Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

十八話です。

よろしくお願い致します。


Episode 18. No Bullet, No World

「――ん? あの目の青い小娘なら、もう一月も前からこの付近に来ておったぞ。一度、庭先で儂と喜助が話しているところを、絡繰り片手に電柱の陰から見ていたこともあったのぅ」

「やっぱ気づいてたのかよ、夜一さん」

「無論じゃ。儂を誰だと思っておる。この四楓院夜一、一般人の監視如きに勘づけぬはずがなかろう」

 

 次の日。午前八時。

 

 浦原商店に顔を出した俺に対し、夜一さんは至極当然とでも言う表情で応えた。今は猫の姿じゃなく褐色肌の女の姿をしている。見慣れた戦闘スーツっぽい服装を着て、専用の特大湯呑みで茶を啜りながら胡坐を掻いている。

 

「ンじゃあなんでほったらかしにしてんだよ。面倒くせえコトになっても知らねーぞ」

「……あのなぁ、一護。お主、このご時世に『猫が人の言葉を話した』などという世迷言を小娘一人が言い触れ回ったところで、果たして何人が信じると思うとるんじゃ? 別に機密事項を話しておったわけでも無し、平時からそんな些事を気にかける程儂は暇でも神経質でもないわ。

 それに、一般人を前に猫の姿で人語を話す程度なら、近所のガキ共の前でもからかい半分で二、三度見せておるぞ。今更一人増えたところで気になどせん」

「……それ、やっぱりアンタの仕業だったのかよ。空座町の七不思議『会話すると死ぬ呪いの黒猫』とか言って、遊子が騒いでたぞ」

「良い良い、勝手に騒がせておけ。死神や虚の存在ならともかく、商店の結界外で世間話に興じる儂の姿、それも噂程度で、現世に悪影響など出るはずもない。それを言ったら、空座町に何十年も住んでおる喜助や鉄裁の見た目が全く老けておらんことの方が余っ程問題じゃろうが。

 儂の声を聞いたくらいで嬉々としてお主を脅しに来る程度なら、自力で核心に迫れるまであと百年はかかるの」

 

 億劫そうに欠伸混じりで言った夜一さんは、空になった湯呑みを器用に指一本の上に乗せてバランスを取りながら、金色の猫目で俺を見やった。

 

 ……まあ確かに、万が一この人が喋ってる動画とかバラ撒かれても「合成乙」で流されそうなモンだよな。逆に客寄せに利用しようとか考えてんじゃねーか、この人。

 

 それに、俺の身体にコンが入った時の騒動がテレビで全国放映された時も、空座町の住民の記憶は浦原さんが何とかしたらしいが、拡散したハズの映像は勝手に消えてったし。

 

「……まあ、あの娘の記憶を消さんかった理由は一応もう一つある。至極簡単じゃ。消す必要性が遠からず失せる可能性が高いと判断し尚更面倒になったから。それだけじゃ」

「必要性が失せるって……それつまり、アイツも、リーナも霊力に目覚める可能性があるってことかよ!?」

「むしろ何故それが無いと思っておった? お主の学友三人も、元は何の力もない一般人で、途中藍染との接触という起爆点があったとはいえ、今では霊や死神を認識できる霊知覚を持っておる。特に浅野啓吾と小島水色に関しては、高校入学からの半年で霊知覚に目覚めた。

 あの娘には一護の霊圧の痕跡が色濃く残っておった。お主があのげえむとやらから解放されて今日でほぼ一年経つというのに、その月日の中で緊密に接していた人間に、なにも起こらぬはずがない。

 いずれ知る霊力の世界。一息に全て教え込むより、少しずつ情報を与え自分の力で真相へと近づいていると思い込ませて(・・・・・・)やった方が、彼奴の負担も軽かろう」

「……前々から思ってたけどよ。俺の近くにいると、ンなホイホイ霊力に目覚めちまうのか」

「完現術の修行の際、銀城とやらに教わらんかったか? 『完現術を会得するには、欠片程の内部霊圧を外部からの刺激で覚醒させる』と。

 それをお主は無差別的にやっておるのじゃ。一般人の欠片程の霊圧に、死神・虚・滅却師の三種混合の強大な霊圧刺激を長期間当て続けておれば、能力の有無関係なしで否が応にも覚醒せざるを得ん。嫌なら精進せい。お主に協力(・・)はすれど、いい大人のお守(・・)なんぞは儂も喜助も御免じゃからの」

