赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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卓上で踊らされる少女達 其の一

(…………空気が重い)

 

 

 菫は座っているだけで息が詰まりそうな場を経験をしたのは久しぶりだな、と現実逃避する様に窓の外へと視線を移す。

 

 

 

 

 思えば何故こんな場に自分は座っているのだろう、ファーストフード店に居た時の想像とは全く違う流れで物事が進んでしまっていた。

 あの時は思っていた、あのメールの文面がストレート過ぎて一瞬固まってしまったが、冷静に考えてみれば照がどうせ自分の知らない親戚か何かの男子を家に呼び、それを淡が大袈裟に彼氏か何かと勘違いする。家に行ってその子の着替えであろう服を渡し、誤解が解けさあハッピー、帰りましょうとなると。

 少なくともはしゃいでいた淡も何処となくそう言うオチだろうとは思っていたみたいだ。

 照と直接会うまでは。

 

「ありがとう」

 

 何時も通り無表情で頭を下げた照に、淡は先程の男子について突っ込んで話を聞こうとウズウズしていた。しかし、どうも照の様子がおかしい、何時もなら空気を読まずとも照の中へずかずか入って行く淡も、それを察したのか様子を伺っている。

 長い付き合いだと分かる、照は基本無表情だが感情の起伏は人並みにある。何か思いつめた様な、そんな何とも言えない表情。

 

「……重ねてお願いがある」

 

「何だ?」

 

「半荘一回だけでもいい、麻雀に付き合ってほしい」

 

 何を言い出すかと思えば麻雀らしい。

 成程、どうせその男子も麻雀好きで、照が高校チャンプと知ってか身の程知らずにも勝負を挑んだ。そうなれば面子が足りず、着替えとついでに面子を要求した。こんな所だろうか。しかし、ならば照のあの表情はなんなのだろうか、菫は少し違和感を覚えながらその要求を快諾する。

 

「いいぞ」

 

「いーよ!打とう!」

 

 淡も乗り気だ。すると照は上がってくれとスリッパを二つ下駄箱から並べ、二階の自室へ向かう様促した。淡から受け取った着替えを握り照は脱衣所へ向かう。

 

「先行ってるねー」

 

 元気良く階段を駆け上って行く淡に続き、菫は後を追う。照の家は何度か訪れた事があり、部屋の場所は淡もよく知っている。淡は階段を昇り切ると、直ぐ右手に見える部屋のドアノブを捻り中へと飛び込んだ。そのまま照のベッドへと倒れ込むと、鞄を枕元に置き、枕に顔を埋める。

 

「あー……何時来てもテルの部屋は居心地が良いなー……」

 

 まるで自分の部屋の様に寛いでいる淡を尻目に、菫は几帳面に鞄を壁に立てかけると、部屋の中央に置かれている自動卓の椅子の一つに腰掛ける。

 雀荘の様にサイドテーブルや椅子が丁寧に置かれ、四角いその空間のみ、まるで試合会場の様な佇まいだった。すると数分もしない内に二つの足音が階段を昇って来る事に気付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャワーを浴び終え、着替えまで用意して貰った赤木は、面倒見の良い学生だなと感心しつつ、これからの自分の身の置き方について考えていた。

 殆ど余生みたいな今の境遇だ、かつて生きた赤木しげるの様にまた生きるのも悪くは無いだろう、そう考えていた。

 

 しかし、先程からチラつく、天の言葉が。

 

「赤木しげるがやり残した……家族……こいつを築きましょう!」

 

 嗚呼、暖かい言葉だった。

 

「来てください……!俺んとこへ……!」

 

 天は望まなかった、赤木が孤独のまま死ぬ事を。しかし、赤木は孤独を望んだ自分への因果応報だと切り捨てた。好きでやってきたツケが回っただけだと。ならば、その責任が今となって回って来たのではないか。

 赤木が今まで好き放題生きて来た傍ら、様々な事を取りこぼして来た。家族、親友等、人との繋がりを。

 もしかすれば、今の自分はそんなツケを清算する為にこの場所へ立っているのではないか。赤木しげるの第二の人生を、今まで赤木しげるが取りこぼして来たものを拾い集める為に使えと言う神の啓示なのではないか。

 

「クク……考えすぎか。ガキでもこさえろってのか」

 

 赤木は受け取ったシャツに袖を通し、ジーパンへ足を通す。ズブ濡れのズボンとシャツを洗濯籠へと放り込むと同時に照が脱衣所へと入って来る。

 

「終わった?」

 

「ああ」

 

「なら、頼みがある」

 

「……言ってみな」

 

「半荘、付き合って」

 

「…………」

 

