女装提督が着任しました。   作:蒼樹物書

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【2】

 「お待ちしておりました、ご主人様!」

 

 は?

 と思わず声に出すのを何とか堪える。呉鎮守府への第一歩を踏み出した『私』、有馬望を出迎えたのは一人の少女だった。

 桃色のツインテールを丸二つの髪留めでそれぞれ束ね、小柄な身にはセーラー服。短いスカートには何故かエプロンをつけている。くりくりとした愛らしい瞳に、幼さを感じる丸顔。

 その特徴と、頭に叩き込んだ資料の写真が一致する。敷波型九番艦、漣。

 確か前任者の秘書艦を勤め、そしてここ呉鎮守府で一番の古参だったはずだ。ええと、注意事項は……言動が特徴的、でもいい子。

 

 「出迎えご苦労様です。有馬です」

 「はい!荷物お預かりしますねー!」

 

 労うと、元気よく返事をして手荷物を預かってくれる。うん、いい子だ。

 第一声こそ確かに特徴的な言動だったが、他の言葉遣いはさほどおかしいとは思えない。ただその肩に乗っている桃色の毛並みをもつ兎さんは何だろう。小さい。小さすぎる。妖精さんの一種だろうか。可愛いなぁ。

 

 「……触ってみます?」

 「わっ、あ、ありがとう……っ」

 

 視線が集中していたことに気づいたのか、漣が肩に乗る兎さんをひょい、と摘みあげて差し出してくれる。両手を差し出し、慎重に受け取る。

 軽い。私の手の上で兎さんは緊張しているのか僅かに震えている。手乗り兎さん。

 人生初の妖精さん?との接触に私は感動していた。からっと揚げて食べてしまいたいくらい可愛い。そんな心中の、自分でもよく分からない愛情表現を感じ取ったのかびくり、と兎さんが跳ねる。

 

 「あ、あはは……何だか怯えさせちゃったみたいで……すみません」

 「失礼な子ですみません、人見知りしちゃったのかなー」

 

 手に乗った兎さんを返す。大丈夫、食べませんよー。そして不安塗れだった艦娘との初めての接触。悪くない感触だ、少なくとも私を一目見て男だとは思っていない。

 

 そのまま漣に案内され鎮守府内へ。国内にある横須賀、呉、佐世保はどこも似たような設備内容となっている。

 まず赤レンガの三階建てである本館。鎮守府の主な機能が集約されている。一日のほどんどをそこで過ごすことになるであろう執務室。そして通信にて艦娘の指揮を執る為、地下に設置された作戦室。また、来客に対応する為の応接室など。

 私が寝泊りする部屋もこの本館、執務室に隣接して用意されているらしい。家具や、あまり多くはない私物も既に運び込まれているはずだ。

 

 「他の施設のご案内と他の娘達へのご紹介は明日を予定してます!」

 「お気遣い、ありがとうございます」

 

 初日は自室の整理もしなければならない。艦隊の指揮も明日からだ。

 そう、ここ呉は深海棲艦との戦争中にあって割りと平和だった。あくまで他の鎮守府に比べれば、だが。

 

 初の艦娘運用を行った鎮守府、横須賀鎮守府。

 唯一深海棲艦に対抗し得る艦娘を運用するに当たって一番に優先された横須賀。あのお方がおられる東京、その正面にある東京湾防衛、その為に最初の鎮守府はそこに置かれた。

 絶対防衛線を担うそこは百戦錬磨、強力な装備や艦娘が優先的に配置されている。それを預かる提督も同期であるお兄様と訓練学校で主席を争った程、凄く優秀らしい。

 

 次に佐世保鎮守府。

 ここは南西方面へ補給路、その防衛を主たる任としている。長い間閉ざされた輸入、艦娘登場によって回復したその補給路はこの国の正に命綱。

 お兄様の失踪後、何といったか、印象の薄い女性の提督が預かっている。たぶん優秀なのだろう、お兄様の後を継いでいるのだから。

 

 他にもいくつか鎮守府は設置されているがここ呉を含む三つの鎮守府に比べ新しく、未だ充分と機能していない。

 

 そして、呉鎮守府。

 制海域にある瀬戸内海を正面に置くここは、艦娘及び装備の試験と艦娘の訓練を主たる任としている。新装備の開発、運用試験やら初めて建造された艦種の艦娘運用試験やら。無論防衛線は設定されており、また本部から任務が下ることで実戦もあるが、他ほどではない。

