赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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葛藤する少女達 其の二

 菫が勝負に出た、切る牌を見ずともあの気迫溢れる切り出しは勝負に向かったと察する事が出来る。菫の向聴数も恐らく五向聴以下では無いのだろう、ならば最後のツモ山へ辿り着く前に振り込んでしまう可能性がある。それを危惧しながらツモ山に手を伸ばし、ツモ牌を確認する。ツモは四萬、現在淡の待ちは一三萬の嵌張待ちであり、リーチをかけなければ打一萬の両面へと移行していた所だろう。

 ミスとは言えないミスだが、ダブリーをかけて一発目に裏目を引いたのは人生で初めてだと断言出来る。普段の相手なら何も気にせず打った四萬だったが、淡は少し手を止めてしまう。そして淡の心でほんの少し、不安の種が芽を出し始めた事に本人は気付いていない。無論リーチ者である淡はその四萬を切り出すしか無い。

 淡が切り出したのを確認した照は牌をツモり、菫が進んだ今まだ攻める時では無いかと考え現物の四萬を切り出した。

 

 菫のツモ巡、ツモって来た牌は五萬。絶好の所を引いたと安堵しながらも、突っ張ると決めた菫は六筒を切り出す。横目で菫の打牌を確認した赤木はツモ山に手を伸ばし、それを掴む。

 その瞬間、赤木はワザとらしくツモって来た牌を見つめると、目を瞑りククッと短い笑いを漏らす。そしてツモ切られた牌を見て淡は思わず生唾を飲んでしまう。

 

 

 

 

 その牌は五萬。

 

(ッ………)

 

 

 ダブリーに逸らず、一巡待ってリーチしていれば、その五萬を討ち取る事が出来た。

 

 

(……結果論)

 

 そう、それはまさに結果論ではあるが、ダブリーとリーチ一発の点数が同じ事もまた事実であった。今までダブリーで裏目を見た事など無かった。淡からすればこのダブリーは至極当然、何故ならダブリーをかければ自分は必ず和了れたからだ。

 しかしこの時、ダブリーをかけずにそのダブリーより早く和了れる道を目撃してしまった。淡は気にすまいとツモ山に手を伸ばすが、確実にその不安の芽は淡の知らぬ所で育って来ている。

 淡はツモって来た九筒を切りながら、その事実を忘れようと雑念を掻き消す様に顔を左右へと振る。

 

 次巡、四順目の淡のツモは西、淡は次のツモで七筒をツモりカンを入れる。それは何度もこなして来た予定調和であったのだが、淡はそれに対し少しの不安を覚えていた。

 果たしてこの場で自分は七筒を引いて来れるのであろうか。こんな弱気な事を考えたのは初めてだ、此処でカンを入れる牌をツモって来る事は淡からすれば余りに当然の筈だった。

 

 そして次巡、次のツモから最後の山に入る。ならば此処で自分は七筒を引く筈、と少し震える手をツモ山へと伸ばして行く。ツモ山から掴んだ感触はピンズ、恐る恐る親指をズラしていくと、そこから顔を覗かせたのは七つの丸。

 

 ほっ、と。淡が安堵の溜息を漏らしたのも束の間、やはりこの自分の判断は間違っていなかったと自信を取り戻す。相手には五向聴以上の手牌があり、人生で初めて裏目ったダブリーを経験した淡だったが、やはり自分の力はその程度で揺らぐ事は無い、そう確信し伏せていた手牌を開け、七筒を倒す。

 

「カンッ!」

 

 このカンで赤木に引導を渡してやると意気込んだ淡は先ず嶺上牌をツモって来る。その牌は發、まあこれは大丈夫だろうと考え、新ドラを捲りに行く。

 此処で表のドラも乗せる事が出来れば、淡の打点は凄まじい事になる。そうなれば一撃でこの対局を終わらせる事が出来るかもしれない。そうして捲った新ドラは中、自分とは全く関係の無いドラな事もあり、直ぐに目線を河へと戻すとツモって来ていた嶺上牌の發をツモ切る。

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 その発声と共に牌を倒したのは赤木では無く、対面の菫。

 

「白、混一、一通……ドラ4。倍満は16000点」

 

(ドラ……4ッ……!?)