 先程からどうもこの照と言う少女に興味が尽きない。麻雀の上手さ云々では無い。博打を打つ者に必要不可欠な資質、揺れない心。自分の読みと心中出来る心の強さをこの少女は持っている。

 しかし、それも自分より格上の悪鬼達にぶつかった時どうなるか分からない。赤木はこの少女に、ある男の顔を重ねていた。

 

 

 井川ひろゆき。赤木や天に出会い、その人生を180°反転させた男。最初は只の麻雀が上手い程度の学生だった。しかし天やその周りの強敵と闘っていく内に、己の道を見つけ、不器用ながらも熱い麻雀を打つ男になっていった。赤木はそんなひろゆきの事を非常に好いており、最後の別れ際に生きる道を指し示した。

 そんな熱い三流の男、ひろゆきを思い出した瞬間、赤木の口から意図せず思わぬ発言が零れていた。

 

「俺と、打ちたいのかい」

 

 それはただ共に卓を囲みたいと言う意味では無い。赤木と打ち、己の腕を見つめ、更に赤木の麻雀を吸収したいのか、と言う意味が込められていた。照もその気だったのか強く頷くと、赤木は参ったなと溜息を吐いた。

 赤木が今まで避けて来た道、家族。これは十年後でも良いだろう。ならば他の道、後進へ今まで赤木が培った麻雀を伝える事。赤木は麻雀の指導をした事は人生で一度も無い。赤木と麻雀を打った強者達は皆、その感性で赤木の麻雀を感じ取り、ある者は対抗意識を燃やし、ある者は自分の物にしていった。そもそも赤木の麻雀を真似出来る人間はこの世に存在しない、それは天賦の才なのだから。

 と言っても赤木はそこでこれを切るべきだとか、待ちの読み方だとかの能書きを垂れるつもりは微塵も無い。この少女にはもっと別の所、理外の強さがあると言う所を知って欲しい。

 

 

「クク……随分丸くなったもんだ」

 

 照は赤木に魅入られ、赤木も照に魅入られた。

 今この場に立っている赤木は間違い無く赤木しげるだ。しかし、生前とでは少し考え方が変化していた。赤木しげると言う自分を貫いて終えた人生、それを全うした今、考え方が少し柔らかくなりつつあった。

 

 

 

 照は一度、この男と本気で打ってみたい、帰り道はその事ばかり考えていた。今の自分がどれ程この男と戦えるのか、高校生相手ならば和了り続けているだけで終わる。しかし、この男にそれが通用するのか。

 

 確かめたい、何よりも。

 照はその場に入ってくれる事となった菫と淡に感謝し、赤木の返事を待つ。

 

「卓はあるか?」

 

「うん。二階、付いて来て」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして赤木との邂逅を果たした菫と淡だったが、その印象で特に目立ったものは無かった。嗚呼、今からこの男子は哀れにも照の手によってそのプライドをズタズタに引き裂かれる事になるのだろう、菫は腕自慢は身内の中で留めておけばいいものを、と溜息を吐く。

 

「ねえ、お名前は?」

 

「赤木……赤木しげる」

 

「へえ。しげる君か、テルと何処で知り合ったの?」

 

 突然の質問攻めに、赤木は困った様に照に助けを求める。照は仕方無いと淡に質問を返していく。

 

「雀荘で知り合った」

 

「へぇー。テルがフリーの雀荘に?」

 

「雨宿り」

 

「ふーん。歳は?いくつ?」

 

「…………?」

 

 照は首を傾げながら赤木へと視線を向ける。赤木はやれやれと言った様子でどう答えたものかと考える。今の風体は恐らく赤木が中学一年、つまり十三歳の時の姿だろう。しかし、馬鹿正直に答えるのもどうかと考えた赤木は、便宜上高校生程の年齢でいいかと結論付ける。

 

 

「……十六」

 

「って事は一年生?」

 

 此処辺りで赤木は面倒になったのか、淡の返事を適当に頷いて返す。

 

「へぇー、同い年かぁ……私は大星淡、よろしく!」

 

「弘世菫だ、よろしく」

 

 菫は見えてきた全貌に、成程と言った表情で頷く。恐らくこの雨で照は雀荘へ雨宿りに行ったのであろう。そこでこの少年と出会った。少年が照にお願いしたのだろうか、分からないがそう言う運びだろう。それにしてもよく照がそれを了承したものだ、おまけに着替えまで。

 

「じゃあ、始める。頭ハネ有、赤無しそれ以外のルールは特に指定しない。ただの半荘」

 

「トップが一位?分かりやすいね」

 

 麻雀の優劣は運に左右されやすい。故にプロの公式試合等では年に凄まじい回数の半荘をこなす。しかし、そんな膨大な時間は照に存在しない。部に参加している以上、練習には参加しなければならないのに加え、インハイの日も迫って来ている。