 

 そこを突かれると言い返せない。苦手だ戦闘に支障はねえだと抜かして、霊力制御の修行をサボり気味だった俺にも非がある。受験終わったらちまちま鍛練するしかねえか……と、ふと一つ、疑問が思い浮かんだ。

 

「なあ夜一さん」

「何じゃ」

「俺の霊力が無差別に他の連中の霊力を目醒めさせてるってンなら、なんでたつき・ケイゴ・水色以外の空座高の連中は霊力が無いままなんだよ。リーナなんかよりもっと長ぇ、三年間も一緒の校舎にいたってのによ」

「お主、今挙げた三人と井上達能力者以外に、友人と呼べるほど親しい奴はおったのか?」

「……いや、いねーけど」

 

 なんかお前友達少ねえだろ、的なニュアンスを感じる質問返しに不承不承肯定の意を返すと「なら無いままで当然じゃ」と夜一さんは一蹴した。

 

「先ほど無差別に、とは言ったが、その無差別が及ぶ人間の範囲は限定されておる。霊力の干渉を受ける条件は二つ、一護の霊圧圏内に入っているという『物理的距離』の制約。そして、お主に対し一定以上心を開き霊圧を受け入れる体勢が取れているという『精神的距離』の制約じゃ。

 前者だけなら満たす人間は星の数ほどもいようが。後者も満たせる奴はそうはおらんじゃろう。お主とそこまで親しくない本匠千鶴が、藍染に遭遇したことで霊体を補足できるようになったにも関わらず、事件終息後すぐに霊力を失ったのが良い例じゃ」

 

 ……てことは逆に言やぁ、そこそこの頻度で会ってて、尚且つある程度心の距離が近いヤツは、リーナじゃなくても片っ端から覚醒の可能性があるってことじゃねーか。

 

 現時点で当てはまりそうなのは、育美さん、キリト、アスナくらいしか思いつかねーが、今後大学入って友達(ダチ)が出来ようモンなら、ソイツもほぼ確実に影響対象だ。着々と俺の身の周りの連中が霊力持ちになってくことを想像すると、あんまし良い未来には感じられない。マジでとっとと霊力制御の修行しねえと……。

 

「安心せい。喜助が至近で霊圧を探った限り、あの青い目の娘には霊能力の才能は無い。霊力の受け皿は小規模、目醒めても『視える・聞こえる』程度が限界じゃろう。虚に襲われる確率も覚醒前と大して変わるまい。

 なんなら向こうで奮闘しておる小娘……朝田とかいったかの? 彼奴の修行にお主も混ざれば良いではないか」

「アレが奮闘って言えんのかよ。どっからどう見ても八つ当たり(・・・・・)じゃねーか」

「そう思うなら止めて来い。『あの計器、決して安くないんスよ』とか喜助が嘆いておったぞ」

 

 物に当たり散らすとは、やはり十六歳はまだまだガキじゃの。と、呆れたように言い捨て、夜一さんは追加の茶をドバドバ注ぎ、御茶請けの海苔煎餅をバキッと噛み割った。

 

 今俺らがいるのは、浦原商店の地下勉強部屋。

 

 畳と卓袱台、お茶セットを急遽持ちこんで拵えた休憩スペースの座布団の上で胡坐を掻きつつ、遠くでボンボンと制御失敗の爆発音を響かせる十六歳女子高校生の姿を眺めた。

 

「これこれ朝田殿、精神集中が乱れておりますぞ。一度手を止め精神統一をした後に鍛練を再開すべきです」

「大丈夫です! このままやります!」

 

 何があったか知らねえが、来てからこっち、ずっとあの調子だ。ツンケンしてんのは変わんねえけど、いつも以上に怒りっぽい。横にいる鉄裁さんが宥めてんのも聞きゃしねえ。浦原さんが野暮用で出ちまってる今、アレを手荒く止める(すべ)を持つのは……、

 

「――いい加減にしろテメーは!」

「痛っ!?」

 

 俺以外にいなかった。

 

