女装提督が着任しました。   作:蒼樹物書

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【3】

 「初めまして。有馬望です」

 

 講堂の壇上、マイクを前にして第一声を発する。天井が高い、床一面板張りの講堂。

 一般学校の体育館を思わせる広大な講堂には、百を超える艦娘達が直立不動で僕の言葉を傾聴している。

 どんな人間だろう。前任者より有能か、否か。

 壇上に立つ僕に注視する視線から、そんな感情が押し寄せてくる。

 

 「本日より正式に、ここ呉鎮守府を預かる提督となります」

 

 視線の集中砲火を堪えながら言葉を紡ぐ。掌に汗が浮かぶ。硬くなりそうな表情から必死に力を抜く。一字一句、ゆっくりと繋ぐ。

 ここ一番の大勝負だ。

 

 「前任の伊東紗代中将から引継ぎ、貴女達の指揮官となります」

 

 伊東紗代中将。

 横須賀鎮守府を預かる提督の実母にして、海軍本部でも発言力のある海軍大将の妻。身内の贔屓と揶揄されながらも呉鎮守府の黎明を守りきった女傑。

 僕は――『私』は、彼女と少なくとも同等、それ以上であらなければならない。

 

 「伊東中将よりも遥かに若く、経験の少ない私の指揮に不安を覚えられることを、私は否定しません」

 

 だから。

 

 「――ですから、助けて下さい」

 

 壇上の下、艦娘達の顔が呆気に取られる。

 当然だ、部下に頭を下げて頼み込む司令官などいない、いてはいけない。

 

 「分からないことだらけでも、横須賀と佐世保の最前線を支え続けれてきた呉、その実力を私は識っています」

 

 他の方法を識らない。識りたくない。

 山科中佐により用意された、無難な内容の原稿を読み上げるつもりはない。形だけその原稿を両手に持ちながらも居並ぶ艦娘達の目を、一人一人順番に見つめ続ける。

 

 「貴女達の、力を貸してください。ならば、私はきっと。いえ……」

 

 これが、私のやり方だ。

 

 「必ず、応えてみせます。これは、約束です」

 

 

 やってしまった。

 艦娘達に向ける大事な第一声。山科中佐が練りに練った原稿をぶっちぎって言いたいことを言ってしまった。講堂を後にし、執務室で一人溜息をつく。

 思わず力が入っていたのだろう、山科中佐渾身の原稿はぐちゃぐちゃになってしまっている。漣の件があるから彼女には一片も申し訳ないとは思わないが。

 

 「あぁあぁぁぁあぁ~……」

 

 約束した以上、守る。しかしハードルを上げすぎた気がする。

 挨拶直後の、講堂を揺らすかと思うほどの艦娘達からの拍手。悪い反応ではなかった、はず。たぶん、きっと。

 

 「漣、はいりまーす」

 「どうぞ」

 

 講堂での挨拶の後、何やら用があると先に執務室に向かって欲しい旨を伝えてきた漣が入室する。その手にはバインダー。

 今日も肩に乗っている兎さんはこちらと目が合うと即座に漣の服へと身を隠してしまった。くすん。

 お昼まで少し時間がある。その間、執務についての説明の予定だ。その資料だろうか。

 

 「少しですが、他の娘達からアンケートとってきました。反応、気になっておられるかと思うので」

 

 神か。何て気のきく子なのだろう。

 無言で漣に握手してぶんぶん手を上下させる私に、少し頬を赤らめながらバインダーを読み上げ始める。

 

 「プライバシーの為回答者の名は伏せさせていただきます。えーと」

 

 ・駆逐艦S

 キタコレ。マジ美少女。

 あんな子に半泣きで懇願されたらやるっきゃない。

 

 ・軽巡洋艦メロン

 誠実そうな方で安心しました。

 これから色々試させてもらいたいものです。

 

 ・重巡洋艦ダブルK

 半分くらい寝てた。

 

 ・戦艦大七

 身長低くて可愛い。

 胸が熱くなるな。

 

 ……とりあえず加古さんは後で叱ろう、うん。

 あと他の娘達の反応に、何となく身の危険を感じるが。

 

 「概ね好意的に受け止められているようです。また提督の正体についても感づいた娘はいないかと」

 「その、可愛いとか美少女とか言われると困ってしまうのですが……」

 「可愛いは正義です。外面の評価がいい分、これからの中身が大事になりますが」

 

 その通りだ。これからの私の指揮、それこそが真価。とはいえ前任者のそれに大きな問題はなかった。

 自分の性別という爆弾を抱えたまま行う以上、問題がないのは助かるがそれは即ち問題解決による評価向上が難しくなるということ。小さなことからこつこつと、信頼を得ていかなければならない。

 

 「さて、提督最初の仕事は秘書艦選びです。固定にしてもいいですし、日替わりでも問題ありません」

 「伊東紗代中将の時は?」

 「日替わりでした。ですので今うちにいる娘は全員経験済み、適性に差はあるかと思いますがどの娘を選んでも対応できるかと……ただ」

 「……そうですね、漣さん、少なくともしばらくは秘書艦をお願いします」

 「了解しました」

 

 秘書艦。

 提督の業務をサポートするために常に傍で控える艦娘をそう呼ぶ。そう、常に傍で、だ。当然だが接触する時間が長ければ長いほど、私の正体が露見する危険は増す。

 今朝のような失敗が二度とないとは言えない。ならば最初から事情を知っている漣を秘書艦に置くのは道理だ。

 でも、秘書艦であれば仲良くなる機会も自然多くなる。早急な関係構築の為にも、機を見て他の艦娘にも頼むことも考えてもいいかもしれない。

 

 「それじゃあ、秘書艦を仰せつかったことですし、もう少し楽にさせていただいてもいいでしょうか?」

 「あ、はい……?」

 「キタコレ! あー、肩凝ったー。ご主人様、漣の肩揉んで?」

 

 は?

