赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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東西決戦
役者は集う


 その日が良く眠れたかと言えば、それは嘘になる。まだかそろそろかと待ち望んでいたインハイが近付き、その準備がまだ完了しきっていない事への不安が先行する。更には期待が入り交じり頭の中をグルグルと回り続け、目が覚めたのはまだ皆が寝静まっている早朝であった。

 約束の時間は夕刻、まだ半日以上あるのに加えその日は基本的に自由時間。センター試験前夜に徹夜で英単語を詰め込む学生が極少ないように、その日に気張って麻雀の練習に勤しむ者は少ない。皆自分なりのコンディション維持やモチベーション維持に努めている。

 

「……散歩いこか」

 

 朝日は少し顔を覗かせており、街灯が無くとも道端が見える程には外は明るく、東京の地理には詳しくないがその辺をぶらぶらするかと普段着に等しい制服へ着替えると、相方を起こさぬよう忍び足で部屋を後にする。廊下は冷房が効いていたものの、外は日の光が少ないにも関わらず蒸し暑く、やはり部屋へ戻ってしまおうかと一瞬考えるが、宛の無い一歩を踏み出す。

 そんな恭子が足を踏み入れたのは閑静な住宅街であり、散歩の景色としては今一つと言ったものだった。

 

「……んん……朝飯の時間までもうちょいかな……そろそろ戻ろ」

 

 目は完全に冴えリラックス出来た時点で満足し、次の角でホテルに戻ろうと車を避けつつ、一つ目の角を曲がり少し道なりに進んで行く。

 

「…………?」

 

 住宅街の間に空き地がある事は珍しくは無い、それは大概土地所有者の看板が立てられている。しかし、そんな中恭子の目を引くものが空き地に鎮座していた。それは一目見て墓地と分かる。こんな住宅街のど真ん中にか、と思ったが東京ではまあそういう事もあるのだろうと結論付ける。そしてその空き地に建てられていた一つの墓は、一際恭子の興味をそそるものだった。

 普通墓石と言うものは綺麗な長方形だろう、自分の認識が間違っていないのは他の墓石を見れば分かる。だがそれは楕円に近いほど石が削られ、遠目から見ても異様な形を呈していた。更に興味深いのは墓前に並べられた大量のドル箱やメダル、麻雀牌にトランプやサイコロまで、ギャンブルに使う道具や戦利品らしきものが大量に供えられていたのだ。

 

「はえぇ……ギャンブルの神様でもおったんか」

 

 まさか墓石が削られているのは、そのギャンブル狂共に墓石を削り取って行かれたのではないか、罰当たりな奴が居るなと思いつつその墓石に歩み寄って行く。もしギャンブルの神様ならばゲン担ぎに手でも合わせて行こうかと興味本位で立ち寄ったその墓。

 

「…………?」

 

 墓に刻まれているのは、赤木しげるの名前。一週間前に出会い、自分を振り回している少年の名前もまさにそれであった。しかし珍しい名前でも無い。知り合いと同姓同名の墓石を見つける事は少し珍しいと考えるだけで、それ以上のものは沸いて来ない。とりあえず手でも合わせておこうかと考え、墓前で手を合わせ目を瞑る。その時、墓場の入口の方向から砂利を踏み鳴らす音が聞こえてくる事に気付き、目を開け両手を自由にすると首を捻りその方向へ目を向ける。

 此方へ歩み寄って来ていたのは眼鏡をかけた中年男性であり、どうやらその男性も自分が向かい合っている墓に用事があるようだ。

 

「おや、珍しいね。此処で若い子を見掛けるのは」

 

「ええ、どうも」

 

「驚いたかい?」

 

「はい、少し。よっぽどこの人はギャンブル好きやったんやなあって思いまして」

 

「うーん……好きと言うか……ギャンブルの化身みたいな人だったね」

 

「あら、お知り合いでしたか」

 

 普通他人の墓参りはしないものだ。しかし、それはどうやらギャンブラー達のゲン担ぎに使われている様子であり、恭子はこの男性がそうではなかったのかとそんな台詞を漏らす。

 

「まあね。兎に角ギャンブルが強い人だったよ……特に麻雀とかね」

 

「はえぇ、じゃあこの人に力借りましょうかね」

 

「麻雀やるの?」

 

「はい。ウチ麻雀のインターハイで東京来てるんです」

 

「インターハイ?凄いね。麻雀強いんだ」

 

「……どうでしょうね。どうもインターハイは化け物だらけで……自分の力で行けるんかどうか不安なんです」

 

「ハハハッ、僕も若い頃にそんな事があったね」

 

「そうなんですか?」

 

「うん。君より少し歳が行ってた時かな、実力半ばでそれはもう化物だらけの麻雀に参加した事があったよ」

 

「……どうなったんですか?」

 

「まあ結果だけ見れば……って話かな。中身はこの人に助けられてばかりだったよ」

 

 その男性は酷く懐古に満たされた視線をその墓へと向ける。どうやらこの男性とこの墓の主は昔一緒に戦った馴染みのようだ。

 

「戦友っちゅう奴ですかね」

 

「いやいや、どっちかと言うと師匠だよ」

 

「師匠……良い響きですね」

 

「そうだね、人を変えるのはやっぱり人だよ」

 

 男性は静かに手を合わせると、目を瞑り静止する。一方恭子はそろそろ頃合いかと思いホテルへ戻る為の道のりを頭の中で思い浮かべて行く。

 

「さて、そろそろ帰ろうかな」

 

「そうですね。あ、折角こんな所で会うたんですから、名前聞かせて貰ってもええですか?」

 

「僕かい?井川ひろゆきだよ」

 