 卓袱台に置いてあった御茶請け用のお盆を持って詩乃に近寄り、角っこの部分で頭頂部をスコーンと引っぱたいた。視界外から強打された詩乃は一瞬面食らった顔をしたが、すぐに怒気全開の表情へと様変わりする。

 

「いきなりなにすんのよ!!」

「なにすんのじゃねーよボケ。何があったか知らねーけど、物に当たんな。制御に集中しろ。それが出来ねえなら帰れ」

「うっさいわね! あんたには関係ないでしょ痛ッ!? だからいちいち叩かないでよ暴力おとこ痛い!! ちょ、ちょっと止めてほんとに痛いっ!!」

 

 お盆の腹を使いモグラ叩きよろしく連続でゴツンゴツン打撃しまくって、強制的に黙らせた。弱い者イジメ? 修行中にそんなモン知ったこっちゃねえ。手荒い手法も使うって予め言ってあるしな。

 

「あ、あんたねえ……! 他人の頭をポンポン叩かないでよ……たんこぶが出来ちゃうじゃない」

 

 流石に四、五回叩かれて懲りたのか、少し語気が弱まった詩乃は半分涙目で頭頂部を押さえ、上目使いに睨んでくる。

 

「こうでもしねーと頭冷えねえだろうが。ここは霊力の修行の場所だ、八つ当たりなら余所でやってくれ。あっちの化け猫はヒマでも、俺はヒマじゃねーんだよ」

「聞こえておるぞ一護。随分大層なことを言うようになったのー、んー?」

 

 後ろの方からなんか聞こえたが、スルーして言葉を続ける。

 

「ストレス発散なら後でいくらでも付き合ってやる。だからとにかく、今はこっちに集中しろ。九等霊威まで、もうちょいなんだろ?」

「……制御があと一分安定すれば、まあ、ね」

「んじゃ、とっとと集中して終わらせちまえ。ンでさっさと帰って飯食って寝ろ」

「子供みたいな扱いしないでよ。ムカつく」

「オメーと同年代の妹がいる身からすりゃ、お前も十分に子供(ガキ)だっての」

 

 ムカつく、と詩乃は一言漏らし、失敗続きの消耗でかいた額の汗を袖で拭い、今度こそ制御に集中し出した。「ナイスですぞ黒崎殿」と言う鉄裁さんに後を任せて元の場所に戻ると、浦原さんが帰ってきていた。

 

「ただいま戻りました。朝田サン、落ち着きました?」

お盆(コレ)で引っぱたいて落ち着かせてきた。多分もう大丈夫だろ」

「将来DV夫になりそうな強硬手段ッスね、それ」

「いいじゃねーか別に、修行中なんだし。それよかアレの調査、どうだったんだよ」

「あーハイハイ、ちゃんと終わりましたヨン……っと」

 

 懐をゴソゴソと漁り、浦原さんは一まとまりの紙束を取り出した。

 

「先ほど黒崎サンから受けた報告を基に、関東地方におけるここ三か月の虚の出現頻度と区域分布を尸魂界から取り寄せました。が、残念ながら特に規則性は見られないとの回答ッス。空座町ほどではないにしても、虚というのはどの地区でも一日一体程度は発生、または出現するものなんス。この膨大なデータ中から関連性を見つけ出すのは、正直言って非効率的かと」

「そもそも尸魂界のレーダーが感知するのは、虚の霊圧強度、データベースとの照合、出現位置、その数……このくらいじゃからの。それ以外を現地死神からの報告に委ねておる時点で、今回の件に関しては尸魂界側のデータベースは当てになんぞならん」

「そうかよ……クソ、直接そこまで行って調べるしかねえってか」

「いやいや、そっちの方が非効率ッス。

 黒崎サンが言う規則性が本当に正しいのなら、それを引き起こしている虚は尸魂界のレーダーと死神の警戒網を潜り抜ける高い隠密性を持つ強力な個体か、あるいは統率のとれた集団的『狩り』を行う虚の一軍であると考えられます。どちらも単独で調査に向かうには相手が悪すぎます。尸魂界からのデータを精査しつつ、その心不全の規則性について、もう少し調べてみる必要がありますね」

「それはさっき話に出たリーナに任してある。現世(こっち)側の調査なら、浦原さんたちよりも勝手が分かってるはずだ。それと、例の仮想世界側でも手がかりっぽいのが一つあった。そっちの調査には、その情報を寄越した奴が自分で昨日から向かってる」

