「と言う事なんだけど……どうかな?」
『……分かった。私が二人集める』
対外試合が叶わぬと知った咲は、その旨を赤木に伝えようと今朝から電話を掛け続けていたのだが一向に出ず、昼を回りようやく折り返して来たかと思い取った電話で告げられたのは、何とかしたからそのまま面子を集めろ、と言うものだった。
どう言う手段を使ったのかと問いただそうにも、相手があの赤木ではどうせはぐらかされてしまうだろう。聞けばどうやらその試合は大会運営からも認められる公式的な催しになるらしく、そんな特例を押し通した赤木がどんな手段を使ったのかがますます気になる。しかし、実現したのならこれ幸いと面子を集める事を考えたのだが、いかんせん自分の交友関係は長野内に留まってしまっており、誘う面子に困っていた。
和には断った手前再び誘い辛く、ならばいっそのこと照に全て任せてしまおうかと考えてついていた。照ならばインターハイ出場者とも面識が多々あるのに加え、その圧倒的なネームがある。照と同じチームで試合が出来るなど、言い方は悪いがエサとしては極上のものだろう。善は急げと照に電話し、その了承を二つ返事で得ていた。
「ごめんね。迷惑かけちゃって」
『いや、大丈夫……』
何か言おうとしたのか、咲は押し黙ると言い淀んだ照のその先の言葉を待つ。
『咲』
「何?」
『勝ちたい?』
「え……う、うん!この前は全然だったから……絶対に勝ちたい!」
『分かった。勝てるメンバーを絶対に集めてみる」
「ありがとう、じゃあね」
『うん』
照が其処まで言うなら任せていいだろうと、その期限が四日後までだと伝え、通話終了を押した咲は携帯電話を机の上へ置くとベッドへと飛び込んだ。枕に顔を押し付けながら、姉がどんな強者を集めて来るのかと期待に胸を高鳴らせ、早くその日が来ないかとウズウズしながらベッドの上で悶え続けていた。
一方の恭子は洋榎と連絡を取り、学校の部室で落ち合うと今朝起きた荒唐無稽な出来事を理路整然と伝えていた。終始突っ込みっぱなしだった洋榎だったが、キリが無いと無理矢理自分を納得させ恭子の話に耳を傾けていた。
「ほーん……そんな怪しい話に乗るんかいな」
「絶対チームには迷惑かけませんし、なら自分を試すええ機会になるんちゃうかなって」
「……まあ、恭子がええならええわ。それで、面子は決まったんかいな」
「ウチと赤木君、それに主将……後一人どうしましょ?」
「ナチュラルに頭数入っとんな……せやな、絹にでも声かけよか……。あーでも高校の縛り無くチーム組めるんやろ?やったら他校の連中と組むんもオモロイで。普段やったら絶対有り得へんし」
「なら千里山から引っ張って来ます?」
「まーそれもええけど……せや!せやぁ!ちょいウチに任せてくれへん?ごっついの連れて来たるわ!」
目を輝かせて言い放つ洋榎に頷く以外の選択肢は無く、残りの面子は洋榎に任せる事を決め、トントン拍子で進んで行く話にこれ以上自分がする事は無いなと椅子の背凭れに全体重を預けた。その時、赤木の言った十巡交代制と言う単語がふと頭の中に浮かび、その事について漠然と模索を始める。読んで字の如しならば十巡で交代する、では何を。
一番しっくり来るのは選手を、である。四人対四人と言っても麻雀のチーム戦は通常二人対二人までしか行えない。それを十巡で交代すると言うならば手牌を引き継ぐと言う事になる。成程、団体戦と言えば今のレギュレーションよりかはよっぽど団体戦らしくなる。
(せやけど……例えば主将が作ったええ手をウチがポカしたら……)
手牌を引き継ぐと言うのは点数を引き継ぐ以上に重いものがある。その手の行先を自分が決め、その結末を他人に託すのだ。
「………なんやそれ、メッチャおもしろそうやん」
翌朝、何時もは部室の扉を突き破らん勢いで入って来る洋榎だったが、今朝は明らかにテンションが下がりきっており、そんな洋榎を見た恭子はまさか勧誘に失敗したのかと尋ねてみる。
「主将、まさか」
「フラれてもうた……もうその日は予定あるやって……すまんな、期待させといて」
「いやいや、にしてもどうします?後一人」
「そもそもしげるは麻雀強いんかいな。前打った時は可も無く不可も無くやったで」
「まあ……強い選手とパイプがある時点でかなりやるんちゃいます?対局になったら直ぐ分かりますって」
「んー……せやなあ。インハイに来た奴で目ぼしいのをとっ捕まえるんとかどや」
「事前告知が要るんで無理です。やから期限があるんですわ……いっそのこと赤木君に任せてみます?」
「あいつに集められるんかいな……」