 ならば、己の全てをこの半荘に注ぎ込むと決めた。これで何も得られなければ、それまでの人間だったと言う事だ。

 

 

 

 四人はそれぞれ座順を決める牌を掴み、淡は引いた西を自動卓の中へと放ると席に着く。上家に赤木、対面に菫、そして下家に照。起家は菫となった。

 

(良いねー、上家にしげる君か。甘い牌いっぱい頂戴ね)

 

 淡は何処となく調子の良さを感じ、体の底から力が溢れてくる様に感じた。今ならこの半荘中、ずっと他人の配牌を地に落とす事も容易いだろう。その証拠に配牌に目を落とした瞬間、菫の顔が若干引き攣ったのが見えた。照も赤木も顔には出さないが五向聴なのは間違いないだろう。

 

「なんだこりゃ、クク……良い配牌だな」

 

 赤木は喉を鳴らしながら思わず笑いをこぼす。第三者視点から見れば三人の配牌は酷いものだった。

 照の配牌には自風となる北以外の字牌が点々としており、面子もまるで出来ていない。

 菫の配牌は一見国士寄りの配牌に見えるが、三四五の面子が一つ、別色の六の頭が一つと向かうにしても遠すぎる微妙な手だった。

 赤木の配牌は発言とは裏腹に典型的なチャンタ気味の配牌。しかしチャンタを目指すにしろ公九牌の対子が一つも無く、一三や七九等の嵌張が目立つ。普通ならツモってる内に両面へと移行するであろうが、断ヤオを付けるのは難しくなり打点は落ちる。良くて平和止まりと言った所だろう。ドラの五萬を持っているのが救いだろうが、今の手には絡み辛い所だ。

 

 菫が切り出したオタ風の西、その牌に誰も反応する事無く赤木のツモ巡、ツモって来た牌は一索、浮いていた一索に重なる形で入る。普通の人間ならばとりあえず頭が一つ出来たかと考える所だろう。

しかし、赤木はこの手の行く末を見据えその為の第一歩を切り出した。

 

「あれれ」

 

 赤木が切り出したのはドラの五萬、淡は真っ先にチャンタを思い浮かべ、純チャンまで伸びると面倒そうだなと考えたが、この局にその心配は無さそうだった。

 

(んふふー、指が六本まで折れてるよ)

 

 タンヤオ、平和、二三四の三色、ドラドラ。この手を完成させるまでに四筒を引けば完璧だ。淡の手は配牌の時点で既に一向聴、もう一つの順子は七八萬であり、此方が入ってしまうと三色が消える可能性が生まれ、九萬を引いてしまうとタンヤオが消える。逆に一筒を引いてしまっても三色とタンヤオが両方消えてしまう。

 四筒かつ和了りが六萬なら文句無しの倍満。

 

(ま、今の流れなら……当然)

 

 

「リーチ!」

 

 

 淡がツモって来たのは四筒、これしか無いと言うツモを一巡目に引き当てる。

 これにダブリーを加えれば倍満、ツモってウラウラで三倍満まで見えてくる。もし九萬の安めを引いてしまっても跳満確定、ドラを乗せて倍満、行かない手は無い。

 

(暗刻が欲しかったけど……まあそれは欲張りだよね)

 

 淡は浮いていた一索を場に叩き付け、リー棒を卓の中心へと置く。

 

 

 何故彼女が暗刻を欲したのか、それは彼女が、最後の牌山に差し掛かる直前、暗カンを仕掛けると、その後の和了りでその裏ドラがそっくりそのままカンした牌に乗る。

 荒唐無稽な話に思えるが、何度もそうやって対戦相手を屠ってきた。それを裏付ける科学的根拠は無いのだが、淡は必ずその方法で和了る事が出来る。照達の配牌が非常に悪くなっているのも、確実に淡の影響を受けている。

 それはもう牌に愛されているとでも言う他無いだろう。このダブリーにも同じ事が言える。ダブリーで倍満が殆ど確定しているなど、同卓した人間からすればやっていられないと匙を投げてしまいそうになる。

 絶対的な運気を引き寄せる、勝つ為の手段の一つだ。場にはまるで雲の様に運気が漂っていると赤木は考えている。その場に居る者の運量により、相対的にその場の運量は増して行く。ならばそんな者達が集う卓で、その運量を一気に引き寄せたなら、その者の手がどうなるかは言うまでもない。

 淡は得意であった。その場を支配し、運や流れを我が物にするのは。

 

 

 

 しかし、赤木からしてみればそんなものは過ぎた玩具だ、と言わんばかりに。

 

「ポン」

 

 その一索を鳴いた。

 

 

 


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