赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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宮永咲 其のニ

 ゆみはツモ山へと手を伸ばそうとしていたが、その手が次のツモを迎える事は無かった。

 

「南のみ、1300点です」

 

 咲が倒した手牌の右端、其処に鎮座していたのは萬子の危険牌では無く、二索。

 

「二索単騎――」

 

 

 この瞬間、咲の手はこの場全員の予想を打ち抜いていた。

 ここ三日間だけだが、この世界での赤木の闘牌の中で一度だけ振り込んだ事がある。しかしそれは殆ど交通事故、和了った淡にも思考は存在しておらず、運命の巡り合せにより振り込んでしまった。しかしこの討ち取りはそれとは違う。咲は思考し、知略し、葛藤しながら手を作って行った。それを読み切るのは赤木の最も得意な分野と言えよう。咲はその土俵で赤木に競り勝ったのだ。それは余りに不条理、確かに諦めた様に切り出した四索を見れば、あの赤木でさえ騙せるだろう。しかし、それはドラが内蔵された満貫手でも無い。今回は偶々透華が牌を曲げた為千点が追加されたが、打点としてはリーチ棒とさほど変わらぬ1300点。

 そんなノミ手を和了る為に、その為に二索を待つ為だけに、咲は我執修羅の道を駆け上がって行ったのだ。

 

「……どう思う?天江さん」

 

「心焉に在らざれぱ、視れども見えず、聴けども聞こえず、食らえども其の味を知らず。……この中の誰もが打ってもあの和了り形にはならない。しかし清澄のには見えていたのだろう」

 

「見えていた……か」

 

 咲はこの和了りだけに賭けていた。嶺上開花も駄目、だが普通に打っても勝てない。だからこそ、その一点のみに全力を注ぎ赤木から和了りを取った。久は赤木の両肩に手を置くと、前のめりに倒れ体重を預けながら首を傾げる。

 

「ねえ赤木君。咲の待ち、どうだった?」

 

「ああ、良い待ちだ。意志もある」

 

「へっ?あ、ありがとう……」

 

 咲はまさかこの鉄面皮に褒めて貰えるとは思っておらず、思わずにへらと顔を綻ばせてしまう。少々照れ臭くなった咲は、まだ場は南入すらしていないと言うのに抜けそうになっている気を手繰り寄せる様に手で頬を叩く。東四局、初めての親だと言うのにどうも体が重い。普段ならば嬉しいものだが、プレッシャーを感じてしまってるのだろうか。と言ってもその重さは先程までの重圧とは少し違う気もする。

配牌を開いた咲は、手牌に四萬の暗刻が備わっている事に自分はやはり嶺上開花と言う道と向き合うべきだと言う事を改めて実感する。

 

 

 

「ポン」

 

 この男は何度チャンタへ向かえば気が済むのだ。咲は一巡目から鳴きの発声を上げる赤木に掴めない雲の様なものを感じつつ、その後進んだ場へと切り出された二索にそろそろ張ったかと予想を付ける。しかし、どうにもツキは自分へと傾き始めているらしい。早々に手牌の四萬を場へ晒し、ポンの発声を上げる。暗刻からポンを仕掛けていった咲に、和はもはや何も言うまいと動向を見守っていたが、やはり自分の予想通り咲は加槓での嶺上開花を狙っている様だ。そうでなければわざわざドラを切ってまで好形の二五八索三面張を崩す理由が無い。嶺上開花で無くともタンヤオが確定しており、二五八索でも和了れるのだ。それを蹴ったと言う事は断ヤオドラ一より高く、かつ和了れる保証の手。つまり嶺上開花に必要な牌を待ち続けているのだろう。

 

 咲の神経は全て赤木へと注がれている。それも致し方無い話ではあるが、それでも麻雀は四人で行う競技であり、他人を疎かにすると手に掬った水が零れて行く様に点棒を失ってしまう。

 

