赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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場を作れ 其の一

「あ、もしもし?和ちゃん?」

 

『はい』

 

「ごめんね、こんな夜に。今大丈夫?」

 

『大丈夫ですよ』

 

 髪を乾かし終えた咲は早速和を団体戦メンバーへと誘うべく、和の携帯電話へと通話を掛けていた。

 

「えっとね……いきなりなんだけど。開会式の前の日って空いてる?」

 

『そうですね……特に予定は無いですよ』

 

「じゃあちょっと付き合って欲しい事があるんだけど……」

 

『構いませんよ』

 

 咲は赤木や照とのやり取り、そしてその麻雀へ和も参加しないかと言う誘いをかけたのだが、返ってきた和の言葉に唖然としていた。

 

「それ……本当?」

 

『ええ、個人戦でインハイへと出場する者同士は同校以外での対局は基本禁止されていますよ』

 

「でもでも、お姉ちゃんとはチームで」

 

『同じ話だと思いますが……』

 

 盲点だった、大会のレギュレーションを麻雀ルール以外確認していなかった自分にも穴があるが、この様子だと姉も知らなさそうである。バレてしまえば恐らく失格処分、それではチームに迷惑が掛かってしまう。かと言ってこの場はインハイ前に設けておきたいのも事実である。少し唸りながら思考を巡らせていた咲だったが、独断でチームが失格になるのだけは止めておきたいと和に今の話は忘れてくれと伝え電話を切る。

 携帯を握り締めたままベッドへと寝ころんだ咲は目を腕で覆いながら打開策を考えていたが、バレずに決行すると言う策以外は見当たらず、その旨を赤木に伝えようとアドレス帳から赤木の名前を探し始める。これから連絡する事も多くなるだろうとハギヨシが用意した携帯を赤木は持っている筈だが、あの男は本当に出てくれるのだろうかとディスプレイに並んだ番号を眺めながら思う。しかしそれは杞憂に終わり、数コール後には聞き覚えのある声が端末から響いて来る。

 

「あ、赤木君?」

 

『クク……いきなりどうした?』

 

「えっと……その……言い辛いんだけど」

 

『ん?』

 

「大会前に他の高校の人と試合しちゃダメなんだって……」

 

『ああ……その事か』

 

「って、知ってたの!?」

 

『今日の夕方に聞いたな』

 

 赤木の口振りから察するに、恐らく既にメンバーを見つけた赤木は、先程の自分と同様に対局へ誘ったのだろう。しかしそのメンバーも個人戦でインハイへと出場を決めていた為、本人から理由を聞いていた。聞かずとも話の流れとしてはこんな所だろう。

 

「折角誘ってくれたのに……ごめんね」

 

『ククク……心配すんな。話は付けとく、メンバーだけ集めて来い』

 

「え?話って?」

 

『じゃあな』

 

 一方的に電話を切った赤木に対し、文句の一つでも言いたくなったが、あの男に心配するなと言われれば本当に心配が要らない気がしてしまう。しかし、話を付けると言うのは大会運営にルール改訂をしろと言う抗議文を送り付けると言う事に他ならない。そんなものが罷り通る筈が無い為、やはりその試合は実現しないものなのだと溜息を吐く。

 そんな咲の不安は余所に、赤木は今日出会った末原恭子をチームとして誘う事を決めており、その為に試合を実現させる意志も持っていた。大筋は話していないが、恭子から対外試合が禁止と言うルールは説明されており、本人達も隠れて試合をする気は無いと公言していた。

 

 

 賭博要素の高かった麻雀が、此処まで一般的に浸透するまでに綺麗事だけでは済まされない事は数えきれない程あっただろう。それはどう足掻いても裏の麻雀と結び付いている事は容易に想像出来る。ならば話は早い、折角大阪まで来たのだ、恐らく奴はまだ大阪に居るだろう。その裏の麻雀界でトップとも言える男と話を付ければ試合を実現させる事も可能ではないかと考え、赤木は初めて持った携帯電話を覚束無い操作で弄りつつ、今日出会った末原恭子の携帯へと電話を掛ける。

 

『はい』

 

「俺だ」

 

『赤木君?どうかしたんですか?』

 

「明日空いてるか?」

 

『えー……昼からは自主練しようと思ってましたけど、朝は予定ありませんよ』

 

「なら九時にあの公園に来れるか?」

 

『大丈夫ですけども、また打ち行くんですか?』

 

「ちょっとな」

 

『まあ、分かりました。九時に向かいますわ』

 

「ああ」

 

 赤木が恭子を呼び出した理由は麻雀では無い。そんな事を知る由も無い恭子は、夕方の麻雀を思い出しつつ、インハイに出場するメンバーを集めているなんてとち狂った様な事を言う男の誘いに対し、一筋縄ではいかなそうだなと考えていた。確かにあの男は自分で言うだけの事はある程には麻雀が上手かった。と言っても自分と洋榎相手に振らず、和了らず、それだけであった。それだけでも十分麻雀が上手いと言えるのだが、そんな男が何を企んでいるか皆目見当も付かず、兎に角明日の為に寝ようと布団へ潜り込む恭子だった。

