赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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場を作れ 其の二

「直ぐ向かう」

 

 歳を取ると感情と言うものはまるで凝り固まっていくかのように動かなくなる。大した事では感動も、感嘆も、激昂も無い。しかし、電話の先から伝えられた名前だけは、今の自分を激昂させるのには充分過ぎるものだった。あの男の名前を軽々しく冷やかしに使う事だけは許さない。それは赤木しげるとして生き、赤木しげるとして死んでいったあの男に対しての最大の侮辱である。久しく他人から聞いたその名にふとあの通夜での出来事を思い出し、同時に後日僧我から聞いたナインの話を思い出していた。故に寝起きの頭を少し働かせ、同じ業を背負わせてやろうと無理難題を吹っかけてやった。

 

 また眠りに就こうと思った矢先、携帯電話がバイブレーションと共にポケットで存在を主張し始めた。その早さに唖然としながら携帯を耳に当て、内容を聞くや否や原田はまるで遅刻しそうな朝に慌てふためく高校生の様に着替え始めると、年老いた体に鞭を打ちながら自宅を飛び出し地下にある駐車場へ向かうと、勢い良く車へ乗り込みキーを回す。アクセル全開で部下が告げた雀荘へと向かった原田は、道中の信号を幾つか無視しつつ、安全運転ならニ十分程かかるであろうその道をものの十分もかからない内に走り抜いていた。

 階段を駆け上がり、事務所の扉を壊さん勢いで開いた原田は、その男の名前を開口一番叫ぶ。

 

「赤木ッ!」

 

 あの冷酷非道、そして鉄面皮の原田がこんなに感情を剥き出しにしている姿に戸惑いを隠せなかった部下達だったが、原田の目線を察し次々と事務所を後にして行く。そして原田に電話をかけた男は、直ぐ外で待機していますと言い残すと扉を閉め、その部屋はものの数十秒でソファーに座っている二人の少年少女らしき姿と立ち尽くしている原田のみとなっていた。

 恐る恐るソファーへと歩み寄った原田は、向かいのソファーへと腰掛けると、先ずは一服せねばと胸ポケットから煙草を取り出し火を点ける。

 風体は学生、そりゃ学生服を着ているのだからそうなのだろうが、仮にこの白髪が赤木しげるとして、隣の少女は何なのだろうか。企業の面接を受ける学生の様にピンと伸びた背筋に、それ相応の緊張を持った面持。明らかに場違いと言った所だ。何から問い詰めてみようかと考えていた矢先、口を開いたのは赤木の方であった。

 

「クク……久しぶりだな、原田」

 

「……あ、ああ」

 

 久しぶりと言われても実感など沸く筈も無く、次々と湧いて出る疑問をぶつけようにも頭の中を整理出来ず、ただ煙草を吹かし続ける原田に赤木はやれやれと溜息を吐く。

 

「僧我のジジイは元気か?」

 

「ああ……もう棺桶に片足突っ込む歳やが、まだピンピンしとる」

 

「そうかい」

 

 僧我の名前まで出されれば、もう目の前の人物が只の学生ではない、と言うよりは目の前の男が赤木しげるだと認めざるを得ない。そもそも原田が吹っかけた宝くじに当選する程確率の薄いギャンブルを意図も容易くクリアしてのけたのだ。それだけで疑う余地は減るのに加え、部下が嘘をついている様にも見えない。

 

「………………」

 

 赤木は押し黙ってしまった原田に右手を伸ばすと、咥えている煙草を指差す。

 

「…………」

 

 無言で煙草の箱を差し出した原田から煙草を一本受け取ると、灰皿の横に置かれていたライターを手に取り煙草に火を点ける。

 

「ちょ、ちょっ!黙って見とったら何してはるんですかッ!」

 

 会話について行けず、脳内のクエスチョンマークが飽和し始め完全に蚊帳の外だった恭子は我に返ると赤木の肩を揺さぶる。

 

「…………ゴホッゴホッ!」

 

「ほら……言わんこっちゃない……」

 

「クク……ハッハッハッハッ!」

 