 漣の発言に硬直する。今何ていった。

 

 「ご主人様~? 聞いてます?」

 

 駆逐艦S。

 彼女の肩を揉みながら、これからの日々に思いやられる。伊東紗代中将、貴女の背中は大きく、遠いです。

 

 

 「うわぁ」

 

 時計の針二つが頂点で重なる、お昼時。

 食堂を埋める艦娘達の姿に、私、陽炎型一番艦陽炎は辟易とした声を零した。

 

 ここ、呉鎮守府は艦娘がとても多い。横須賀、佐世保の鎮守府と比べ実戦は少ないというのに。

 その理由は、新任艦娘の訓練を一手に引き受けていることに起因する。いわば艦娘達の訓練学校としての顔を、ここ呉鎮守府は持っているのだ。艦娘は建造、または戦闘後海域での発見……ドロップと呼ばれる時には既に、戦い方とある程度艦であった頃の記憶を持っている。

 しかし実際作戦に当たる時に人の形を以って戦うことに違和感を覚えてしまう。

 装備の運用一つとっても、艦の時のそれと違う。妖精さんと呼ばれる艦娘と共に戦う存在も、記憶の底にある搭乗員のそれと違う。

 艦娘登場から三年経った今でも、その運用には未だ手探りの部分が多い。それを僅かでも埋める為、これまでの運用経験から培った教導が行われている。新任、特に新種の艦娘が現れた場合は大抵こちらに着任するのだ。

 

 自然と呉鎮守府は艦娘達が多く在籍することとなっていた。

 今、次々と設立されている鎮守府にここにいる艦娘達が着任することで少しはこの混雑が緩和される、そのはず。もしくは私が別の鎮守府に着任することになれば、こうして毎日の強制参加椅子取りゲームから解放される、はず。

 提督となる人材の不足により遅々として進まぬ拠点設立という現実から目を背け、何とか空いている席はないかと見渡す。

 

 「陽炎、こちらです」

 

 持つべきものは気の利いた姉妹艦だ。

 食堂の隅で、きつねうどんの載ったトレーを両手に空いた席を探す私に手を振って呼びかけたのは陽炎型二番艦、不知火。姉妹艦かつほぼ同時期に建造された不知火は、抜け目なく自分とその隣の席を確保していてくれたらしい。

 

 「さーんきゅっ。助かったー」

 「いいえ、お話したいこともありましたので」

 

 トレーをテーブルに置き、不知火の隣に座る。お話したいこと、十中八九あのことだろう。食堂内の喧騒に耳を傾けてみれば、周囲の艦娘達もその話題で持ちきりのようだった。

 

 「新しい司令のことでしょ?」

 「陽炎はどう感じましたか」

 

 この場合、前任者と比べて、だろう。

 紗代ちゃん……いや伊東紗代司令が年齢を理由に引退すると決めたとき、それはもう皆泣いた。割と新顔だった私達、陽炎型の駆逐艦娘達も。

 あの人の鎮守府運営はそれだけ素晴らしいものだったのだ。手腕、そして人柄も。艦娘一人一人を実の娘のように愛してくれていた。だからこそ、私達も惜しみながら無理を言いたくなく見送ったのだ。

 

 そんな司令の次。私だったら絶対に嫌だ。引き継ぐ以上、『前』と常に比べられ続ける。

 部下が、兵器がおこがましいと断ずることもできる。実際、新しい提督が来るということで皆が不安に思っていたことだ。

 

 私達艦娘の扱いは非常に微妙な位置にある。兵器なのか、兵士なのか。それとも。

 その扱いに問題があった場合貴重な兵力である私達を憲兵が守ってくれるとはいえ、あくまで逸脱しない範囲のみだ。

 戦い、沈め沈められすることに覚悟はしているが、死に場所は納得する所であって欲しい。その場所を決める司令、出来るならば納得できる相手であって欲しい。

 そうした中。新しい司令……有馬望司令を、私は好ましく思っていた。

 

 助けて下さい。

 壇上にぽつん、と立つ小さな身体。集中する視線に震える、その小さな身体を必死に誤魔化し。彼女の目尻に光る物があったことに気づいたのは私だけではないだろう。

 あの人は、私達を少なくとも道具とは見ていない。道具にあんな言葉を、姿勢を見せる者はいない。

 しかしそれだけで絆されるわけにはいかない。陽炎型一番艦、長女である私の判断は少なからず姉妹達に影響する。

 これからだ。これからの彼女の言動によって判断すべきだろう。

 だから。

 

 「さぁ。これから次第じゃない?」

 

 不知火の問いにそう濁し、熱々の内にときつねうどんを啜り始めた。




後任者は辛いよねってお話。
そして漣さんが被ってた猫をぶん投げ。
ちょっとだけ距離が縮まったよ!やったね!
これにて書き溜め分消化、ペース落ちますごめんなさい。

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