赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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宮永咲 其の一

 化粧室を後にした咲は、ドアの向こうで不安気な表情を浮かべ両手を胸に添え立っていた和の姿を認めると、自分を心配して追って来てくれたのだろうと予測を立てる。

 

「あの……大丈夫でしょうか?」

 

「うん、ありがとう」

 

 和にお礼を言いながら笑顔を見せると、和は安心したと一息吐き咲と共に卓上へと戻って行く。今までは透華の後ろから観戦していた和だったが、今度は咲の後ろへと回り込むとその卓上を見下ろした。

 

「では再開だな。東三局、私の親」

 

 サイコロの七の目を確認したゆみは、対面の山を切り分け、ドラ表示牌の北を確認すると四枚の牌を掴み眼前へと並べる。咲は段々と露わになっていく配牌に、やはり初手に槓材は無いか、と状況が好転した訳では無い事を再確認し、ゆみの切り出しを待つ間牌を並び替えて行く。と言っても配牌は非常に良く、直ぐに鳴けそうなのは南の暗刻だろうか、それに加え白の対子が手にある。

 

 

 何時もは効率牌など度外視した荒唐無稽な闘牌が繰り広げられていたが、この局に至っては誰もが手成りに手を進めており、普段カンを前提に手を進める咲も、カンが出来る場面に鳴きの発声を上げる事は無かった。和が見ている限り、一つを除けばそれはよくある平凡な打牌であり、咲の手も手成りで行けば筒子に寄った南のノミ手、対子になっている白を生かすならば混一で聴牌といった所だろうか。そしてその懸念材料となっているのは、完全に孤立した四索の存在であった。これは咲が序盤、三五七索、五索が赤の並びを落とさざるを得なくなった時、三索を摘み上げてしまい、次巡にツモってしまった四索だ。麻雀ではよく有り過ぎると言っても過言では無い裏目であり、こうなってしまった時、面子不足なら七索を落とし両面に受けるものだ。面子が足りているならばフリテンの可能性も考慮し其処を落とし切る手も出て来るが、その時点での咲に面子は明らかに足りていない。ましてや五索は赤ドラだ、使う道を探すのが人情。加えてその四索を残せば染めの邪魔になり筒子の混一と言う道も断たれる。

 

 しかし、咲はその後続けて五七索と落として行くと、手牌の左端に四索を残し手を進めて行った。

 

(……四索はチャンタ気味の赤木さんが一枚切り、後は見えてませんね……。そう言えば咲さん、赤木さんが四索を落としたのを見てわざわざこの四索を残した様に見えたような)

 

 和の読み通り、その平凡さが支配する卓に飲まれてしまっているかの様に赤木も手成りで手を進めており、その手役はまたもやチャンタ、白か九筒を鳴ければ聴牌だなと考えていた所に、対面の河へお目当ての白が切り出されて行った。

 

「ポン」

 

 躊躇い無く白を鳴いた赤木は八筒を切り出すと、手を九筒頭の辺三萬待ちに受ける。皆中へ寄せて行っており、出るのも時間の問題かと考えていたその時、同巡にゆみが切った四筒に鳴きの発声を上げる者が居た。

 

「カン」

 

 その一言で場がざわめき出す。あのカンの王様宮永咲がこの日初めてのカンを見せたのだ、無論あのカンで嶺上開花を決めるのだろう。誰もがそう想像していた。しかし、咲はツモって来た嶺上牌で手を和了る事も、進める事も無く、その中をツモ切るとドラ表示牌へと手を伸ばした。人差し指一本で捲られたそこに刻まれていたのは中の文字。刹那、皆の視線は一気に赤木の鳴いた白へと向けられ、同卓する者は白チャンタドラ三の構図を思い浮かべる。しかし只一人、赤木だけは少々俯いている咲を見据えると、成程と頷く。

 

「む、珍しいな清澄の、相手にドラを乗せるなど」

 

「うーん。確かに、咲のカンじゃそうそう見ない光景ね……」

 