「ロン、2000点」

 

 赤木のチャンタを警戒するのならば、中張牌が溢れてしまうのは道理。となればゆみの断ヤオ平和手に刺さってしまうのもまた道理であった。

 千点棒を二本卓上へと置いた咲は、どうにも先程の和了りで集中力を切らせてしまっている感覚があるのを否めず、それは南入へと突入した後も続き、透華の親番に赤木が千点を軽くツモり、同様に引き入れた赤木の親番でも透華が5200点をツモる。

 手が悪かった訳では無い、無論カンをする機会も幾分かあった。しかし、ただその手を進めカンをしているだけでは今までと何も変わらない。もがき続けていた咲だったが、場は既に南三局。赤木と百点差でトップへと立つ事が出来るゆみだったが、どうしてもその壁を越えさせまいと眼前に深い谷が現れた感覚に囚われる。四巡目、ゆみのツモ切った北に再びチャンタのみの千点を和了った赤木に、此処まで徹底されるとお手上げだと1300点を赤木へと手渡す。

 

 

 その間も咲は焦燥感に苛まれながら闘牌を繰り返していた。赤木から直撃を取ったまでは良い。しかし、その後はまるっきり和了る事が出来ず、何か仕掛けようにも他の人間が牌を倒し勝負にならない。本来麻雀とはそう言うものではあるが、その事に慣れていない咲は常に心臓を握られているかの様な苦しさを覚えていた。

 南四局、トップとの赤木の点差は二万点近くあり、オーラスが親番でなければ卓を引っ繰り返してしまいそうだ。このまま終わるのだけは絶対に嫌だ、咲は強く想いながら配牌を並べて行く。

 

 

 艶が無い、大物手どころか聴牌すら危うそうなその配牌に軽く眩暈を覚えるが、もうめげたりはしない。直向きに打つ事はもう理解した。ならば自分の打つべき牌は決まっている。槓材は無いが早々に暗刻が出来た、もしこの暗刻が鳴ければ嶺上牌で手が進む気配もある。それに内へ寄せている内に二向聴まで直ぐに辿り着いた。

 

(嫌だ……このまま終わるのは……)

 

 

 しかし、此処からが至難、面子が埋まらないのだ。暗刻になった八萬を鳴くどころか、一向聴にすらならない。そんな咲の手とは裏腹に場だけは無情に進んで行く。この半荘、短いその間に皆何かを掴み、己の全てを振り絞り闘牌へ身を委ねていた、そんな半荘が流局の親流れで終了など冗談では無い。

 

 

「ッ――」

 

 

 嵌張が埋まらない、麻雀を打っていれば不聴で流局など日常茶飯事だ。しかし、それは今じゃなくともいいだろう。何故、今なのだ。咲はもう後が無くなった山に縋る様な思いで手を伸ばすが、掴んだ牌はやはり不要牌。思えば麻雀は努力だけでは埋められないモノが余りにも多すぎる。

 少年漫画でよくあるスポ根モノならば、ラスボスである赤木に一撃を入れ、其処からヒントを得た上で打ち倒す。そうなるものだろうが、麻雀と言う競技に関しては自分の努力ではどうしようも無い部分が目に見えてしまう。しかし、その麻雀で常勝と言う看板を引っ提げている人物も居るのだ。照ならば此処で聴牌出来ず親流れ流局など有り得ないだろう。

 

 何が足りない、対局前にはそれを掴む腹積もりだったが、この土壇場で掴んだものは懸命な南直撃のみ。

 

 

 後二巡、ツモが残り二回しかないにも関わらず、手は二向聴。このツモで有効牌を引けなければ鳴きが入る以外は聴牌が絶望的になってしまう。

 

 

(お願い……!)

