赤木しげる、更に西へ
「なんや恭子、最近元気無いやんか」
「主将……いや、そんな事無いですよ」
基本各県から一校が出場するインターハイだが、東京と大阪に限り東と西、北と南に別れ各一校ずつが出場の権利を得る事が出来る。その中で南大阪の代表校であり、夏のインターハイ出場を決めている姫松高校で大将を務めている末原恭子は、自分の高校は全国区の実力を持っていると自信を持って言える。しかし、自分が全国区の実力を持っているかと言われれば、雀力以外で足りていない部分が多すぎると感じ、自信を持って肯定する事が出来なかった。恭子と仲の良い愛宕洋榎はそんな事は気にしてくれていないのは分かっているが、何処か引け目を感じてしまう。
「今日はもう上がりますんで、お疲れ様でした」
「恭子――」
逃げる様に部室を後にした恭子は、インハイまで一週間と迫っているにも関わらず、異能オカルトに対抗する手段を得られていない事に焦りを感じ続け、練習が手に付かない状況であった。一週間でどうこうなる問題でも無い事も分かっていたが、大将と言う勝利に直結する役割を任されている以上、プレッシャーはかかってしまう。もし自分がオカルトに呑まれ、手も足も出なくなったなら、それはチームの負けに繋がってしまう。
「……ほんま、けったいやわ」
四方塞がりな恭子は、ライバルである北大阪の千里山高校所属船久保浩子にデータを譲って貰おうかと本気で考え始めていた。牌譜には穴が空くほど目を通しているが、データを取るとなると得手不得手が出てしまう。ある程度の傾向は掴めるが、其処から対策を練りだせるのは得手の領域だ、自分には向いていない。無論敵に塩を送る様な真似は絶対しないだろうが、校門前で一週間土下座し続ければ流石に心が動いてくれないかとも考えた所で顔を振り頭を冷やす。
「凡人、二流三流……」
自覚出来ている分まだマシだと自負しているが、自分はその領域を出ない。どう足掻いても一流と呼ばれる全国区の化け物を相手に立ち回れる気がしない。しかしそんな猛者相手でも負けるつもりで卓についた事は無いのは恭子の強みであり、それは洋榎も認めている。だからこそ、全国区の強豪校で大将を任されているのだ。
「ハァ……にしても暑いわぁ……」
視界に入った自販機へフラフラと吸い寄せられると、乾いた喉を潤そうと五百円玉を捻じ込みコーラのボタンを押す。ガタン、と落ちて来たコーラを手にした恭子は、余りに温いそれに眉間へ皺を寄せると、溜息を吐きながら釣り銭を取り出す。この世で夏に飲む温いコーラ程不味いものは無いなと思いつつも、木々が生い茂り日陰を作っている公園のベンチに座りながら、勝てない喉の渇きにそのコーラを胃へと流し込んで行く。足をだらしなく放り出し、背凭れへ全体重を預けていた恭子は、このまま暑さで溶けてしまいたいと考えていた。
その時、背を向けあっている反対のベンチから聞こえて来た寝息に、思わず体を起こすと体を捻りベンチを覗く。其処には自分より少し年下であろう白髪の少年が暢気に頭の後ろへ手を回し、気持ち良さそうに昼寝をしている姿があった。何も考えて無さそうな少年の寝顔に羨ましい限りだなと溜息を吐くが、ブレザーでは無く学ランを来ていた少年にこの辺の人間ではないのかと想像を付ける。此処周辺の高校は男子のブレザーが多い。つまりわざわざ遠出をして公園のベンチで昼寝しているのだろうか。
恭子が覗き込んでいる気配を感じたのだろうか、少年は薄目を開けると体を起こし、此方を凝視していた恭子と目を合わせる。
「ああ、すんません。起こしちゃいました?」
「いや、良く寝た」
「そうですか……でもあんま寝すぎん方が良いですよ。この辺あんま治安良く無いですし」
「そうなのか?」
「ええ」
「ならここ等辺に雀荘はあるかい」
「雀荘ですか?まあ歩けばそこらじゅうにあるんちゃいます?……麻雀打ちはるんですね」
「ああ」
「……麻雀、得意ですか?」
