女装提督が着任しました。   作:蒼樹物書

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艦これの百合物を書きたいと言ったな。
あれは嘘だ。


【1】

 ――僕は。

 否、『私』は。

 赤レンガの古びた建物――これから着任する、呉鎮守府を前に。

 

 「はぁ~……」

 

 盛大な溜息をついた。

 

 

 時は三ヶ月前に遡る。

 

 「自分が、提督に……ですかっ」

 

 僕、有馬望訓練生はその命令に複雑な思いを抱きながらも、歓喜を隠せずにいた。

 当然だ。

 提督という役職は、神戸に置かれたこの海軍訓練学校の士官候補生達にとって一番の憧れ。全人類の仇敵、深海棲艦に対し唯一有効な兵力である艦娘を指揮する選ばれし者。士官候補生である僕にとっても、憧れ、目指し続けながらも一度は事情により諦めたその椅子が。

 まさか、手が届くなんて。目尻に熱いモノが込み上げてくる。

 しかし訓練学校の一室に僕を呼び出し、その命を下した海軍本部付きの中佐は余計なことに絶望の一句を付け足す。

 

 「女装して、な」

 「は?」

 

 しまった、と思った時には遅かった。

 有頂天にあったとはいえ上官の言葉にこの反応は不味い。懲罰モノだ、と慌てて土下座するかの勢いで謝罪する。しかし中佐……山科礼子中佐は深く溜息を吐くと構わん、と告げた。

 

「私とて本部の爺から聞いた時同じ反応だった。謝罪する所か怒り狂ったがな。女装して提督やらせろとか何考えてんだあの耄碌ども。ああ、思い出しただけでも腸が煮えくり返る。アレだ、あいつ等やっぱ呆けているんだ。私に提督やらせりゃいいだろうに。何が礼子ちゃんいないとわし等大変だし、だ。単にセクハラ相手が欲しいだけじゃねぇか。爺のお茶汲みする為に出世したんじゃねぇんだよ。一億歩譲って他に提督させるのが女装男子って何だそれ。やはりあいつら毒殺して」

 

 怖い。

 いや、僕は聞いていない。

 上官侮辱どころか弑逆をも考えている礼子ちゃんこと山科中佐の長々と続く愚痴を、僕は聞いていない。幸いこの部屋には二人きりだ。聞かなかったことにすれば丸く収まる、はず。

 女装させられる理由について、彼女の愚痴から拾い上げて要約するとこうだ。

 

 まず、人材不足。

 先の大戦の終結間際に現れた深海棲艦。連中によって海上は封鎖され、その空も行き来を封じられた。

 三年前の艦娘登場まで六十年以上。全人類は負け続け、外洋における物資輸送は閉ざされ続けていた。

 島国であるこの国は輸出入が完全停止。

 元より人類同士の戦争で物資が不足していた所に、追い討ちをかけるような海上封鎖。国民は皆飢え、その数を急速に減らしていった。

 

 無論そんな状況を座して待っていることはなく、ありとあらゆる手段での反抗はなされた。温存されていた本土決戦兵器の投入、研究が続けられていた原子の力を用いた新兵器。カミカゼと呼ばれる非人道的兵器すら。

 

 全ては、深海棲艦に通用しなかった。

 

 飢餓に重ねて底なしに現れる敵との永い戦争。引き下げ続ける徴兵年齢。そして相次ぐ投入、損耗。艦娘の参戦によりいくらかは持ち直したが、今なおこの国は年寄りと女性、幼い子供ばかりだ。実際全国から士官候補生が集まるこの訓練学校も建物こそ立派だが、生徒数は両手の指で足りるほどしかいない。

 そんな少ない人数であれど、そこから提督の座を僕が勝ち取ったのは。

 ある理由から、訓練校の中で最優の評価を受けるほどに努力を惜しまなかった為の抜擢だと僕は自負している。

 

 そう、ある理由。

 有馬望が提督を目指し志願し、士官への道を必死に目指した理由。

 そして、その道が閉ざされた理由となってしまった。

 

 僕には兄がいた。有馬政一。海軍中佐、佐世保鎮守府『元』提督。

 お兄様と慕うその兄はとても、とても優秀だった。

 艦娘運用の為横須賀に続き、呉、佐世保と設立された鎮守府。その中でも初の男性が預かることとなった佐世保鎮守府の提督に、選ばれる程に。

 未だ研究の最中であり、不明な点が多い艦娘はその呼称の通り全て若い女性の姿である。そのことで発生するいくつかの問題点から、彼女達と接し指揮を執る立場である提督は同じ女性が選ばれていた。

 

 とはいえ人材不足、それも提督を務め得る程優秀で活力ある人材、それも女性となればそうはいない。今横須賀鎮守府を預かる才色兼備、かつ海軍大将を父に持つあの女性のような者は。そういった事情から試験的な意味も込め提督に選ばれた有馬政一は。

 

 上層部の懸念通りの結果に至った。

 

 「その……うちのお兄様、いえ、兄のせいで、申し訳ありません……」

 「――いや、まぁ、その、何だ」

 

 今まで愚痴り続けていた山科中佐に謝罪すると、実直そうな彼女をして口を淀ませる。当然だ、この件については海軍一の不祥事。

 

 お兄様、有馬政一の罪状は『兵力を不当に持ち去っての失踪』。

 

