赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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葛藤する少女達 其の三

 赤木のその言葉に一番反応を示したのは現在親番の照であった。此処で稼いでおかなければ、次の親番まで回ってくるかどうかも怪しいのだ。

 二巡目にして照の手は順子が並び、浮き牌の九萬か西に重なる形で頭が出来れば聴牌であった。しかし待ちは一三索の嵌張待ちであり、四索を引き入れての両面へと移行したい所であった。

淡の南切りを横目にツモって来た牌に目を向ける。ツモって来た牌は九萬であり、浮いていた九萬に重なる形で引き入れる事が出来、安堵しながら九萬を手牌に落とす。

 此処で照は選択を迫られる。両面を追って手を回すか、即リーチか。どの道ドラは絡んでおらず、リーチで裏ドラに期待した方が打点に望みがある。しかし、照の麻雀は一局一局を切り離して流れを掴むものでは無く、最初に小さい和了りを決め、そこから流れを掴んでいく。

 

「………………」

 

 何時何処で打とうが、この手は嵌張の役無し聴牌を取る。それは貫いて来たものであり、絶対の自信がある。牌を曲げなかった事を確認した菫は目を見開き、脳内へ凄まじい勢いで思考を流し込んでいく。狙い撃ちに必要なのは情報、つまりその打ち手がどの牌を欲し、どの牌を不要とするのか。

 無論河も情報の一つにはなるが、最も大切なのは人間を観察し、その挙動を読み切る事。

 

 

(視線は……一瞬手牌の左端へ向いた。照ならば、今のツモ巡で聴牌していてもおかしくはない)

 

 それはまるで論理パズル。一つ一つ慎重に読み解いていき、一つの答えを出す。

 

(つまり回した、端牌の入れ替わりを狙って。思い出せ……あの端牌は……上下を入れ替えたかッ……)

 

 菫は必死に思い返す。理牌の時など自分の手は二の次、必要なのは打ち手がその配牌をどの様に並べたのか。

 

(照は……あの端牌の上下を入れ替えた……)

 

 無論、上下を正す必要の無い牌であった場合、その観察が無為に終わる事もあるが、今の菫にはツキがあった。上下を入れ替える端牌、それは萬子か索子に限定される。

 

(照が流局時倒していた牌……索子は一番左に寄せている事が多かった……)

 

 萬子、索子、筒子、それぞれの並びを入れ替えるプレイヤーは多々いるが、それでも癖として多少偏りが出て来る。親番、自分の流れとして向かった打牌、そこにはいつもの照が存在する。ならば照が最も多く左端に寄せていた索子が、今回も左端になっている可能性が高い。

 元々絶対の根拠などありはしない。しかし、その中でその読みをいかに信じ切れるか、それが勝負の命運を分ける。

 

(照の端牌は索子……それも一索……確かその右牌の上下も入れ替えていた。二索ならば入れ替える必要は無い)

 

 つまり、照の手は一三索の嵌張待ち、それの両面への移行を待っている。頼りない情報が多いが、菫はこの自分の判断を信じる。己が道を信じなければ、勝ちなど拾える筈も無い。先程も己を貫いたからこそ、淡を討ち取る事が出来たのだ。

 菫はツモって来た牌を手牌に落とし、一三索の両面移行の余り牌、つまり一索を討ち取る算段を付ける。

 しかし菫の手牌に一索は無い、それどころか二索三索も無く、今この時点で一索に待ちを合わせる事が出来なかった。しかし、他の面子は綺麗にまとまっている。今ツモって来た牌で二萬が暗刻になり、前巡のツモは順子に重なっており六七八筒の一盃口が成立している、加えてドラドラのおまけ付き。浮いた牌は六七九萬に白中、菫は場に一枚の中を切り出しながら、五八萬か一索を引き入れる事を期待し赤木のツモに注目する。

 

 先程何か仕掛けて行くとも取れる発言をした赤木だったが、その打牌は傍から見れば平凡なものだった。並びから察するに、浮いた字牌を切り出しつつ中へと寄せているのだろう。今手出しで切った北も明らかに浮き牌、河に並んでいるのは九索と北であり、典型的な断ヤオ平和手。何か仕掛けて来る人間の気配は感じられなかった。それを感じていたのは照も同様で、逆にそれが不気味さを演出していた。