 

 

 後日、今から家を出れば十分前には着くだろうと言う時間に目が覚めた恭子は、程々に寝癖を直しながら洗面台で顔を洗っていた。デートでも無ければ部活でも無い、しかし恭子は着なれた服が良いとセーラー服に身を包み、赤木に指定された公園へと足を運ぶ。セミがけたたましく鳴いている公園の中、辺りを見渡すがパッと見た所姿が見えず、まさかと思いあのベンチへ歩み寄ってみると、案の定その少年はベンチで寝転びながら目を閉じていた。

 

「はぁ……」

 

「お、来たか」

 

「ええ、それで、何しはるんですか?」

 

「ちょっと道を聞きたくてな」

 

「はぁ?」

 

 まさか道案内の為にこんな朝っぱらから自分を呼び寄せたのだろうか。

 

「もう……そんな事の為にわざわざ呼び出したんですか?」

 

「クク……地図に載ってる場所でもあるめえと思ってな」

 

「宝でも探しに行くんですか」

 

「お前にとって宝になる場所だと思うがな」

 

 恭子は聞き流し気味だった耳をピクッと震わせ、そうとなれば話は別だと赤木の話に耳を傾け始める。

 

「それで、何処なんですか?」

 

「暴力団の事務所、場所位知ってるだろ?」

 

 ああ、そうか。この男は大阪人特有のボケを誘っているのだろう。そうでなければこんな平日の朝っぱらからか弱い女子高生を公園まで呼び出しておいて、あまつさえ暴力団の事務所に案内しろ等言う筈が無い。

 

「ハァ……一応突っ込んであげますよ。知っとるけど行く訳無いやろッ!」

 

「じゃあ場所だけ言ってくれればいいさ」

 

「え、ちょっと待って下さいよ。本気で行くんですか?」

 

「ああ」

 

「……一応理由を聞いておきましょうか」

 

「クク……まあ、お前の為でもあるな」

 

 話にならない。此処まで来れば自分はからかわれているとしか考えられず、それなら望み通り暴力団の事務所へと案内してやろうと恭子は鼻を鳴らす。どうせ本当に事務所の前へと連れて来られたらビビって逃げ出すに決まっている。恭子はそこまで言うなら案内してやると赤木の前を先導しつつ、地元の人間なら誰でも知っているであろう暴力団の事務所へと赤木を案内する。凡そ五分もかからなかっただろうか、知っている者なら避けて通りたがる路地裏へと入った恭子は、とある雑居ビルの二階を指差しつつ、さあどうだと胸を張って赤木を睨み付ける。

 

「ああ、助かったぜ」

 

 迷う余地も無く、雑居ビルの階段へと足を踏み出した赤木に、恭子は思わず背後から羽交い絞めにしながら正気かと問い詰める。

 

「ちょ、とち狂い過ぎですよッ!本当に行く馬鹿がどこに居るんですかッ!」

 

「クク……そんなに騒ぐなよ。ちょっと挨拶に行くだけだ」

 

「挨拶されるのはこっちですってッ!」

 

 まさかこんな事になるとは思っても居なかったが、こんな所に連れて来てしまった自分にも非があると恭子は必死に赤木を止めるが、赤木はそんな恭子の必死さを諸共せず階段を昇って行く。力で食い止めるのは無理だと考えた恭子は、赤木のシャツを背中から掴みつつ、地元の人間の利を生かした逃走ルートを必死に脳内で練り始めていた。

 事務所の扉をまるで定食屋にでも入る様な勢いで軽く開けた赤木に、恭子はシャツを握る力を強めて行く。もしかしたら自分は此処を定食屋と勘違いしていたのではないか、現実逃避に走る恭子だったが、中に気さくな定食屋のマスターが居る訳でも無く、強面のヤーさん達が一斉に此方を見つめる。

 

「どうした、坊や。道にでも迷ったか?」

 

 近くのソファーへと腰掛けていた角刈りの男は、赤木と比べ何倍も質量を持っている体を揺らしながら此方へ歩み寄って行く。

 

「原田克美はここら辺に居るかい?」

 

「……坊主、度胸試しなら場所を間違えてるぞ」

 

「え、えっと。えらいすんません!この子ちょっと思春期でして!……ほら、赤木君も謝ってッ!」

 

 この一言を言うのにどれ程の勇気を要したか赤木は知らない。そしてそんな恭子の心境を知らないからこそ、赤木は更に言葉を重ねて行く。

 

「どうやらハズレみたいだな。次の所案内して貰えるか?」

 