 彼は二人の艦娘と共に佐世保鎮守府から姿を消した。その理由は誰にも語られることはなく、無論弟である僕も知らない。

 当初、訓練学校の寮に憲兵達がその理由を求めて押し入ってきたことは記憶に新しい。かなり激しい尋問を受けたはずだが、呆然自失とした僕は何も答えなかった。

 否、答えられなかった。

 あの優秀で、尊敬……信仰するほどだったお兄様が、何故。

 憧れから自ら士官の道を進みたいと言った弟を、物凄く喜んでくれたお兄様が、何故。

 人格者で、賢く、弟である僕と血が繋がっているのかと思うほど男らしく美麗な容姿を持つお兄様が、何故。

 その理由は未だ失踪したままの今、推して知るしかないが。弟、有馬望はその性格にあったのだと、失踪による動揺から回復した今は想う。

 お兄様はお優しい人だった。

 軍人として戦うことに異議はないとしても、若い、または幼い艦娘達を前線に立たせることに不満を持つ程度には。

 

 艦娘は妖精によって建造されたり、戦闘後の海域で発見される人ならざる者。その扱いについては今もなお議論が続いている。兵器なのか、人に近いものなのか、或いは。

 生まれつき刷り込みのように人類に友好的で、深海棲艦に敵対心を持つ彼女達。

 上層部では兵器として扱うことに落ち着いたようだが、現場で実際に彼女達と接する提督にとってはそう簡単に決め付けれるものではない。彼女達は笑いもするし泣きもする。

 

 心が、あるのだ。それは人と何ら変わらない。

 だから、お兄様は『間違った』のだろう。

 恋をしてしまった。愛してしまったのだろう。

 男性を提督として配することへの懸念、その第一を犯してしまった。愛する者を戦場へ送ることに、彼の良心は耐え切れなかったのだ。

 その過ちを、僕は好ましく想っていた。

 お兄様らしい。

 失踪により無実なのに憲兵から永く尋問が続いたことも、身内の不祥事によって夢が絶たれたことも気にならなかった。愛する者の為。その為に弟である僕すら投げ打ったことは少し、ほんの少し嫉妬を覚えはしても恨むつもりはない。

 兄の罪により死ぬまで監視され飼い殺しか投獄されかねなかったこの身を救ったのは、他ならぬ兄が与えてくれた夢だ。提督を目指し日々勉学に、訓練に励んだ結果が皮肉にも僕を助けた。

 お兄様ほどではないけれども、結構自分も優秀なのだ。上層部が捨て置くのを惜しむほどには。

 そして夢への道が閉ざされながらも、艦娘と関わらぬところであれば磨いた自身を必要としてくれるところがあるはずだ、と研鑽を続けた。そうして訓練学校の卒業を目前に控えた今。

 

 夢は、蘇った。

 

 様々な方向から議論がなされ、ありとあらゆる妥協点を片っ端から置いていった結果。年齢を理由に引退を決めた呉鎮守府の提督、その後継に僕が選ばれた。

 しかし、だからと言って。

 

 「事情はその、納得はしませんが理解しました。しなければなりませんか、その」

 「決定事項だ」

 

 断頭台の紐に斧を振り落とすが如く、取り付く島もなかった。

 

 

 それから今日までの三ヶ月は得がたい、否、得たくなかった日々に目を回していた。

 まず鎮守府引き継ぎの為の知識、そして提督としての知識習得。一部は訓練学校の内容と重なったが所属する艦娘の特徴把握や、その運用に際する注意点等々。

 前任たる呉鎮守府の提督はかなり几帳面、何より部下の艦娘を愛しているらしい。直接会う機会はなくとも、その分厚さを通り越して山となった資料に目を通しながらそれを感じていた。

 

 そして、二度目の過ちを防ぐ為の訓練。

 女性として艦娘と接し日々を過ごす為の所作、知識。紙の山と格闘するよりこちらが難儀だった。

 歩き方や姿勢、言葉遣い、自然な化粧。山科中佐指導の下、女性よりも女性らしいと言わしめるまでになった。

 

 内面は勿論、外見も。

 元より中性的な容姿と同じ訓練生達からからかわれる僕だったが、ウィッグにより肩まで届くストレート、パッドにより胸の膨らみを得た今疑い得る者はいないだろう。

 身の丈も同世代と比べ低く撫で肩で、声も変声期を知らぬとばかりに高い。尻も気持ち悪いと山科中佐に言われるほど肉付いている。全くの偶然だが適任だった、とは思いたくない。

 男らしく美しいお兄様と違って自分は何て醜いのだろうと、この容姿はコンプレックスなのだ。

 しかし適切な後任が決まるまでの中継ぎであることを忘れずとも、僕は夢である提督になることには心躍っていた。

 そう、お兄様と同じ提督。

 これからの日々は様々な危険が潜み、艦娘にバレてしまえば即座に監視役を務める山科中佐により退任させられる。気は重く、溜息こそついてしまったが。

 

「……よし、やるぞ!」

 

 有馬(のぞむ)、転じて有馬(のぞみ)

 僕――否。

 お兄様、『私』頑張りますっ!




艦娘出てない第一話。
時系列は前作、迎撃!霧の艦隊 Cadenzaの後となっております。
今後横須賀の人も直接絡むかも。
こちらのシリーズは3,000字前後を短いスパンで投稿していきます、していきたい。

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