 淡は言われたからには、と。赤木の一挙一動を見逃さず、ツモって来た牌をツモ切りながらも無難な手作りを進めて行く事を決める。

 

 照のツモ巡、不要牌の九索をツモって来た事を横目で確認すると、河へと切り出していく。恐らく後三巡以内には聴牌を取れる。それに根拠は無いが、自信はあった。

 菫は間に合うか、と祈る様にツモ牌に目を向ける。しかし、ツモって来たのは不要牌の八索。逸る気持ちを落ち着かせながら、八索をツモ切っていく。あの発言、恐らく、赤木も照の浮き牌である一索を狙って来るのであろう。しかし、同聴であろうと先に牌を倒すのは此方である。

 

 赤木のはツモって来た牌を手牌の中へと落とすと、ノータイムで二索を河へと叩き付けた。それは照のロン牌だが、役が無い今はまだ和了る事が出来ない。菫は赤木が二索を切り出した瞬間、照の挙動に注目する。どんな人間でも役無しのロン牌が切り出されたのならば、もしリーチをかけていれば討ち取れていたかもしれないと言う後悔が襲う。それは人により程度が異なるが、照にはその気配が全く無かった。

 

 

「クク……器用なもんだ」

 

 

 益々照の姿がひろゆきと被って来る。赤木も菫と同じく、照の待ちは一三索と読み切っており、カマをかけるつもりで切り出したものの、その二索には全く興味を向けなかった。

 自分が行くべき道を決めたなら、道中どんな事があろうが絶対にブレ無い。しかし、赤木はただ余り牌を追う事のみが打ち崩す手段では無いと自分の手牌に目を落とした。

 淡のツモ切りを確認した後、照はツモ山に手を伸ばす。引いて来た牌はまたもや不要牌、北を切り出すと、次巡かその次へと期待を寄せる。

 

 恐らく此処で手を進めなければ間に合わない。照が己の道を進みリーチをかけ、其処で和了られでもしたらもう手も足も出なくなる。

 菫の願いが届いたのか、ツモって来たのは八萬であり、これで萬子の並びは六七八九萬となる。この時点で菫の手は一盃口ドラドラ、リーチをかければ四翻。ツモならば文句無し、ロンならば十符追加に加え単騎待ち扱いのプラス二符、それで満貫が確定する。しかし菫はこの手を曲げても恐らく照に打ち負けるであろうと言う確証があった。

 点数を追い自分が決めた事を曲げた者に良い結果はついて来ない。菫は白を切り出すと、残りの猶予が最低一巡しかない事に焦りながらも打牌を目で追っていく。

 

 

 菫から見れば赤木に不自然な所は存在しない、今も二筒をツモ切っており、普通に和了りへと向かっている様に見える。淡は赤木へと意識を向けており、その手牌は聴牌とは程遠いだろう。

 そして照のツモ巡、此処で曲げられたならば、この局に自分の目は無くなってしまう。菫は照の挙動に注目するが、照はリー棒を出す事無く牌を河へと切り出した。

 

 

 

(間に合えっ……)

 

 

 

 勝利の女神、その握手を求めるようにツモ山へと手を伸ばす。

 

 

 

 

「ッ――」

 

 そして引き入れたのは一索。間に合った事、そして自分の読みを貫き一索聴牌へと合わせる事が出来た事に胸を撫で下ろす。

 恐らく次巡照は聴牌する。それもロン牌へと一切反応を見せる事無く辿り着いた両面へと。照にこの狙い撃ちは悟られていない筈だ。場を見渡す照でも、恐らくあの様な発言をされてしまっては赤木へと注意が向いてしまう、その一瞬の隙を討つ。

 

 菫は九萬へと手を伸ばすと、河へと切り出す。

 

 

 

「ロン」

 

 切り出した手が固まる。その発声は勿論照のものでも、淡のものでも無い。

 

「良い読みだった、お嬢ちゃん」

 

 

 赤木が倒した手牌、それは一瞬で七対子と理解出来る。しかし、それは強烈だった。

 並んでいるのは字牌と筒子の対子、しかし一枚だけ右端で浮いている牌がある。

 それは紛う事無き九萬、自分が今捨てた九萬であった。

 