 

 キリトが調べきれなかった心不全による死亡者のデータ調査は、昨日家に帰ってから思いつきでリーナに頼んでみた。

 奴の実家のコネでなんとかなんねーか、とかいう大雑把な考えで頼んでみたんだが、リーナは「超余裕。それに、一護の役に立つなら全然構わない」と、文句一つ言わずに引き受けてくれた。勿論代価はしっかり要求され、今度の週末に空座町のスケートリンクに連れて行く約束をさせられたが、そんくらい安いモンだ。

 

 キリトに関しても、

 

『昨日のダイブで、断定はできないがそれらしい人物と接触した。今日出場する大会内で再度接触を試みるよ』

 

 とメールがあった。現実側の調査はやっとくから気にせず行って来いとだけ返し、今日ここに来ている。

 

「ほぅ、お主にしては手回しが良いな。それにその情報提供者とやらも、中々やるようじゃの」

「そッスね。関東全域の死亡者の周期性を割り出して、かつ即座に調査に移る行動力をお持ちとは。広い視野と調査力、荒唐無稽な可能性であっても脳内で理屈をこねくり回すだけで終わらせない実行力は、優秀な技術研究者に必要なスキルッスよ」

「仮想世界の中なら剣の腕も立つ奴だ。現実じゃモヤシ野郎だけどな」

 

 今頃仮想世界の中で奔走してるハズの黒ずくめ剣士を脳裏に浮かべつつ、そう返す。ってかそう言や、アイツが今入ってるGGOとかいうゲーム、どんなモンなのか知らねえな。銃撃があったっつーことは、銃ゲーかなんかかよ。もしそうなら、遠距離攻撃の経験が月牙と虚閃くらいしかねえ俺には向かねーな。

 

 ……とか考えてたら、

 

「――GGO? 正式名称は『ガンゲイル・オンライン』よ。例のザ・シード連結体(ネクサス)の一つで、銃器で武装したプレイヤーが、モンスターを討伐したりプレイヤー間で殺し合ったりするゲーム」

 

 意外なことに、詩乃が知っていた。

 

 霊力制御の休憩中になんとなく話を振ってみたんだが、少し意外そうな顔をしながら何てことないように返答を寄越してきた。ゲームとか興味なさそうな奴なのに、そんな女受けしなさそうなジャンルのVRMMOに興味があったなんてな。

 

「……丁度いい。一護、あなたこの後、GGOで憂さ晴らしに付き合いなさい」

「は? 何でだよ。俺GGOやったことねえし、大体、受験生にゲームさすな」

「知らないわよ。私の頭をボカボカ叩いた罪滅ぼしと、ストレス発散の約束を兼ねて同行して」

「断る。なんでまたあの忌々しいヤツの残骸が出てきそうな世界(トコ)に……」

「行け一護。女子(おなご)に暴力を振るった罰じゃ。粛々と従え」

「夜一さん!? アンタなんでコイツの肩持つんだよ。つかコイツの八つ当たりの制止を俺に押し付けたの、アンタじゃねーか」

「うるさいのぅ。小さいことでガタガタ言うでない。そんなことだから、いつまで経っても『浅い男』なんじゃ」

「アンタがうっせえよ!」

 

 絶対禄に考えもしないで俺を弄るためだけに掌を返した化け猫女に食って掛かると、横から浦原さんが口を挟んできた。

 

「黒崎サン、たまには彼女サンのワガママ聞いてあげなきゃダメッスよ? バイトで資金は豊富なんでしょうし、ここは一つ、行ってきてくださいな。アタシらはその間にデータ解析しときますンで」

「浦原さん、アンタまでなに言ってんだよ! つか彼女じゃねえってホント何回言わすンだよ!!」

「三対一よ。大人しく付き合いなさい」

「テメエ…………」

 

 俺が睨みつける中、詩乃は勝ち誇ったような済まし顔でお茶を飲んでいた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……ったく、なんでまたあんなトコに行かなきゃならねンだよ」

 

 一時間後。

 

 早々に修行を打ち切り、俺は自宅に帰ってベッドに腰掛けていた。

 