もし此処が大阪で無ければ、その少年赤木との邂逅も無く話は終わっていただろう。元々フレンドリー気質な恭子の性格に加え、大阪人特有の人との距離の詰め方があってこそ、その出会いは生まれた。出会ったばかり、いや、出会ったばかりであるからこそ、恭子は愚痴がてらその心の内を吐き出してやろうと話を進める。
「そうだな」
「……羨ましいですわ。私も麻雀打つんですけど、悩んでるんですよ」
「へえ」
「インハイには化けモンが多いんですよ……あ、私来週全国行くんですけど、どうしたら良いか分からなくて」
その台詞が一切嫌味に聞こえないのが恭子の愛嬌であり、インハイへ出場すると言う言葉も相まり、赤木は恭子に対し興味が沸き始めていた。
「特に宮永照……あ、男子でも麻雀打つんなら知ってはりますよね?」
「ああ」
改めて照の有名さを実感しつつ、恭子の話を興味深く聞いて行く。
「あれとか別格なんですよ……ウチは大将やから当たるのは大星淡になると思うんですけど」
まさか目の前の少年が今上げた二人を手玉に取り倒している事など夢にも思わず、積もり積もった心の内を一気に吐露する。
「毎回向聴数落ちるみたいですし……どうやって勝てば良いか――」
その時、公園の入り口から聞き覚えのある関西弁が響き渡って来る。
「ああ!練習サボったと思ったら男かいな!何時の間にやねん!何時の間にやぁぁぁぁ!」
合宿で会った池田華菜と近しいモノを感じる喧しさに目を向けた先には、そのタレ目を二人に向け、指を差し仁王立ちしている少女の姿があった。洋榎はやはり恭子の様子がおかしいと感じ後を付けて来ていた。恭子の道筋はある程度予想出来、其処を辿った先に見つけた恭子が男子生徒と二人きりで居る事に思わず絶叫してしまう。ずかずかと歩み寄って来た洋榎は恭子の頬を掴むとさあ吐けとその頬を伸ばし始める。
「ひゅひょう……ひゃいましゅよ……っと。この人とはたまたまベンチで会っただけですわ」
「言い訳は見苦しいで……なんや最近悩んどるのは恋の悩みやったんか。水臭いで、ウチに言ってくれれば恋のキューピットしたるのに」
仮にそうであっても、洋榎に話すと話が1080°程拗れ三回転しそうであり、その気は起きないであろう。
「って話は置いといて。恭子、麻雀の事で悩んどんやろ?」
仲の良い洋榎でなくとも、恭子の悩みと言えば麻雀しか見当たらないだろう。自分が至らないと悩んでいるのは察していた洋榎だったが、何時もは何処までやれるか楽しみと意気込み懸命に卓と向かい合っている。そんな恭子の麻雀が洋榎は大好きであり、誇りに思っていた。しかし、最近の悩みはどうもそれで片付けられるモノでは無さそうであり、徹底的に問い詰めてやろうと恭子の後を追っていた。
「ウチも、主将も。今年が最後です。そんな大舞台で何処までやれるんか……楽しみですし、不安なんです」
「らしくないやん」
「ウチだって……こう、センチメンタル?な時もありますよ」
「うーん……せやなあ……」
両手を組み、唸っていた洋榎だったが、五秒もしない内に結論を出し言い張る。
「麻雀打つでぇ!麻雀の悩みは麻雀打って解決せな!」
「……ぷっ」
洋榎らしい。何時もそうやってチームを引っ張ってくれる洋榎に感謝しつつ、確かにらしくなかった事を認める。一週間ではどうにもならない、ならば今自分に出来る事を精一杯すべきであろう。今までそうして来た様に。
「ああ、折角やったら一緒に打ちません?」
「かまわねぇよ」
「ほな決まりやな!恭子の彼氏と三人で行くでぇ!」
「だから彼氏ちゃいます!」
合宿が終わるや否や、ハギヨシの運転する車に揺られ本当に大阪へと向かってしまった赤木に、残されたチーム編成はどうしたものかと、自宅の湯船に浸かりながら咲は漠然と考えていた。
インハイへ来るメンバーなら誰でも良いのだろうが、赤木の事を言えない程咲も交友関係は広くなかった。団体のインハイ出場者となると、それはもう姉の照以外見当たらない。
「あ」