 

 

 そう、それは今まさに自分が乗せた新ドラ。それは菫の手にある白にそっくりそのまま乗り、そのツケの清算を自分が払う事となっていた。

 先程の局と正反対の点数移動が起きるが、赤木と淡の点棒を手にした分、菫の点数が淡を上回った。

 

 

(…………もし)

 

 

 淡がカンを入れなければ、新ドラが菫の手に乗る事も、自分が發で振り込む事も無かった。しかし、淡がその七筒をカンする事は余りにも当然であり、ミスとは言えない。

 仮に赤木や照が全く同じ立場で同じ振り込み方をしてしまっても、両者共その振り込みを微塵も気にする事無く、平然と次の局をこなすであろう。

 しかし、淡は今までその戦法に支えられて麻雀を打ってきた。相手の配牌が悪くなる事も、自分がダブリーで和了る事も、当然のものとして麻雀を打ってきた。

 それが崩れてしまった今、淡を支えるものが残っているのだろうか。

 

 

 菫も、照も、今まで苦悩し、葛藤し、芯を通し麻雀を打ち続けた。もし躓きそうになった時、それを支えるのは確固たる何か。菫は先程揺れ動く感情の中、自分が今まで打ち続けて来た麻雀選手の弘世菫としての打牌を信じてその一歩を踏み出した。照も同様であろう。

 ならば、今まで淡を支えていた物は何か、それは自分が有利に試合を支配していると言う自信。相手が五向聴ならば即リーなどの聴牌に怯える事も無い、自分の手にはダブリーが入る。何も考える事無く牌を曲げればよい、どうせドラのお釣り付きで戻って来る。

 それが崩された時、何に頼れば良いのか。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 分からない、何故ならそれが崩された事等一度も無かったから。

 

 

 

 

 

 

 淡を支えるものは余りに強力で、余りに脆かった。

 

 

 

 

 

 

 

 東三局、淡の親。

 順位は現在27000点の菫がトップであり、次に点数の出入りをしていない照の25000点。最後に点棒を失った赤木と淡の24000点。

 普段の淡なら、点数を稼ぐぞと意気込んでサイコロを回すのだが、淡は覇気の無い瞳を浮かべ、卓の中心へ人差し指を伸ばしサイコロを振る。出た目は対面、ドラは六萬。

 

 淡はもう自分の手はボロボロだろうと考えていたのだが、配牌を開いた瞬間、淡は目を見開き驚愕していた。

 三五萬に九萬の暗刻、加えて三四五の筒子、七八九索に西の対子、そして白。あわや天和かと思えるその手は、既に打白で四萬待ち聴牌。先程に続き再びダブリーの嵌張待ちの手であった。

 

 

「…………」

 

 五分前の淡ならば、ノータイムどころか思考の余地を残さず白切りのダブリーに向かっていただろう。しかし、先程のダブリー裏目からの嶺上牌の討ち取り、それがその白を曲げさせようとしない。もし次のツモでまたもや両面へ切り替える事の出来る牌を引いてしまったら、もし次のツモがドラの六萬なら両面へ向かいつつドラを確保出来る。

 

(ダブリー……でも、二萬か六萬を引けば……)

 

 

 ダブリーが出来るにも関わらず、ダブリーをしない等そんな話があるか。淡は当然の様にそう考えていた。だからこの白は曲げるべきだ。

 しかし、手が動かない。先程の裏目、そして自分のカンによる菫の倍満。その事ばかりが淡の頭をぐるぐると回り始める。

 

 

 ポンッ、と、淡はそのまま何も考えず白を置いた。しかし、淡からはリーチ宣言も、リー棒も無い。とりあえずは様子見で良いだろう、淡はそう結論付けその白を河へと落とした。

 其処に思考も葛藤も、決意も存在しない。兎に角巡目が進んでから考えれば良いと、皆がツモっている様子を伺いながら漠然と考えていた。

 

 そして二巡目、殆ど思考を放棄している淡が手に取った牌、それは。

 

 

 

「ッ――――――」

 

 

