あれから二週間。
私の平均睡眠時間は四時間を割っていた。
「はい……これでお願いします」
「あの、問題ない内容だとは思うのですが」
なら、お願いします。
もう何度目になるかも分からない、妙高さんの休息を取るよう薦めてくれる言葉を遮る。今日の秘書艦は妙高さん。
確かに疲労は蓄積している。だが思考力はまだもう少し持つ。出撃する艦隊の編成についての命令書を書く腕も重いが、内容は逐一確認してもらっているから問題はないはずだ。
膨大な数になる撃滅目標数。特に輸送艦の数が多い。
深海棲艦、その輸送艦は戦闘力が低く駆逐艦でも充分撃沈可能な相手だが、戦艦や空母が護衛についている場合が多い。
疲れを理由に適当な編成をし、艦隊を危険な目に遭わせる訳にはいかない。様々な状況に対応できながらもその戦果に見合う燃費を考え、艦娘達の疲労も考慮に入れ編成、ローテーションさせる。幸いなことに、ここ呉には駆逐艦主体ながらも艦娘は多い。
訓練中の娘は外すとしても、この過度な出撃回数を支えてくれている。実戦部隊であり数の少ない戦艦や空母の娘には負担が偏りがちになってしまう点は要注意だが。
期限まで丁度半分となった現在。
残る目標は輸送艦と八十四隻、空母三十七隻。そして沖ノ島海域主力。ペースは悪くない。前半に敢えて無理をして稼いだのが効いている。
「提督」
「……そうですね、休みます」
ペンを走らせようとする右手に、妙高さんの手が重ねられる。
ちょっと声が怖い。
諦めて残りは明日に回そう。長時間の座り仕事で凝り固まった肩を解しながら時計に、疲れた目を向ける。丁度、日付が変わった所だった。今日は少し多めに眠れそうだ。
妙高さんに労いの言葉と、感謝を伝え執務室を後にする。
隣接する私室のドアを静かに開ける。しかし同居人であるアサヒは耳ざとく気づいてしまったようだ。起こしてごめん。
靴を脱ぎ帽子を壁に架け、上着はハンガーへ。倒れるようにベッドに身を預ける。思っていた以上に身体が重い。汗くらい流したいが今は起きれない。朝、入ろう。
そう考え意識を手放す。急速に、深く眠りに落ちていった。
◇
温かい。薄ぼんやりとしたまどろみの中、優しい熱を感じる。
顔を包む柔らかな感触。鼻腔には懐かしい香り。
お母様。あぁ、そうだこの感覚はお母様に感じるそれだ。もう感じられないはずの感触を懐かしみ、顔を擦り付ける。
柔らかい。何時までも触れていたくなる。そんな私の頭を撫でてくれる手。気持ちいい。あぁ、ウィッグが邪魔だ。
ん?
「あ、起こしてしまいましたか?」
「―――ッ!?!!?」
悲鳴。
声も出さず我ながら器用に発せられたそれと共に跳ね起き飛び退く。
ななな何しておられるのですか妙高さん。
ベッドから身を起こす妙高さん。私のすぐ隣で寝ていてあの体勢、そして私の位置関係からして先ほどまで甘えるように、というより完全に甘えて顔を埋めていた柔らかいあれは。お。
いや落ち着け。混乱したままウィッグとパッドに触れてその存在を確かめる。大丈夫、ずれてない。
「おはようございます、提督。よくお眠りになられましたか?」
「な、ななななんで……っ!?」
そんな私にくすり、と笑いながら。
「最近あまりよく眠れていないようでしたので。明け方からですが、添い寝させて頂きました」
花咲くような笑顔。心なしか頬が赤い。妙高さんのそんな表情に胸が高鳴る。
「喫緊の書類は片付けてあります。ゆっくり朝食にしましょう」
「は、はい……顔、洗ってきます」
どこまで私を甘やかすのか。秘書艦の柔らかな表情、その言葉から逃げ出すように洗面所へと足を向ける。
ダメだ、ダメにされる。もっと甘えていたいと感じる心を断ち切る。
まだまだ私に課されたノルマ、その達成率は半分を越した所だ。頑張ろう。
◇
「観察対象、甲は期待以上の成果を挙げています」
「うむ。冗談混じりの方針であったが、得てしてそういったモノが成果を挙げる」
クソ爺。
私の報告に答える総白髪の男性、海軍大将である彼に心の中で吐き捨てる。その冗談のような方針に、本部付きである私がどれだけ振り回されているか。
彼の弟の為でなければ疾うに投げ出している。