そう、自分が知る中でインハイへ出場し、その中でも王者と言える心強い味方が自分には居た事を思い出す。今までは倒すべき相手として認識していなかったからこそ、照を誘うと言う選択肢が浮かんで来なかった。二対二、つまりチームの二人が同卓する事になるのだ。一般的な団体戦のそれとは一線を画す、チーム同士での同卓。姉が自分の横で打ってくれればどれ程心強いだろうか。ゲームで例えるなら終盤にラスボスの魔王が仲間になり、隠しボスへと挑む心境だ。
早速電話を入れてみようと湯船から勢い良く立ち上がり、善は急げと髪を乾かす事もせず自室へと駆けこむと携帯電話を手に取り、姉のアドレスから電話番号をプッシュし、数コール後聞こえてきた姉の声に今は大丈夫かと問い掛ける。
『大丈夫、どうしたの?』
合宿所で起きた事は粗方メールでやりとりしている。自分が赤木に手も足も出なかった事、そしてもっと掴むべきものがある事も。
「赤木君がね、三人。チームを集めて来いって」
『チーム?』
まさかあの男の口からそんな言葉が出るとは思ってもいなかったと思う照だったが、三人と言う事は咲を入れて四人と言う事になる。四対四の団体戦でもおっぱじめるのだろうか。
「それが……二対二で闘うんだって。詳しくは聞いて無いんだけど、十巡で交代するとか……」
『交代……?』
情報はそれのみだったが、照は様々な想像を巡らせ始める。二対二と言う事はチームの半分が同卓すると言う事だろう。そして十巡交代制。言葉の意味をだけをとれば、十巡打てばチームメイトと交代するのだろうか。つまり手牌を引き継ぐと言う事になる。簡単な想像をするだけでも面白い、そもそも照は現代における団体戦はあまり団体戦と言えるものでは無いなと思っていた。団体戦とは名ばかりで出場するのは一人ずつ、麻雀に於いて援護する事は点棒を稼ぐだけである。
しかし、赤木と初めて会った時にもやったが、二人が同卓するとその本質は恐ろしく引っくり返る。先ず差し込みの選択肢が大幅に生まれ、かつ片方を援護する為に片方を捨てる事も生まれる。其処には生きた情報が飛び交っており、その波に乗り遅れた者から脱落して行く。
『……面白そう』
「へっ?え、あ、そうだね!」
てっきり、そう。とだけ返って来ると思っていた咲は、姉の反応に戸惑いを生む。
『それで、咲は私をメンバーに?』
「うん……出来ればで良いんだけど、インハイ前だと色々あると思――」
『行く』
「え?」
『絶対行く。何時?』
「えっと、開会式の前日……位かな。流石に赤木君から連絡があると思うけど……」
こんなチャンス二度と無い。例えその麻雀を打ち、徹夜で後日のインハイに臨む事になろうが選択肢は一つしかない。そもそも徹夜程度で揺れる自分の麻雀では無いが。
『他の二人はどうする?』
「……えっと、一人は和ちゃんにお願いしようかと……」
和の事は良く知っている。咲からよく話を聞く機会があるのに加え実力も確かである。咲が麻雀を再開するキッカケになった人物でもあり、和には感謝してもしきれない。
「もう一人はお姉ちゃんに任せていいかな?」
今年初出場の咲に、インハイの面子を集める事は難しいかと考えた照は真っ先に菫と淡の顔を思い浮かべる。しかし、彼女達はもう大丈夫であろう。どうせならば、まだ掴んでいない人間と同卓したいと考えるが、中々面子が思い浮かばない。その卓に着く経験値を考えれば、普通に考えれば部外者はシャットアウトしたい。そうなれば清澄と白糸台だけでチームは構成したいが、照はその辺の小賢しい事は抜きにして頭を悩ませていた。
『……ごめん、今すぐ返事は出来ない。けど絶対に集める』
「うん!よろしくね!」
『じゃあ、おやすみ』
「おやすみ!」
通話終了ボタンを押した咲は、携帯を折り畳むと机の上へと置く。和にはまだ話していないが、恐らく賛同してくれるだろう。
照が用意する後一人の面子に想像を膨らませつつ、まだ乾いていなかった髪を乾かそうと咲は自室を後にした。