「でも赤木君は偶然会ったウチを誘ったんですよ。案外強運かもしれませんし」
「まあ任せるわ。無理そうやったら絹引っ張ってくるし」
「ほな赤木君に伝えておきます」
恭子が言い終わるとほぼ同時だろうか、恭子のポケットにある携帯が震え始め、ディスプレイを見てみると其処には赤木の名前が表示されていた。此方から連絡する手間が省け丁度良かったと通話ボタンを押し、耳に携帯を当てる。
『恭子か?』
「ええ、丁度良かったですわ。こっちから連絡しよう思っとったんです」
『ん?』
「一人は洋榎……ああ、ウチと会った時一緒に打った人です。その人に決めたんですけど、もう一人は赤木君に決めて貰おう思いまして」
『ククク……なら丁度良かった。昨日はああ言ったがちょっと打てそうなのを見つけてな、そいつを入れてみようかと思う』
「って、昨日の今日ですよ!どんだけ見つけるん早いんですか!ってかアンタウチに二人見つけて来い言いましたよね!」
『まあいいじゃねえか。詳しい事は原田に任せてある。後は頼んだぜ』
「あ、ちょ!」
一方的に電話を切った赤木に、盛大な溜息を吐いた恭子は怪訝な表情を浮かべていた洋榎に電話の内容を話す。
「ほーん。タイミング良すぎやろ。ホンマに強運もっとんちゃうか」
「赤木君が誰連れて来るんかは分かりませんけど……まあ変なの連れて来る予感しかしませんわ……」
その日が来れば分かると結論付け変わらぬ日常を送っていたが、三日後に顧問である赤阪郁乃から呼び出しを受け出頭した恭子はその凡そを察しており、それはやはり恭子の予想通りであった。
「何やらかしたん~?」
「……ヤクザの事務所にカチコミ行きました」
「ヤクザさんがこんな素敵なものくれたん?」
郁乃が一枚の紙をひらひらと揺らしながら恭子の前に突き出す。内容は詳しく見えなかったが、見ずとも分かる。其処でようやく赤木の話が夢物語では無い事が決定付けられ、郁乃にどう説明したものかと頭を悩ませる。敢えて事実を押し通してみようと恭子は有りのままを吹っかけて行く。
「ホンマですよ、メアド交換とかしたんです」
「…………」
大事な場面でしょうもないギャグを言う人間では無いと知っていた郁乃だったが、これに関してはどう反応を返せば良いか分からなかった。
「監督」
「ん~?」
「絶対掴んで来ますんで、行かせて下さい」
「まぁ訳有みたいだけど、ちゃんと公のものではあるし私はこれ以上何も突っ込まんけども」
「ありがとうございます」
「あ、ちゃんと開会式には間に合うんやで~」
「前日の空き時間ですし、そんなに時間かからんと思います。大丈夫ですよ」
「うん、じゃあ行ってらっしゃい」
顧問の承諾も得た所で、恭子はそれまでに何か準備すべき事はあるかと考えたが、直前にバタバタしても仕方が無いかと気持ちを切り替え体調管理だけはしっかりしようと心に決めた。
一方の郁乃はキナ臭いこの試合にどうしたものかと考えていたが、その紙に記されていた他の面子を見るとなかなかどうしてか、自分の教え子はとんでもない事に首を突っ込んだ様に思える。しかし、それが悪い方向へ向かう事は決してないだろう。恐らくその対局に混じりは無い。二人がパワーアップして帰って来てくれるだろうと信じた郁乃は、それ以上恭子に追及する事無くその場を後にした。
特に体調を崩す訳でも無く、現地入りの日を迎えた恭子は揺られるバスの窓から外の景色を眺めていた。どうせなら飛行機に乗ってみたかったとも思ったが、自分の頭の中を整理する良い機会かもしれないと流れる木々の枝を見ながら物思いに耽っていた。もう長い事バスに揺られ続け、皆最初こそ燥いでいたものの一人、また一人と眠りに襲われ、最後に洋榎がサービスエリアで起こしてくれと言い残し座席へうつ伏せに倒れ込んだ。恭子の心境を表すかの如くバスの中は静寂に支配されしばらく呆けていたが、まだ見ぬ頂点を思い浮かべながら耐えきれなくなった眠気に身を委ねた。
一向がホテルへと到着した後、妹の絹も交え洋榎との思い出話に花を咲かせていた。風呂上がりにベッドの上で飛び跳ねている洋榎を横目に、後日に控えた約束の場と時間を確認し携帯のディスプレイと閉じる。
「料亭て……ほんまもんの会場やん……」
指定された場所が料亭であった事に、幼い頃見たVシネマを思い出しながら迷わぬ様に改めて地図を確認する。どうやらその場所はホテルからさほど離れておらず、皆現地集合するとの事だった。赤木が誰を連れて来るのか想像も出来なかったが、誰と組んでも自分の麻雀をやるだけだと小さく握り拳を作る。
「……気合い、いれるで」