 

 

 震える手が掴んだ牌は三枚目の北、咲の手から零れ落ちる様に落ちたその北に赤木は目を細めると視線を手牌に落とす。

 

「ロン」

 

 周囲の人間はどよめき始めるが、それは赤木が和了った事より教科書の様な赤木の混一の捨て牌に対し、北を捨てた咲へのざわめきであった。咲は赤木の手、混一、一通、白、ドラ三に自分の点棒がマイナスへ突入した事実に気付き、更に表情を曇らせる。それは苦悶に歪んだものであり、和は咲へ何と声を掛ければ良いのかと戸惑い立ち尽くす。

 

 

「ありがとうございました」

 

 咲は一方的に挨拶を押し付けると、腰を上げ出入り口の方向へと小走りで駆け出して行く。追いかけようと足を一歩踏み出した和だったが、今の自分は咲を慰める言葉を持っていない事に気付き踏み止まる。後一歩で逆転可能だったゆみだったが、終わってみれば赤木とは二万点以上差が付いている。しかし、ゆみと透華の表情は咲のそれとは違い、何処か晴れやかな気分でその卓へ座り続け余韻に浸っていた。赤木の両肩に手を置いた久は、追ってくれないかしら、と赤木へ問い掛けてみる。少し困った様に苦笑いしていた赤木だったが、重い腰を上げると咲が走り去って行った方向へとゆっくり歩き始める。

 赤木が去って行ったその卓の周りでは、今の半荘の総評について議論が飛び交い、その中でもゆみの役満を蹴ってまで咲から討ち取ったあの一局は論が止まない。少しこっぱずかしくなり頬を掻いたゆみだったが、興奮した桃子がその話題を出し続ける限りそれは終わらないだろう。

 

「……透華」

 

「……一?」

 

「赤木君は、強かった?」

 

「そうですわね……やってみれば分かりますわ」

 

 強いと言えばそうに決まっているのだろうが、その強さを言葉で表す事が難しく、聡明な透華だったがお茶を濁す返答しか出来ない事に溜息を吐く。

 

「加治木ゆみさん」

 

「ん?」

 

「ありがとうございました。先程の九蓮宝燈崩し、感服致しました。……何故あの三筒を止められたのでしょうか」

 

 人を素直に褒めるなんて珍しいな、とプライドの高い透華を何時も横で見ている一は、そう思いつつ、自分も気になっていた疑問に答えてくれるであろうゆみへ視線を移す。

 

 

「……ああ。勘としか言いようがないが……我武者羅に打ってたから、だろうか」

 

「……余り答えになってませんわね」

 

「そうだな。ただ……あの男が相手でなければ、考慮もせず切っていたのは確かだろう」

 

 その男の背中はもう見えず、咲を追いかけて部屋を出て行ってしまった。少女を追いかける少年、と言う構図よりかはヤンチャな孫を追いかけるお爺ちゃんの方が型にハマってるなと赤木が倒した手牌を見つめながら思う久であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悔しい。

 

 咲は行く宛も無く合宿所の廊下を彷徨い、気付けば玄関前の階段に腰を降ろし顔を伏せ涙を流していた。これ程悔しかった事は麻雀で一度も無い、それ程赤木との対局で何も出来ずに終わった事が胸を打ち付け、悔恨の念に苛まれていた。どれ程そうしていたであろうか、そろそろ心配した面々が探しに来そうだなと思い始めた時、後方から足音が近付いて来ている事に気付く。

 その足音は咲の横で止まった事を確認し、顔を上げた咲は其処に居た人物が赤木であった事に意外だなと目を見開くと、呆けた様に顔を見つめていた。泣き腫らした目は余り人に見られたくないものだが、この男なら気にならない。余り感情的に人を追ってくる人間ではなさそうな赤木だったが、胡坐を掻きながら階段に腰掛けた赤木が第一声で呼んだ咲の名は驚くほど優しく、麻雀のイメージとは雲泥の差であった。

 

 

「溺れてたよ、お前は自分に」

 

「溺れてた?」

 

「俺から南を討ち取った時から、お前から何処か真剣味って奴が抜けていくのを感じたよ」

 