 更に久は気付く、当然白を残していれば自分にドラが乗っていたのだ、しかし、咲は赤木に白を鳴かせた上に、ドラまで乗せてしまったのだ。

 

(本当に調子が悪いのかしら)

 

 透華は咲の中切りの後、ツモって来た三筒を手に落とす。これで一二三筒の一盃口が完成し、残る判断としては赤木のチャンタ気配に切り出せずにいたドラ東の処理だったが、ドラが乗った事によりそれは更に切り辛くなる。しかし場には一枚も出ていない事からまだツモれる可能性もある。透華は仕方がないと頭以外で使え無さそうな対子の北を切り出して行く。

 やっとの思いでカンは出来たが、それでも相手にドラが乗り、宮永咲は本調子では無い。それが室内を漂っている推察であり、事実透華とゆみでさえそう考えていた。これまでの半荘三回で一度もカンが出来ていないのだ、ブラフでは無く本当にカンが出来なかったのだろう。それが透華の様子が戻ると共に、漸くカンへの道が開かれた。

 

 

「…………」

 

 嗚呼、いいさ。そう思っていてくれ。

 どうせこれが使えるのは一回キリだ、皆カン自体が出来ないものだと思ってくれている。ある意味半荘三回をドブに捨てたようなブラフなど、誰も読めはしないのだ。いや、それがブラフと言えるかどうかも怪しい。事実咲は本当にカンをしたくても出来ずに攻め倦んでいたのだから。しかし、相手の手を進めるカン、その逆発想とも言える鳴きをこの土壇場で思い出した。ならばこれまでの半荘三回は無駄にしない。

 

 この巡目、誰もがツモ切りを繰り返し、膠着状態のまま迎えた咲の番、ツモ山から持って来た牌を手牌に乗せると同時に、端に浮いていた白を切り出して行く。

 その白に久は咲が対子から落として行ったと言う事実を認識する。

 

(白……?じゃあ対子から白を落として行ったのね。それなら白がドラドラになった筈……勿体無いわね)

 

 

 透華は上の索子か下の萬子、それか東が重なってくれればと思い手を伸ばす。そして掴んだ牌は八索、見事に重なった面子に、残る課題は東を重ねるだけとなった。北を落としながら、現状一向聴の手が実るのをひたすら待つ。

 

 

 

 赤木はツモって来た四索を手の中に入れると、入れ替える様に一索を切り出した。後ろの観戦者はその入れ替えにどよめき、その様子にゆみは思わずツモ山へ伸ばしていた手を引っ込める。

 

 

(ッ……明らかに一索と四索を入れ替えた……何故だ、確かに白を鳴けたのだからチャンタへ向かわずとも和了れるが……)

 

 わざわざ打点を下げる意図も見当たらない。しかし、赤木が四索を引っ込めたのだ、何か意味があるのだろう。次巡にでも溢れそうになっていた四索に、今一度河を見渡す。その時、成程と咲の河を見ながらゆみは頷く。まるで其処は安全地帯ですよと言わんばかりに三索やら赤五索やらが切り出されている。萬子も比較的に切り出されたその河は、ストレートに読めば四筒をカンした辺り筒子の染め手だろう、四筒カンならばその周りは既に面子だ、待ちと言えば上の筒子か。しかし、あの白対子落としはタンヤオ移行と言う事も考えられる。思ったよりも筒子や字牌が伸びず、萬子を引っ付けての喰いタン、こんな所だろうか。

 ドラ三に強烈な印象を受ければ、誰もが赤木の安牌を切るだろう。そうなれば赤木が切っている四索は他者の手から溢れやすい、ましてやあの咲の捨て牌だ。

 

(ふむ……)

 

 危なかったとゆみは胸を撫で下ろす。赤木があのアクションを起こさなければ、この巡にでもこの四索は切り出されていたのだから。

 さて、四索を切るのは不味いと引っ込めたは良いものの、この落とす気が満々だった二四索の嵌張をどうしてくれようかと考えるが、三索か五索を引く以外に道は無い。せめて安牌とツモ山に手を伸ばすと、引いて来た牌は一索であり、とりあえずは安心と河へ切り出す。