 淡がツモって来た牌は四萬。

 開いた口が塞がらないとはこの事だろうか、ダブリーをかければ一発ツモだったのだ。その瞬間、淡に何故ダブリーをかけなかったのかと言う後悔の念が鬩ぎ込んで来る。

 もしリーチをかけていればダブリー一発ツモ、この時点で四十符三翻の3900オール、ドラが一つでも乗れば文句無しの親満ツモである。

 

 結果的に淡はダブリーをかけなかった。その結果、そこにあるのはツモのみ700オール、これが今の現実だった。赤木ならばその手を絶対に倒さない。それを倒すと言う事は、自分が弱気になってダブリーをかけずにノミ手をツモりましたと宣言する事になるからだ。

 しかし今の淡には、その和了りを引っ込める事は出来ない。親の連チャンと言う背景に加え、その和了りを見逃す勇気も無い。

 

 

「……ツモ、700オール」

 

 淡の手牌の付近へと2100点が集められる。淡はその点棒を見ながら自暴自棄寸前になっていた。すると、赤木は王牌へと手を伸ばし、裏ドラを捲り卓の中央へと静かに置く。

 無論リーチをかけられなかった裏ドラなど淡は見る気が無かった。見ても何もメリットが無い。

 

 

 

 

 しかし、其処に差し出されたなら、見てしまうのが人間の性。

 

 

「っ……八萬……」

 

(……意地悪な人)

 

 裏ドラは八萬、つまりダブリーをかけていれば淡の手はダブリー、一発、ツモ、ドラ三の跳満6000オールにまで跳ね上がっていた。

 ワザとらしく裏ドラを見える所へと置いた赤木の嫌らしさに、淡の心中を察する照であったが、一歩間違えれば自分もこの男に惑わされかねない。淡には悪いが反面教師にさせて貰おうと照は心に誓う。

結果的には親の連チャンであったが、其処には何も残っていない。

 あるのは弱気になり、和了りの点数を十分の一近くまで減らしてしまったと言う結果だけ。

 

 

 

 東三局、一本場。

 ついに淡の配牌は聴牌どころか五向聴まで落ち、ドラも絡まず辺張や嵌張が目立つ。淡はグチャグチャになった頭を整理する事も出来ず、ただチャンタ目指して外へと寄せて行き始める。

 チャンタに関係の無い中張牌を引けばツモ切り、幺九牌を引けばとりあえず手に残す。それを繰り返していた淡の末路は言うまでもない。

 

 

「ロン、一本場の七対子のみは1900」

 

「ッ……」

 

 手を倒したのは再び菫であり、その手は七対子のみではあったが、菫は前巡に北を切っている。それは字牌が殆ど切られている場に既に二枚出ており、七対子の待ちとしては絶好の北。

菫はそれを捨ててまで九萬待ちを選んでいた。何故ならそれは淡の浮き牌であり、他の面子が揃えば切り出される予定だった九萬。

 点数は大した事無いものの、狙い撃ちをされた本人の心にはヒビが入る。何故なら自分の手を読み切られた上で和了られた事が明確になるからだ。今の淡の手を読み切る事は、数々の浮き牌を討ち取ってきた菫からすれば余りにも容易かった。

 ヒビが入りかけていた淡の心に、更に大きな亀裂が入る。そして次局は照の親、もし照が五向聴の縛りを無くしたのなら、今から何が起こるかは想像するに難くない。

 

 

「………………」

 

 

 東四局、淡の手牌はまたもや五向聴、もはやどうすれば良いか分からなくなった淡は、ただ聴牌へと向かう打牌をしようと浮いた南へと手を伸ばす。

 

 

 

「……見てられねえな」

 

「……だって、どうすればいいか分からないんだもん」

 

「何だそりゃ、打てばいいだろう、麻雀を」

 

 

 淡は赤木の言っている事が理解出来ない。今自分達が打っているのは間違い無く麻雀である。

 

 

「麻雀うってるよ」

 

「どうだかな、俺から言えばそんなもん、ただの絵合わせだ」

 

「…………わかんないよ」

 

「クク……まあ見てな」

 

 

 

 


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