女装提督が着任しました。   作:蒼樹物書

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【12】

 「長門さぁん……」

 

 左からその身を預け、密着する柔らかな感触。誘うような、妖美な声。

 いい匂いだ。甘い。思考が溶かされる。

 

 「おねえちゃん、ずるい……わたし、もぉ……」

 

 右から、姉と呼ぶ左に競うようにその身を擦り付ける小さな身体。

 仰向けに寝そべった私に媚び売る左右。

 

 「しゅきぃ……」

 「はふぅ……好き、です……」

 

 私への愛を訴える左右。その二人から受ける求愛を両腕で迎い受ける。

 揃ってさらさらの、美しい黒髪。それを梳く様に撫でてその儚い感触を楽しむ。

 

 「んぅ……っ」

 「もっとぉ……もっと、ぉ……」

 

 私の掌に押し付けるように頭を伸ばす二人。

 愛おしい。抱き締めたい、壊してしまいたい。この身に腕が二本しかないことを呪う。

 その瞬間、私の両腕は千の触手となって二人に襲い掛かる。

 

 「きゃあ……っ」

 「ひゃっ」

 

 その欲情に任せ乱暴に、犯し貪らんとする異形の手を、二人は歓喜の悲鳴と共に迎えてくれる。幼く愛らしい二人は熟練の娼婦のようにその愛撫を小さな体躯に迎え入れ――。

 

 「――ッ、がぁあぁぁああああッ!!」

 

 どぉん。

 飛び起きる。同時、ベッドの横、壁に堅く固めた拳を打ちつける。

 夢だった。何故夢だった。何故覚めてしまった。

 理不尽な現実に、私は与えられた個室、ベッドのすぐ横の壁を全力で叩いてしまった。戦艦たる私の全力をぶつけられたコンクリート製の壁は、無残にも穴を空けている。

 

 「……長門、おはよう」

 「あぁ、おはよう。その、すまん」

 

 総員起こし前に壁をぶち破る隣室の姉に、同じく寝起きの陸奥が空いた穴から不機嫌そうな顔を見せて挨拶する。本当にすまない。

 しかし、それだけ惜しい夢だった。朝潮型一番艦と、そして提督である彼女を侍らせ、貪るまでの一歩手前。何故でここで起きてしまったのだ。二度寝したい。続きを見ていたい。

 しかし、机の上に置かれた時計の針はそれを許してくれない。

 今日は朝から、月一定例の寮長会議の日だ。私に寮長の席を認めてくれている者達の為に遅刻は許されない。まずは洗顔と歯磨き、そして朝食だ。

 名残惜しい夢への未練を断ち切り、ベッドから身を離す。

 あぁ、これからだったのに。未だに私を睨み続ける妹艦から目を逸らしながら、洗面台へと足を向けた。

 

 

 寮長会議。

 前任が定めていた、各寮長との月一回定例の会議。艦娘の待遇、生活環境改善を主な目的として行われていたものだ。

 戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦。

 各艦種毎にその代表を通してその要望や苦情を、提督である私に挙げてその改善を期す。日々の生活は戦意維持に大切な物だ。食事等の生活環境、不足している物資について等。

 私にとってはちょっとしたことであっても、個々にとっては重要である場合もある。そのことを肝に銘じながら会議に赴く。場所は呉鎮守府本館、小会議室。

 十人ほどが入れば一杯になる一室。

 戦艦代表、長門。

 空母代表、鳳翔。

 巡洋艦代表、妙高。

 駆逐艦代表、朝潮。

 各寮の代表たる艦娘が、コの字に配された机に居並ぶ。入室した私への敬礼に返礼しつつ、席に着く。私の隣、秘書艦の漣には書記を任せている。

 

 「では、各寮長から報告と要望をお願いします。長門さんからお願いします」

 「……その、まずは謝罪させて欲しい。今朝、自室の壁を寝ぼけて壊してしまった」

 

 どう寝ぼけたら壁を破壊出来るんだろう。長門さんの自室がある戦艦と空母の寮は以前訪れたが、高級ホテルのような豪華な造りだ。当然、壁も防音性に優れ頑強なはず。

 気恥ずかしそうに長門さんは俯いているが、そんな乙女っぽい仕草をしても騙されませんよ。

 

 「えーと、ではお給金から修繕費を天引きします。反省するように」

 「本当にすまない……」

 

 建物の修繕や設備は基本鎮守府持ちだが、明らかな過失のある場合は別だ。補修資材は倉庫にあるはずだし、作業は夕張さんが主に担当してくれる。

 ただ、壁破壊の件以上に長門さんは何かを気にしているようだ。私と朝潮を見ている?