「七対子、1600」

 

 

 馬鹿な、前巡に二筒をツモ切っているだろう。

 

 

 ならば、何故残さない。

 

 

 

 その時、菫は全てを理解した。自分の考えが見当違いであった事に。赤木の切り方、そして捨て牌に惑わされてしまった。典型的な断ヤオ平和手、二三索辺りを持っていて照の待ちへと合わせに向かうものだと決め付けていた。

 

 

 しかし違う。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 赤木は照の余り牌を追う自分を追ってきたのだ。

 

 

 ある種、狙い撃ちはノーガードになってしまう。その者を狙い撃つと言う事は、どうしても他者へのガードが甘くなる。赤木はその隙を見逃さなかった。思い返せば自分は間抜けにもこの萬子並びの半分以上の牌の上下を入れ替えた。自分が照の理牌に注目している間、赤木は既に自分を狙い撃つ事を決めていたのだ。

 

 菫が呆然と場を見つめていると、少し唸っていた淡が口を開いた。

 

 

「ごめん、菫先輩もテルも、手を見せてくれない?」

 

 

 照は無言で頷くと、その手牌を倒す。それと同様に菫も自分の手牌を倒す。これは公式試合等では無い、チームメイトに前へ進む為へ手を開けてくれと頼まれれば、拒む理由も無い。

 そして照と菫の手が開かれた時、淡は今起きていた攻防の全容を理解する。

 

 

(テルの手は二巡目で聴牌……あれからツモ切りだった……)

 

 

 赤木は三巡目に二索、つまり照のロン牌を切り出している。しかし、自分が見ている範囲で、まさか照が役無しのロン牌を見逃していたとは夢にも思わなかった。

 先程の自分と全く同じ立場であり、その時自分は無様にも狼狽し、後悔の念に苛まれていた。

 

 

(菫先輩の一索……)

 

 

 そして菫、六九萬からわざわざ一索待ちへと入れ替えたのは、照のあの一索を狙い撃ったのだろう。何故、まだ河へ切り出された牌は僅かにも関わらず、あの一索の浮き牌を狙い撃とうと出来たのか。

 

 

 最後に赤木の九萬、前巡に切った二筒を残していれば、混一、七対子の満貫。しかし赤木はそれを追わず、菫の九萬を討ち取った。

 淡はツモ山へと伸ばすと、次巡の照のツモを確認する。それはまさに四索であり、其処で一索が打ち出される事となっていた。更には次の菫のツモは五索であり、もし菫が点数に目が眩み六九萬の聴牌を取っていたなら、赤木に振り込む事無く今度は菫が照に打ち込むと言う結果になっていた。

 

 

「…………」

 

 唖然とする、たった五巡の間にこれ程凄まじい攻防が行われていた事に。其処には知略、覚悟、信念が渦巻いている。

 それを一番傍で見た淡には、赤木の先程の台詞が理解出来る。今までは相手の余り牌を狙う、手を安くする等は只の小細工だと思っていた。

 何故ならダブリーにそんなものは必要ないからだ。

 

 一巡目にリーチをかけてしまえば、赤木の言う通り後は絵合わせ。最後の山までひたすらツモ切り、カンを入れ和了るだけ。

 それが通用していたからこそ、自分はその力が最強であると信じていた。それが通用しないとなった時、自分は恐ろしい程脆く崩れていってしまった。

 認めたくは無いが、それが事実だった。

 

 

 麻雀で強力な力を持つ少女はまた、麻雀が下手であった。

 

 ならばどうすべきか、ダブリーだけが麻雀では無い。それが今理解出来た。

 いや、何となくそれには気付いていた。しかし、理解しようとせずとも勝てたのだ、理解する必要も無い。

 だが今は違う。ダブリーだけでは勝てない相手が出て来てしまった、その時自分はどうするのか。

 

 

(白旗を上げる……訳無いよね)

 

 

 

 何故なら、淡は自分は麻雀が強いと疑っていないのだから。

 

 

 

 

「うん、高校90年生位からやり直そう!」

 

 

 もうダブリーだけが自分の麻雀、と言うのは辞めよう。

 知略し葛藤する、その先に本当の強さが有り、照が居るのだから。

 

 

 

 

 

  


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