 終わった。恭子はインハイを迎える前にまさかこんな所で骨を埋める事になるとは思ってもいなかった。自分だけ逃げてしまえばいいのだが、ここへ脅かしてやろうと案内した自分にも非があると踏み止まっている分、恭子の性格は損をしていた。見る見る赤くなって行く組員の男に対し、赤木を担いででも逃げようと考えた恭子だったが、事務所の奥から聞こえて来た言葉に対し、呆気に取られ、思考が停止した。

 

「赤木……君だったかな。名前を聞いてもいいかな?」

 

 奥から歩いて来た男は一般人から見る暴力団員とは掛け離れた様な存在であり、今まさに表通りを歩いているサラリーマンと大差が無い風貌であった。

 

「赤木……赤木しげる。原田にオレが会いに来たと伝えるだけで良い」

 

「……少し待っててくれないか」

 

 男はそう言いながら中央のソファーを左手で指し示しつつ、中へ入って来る様に促す。此処でも赤木は躊躇い無く中央のソファーへと歩み寄って行き、止めるタイミングを見失った恭子は、その背後にベッタリとくっつきながら後を追う。ソファーへと勢い良く腰掛けた赤木は、膝を組みながら背に体重を預け肩を背後へと回す。そのふてぶてしい態度に感服すら覚え始めた恭子だったが、自分にそんな態度は取れないと背筋を伸ばし、両手を膝の上へと置き高鳴る心臓を抑えながら動向を伺う。凡そ三十分が経過しただろうか、息をするだけでも苦しい場にようやく動きが生まれた。

 会話の内容は聞こえなかったが、電話を終えたらしき男は端の棚にあった黒いケースを手に取ると、対面のソファーへと腰掛け両肘を膝の上へと置き、組んだ手に顎を乗せる。

 

「これでも私は顔が少し利いてね、あの人に用件だけを伝えたよ」

 

「それで?」

 

「まあ簡単なゲームをしよう」

 

 男はソファーの中心にあるテーブルへ、その黒いケースをまるでちゃぶ台返しの様に引っ繰り返して置く。ジャラジャラと言う音と共に中から現れたのは麻雀牌であり、何が起こるのか想像も付かない恭子は気が気では無かった。そんな恭子を尻目に話は進んで行く。

 

「原田さんは言ったよ、この中から……そうだな。一筒を四枚探し当てる事が出来たなら、会って話をすると」

 

「そうかい」

 

「ただし、もし失敗したら」

 

 男は懐から取り出した茶色の小太刀を勢い良く抜き放つと、木製テーブルの端へ刃を突き立てる。その動作に恭子の心臓は跳ね上がり、今日は人生最悪の厄日だと後悔の念が押し寄せてくる。

 

「指を全て貰う。これは本気だよ、相手が子供でも容赦はしない。普通は此処までしないんだけど……不味かったね、赤木しげるの名前を出したのは。何処から聞いたのか知らないけども、その名前は軽々と口にしちゃあいけない。それもあの人の前で」

 

 恭子の頭にはクエスチョンマークが飛び交い、何を話しているのか理解が追い付かない。唯一理解出来たのは、男が吹っかけた提案は先ず無理な話だと言う事だ。花牌や赤牌等を考慮してもその数は百四十四枚。その中から四枚しかない一筒をピンポイントで引く等眩暈のする確率だ。仮に勝機があるとすれば、この牌がキッチリと一から九の萬子、索子、筒子で並べられている事だが、それでもピンポイントで一筒を探し当てるのは至難の業であり、そもそも使い終わった麻雀牌を律儀に並べ変えるとも思えない。背に腹は代えられないと全身の勇気を振り絞りながら、恭子は男に問い掛ける。

 

「えっと……それはきつ過ぎるんじゃないですかね?そんなの天和を和了る位難し――」

 

 

 恭子の言葉を遮る様に淀み無く伸ばされた赤木の手は、無造作にテーブルへ投げ出された麻雀牌を四枚掴み上げると右手の内へと収め始める。宴会のお通しで出た枝豆に手を伸ばすかの様な気軽さで掴み上げられたその四牌を恭子へと突き出す。成すがままにその四枚を両手で受け取った恭子は、自分を支配していた感情である恐怖が一瞬で吹き飛び、同時に驚愕へと変化していた。震える手で両手の中に落とされた四枚をテーブルへと並べて行く。

 

 驚愕と言う面で言えば男も同じであった。テーブルに小太刀を突き立てられ此処まで冷静な高校生が居るだろうか、そして恭子が並べて行った四枚が全て一筒であった事に更なる戦慄を覚える。テーブルの上に置かれた牌に規則性は無い、それを用意した男ですら、一筒が何処にあるか等知る筈も無いのだ。男はバツが悪そうな表情を浮かべると席を立ち、再び懐から取り出した携帯電話を耳に当て、赤木を横目で見ながら話を切り出して行った。

 

 


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