「よく艦隊を動かしています。今の所、その指揮下の艦娘に大きな問題は確認されていません」
「そして課した任務を良く消化しておる。うちの道子には敵わんがのう、ほっほっほ」
親馬鹿は他所でやれ。東京に在する無駄に広い海軍本部。その一室で私の報告を聞くのは横須賀鎮守府提督、道子の父であり海軍大将たる壮年の男性一人だ。
身内贔屓を隠そうともせず、周囲の雑音をその成果で以って黙らせる。
今回の実験もこの爺主導。そして、その実験も成果を得ている。
「……彼奴らについては?」
「捜索中です。何分、手が足りていないので」
好々爺じみたその顔が鋭いモノに変わる。鉄面皮で答える。忌々しい、とばかりに舌打ちする爺。
各地に網を張ってはいても人員不足で網目が広すぎる。
「彼奴と彼女らの所在を確認するまで枕を高くすることは適わん。応援を手配しておく」
「はっ」
下手に動いてくれるなよ。こちらからの連絡手段を与えてくれなかった彼に心の中で忠告する。
この爺、そして本部が彼らを捕らえどうするつもりなのかは不明だ。
全く、今どこで何をしているやら。
◇
休暇、最高。マンセー。
朝食を取った後、寮の自室で一人ベッドにごろ寝。同室である第七駆逐隊、朧、曙、潮は午前の訓練だ。
ご主人様が秘書艦を交代させてくれるようになって、こうしたお休みが頂けることが出来た。任務などでご破算になることもあるが、私達艦娘には週一の定期的、または申請による臨時的なお休みが与えられている。
だが私はご主人様の事情により、しばらくは秘書艦の為休めない日々が続いていた。
朝から夜遅くまで、ずっと。労働基準法何それ食えるの?
眠らずとも動けはしても疲労は蓄積し続ける。精神的な面についてもだ。それを慮ってくれたのだろう、優しい人だ。性別露見の可能性を考えればリスクのあることだというのに。
「ただいまー……」
「あんの鬼教官……何時か見返してやるんだから」
「曙、神通さんの悪口言うと後が怖いよ?」
午前の訓練を終えたのだろうか、運動着姿の同室人達が帰ってきた。
鬼教官、神通さんの訓練は過酷なことで有名だ。『鬼』の神通。いい人なんだけれどね。
「提督も提督よ。あのクソ提督、私達もさっさと実戦に出せっての」
「戦艦や空母のお姉さま方は忙しそうだもんねー」
「雪風とか夕立は結構出撃してるみたいだけど……私達の錬度じゃ不安ってことなのかな」
おかえり、と二段ベッドの上段から顔を出そうとしてやめる。少し面白そうな話題だった。そう、第七駆逐隊を結成してはいるがこの三人は最近着任した娘達だ。
錬度の限界を超えている私と違い訓練途中で実戦経験なし。
大量の撃破目標を課せられているとはいえ、駆逐艦娘は多く実戦の中心は戦艦や重巡、空母達。前任の方針に沿い駆逐艦は温存、出撃しているのは一部高錬度の娘達だ。
曙はプライドの高い娘だ、訓練続きで実戦に未だ出れないことを不満に思っているらしい。答える朧と潮もちょっと気にしている模様。駆逐艦はどいつもこいつも血気盛んだ。
とはいえ、そろそろご主人様のフォローもすべきかな。
「うちは駆逐艦多いから……競争率高いよぉ」
「朝潮の奴は出撃してるみたいね。そうだ、朝潮と言えば」
嘆く潮、そして何かを思い出したかのように朧。
「あの娘に聞いたんだけどさ。提督の胸、盛ってるらしいよ?」
「えっ」「はぁ?」
キター。何で朝潮ちゃんにバレてるんですかご主人様。
「……あんのクソ提督、確かめてやるわ!」
「ちょ、曙ちゃん……乙女の秘密だよ!?」
「どれくらい盛ってるのかは朧も気になるかも」
どうしよう。とりあえず私もこの会話に参戦、潮に同意して嗜める方向に持っていこう。しかし、ご主人様偽乳説はある程度鎮守府内に広がっているはずだ。
この噂は下手をすれば性別の露見に繋がる可能性が高い。
激ヤバですよご主人様!
お。編。
妙高さんの包容力。甘やかされたい。
予定より筆が進み早めにお届けできました。
残り三話です。内一話は番外になるので実質二話。
ほぼ出来上がっておりチェック作業と番外分書き上げてから一気に投稿予定です。
週末にはお届けできるはず。
ご感想お待ちしております。