 急に声を上げて笑い始めた原田に、ぎょっとした恭子だったが、原田からすればその光景は大層愉快なものだった。あの赤木しげるが煙草を吸って咽るなど、知っている人間からすれば愉快極まりない光景である。歳を食えば感情の起伏は小さくなるが、なかなかどうしてか、今日は朝から感情が非常に揺れ動く。人前で大声を上げて笑う事もままならない原田は、溜まっていた鬱憤を吐き出すかの様に笑い続ける。

 

 

「ふぅ……それで、赤木よ。まさか昔話の為だけに俺を呼んだ訳じゃねえな」

 

「ああ、何とかして欲しい事があってな」

 

「言うてみ」

 

「あー、なんだ……そのインターハイって言うのか。それの前は試合が出来ないみたいでな」

 

「何を言うかと思えば表の大会かいな……それ位知っとるわ」

 

 横に居る女生徒は恐らくインターハイに出場する選手なのだろう、此処から先は口にされずとも聡明な原田には理解出来る。どうせその女生徒の為に他校の選手と試合が出来る場を設けろと言うのだろう。

一方の恭子は何故ヤクザの親玉らしき人物が公式大会のレギュレーションを知っているのかを疑問に思うが、何も言うまいと動向を見守る。

 

「何とかしろ」

 

「……やっぱりな……まあ……そうやな……。何とか出来ん事は無いやろ」

 

「えっ?出来るんですか?」

 

「今や麻雀の表と裏の繋がりは切っても切れん。表のトップには顔が利く。何とかなるやろ」

 

「えっとつまり……大会のルールを変更するって事ですか?」

 

「いや、それは流石に無理やろ。やが……一度きりっちゅうんなら話は別や。せやな……麻雀に反対する団体へのデモンストレーション、とでもしとこうか」

 

 今日日麻雀は世間的に有名になり、部活動も増え続けている。しかし、一昔前の麻雀のイメージと言えば柄の良いものでは無く、賭博意識が先行したギャンブルの道具と言うのが世間の認識であった。そんな麻雀を此処まで引き上げるのに、綺麗事では済まされない道を辿り続けていた。無論裏の人間との協力も不可欠になり、先見の明があった原田はその件に対し、協力を惜しまなかった。そんなイメージがある麻雀を日本の代表的競技にするのは如何なものかと、反対する声も少なくは無い。

 

「でも、ウチそんな人達の前で試合するの嫌ですよ……」

 

「ククク、分かってねえな」

 

「無論、試合をする時は部外者は入れん、外部の人間はシャットアウト。それでええんやろ?」

 

「ああ」

 

「そんな事……」

 

「肝心なのは建前や、理由なんてどうにでもなる」

 

「まあ、それで頼むわ」

 

 それはまさに皮肉なものであった。赤木が言う原田の積み過ぎた成功が、今の赤木を手助けしているのだから。

 一段落ついたなと、赤木はソファーへ背中を預けると、後の話は恭子に任せたと肩に手を置く。

 

「え?え?ウチですか!?」

 

「……まあ、こいつは何時もこんなんや、勘弁してやってくれや」

 

「はぁ……まあ、何か裏ワザ使うみたいで気が引けますけど……因みに誰が来るんです?試合は半荘だけとかですか?」

 

 何故赤木は此処までしてその対外試合を成立させたいのかは疑問であったが、次の瞬間に赤木の口から出た人物の名前を聞いた恭子は数秒間言葉を失っていた。

 

「ん?そうだな……試合は四対四の十巡交代制だ。面子は……咲が来るなら照も来るだろうよ」

 

 宮永照、その名前は今の恭子にとっては余りに強烈で、魅力的なものだった。十巡交代制は良くわからないが、兎にも角にもインハイ前に王者と練習試合が出来るのだ。

 

「それホンマですかッ!?宮永照が来るって……あ、名前は照やけどインハイ王者のあの宮永照じゃないみたいなギャグはいいですよ?」

 

 それ以上は答えるのが面倒になったのか、恭子の話を聞き流し始めた赤木にこれ以上問いただしても無駄かと視線を原田へと戻す。まるで棚からぼた餅、何か自分を変える術を求めていた恭子にとって、その試合への参加は絶対ものにしなければならなかった。

 

「えっと、赤木君?それ、ウチも参加してええんですよね?」

 

「ああ、お前が主役だよ」

 

「……最後のはようわかりませんけど、やったらウチも文句言いませんわ。多少汚くても使えるもんは全部使います。その試合、参加させて下さいね」

 