 

 

 

 

 

 

 

(張った……!四索を切れば南、混一の五八筒待ち)

 

 同巡、咲がツモった八筒により、打四索の五八筒ノベタン待ちの手が完成した。手の構成は南の暗刻、一二三筒にカンされた四筒。南のみの四索単騎待ちを続けていた咲だったが、此処まで来れば流石にこの四索を切り出すだろう、和はそう考えていた。

 

「…………」

 

 この四索待ちはバレている。せっかくカンのミスを装い、相手にドラを乗せてまで赤木が切っている四索で和了りを釣り出そうとしたのだが、あのゆみのリアクションを見るに四索を引っ込められた可能性が高い。流石だ、赤木が四索を入れ替えたかもしれないと言う不確定要素だけで四索を止められてしまった。惜しい、咲が隠した刃は喉元まで迫っていたと言うのに、何と言う間の悪さだ。ならば仕方が無い、大人しく打四索の混一を選ぶべきではないか。

 

 

 

(いや……違う、この手はまだ生かせる……)

 

 しかし、それが成就しなかったならみすみす5200点の手を潰してしまった事実だけが残ってしまう。点数も心許無い、和了りが欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

「…………赤木君」

 

「ん?」

 

「麻雀って楽しいし、しんどいね」

 

「……ああ」

 

「赤木君は麻雀楽しい?」

 

「逆だな」

 

「え?」

 

「そのしんどさが俺には心地良い」

 

 

 

 

 

 

 

 勝つと言う道は、その華やかな結果とは裏腹に地味なものだ。皆、見えない何かをコツコツ積み重ねて勝利を得ている。傍から見ればただ和了り続けている宮永照でさえ、その裏側では勝利の為に煮え湯を飲み、唇を噛み締めているのだろう。咲は初めてその勝利へ続く道へと足を踏み入れたものの、想像以上に其処は地道で、疲弊するものだった。

 

「ッ―――」

 

 咲は下唇を噛むと、勢い良く八筒を河へ叩き付けた。先程の桃子同様、和も咲の感情を剥き出しにした強打に驚きを隠せなかった。常に穏やかな彼女は、ここぞの和了り牌をツモった時以外、感情に左右され打牌に強弱を付ける事は皆無だった。やはり、皆対面の男に何かしらの影響を受けているのだろうか。それにしても再び四索単騎待ちで受けた咲の考えが和には微塵も理解出来ない。

 

(何故……この四索で待つ意味なんて……)

 

 咲が明らかに何かをやろうとしている。時間が無いと思った透華だったが、同巡にツモって来た東をこれ幸いと手の内に入れる。一二三索の一盃口、六七八索に二三五萬、そしてドラ東の頭。五萬が赤ドラな事を考えれば、曲げて裏を乗せて跳満が狙い目。それか直撃が難しくはなるが赤を切り出して素直に一四萬で受けるべきではないか。どうせ赤五萬リーチでなくともこの面子からの直撃は難しい。赤木のドラ暗刻が気になるが、攻める場面では攻める、それが透華のセオリーだった。

 

(曲げてツモって裏乗せて跳満、完璧ですわ!)

 

「リーチですわッ!」

 

 赤五萬を切り出した透華は、リーチ棒を静かに卓の中心へと置く。赤木はツモって来た北を河へツモ切り、ゆみは此処からでは流石に間に合わないなと手にあった五萬を切り出す。親としてはツモられたくはないが、それでも直撃だけは避けたい。

 そして咲のツモ巡、掴んだのは死神、赤五萬リーチに最も辛い九萬。リーチ宣言牌が赤ならば、一四か六九の筋が濃厚になる。赤木ならばそんなものは無視するが、透華のストレートな手作りならば恐らくどっちかの筋が当たりだろう。