「井川ひろゆきさん……ウチ、姫松高校の末原恭子いいます。インハイの試合明後日なんで、良かったら見に来て下さい」

 

「そうだね、是非見に行くよ」

 

 踵を返し墓地を後にすると、肩を並べて五分程麻雀についての他愛も無い会話を交えつつ、小さな交差点に差し掛かった所でひろゆきは足を止める。

 

「じゃあ僕、こっちだから」

 

「ええ」

 

 恭子はホテルへと戻る為、そのまま直進しようと足を踏み出した瞬間、そうや、と声を漏らしひろゆきを呼び止める。

 

「ん?」

 

「メッチャどうでも良い事なんで聞き流して貰ってええんですけど、ひろゆきさんってひろって呼ばれてませんでした?」

 

「……驚いたな、今も昔馴染みの人達にはそう呼ばれてるよ」

 

 口を半開きさせ目を丸くしているひろゆきに、今度は恭子が驚きながら立ち止まる。恭子は先程から違和感を感じていた。あの日、赤木と原田の口からひろと言う単語が出てきたのは覚えている。面と向かってお前はひろに似ているなと言われれば中々忘れられないものだ。先程から墓前の前で、ふとこの赤木しげるが自分の知るあの赤木だったなら、色々と話の辻褄が合ってくるなと考えていた。あの歳でヤクザと繋がりがあり、自分の目の前でとんでもない確率のギャンブルを容易く成功させた男。無論そんなものは驚天動地並の出来事であり、ただの絵空事だと思った為、ただの話題の一つとして聞いただけだ。

 

「誰からそれを?」

 

「……ひろゆきさん」

 

「ん?」

 

「今日の夜、予定空いてます?」

 

「あ、ああ……空いてるよ」

 

「せやったら、夕方六時に料亭笹川って店、来て貰えません?」

 

「料亭……?」

 

「インハイの前哨戦みたいなのするんです。其処に赤木しげるって人も来ます」

 

「え?赤木さんは……」

 

「と言っても歳はウチと同い年位の男の子です。これ以上質問されてもウチも分からん事だらけで……兎に角、来て貰えます?」

 

「…………行くよ、六時に料亭笹川だね?」

 

「はい、ほなまた六時に」

 

「……ああ」

 

 早歩きで道を直進していく少女の背中を見つめながら、ひろゆきは戸惑う気持ちを抑えきれずに恭子の後を追おうとも考えたが、本人もこれ以上は分からないと言っているのに加え、その場所に行けば何かが分かると結論付け帰路へとついた。

 

 ホテルへ戻った恭子は煮え切らぬ思いを胸に、只々過ぎて行く時間に抗う事もせず、ベッドの上から天井を見上げていた。それは長くも短くも感じた半日だったが、迫った時間に握った拳を胸へと叩き付け、共に闘志を漲らせ勢い良く立ち上がった。

 

 

 各々が各々の思いを胸に、その足を踏み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、何にもならない試合会場は何処?」

 

「もう直ぐの筈だが」

 

 参った、が、王者にあそこまでされては此方も引けない。

 

 段々と山へと落ちて行く夕日に照らされながら、普段は二つに縛っている後ろ髪を解き、眼鏡をケースへと丁寧にしまい込んだ少女は隣で愚痴を漏らす二回り程小さな少女を適当に諌めつつ、目的地へと向かう。少女が言う何もならないというのは強ち間違いではないだろう。其処には賞金も、名誉も存在していない。自分は良いが、隣の少女はそれが不満でならないらしい。

 

「観客も、スポンサーも居ない。よくそんな試合受けたね」

 

「いきなり来て土下座までされたら断る訳にはいかないだろう」

 

「プライドって奴?」

 

「どうだかな」

 

 会場は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんでぇ、しげるは誰連れてくるんやろなあ」

 

「……ええ」

 

「なんや元気無いやん。昨日まであんなに張り切っとったのに」

 

「いや、しゅしょ……洋榎、何でも無いで」

 

「そうかぁ。まあ今日は気合い入れて相手ぶっ倒したろで!」

 

「うん……うん!せやな!」

 

 恭子は笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんとこうやって歩くの何年振りだろ」

 

「うん」

 

「……今日は勝とうね、絶対」

 

「勿論。絶対に勝つ。強い人連れて来たから大丈夫」

 

「うえぇ……緊張するなあ……私がポカしちゃったら」

 

「大丈夫、私が全力でカバーする」

 

 頼もしい、これ程人を頼もしく思った事がかつてあっただろうか。咲は嬉しさ、緊張、不安、全てが入り交じりながらも、平常心を保てている自分が不思議であった。

 

「……あれもこれも、赤木君のおかげ、かぁ……」

 

「……?赤木君の事好きなの?」

 

「ぶっ!――。何言い出すのッ!?」

 

「いや、何となく」

 

「もう……お姉ちゃんはどうなの?」

 

「………………」

 

 赤木の事を思い出したのだろうか、少し頬を赤らめ空を見上げている姉に、それは照らされた夕日のせいだと思い込み頭を振りつつ邪念を払う。

 

「あ、あれじゃない?試合の場所って」

 

「そうなの?」

 

「…………違うの?」

 

「咲が調べてると思って」

 

「調べたけど……えっと……」

 

「…………?」

 

「…………」

 

 年月を重ねても、結局はポンコツな姉妹だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、赤木君。付きあっとる人とか居るん?」

 

「ククク……どうだかな」

 

「へぇー、モテそうなのにね。今日来る人って女子ばっかりなんでしょ?」

 

「だろうよ」

 

「ハーレムやねぇ」

 

「…………?」

 

(……ホンマに高校生かいなこの人……)

 

 

 役者は揃う。


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