 サイドテーブルに設えたデスクトップPCの画面には、さっきネットでインストールしちまった『ガンゲイル・オンライン』のパッケージ画像が表示されてる。とりあえず大学受かるまで仮想世界(向こう)に行くことは絶対ねぇだろうな、とか思ってたのに、まさか全然知らねえゲームに一日限定で特攻しなきゃなんねーのかよ。

 

「……まあ、アレだ。死銃とかいう奴の調査も兼ねてんだ。時間も夕方になるまでって決めたし。とっとと消化して帰ってくっか」

 

 パッケージ代金はバイト経費で落とせねえかな、とか考えながら、アミュスフィア(ナーヴギアくれたおっさんが秋頃詫びに来たときに『お詫びの品』名目で渡された。絶対的安全を強調されはしたが、中々いい神経してやがると思う)を被る。

 

 記憶にある合金製フルフェイスヘルメット型のハードよりかなり軽い付け心地を感じながら、ゆっくりと目を閉じ、

 

「――リンク・スタート」

 

 コマンドを唱えた。

 

 

 視界を包む白色光が消え、飛び込んできたのは随分とゴミゴミした景色だった。

 

 今までやってきたSAOやALOとは全然違う、強いて似てる光景をあげるなら、アインクラッド五十五層の『グランザム』の街並み、アレをもうちょい煩雑にして近未来っぽくした感じだ。金属プレートで舗装された床、彼方にそびえ立つ高層ビル群、それを繋ぐ回廊。そのバックには午前中らしからぬ暁の空が広がっている。昔やったことのあるFPSゲーも、こんな感じだったっけな。

 

 で、今の俺のアバターは、一応SAO・ALOで使ってたヤツをそのまま……確かコンバート、とか言ったか? それをやって使ってる。

 代償として持ってるアイテムや金が消えるってんで、数少ない俺の武器防具類は、ついさっきALO(俺のキャラデータと一緒にゲーム情報もナーヴん中に勝手に保存されてた)の中で店をやってるっつうエギルの倉庫に預けてきた。そのためだけにわざわざ半年ぶりのALOに入ってきたのか、とあの巨漢には呆れられたが。

 

 だから、今の俺はステータス以外は完全新規。SAOとは違い、当然外見も変わってるらしく、今もジャマくさい黒の長髪が俺の視界の横にチラチラと……。

 

「……黒色? 長髪だと?」

 

 違和感を感じ、近くのミラーガラスに姿を映す。途端、思わず頬がひきつった。

 

 身長とか体格は現実とそんなに変わんねえ。が、頭は見慣れたオレンジの短髪じゃなく、延び放題で背中まで届くような長さの黒い髪。目の色もブラウンじゃなく、赤ワインみたいな黒みがかった赤色だ。

 目つきの剣呑さは気持ちマシになってる気がしたが、この姿を目の当たりにしたせいで、平素以上のしかめっ面になっちまってる。

 

 自分で客観視したことは一回もねえ。けどこの姿は、浦原さんから伝え聞いた『無月』の姿になった俺と似ているように思える。

 

 一瞬、まさかここでも俺の記憶を、とか考えちまったが、前にキリトが、

 

『プレイヤーの記憶を読みとる技術は個人のプライバシーを侵害するからって、この前全面禁止令が出されてたよ。SAOと繋がってたALOもちゃんとクリーンアップされた。

 AI化された茅場の思念が未だに電脳空間をさまよっている現状は健在だ。とはいえ、お前に嫌がらせするために記憶読み取り・具現化を起こすとも思えない。安心して戻って来いよ』

 

 とか言ってたのを思い出した。

 

 頑なに『幽閉を強いられてた世界になんざ戻るか』と主張する俺に対して、受験が終わったらALOを再開しないかってキリトが誘ってきたときに聞いたことだが、とにかくこの容姿は俺の記憶由来じゃなく、マジの偶然っつーワケか。まあアフロだスキンヘッドだなんてヘンテコな外っ面よりはマシか、と自分を納得させ、改めて周囲を見渡す。

 

「――で、詩乃のヤツはどこにいんだ? ポータル横のミラーガラスの前で待ってるとか言ってたけど……いねえじゃねーか」

 

 見渡す限りゴツい男連中しか目に入らねえこの現状で、アイツから聞いた水色の髪の女性アバターなんて目立つ外見が見つけられないハズがねえ。

 