「え、あ……勘違いしないでね。手を抜いたとかじゃなくて」

 

「分かってる。お前は手を抜かないだろうよ。だけど勝負には熱ってもんがあってな。そいつは気付いたら引いちまってる事がある」

 

「……お姉ちゃんなら、どうだった?」

 

 何かと姉を引き合いにだしてしまうのは、やはりこの男が姉に勝っているからと言うのもあるが、最終目標が打倒照な事もあるだろう。

 

「ククク、お前は姉にどう言うイメージを持ってる?」

 

「えっと……凄くクールで、冷静で……」

 

「……いや、あいつは誰よりも熱い麻雀を打っていたよ」

 

「お姉ちゃんが?」

 

 想像が難くなる。昔はそれ程でも無かったが、麻雀においては無表情一辺倒であり冷静に相手を屠る姉が熱い麻雀を打っていると言う事にピンと来ない咲は首を傾げ続ける。

 

「私には……難しいかな」

 

「そうかな」

 

「へ?」

 

「打ってたじゃねえか、あの一局。痺れたぜ」

 

「……でも一局だけだよ」

 

「クク……誰もが全局ああ出来る訳じゃねえよ。皆機を待ってる」

 

「機?」

 

「ああ、その機を待ち続けられる人間……そうだな。お前は其処から目指してみろ」

 

「……よくわかんないや」

 

「まだそれで良い。その……なんだ……インタ……」

 

「インターハイ?」

 

「ああ、それだ。それを目指してるんだろ?」

 

「うん」

 

「それまでに間に合えばいいんじゃねえのか」

 

「それはそうだけど……」

 

「…………咲」

 

「何?」

 

「そのインターハイとやらは目ぼしい人間が全員来るのか?」

 

「えっと、そうだね。全国から東京に集まって試合するんだよ」

 

「直ぐに試合か?」

 

「いや……東京へ行ってからは少し時間があるかな。確か開会式の前日ならみんな来てると思うし……その夜なら」

 

 その言葉を聞いた赤木は納得した様に頷くと、腰を上げ両手をポケットへと突っ込む。朝の日差しに顔を顰めながら、赤木はとある事を考えていた。

 

 

 

「四人」

 

「四人?」

 

「誰でも良いさ、東京に来る面子でお前を含めて四人集めときな」

 

 赤木の考えを何となく想像していた咲は、東京に集まったインハイ出場者の面子と本番前に対局するのだろうと当たりを付けたが、咲を含めて四人ならば赤木は打たないと言う事になる。

 

「……もう一回赤木君と打ちたかったな」

 

「ククク、何勘違いしてやがる。その三人はお前の味方だ」

 

「はえ?」

 

「まあ……少し特殊なルールになるが、四対四の麻雀だよ」

 

「四対四……でも団体戦は五対五の代表者選抜式だよ?それならインハイに備えて五人の方が……」

 

「二対二だ」

 

「え?」

 

「二対二、十巡で交代する特殊麻雀」

 

 赤木の言葉だけでは全く想像が付かない咲だったが、元よりこの男の提案を断る気はさらさら無かった。わざわざ自分の為に場を用意してくれると言うのだ、それなら甘んじて受け入れよう。

 

「分かった……頑張ってインハイの日までに三人集めておくね……って、赤木君も三人集めるの!?」

 

「まあ……そうだな、まだ時間がある」

 

 この広い全国からインハイ出場者を三人集める。それだけで骨の折れそうな作業だったが、この男なら難なくやってしまいそうな気がしてならなかった。人脈が無くとも、赤木が此処に今立っている事がその証拠になる。皆強者に集まるのだ、赤木の麻雀ならば惹きつけられる者も多いだろう。

 

「えーと、何処か宛があるの?」

 

「……とりあえず西だな」

 

「西?」

 

「大阪、あの辺りか」

 

 

 

 


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