「ならついでに後二人、面子集めてきな」

 

「……ウチがですか?」

 

「ああ」

 

「…………」

 

 先程赤木は四対四と言っていた。当然赤木も入るだろうから自分を入れて後二人なのだろう。相手は宮永照、そして咲と言っていた。流石に全ての県予選をチェックしている訳では無いが、あの龍門渕の怪物天江衣を破った選手の名前だ、最近調べたばかりなのでまだ覚えている。赤木の言い回しを聞くに宮永照と咲は姉妹なのだろう。そりゃそうだ、勝ちに来る前提なら誘いやすい人間で麻雀が強い人間、それが身内に居るのなら誘わない筈が無い。

 つまり空いた席は残り二つずつ、この半分を自分が任されたと言う訳である。

 

(……とりあえず主将なら面白そうやって乗ってくれるやろな……)

 

 どんなに面白そうなものでも、それが秘密裏に行われバレたら失格、などの試合であれば洋榎は絶対に首を縦に振らないだろうが、それが公式的なものであれば喜んで参加してくれるだろう。

 

「話はついたみたいやな……にても、あの東西戦……その真似事かいや」

 

「ククク……まああんな大層なもんじゃねえが……こいつの為にな」

 

「……その娘がひろみたいに変われると思っとんかい」

 

「さあな、恭子次第だ」

 

 話の内容は掴めないが、話の流れは理解出来る。どうやらこの少年は自分の為にこの場を設けてくれるそうだ。そうなれば俄然やる気は出て来るし、それを実現させる為に尽力してやろうと言う気になる。

 

「にしても、何で昨日会ったばっかりのウチにそこまでしてくれはるんですか?」

 

「似てたからな」

 

「誰にですか?」

 

「ひろに」

 

「…………」

 

「なあ恭子よ」

 

「はい?」

 

「お前は自分が何流の人間だと思う?」

 

「えぇ……まあ……少なくとも一流じゃないのは分かってます。インハイ行く言うても行けたのは皆のおかげですし……インハイの面子に比べれれば良いとこ二流、三流どまりですわ」

 

「ククク……じゃあインハイは諦めてるのか?」

 

「そんな事無いですよ。三流でも一泡吹かせたろッ!って気持ちは持ってますよ」

 

「躓いたらどうする?」

 

「それは……まあ……その時に……」

 

「ククク、似てるな」

 

「だから誰にですかッ!」

 

 しばらくそのやり取りを眺めていた原田だったが、話が進まないと恭子と今後の準備についての話を進めて行く。

 

「段取りが面倒やな……事前に告知せなあかん。いかんせん火急や、三日前にはその高校の顧問に話をつけな厳しいやろ」

 

「つまり……四日後には面子を集めなあかんのですね」

 

「せやな……おい赤木、相手の面子が居る高校の名前は?」

 

「さあな」

 

 額に手を当てた原田を気の毒に思った恭子は、その辺りの手配は全て自分がやると申し出る。

 

「ウチの為にやってくれてる事でしたら、これ位の協力は惜しみませんわ」

 

「助かるわ、ワイの連絡先を教えとく。色々根回しが面倒やから、後で色々連絡する」

 

 家族や部活仲間、友達のアドレスが連なる中で一際異彩を放つヤクザの親分原田克美の連絡先、男色の無いそのアドレスを見た友達にその名前が見つかれば、男かと詰め寄られるかもしれないが、断じて違う、ヤクザの親分だ。

 話を終えた恭子は、これから忙しくなるかと考えつつ、ソファーから腰を上げる。インハイ一週間前の時間をこんな事務作業染みたものに使っていいのかとも考えるが、恐らくその場に参加する事は何よりも経験値になる。そもそも普通に過ごしていて一週間足らずで何かを掴める筈が無い。ならばその時の為に賭けてみよう。

 

 原田に頭を下げた恭子は、赤木に帰るぞと促すが、赤木はもう少し此処に居ると二本目の煙草を吹かし始めていた。赤木の正体について問いただしたい所だが、それはその試合が終わってからで良いだろう。ほなまた、と言い残した恭子は洋榎を誘った後、後一人を誰にしようと考えつつ事務所を後にした。

 

 


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