 

 「とうちゃ~く。荷解き、お手伝いしましょうか?」

 「いえ。少し疲れていますのでゆっくりやろうかと思います。ご苦労様でした」

 

 そうこう考えている内に、執務室横に置かれた自室へと到着。漣から手荷物を受け取ると旅の疲れを理由に別れる。実際はさほど疲れてはいないが、何時性別がバレるか冷や汗が流れ続けていた。ここらが限界だ。

 

 部屋へと入り、鍵がかかったことを確認するとベッドへと倒れるように転がる。

 ああ、お風呂入りたい。

 幸い自室にも簡易ながら浴室が備えられている。艦娘達が使う入渠施設を兼ねた大浴場もあるが、間違ってもそちらは使えない。

 おっきいお風呂、入りたかったなぁという欲もあるが股間の相棒を晒す訳にはいかない。お風呂は日本人の心。入浴は私の数少ない趣味だ。そして気だるい身体に活を入れ、入浴の準備を進めた。

 お兄様、明日から頑張ります。

 

 

 バレた。

 バレたバレたバレた。

 床一点に視線を集中し正座している『僕』は。朝早くから駆逐艦、漣の前で滝のような汗を流していた。

 

 「……」

 

 無言で見つめる漣が怖い。

 昨日、疲れてぼんやりした思考のまま、お風呂で一時の至高を満喫した後。パッド入りのブラとウィッグを取ったまま、寝床に入り寝入ってしまった。

 泥のように眠り総員起こしのラッパにも気づかず、その後起床の確認に訪れた漣に見られるまで。合鍵、あったんだ。

 何という迂闊。

 何という怠慢。

 目覚め、複雑な表情をしながら起こしてくれた漣を不審に思いながら自らの失態を理解し、即座に跳ね起き床に土下座した僕は。断罪の鎌が振り下ろされるのを待つ咎人だった。ごめんなさいお兄様。明日は来ませんでした。夢は再び閉ざされました。

 

 「あの」

 「すみません死にます」

 

 漣の困惑に満ちた声に、羞恥と、罪悪感から即答する。艦娘に正体、僕の性別が露見した場合即座に提督の任を解く。監視役たる山科中佐の条件。

 終わった。終わってしまった。艦これ、始まりませんでした。もうやだ帰りたい。

 混乱で訳の分からない言葉が思考の中を走り回っている。

 

 「……冗談でもやめて下さいご主人様。そもそも『知ってます』」

 「は?」

 

 知ってる?

 え、え?

 

 「漣だけ、ですが。あれ、山科中佐から聞いてませんでした?」

 「……」

 

 沈黙で答える。

 聞いてねぇぞ、あの○○○。

 ……いけない、思わず黒い部分が飛び出しそうになった。僕はお兄様のように清く紳士的でなければいけない。

 そういえばこの漣、資料にも特記事項として前任者と強い絆を結びお兄様が犯した過ちを繰り返す可能性が低い、という記載があった。

 定期的にこの鎮守府を訪れ、監視する山科中佐を除けば周囲を騙し続けなければならない。ならば内部にも共犯者、いや協力者があれば大きな助けとなる。

 提督以外に人間が在籍しない鎮守府、そうなれば一番の適任ではあるが。それを僕に知らせずにいたのは悪意以外感じられない。

 

 思えば山科中佐は自身の野心を隠そうともしない女だ。同期の、今横須賀を預かる提督に対抗心を剥き出しにしており呉鎮守府提督の座も狙っていたらしい。女装してその座を掻っ攫った僕を面白くは思っていないことは容易に想像できる。さらに僕のお兄様も彼女と同期の桜である。

 三ヶ月の特訓中、お兄様にもあまりいい感情を持っていないことは分かっていた。その時は夢の為、と何とか堪えたが。次会ったら必ず……いけない、落ち着け。

 

 「じゃ、じゃあ……」

 「はい。朝食を部屋までお持ちしますので、ご用意を。その後講堂にてご挨拶をお願いします」

 

 苦笑いしながら、漣が答える。その反応に安堵する。たっぷり寝たはずなのに、身体が重い。

 

 お兄様、何とか明日は来ました。




そろそろお気づきかと思われますが有馬君は超絶ブラコンです。
お兄様が絵に描いたような完璧超人なので仕方ない。

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