 空座町から詩乃の住んでる文京区湯島まで、かかってせいぜい四十分ってトコだ。修行を終えてから一時間ちょい、もうすぐ九時半になろうってのに、自宅にたどり着けてないってことはねえだろ。

 

 ……まさか、道中で虚に襲われた、なんてオチじゃねーだろうな。

 

 イヤな予感が胸中を過ぎり、一回ログアウトして電話するか、とか本気で考えかけた、その時。後ろで青白い光がスパークし、中から一人のプレイヤーが出てきた。

 

 俺より二十センチは小さい華奢な体躯。オリーブ色のジャケットに黒のショートパンツ。首には白いマフラーが巻かれ、そして何より水色のショートヘアーが人目を引く。

 

「……お待たせ」

 

 詩乃はミラーガラス前の俺を視認すると、ウィンドウを操作してから近づき素っ気ない声をかけてきた。同時に俺の眼前に『《Sinon》 が 《Ichigo》に対しパーティー登録を申請しています。承認しますか?』というメッセージが表示される。Sinon、シノン――詩乃、か。キリト並に安直だな。

 

 おう、と短く返事を返し、申請を承認。詩乃改めシノンは目だけを動かしてそれを確認すると「こっち来て」とだけ言ってすたすた歩き出した。

 

「……あなた、現実の名前そのまま使ってるのね。一護、なんてそうそうある名前じゃないのに、リアルばれとか考えないの?」

「オメーの安直なネーミングも大して変わんねえだろ。つーかそもそも、ド素人の俺をこんな鉄臭いトコに引っ張り込んで、どんな憂さ晴らしすンだよ。的になれとか言いやがったら、ソッコー帰るからな」

「あ、その手があったか。一護、ちょっとその辺に立っててよ。私の短機関銃で蜂の巣にするから」

「……ズイブンなケンカの売り方じゃねーか。予定変更だ、その前にテメーをとっ捕まえて、また脳天引っぱたいてやるよ」

「乱暴ね、この暴力男」

「うるせ、この脳筋女」

 

 互いに前を見たまま、雑踏の中を突き進んでいく。行き先なんて知らねーが、マジで射撃場だったら本気でコイツをシバいてやる。初期装備でも、SAOから二年間鍛え続けたバカ高いステータスだけは引き継いでんだ。丸腰でもドロップ品拾って使えば何とかなんだろ。

 

 しばらくそうやって軽口の応酬を繰り返してるうちに、雑踏を抜けた。目の前には武器屋らしい店が軒を連ね、派手な電光が一帯に照りつけている。

 

「いい、一護。私はこれからフィールドに出る。モンスターだけじゃなく、必要ならプレイヤーも仕留めるつもり。あなたにはその中で前衛を務めてもらうわ。コンバートキャラで、しかもSTR-AGI型なら、大型のアサルトライフルとハンドガン装備で十分に前に出られる。装備はここのプライベートガレージに預けてある私のストックを貸してあげるから、せいぜい頑張って」

「銃とか撃ったことねーよ。刀剣はねえのか、ナイフでも何でもいいから」

 

 そっちの方が慣れてンだ、と言う俺に対し、詩乃は呆れ果てた目を向けた。

 

「銃メインのプレイヤー相手に剣で戦おうとするバカなんて、GGOに一人くらいしかいないと思ってたのに……こんなところにもいたのね。止めておきなさい、銃に剣じゃ勝てっこないから」

「でも一人いんだろ。じゃあ有り得ない話じゃねえってことだ。銃弾でも何でも、当たんなきゃどうってことねえって」

「言ってできれば誰も苦労なんてしない。映画の見すぎなんじゃない? ……それに、いくらあなたが現実世界では強い『死神』であっても、アバターの挙動がステータスに依存するこの世界じゃ、力押しは通用しないわよ」

 

 後半は周りを気にしたのか、ややボリュームを下げて言ってきた。けど、そんなこと百も承知だ。SAOでもALOでも、死神化してりゃワケなかった、なんて場面は何度かあった。

 

 確かにソードスキルも魔法もねえこの世界は前の二つよりもキツいかもしんねー。敵も遠距離戦タイプしかいないなら、尚更だ。けど、俺にできることが変わんねえ以上、やれる戦い方に全力を叩き込むしかない。

 