 

 「他になければ、鳳翔さんお願いします」

 「特に大きな問題はありません。あぁ、そろそろお砂糖の在庫が心もとなくなっていますね」

 「手配しておきます」

 

 日々の食事は当番制で艦娘達が用意してくれているのだが、彼女はその監督役を務めている。食糧の管理についてもそうだ。

 その上で出撃や訓練がない時は各自の手が届かない場所の掃除や洗濯もしてくれているようだ。何時寝てるんだろうと思うくらいに。今度、無理矢理にでも休ませよう。

 

 「妙高さん、お願いします」

 「はい。高雄さんが下着の支給を申請されているのですが……」

 

 ……官給品で間に合わなくなって特注品が必要とのことだ。まだ大きくなるのかあれ。どうなってるんだ。

 朝潮の目が死んだ魚のようになっている。駆逐艦には酷な話だ。

 鳳翔さんは苦笑してい……目が笑ってない。すごく怖い。

 

 「……手配しておきます。後は」

 「はっ。朝潮、報告させて頂きます」

 

 朝潮が分厚いファイルを手に取りその題字を示す。

 嘆願書?

 

 「先日鎮守府内にて発見、確保された生物の保護、飼育を求めたものです」

 「……その、話が見えないのですが」

 「うちに迷い込んだワンちゃんの件ですね?」

 

 堅い表現である朝潮の説明で混乱する私に、漣が噛み砕いて確認してくれる。そういうことか。事の経緯を掻い摘むと簡単な話だ。

 大規模作戦から呉の艦隊が帰ったつい先日、鎮守府内にどこからか子犬が迷い込んだらしい。首輪もなく野生か、捨てられたのか。それを偶々朝潮が見つけたらしい。

 野犬自体はそう珍しいものではない。深海棲艦により生活が困窮している今、飼い切れなくなった動物達は野生に還り減った人間の隙間で生活している。

 生後数ヶ月である見込みの、片手で持ち上がる程度の体重しかない子犬。誰かの庇護下でなければ生きていけないのは明白ではあるが。

 

 「ここは、軍施設です。そして私と、貴女達は軍人です」

 

 しかし、偶々出会ったとはいえそれらを全て拾っていてはキリがない。

 そう断じていながらも、私の感情的な部分は迷っている。

 

 「艦娘は兵器であると本部は、この国は定義していますが私はそう考えてはいません」

 

 居並ぶ寮長たる艦娘達の視線が集中する。

 

 「貴女達は私の指揮下にある限り軍人です。明日も知れない身であることを自覚してください」

 

 平和な呉鎮守府。地形的に守り易く、他に比べ危険は少ない。だから死が遠い、全滅はありえない。

 

 そんなはずがない。

 

 実際、艦娘登場まで人類は負けっぱなしだ。数えるのも億劫な程死んでいる。

 

 「ご主人様は、犬っころ一匹にも責任を持てと仰るのですね」

 「はい。命が平等とは言いませんが、それに対する責任を忘れれば人は、艦娘は獣に成り果てます」

 「ま、そーですよねー。犬っころ養うほど余裕ありませんし」

 

 漣の、身を斬るような鋭い一言。応じる私の言葉に小会議室の空気が重くなるのを感じる。しかし、私は百を超える艦娘達の命を預かる立場だ。和を保つ為にその立ち位置を示さずにいることは、卑怯だと思う。

 

 「ぅ……ぇっ」

 

 やばい。

 泣かせてしまった。あー!あー!

 あの真面目な朝潮が顔をくしゃくしゃにして、嘆願書のファイルを強く握りながら崩壊寸前だ。ちょっと待って。お願い。

 

 「……厳しいことも言いましたが、まずは対象を観察しその対応を決めます。軍人は即物的でなければなりません」 

 「えー、ご主人様はとりあえずその犬っころを見て気に入ったら飼うそうです」

 

 漣うるさい。人がせっかく体面気にして言い回してるのに、台無しにするんじゃない。

 

 「そして私の私物となれば将校の私物、その面倒を見るのは下士官の務めです」

 「はいはーい、飼うことになったらちゃんと散歩やら餌の面倒を見なさいということですね、おけ把握」

 

 朝潮が目尻に光る物を溜めながら、その表情を花開くように明るくする。

 漣、後で覚えておきなさい。

 

 「では、これにて定例会議を終了します。朝潮は確保された生物を私の部屋まで運搬するように」

 「ありがとうございますっ、司令官!」

 

 散会。

 その後、断然犬派である私は。

 朝潮に連れられたよちよち歩きの柴犬に、少ない私物仲間入りを認めたことは言うまでもない。

 お兄様、名前何にしましょうか。




人の夢と書いて儚い。朝が憎い。
寮長会議前編です。
投稿前のチェックをしつつオリョクルしてたら高雄さんがドロップしました。でかい。
そして呉鎮守府のマスコット登場。名前はまだない。
あぁ、犬飼いたい。
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