安牌であろう五筒に手を伸ばした瞬間。

 

 

 

 

 

 

「随分きつそうですね。代わりましょうか」

 

 その時点でのマスターは知る由も無いが、それはマスタ―にとっての天啓であった。

 先程から背後で観戦していた物好きな少年は、肩の上に手を置くと少し口角を上げ目を細める。こんな場に居るのだから腕に自信はあるのだろうが、その風体はただの中学生、とてもこの場を任せられる訳が無い。

 

「いや……大丈夫――」

 

「代わって下さい」

 

「へっ?」

 

 思わぬ方向から声がした事にマスターは驚いた。照は赤木を見つめ、マスターと交代する様に目でジェスチャーしていた。

 何故照がこんな少年と自分を代わる様に促したのか、マスターは疑問であったが、照が言うのならば間違いないのだろうと席を立ち上がり、竜崎と目を合わせる。

 

「ケッ、ガキに代わっても賭けは続行だからな」

 

 竜崎の了承を得たマスターは椅子を引き、赤木に席を譲ると自身は背後の椅子へと腰掛ける。

 何年振りだろうか、この感覚。ひり付く様な空気も、この椅子の座り心地も。何時間でも感銘を受けていられそうだったが、赤木は席に着くやいなや真っ先に右手で牌を掴み、その感触を確かめる様に握り込んでいた。そして一息吐くと、間髪入れずドラの暗刻に手を伸ばす。

 

「あっ!」

 

 マスターが短い声を上げるが時既に遅し、赤木はあろうことかドラの九筒を場に叩き付けていた。

 

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