「だいたい、私は近接格闘用の装備なんて持ってないの。あなたが自腹で買うにしても、初期金額の千クレジットじゃナイフ一振りだって買えやしない。できるできない以前に、現実問題としてどうにもならないのよ」

「うっ……そういやそうか」

 

 それは痛いトコだ。銃弾を避けるにしても限度ってモンがある。白哉や石田相手にやったみてえに叩き落とすにも、そっからさらに相手を倒すにも、武器は必要だ。一対一(タイマン)ならともかく、集団戦だったらまず勝ち目がねえ。

 

 何とかなんねえモンか、と辺りを見渡してみると、ふと遠くの方で、なにやら騒いでる連中がいるのが見えた。

 

「おいシノン、アレ何やってんだ?」

「え? ……ああ、賭けデュエルね。血の気の多い連中があの広場に集まって、偶にああして戦ってるのよ」

 

 アイテムかクレジットを千単位で賭ければ相手に挑戦できるから、あなたも参戦して懲りてきたらどう、とシノンはどうでも良さそうに勧めてきた。

 

 集団に近づいてみると、ちょうど前のデュエルが終わったところらしく、テンガロンハットのヒゲ男が勝ち鬨を上げているところだった。周囲から飛ぶ歓声とヤジを一身に受け、両手を宙に突き上げている。

 

 その手に握られたデカい銃……多分リボルバー式拳銃ってヤツだ。から視線を下げ、腰の辺りを見たときに俺の視線を動きが止まった。

 そいつの革ベルトにぶら提がっていたのは、細長いシルエットのナイフシースだった。俺の脳内にあるナイフよりもかなり刃渡りが長く、優に五十センチくらいあるように見える。どっかの戦争映画に出てた、軍用マチェットってヤツか。

 

「……丁度いい。アイツの腰にあるアレ、もらってくる」

「それ、初期アーマー装備だけでアイツにデュエルで勝つってこと!? あんた正気なの? アイツのリボルバーは早打ちスキル補正のついた接近戦特化タイプ。丸腰の紙装甲で突っ込んだら、確実に風穴開けられて一撃死(インスタントデス)よ!」

「なら、全部避けてから殴って終わらせりゃいい。心配すんな、なんとかなんだろ」

「む、無茶苦茶な……」

 

 言葉が出なくなったらしいシノンを放置してウィンドウを操作、動きにジャマになりそうなミリタリジャケットを脱ぎ捨て、上半身はピッタリしたグレーのアンダーアーマーだけになる。ボトムスの黒のカーゴパンツとアーミーブーツはそのままにして、野次馬をかき分けて進み出る。

 

 出てきた俺にテンガロン男が気づいた。表情は訝しむように曇る。武器もなにも持たないヤツが出てくりゃ、そりゃそうなるだろう。けど、構わねえ。油断してるトコを真ッ正面からぶっ飛ばしてやる。

 

 

 ……さて、半年ぶりの仮想世界だ。

 

 こっちは拳一つ。相手は銃持ち。

 いい攻撃(モン)食らえばソッコー死亡(アウト)

 

 ――上等じゃねーか。

 

 鈍った勘を取り戻すには、こんくらいのハンデが丁度いい。

 

 それに、衆人環視の決闘(ケンカ)なんて久々だが、ケンカなんてのは相手との差がデケー程、こっちも燃えてくるモンなんだよ!

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。


……いつぞやの感想返信で「リーナやキリトが霊力に目覚める可能性は低い」とか偉そうに言っておきながらのコレです。
低いどころか高くなってますね……弁明の仕様も御座んせん。


バトルまで行けるかと思いきや、なんか長くなってしまったので次回に持ち越しです。
受験勉強で溜まったストレスを発散する好機! ということで、ヤンキー的思考回路のスイッチが入った一護によるケンカと言う名のデュエルを、シノン視点で書きます。

ちなみに軍用マチェットは一般的には戦闘用の『武器』ではなく、ジャングルや山中を行軍する際に雑草や木の枝を切り払う『道具』として存在するそうな。ですがフィクション作品ではよく武器として使われるので(ヨルムンガンドのミルドさんとか)、拙作でも登場してもらいました。

次話はもう書き上がっておりますので、予定繰り上げして明日の十時に投稿します。

あと、活動報告にてちょっとしたお知らせを掲載します。
よければ覗いていって下さい。


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