 

(流石に切れませんね……此処は四索以外はあり得ません)

 

 

 

 二分の一で死ぬ。

 

 

「…………」

 

 成程、ゆみは先程こんな修羅の道を我執駆け上がって行ったのか。

 確かに右手が中々この九萬を放してくれ無さそうだ。しかし、自分は薄い氷の上を歩く道を選んだのだ。其処へ辿り着くまでは手を曲げる訳にはいかない。

 その道の先にあるのは南のみ1300点と言う酷い結果だ、全く、こんなノミ手に命を賭ける事になるとは。

 

 咲は穏やかに微笑むと刹那、その鉛の様に重い九萬を河へと叩き付ける。

 

 

(ッ……九萬、ロンの発声は無いか。しかし、その九萬は強いな、強すぎる。と言う事は筒子の清一までありそうな手か?いや、それなら四索など端から存在していなかったと言う話になる)

 

 

 元々四索を引っ込めた理由など、赤木が止めたかもしれないと言う頼りないものだ。安牌ももう無い、ならば限り無く安牌のこの四索を落として行くべきでは無いのか。

 

 

「…………ふふ」

 

 いや、それはないな――。

 

 

 

 一発を逃し落胆する表情を浮かべた透華を尻目に、赤木は安牌のツモ切りが続き、同様ゆみは安牌である四枚目の字牌をツモって来れた事に安堵しながら河へと切り出す。

 そして咲のツモ番、流局まで残るツモは多くて四回か、時間が無い。勢い良く伸ばした手が掴んだ牌は再び萬子、それも再び危険牌の六萬。六九萬の筋は無いとはいえ、四五五からのフェイク赤切りならば待ちは三六萬だ。透華が引っ掛けをする様にも思えないが、和とは違いオカルトにも片足を突っ込んだ人物だ。絶対に通る保証なんて無い。どの道もう少しで流局だ。

 

 

「…………」

 

 

 只々愚直に、懸命に進め。

 

 

 場に六萬を叩き付けた咲の様子に、赤木はこの少女に先程までとは打って変わって不気味な印象を受ける様になっていた。どう見ても下家の少女の様に勝負へ向かう体質では無さそうだったのだが、どうやら何かを変えようとしている様だ。見据えているのは姉の背中か、しかしその背中に追い付くにはこの局をモノにしなければならない。

 ツモれない透華、そして手が白ドラ三の辺三萬待ちから凍り付いた様に動かない赤木、ツモって来た南に嫌な予感を感じつつ、最後の安牌を切り出すゆみ。

 

 

(何を待っているんですか……咲さん。もう巡目もありませんし……)

 

 

 

「ッ――」

 

 

 此処だ、此処がこの手の終着点。

 そして咲はツモって来た牌に顔を俯かせると、左端に浮いていた四索を場へと切り出した。

 

 

(四索……やはりな。ついさっきまでの私なら出していた。多分引かされたのだろう、ド本命の一四萬を。不幸だな……よりによって三連続萬子の危険牌とは)

 

 

 咲はそのブラフに必死になっていた。でなければ誰があんな萬子を一発で切り出すか。余りに強い咲の九萬切りに思わず本当は四索なんて無かったんじゃないかと本気で考えてしまう程に咲の気迫は凄まじいものだった。その心中を察しつつ、同時に四索を止められていた事に安堵していた。しかし透華のツモ巡になると少し力んでしまう。このままツモらないでくれと言うゆみの願いが通じたのか、透華はツモった牌をそのまま河へと切り出した。

 そして赤木のツモ巡、赤木はツモって来た二索に何の疑問も抱かず場へと切り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嗚呼――。

 

 

 

 たったの一局が永く、遠くに感じた。それも全てはこの瞬間の為に。

 

 

 

 

 

 

「ロンッ!」

 

 それはあの宮永照も成しえなかった。その場の全員を、そして鬼をも騙した咲の二索単騎待ちが赤木を討ち取る。

 

 

 

 

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