女装提督が着任しました。   作:蒼樹物書

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【4】

 「おいひい」

 「ご主人様、飲み込んでから言ってください」

 

 もぐもぐ。烏賊や海老がたっぷり入ったカレーライス。海鮮の旨みが溶け込んだルーにスパイスの香り。朝食の際も思ったが、ここの食事は美味しい。

 強い軍隊は飯も美味いと言う。苛烈を極める訓練や実戦の中、兵にとって食事は数少ない楽しみの一つだ。この分なら、艦娘達の環境は悪くないと思っていいらしい。

 例のアンケートについての報告で時間が押してしまい、執務室で漣と昼食を取りながら午後の予定を聞く。

 

 「午後は施設のご案内と演習の視察を予定しています。演習は前任の紗代ちゃ……いえ、伊東中将の内容を適用していますが」

 「ん……構いません。しばらくは中将の鎮守府運用のままでしていこうと思います」

 

 呉鎮守府運営について特別問題は確認されていない。

 前任者のやり方に問題がなかった以上、後任たる私が下手に口を出す必要はない。優先して錬度を向上させる艦娘の選択やその状況設定。遠征ローテーションの組み方にしてもそうだ。

 まずは、見て確かめる。書類の処理など事務的な部分は自分のやり易い方法に少しずつ変更していくとして、実地的な部分は相手がいる以上慎重にしたい。私は所詮、訓練学校卒業したての新米だ。

 

 呉鎮守府の設立から三年。

 運営を安定させ未だ不明なことが多い艦娘達を育て上げてきたその手法について、簡単に疑問を持つことがいいこととは思っていない。前任者が引き継ぎを行うに当たって、それこそ司令がいなくとも鎮守府が機能するレベルにまで準備をしていた。

 それが後任である私への期待がないことを示すように思えてしまって、若干の不満を覚えはしたが。せっかく貰った猶予だ、私はそれを最大限利用させてもらおう。

 

 「……水雷戦隊による夜間強襲、そしてそれに対応する防衛艦隊ですか」

 「フタマルマルマルからの開始予定となります。詳細はこちらからどうぞー」

 

 漣から差し出された資料に目を通す。

 

 水雷戦隊、神通、雪風、夕立、朝潮、陽炎、不知火。

 防衛艦隊、長門、陸奥、北上、妙高、高雄、伊8。

 

 軽巡洋艦を旗艦とし錬度の高い駆逐艦で構成された水雷戦隊に対し、戦艦と重巡洋艦を中心とした防衛艦隊。夜戦からの開始となり、攻める側の水雷戦隊に有利な設定であるとは思う。

 しかし防衛側の潜水艦、伊8の存在がそれをひっくり返し得ない。闇夜の中で潜水艦を捉えるのは至難の業だからだ。いくら対潜に優れる軽巡洋艦と駆逐艦をしても、潜水艦から夜戦で大破判定を勝ち取ることは不可能と言っていい。

 水雷戦隊の側はそれを無視して旗艦である長門に火力を集中したいが、潜水艦による闇討ちを考慮しない訳にはいかない。演習の評価は旗艦の状態に比重を置くことが多い。随伴艦に大破多数であっても、旗艦が健在であれば勝利、逆もまた然り。

 実戦において直接的な指揮を執る旗艦の健在が重要であることからそういった評価基準が置かれている。

 

 水雷戦隊が狙うは潜水艦を押さえ込みながらの旗艦長門の撃破。防衛艦隊が狙うは……。

 この演習の鍵は伊8の動きだ。どう動き、そしてどう対応するか。

 面白いカードだとは思う。今回以降の演習組み合わせを見てもかなり考え込まれた内容だ。錬度や特性についてある程度確認しており、そしてその結果について予想はしても実際についてはわからない。その結果について無責任な観客でいられれば、どれだけ気楽なのものか。

 頭の中で自分の指揮官としての部分がこの演習について思考を高速回転させていく。とにかく先に鎮守府の各施設を回り夕食後、演習の視察となる。

 長い一日になりそうだった。

 

 

 昼食後。秘書艦を仰せつかった私、漣はご主人様を先導し鎮守府内の案内を始めた。

 

 「まずは工廠ですね」

 「艦娘が建造されてる所、見られますかっ?」

 

 あーあー、浮かれちゃってもう。ご主人様は目を輝かし食い気味に問いかけてくる。見えない尻尾がぶんぶん振られているようだ。観光か。

 

 「ここの性質上、開発に重きを置いていますし……これ以上増やすとなると施設の拡張が要りますので」

 「そ、そう……」

 

 しょぼーん。

 わかりやすい人だ。目に見えてがっかりしている。

 ここ――呉鎮守府は艦娘運用試験とその育成に主眼が置かれている。そのことから新装備開発が盛んに行われ、かつては艦娘建造も続けられていたが。

 すぐに、限界が来た。

 それなりに大きい呉鎮守府だが、百を超える艦娘を養うのは大変なことだ。他の鎮守府への移籍も行われているが指揮する人間が足りていない。そんな事情から、今はデータ取りの為の最低限の建造しかここでは行われていない。

 

 「ですが今、呉の主は貴女です。紗代ちゃ……伊東中将の方針を変えても」

 「あ、それ。漣、紗代ちゃんって呼んでますよね」

 

 しまった。思わず掌で口を押さえる。

 

 「……申し訳ありません」

 「伊東中将は許可されていたのですよね?」

 

 ご主人様の問いに頷く。

 そう、紗代ちゃん。ここの艦娘達、特に私は司令官である彼女をそう呼んでいた。私達、艦娘を娘のように愛してくれた彼女がそう求めたのだ。

 刷り込みの如くヒトに対して友好的に感じてしまう私達。それを利用することは簡単なのだと思う。しかし彼女は愛してくれた。だから、私達は応えられた。

 幾度も重ねた戦い。その果てに、勝手に上がっていった私の錬度。そうして手に入れた、私の『誇り』。今は目立たないようネックレスによってぶら下がる『それ』を服の上から確かめるように触れる。彼女と、紗代ちゃんと結んだ絆。

 たぶん、この人……新しいご主人様にとっては面白くない。そのはずだ。

 

 「なら、構いません」

 

 そのはず……え?

 小柄な駆逐艦娘の私と、ほとんど同じ目線で。何でもないように笑って見せながら言い放つ。

 

 「呼び名は大切なモノです。自然に出る程馴染んだそれを、変えさせようとは思いませんよ」

 

 ――悔しい。何なのだこの人は。思わず胸に熱いモノが込み上げてくる。

 人妻口説こうってのか。あまりにも悔しいのでそれを僅かも漏らさずジト目で言ってやる。

 

 「ご主人様、NTRダメ絶対」

 「えぬてぃ……え? えっ?」

 

 スラングに困惑するご主人様を置いて工廠へ急ぐ。

 胸から込み上げついに頬を赤くさせた熱さを、『彼』に見られないように。漣は紗代ちゃんの嫁!

 

 

 工廠。

 漣の案内によって私が到着したそこは。妖精さんと呼ばれる存在によって、艦娘の建造及び装備の開発が行われる場所である。

 『最初の建造』と言われる、初めて存在が確認された艦娘の建造がどうやって行われたかは未だ不明のままだが。建造も開発も艦娘が妖精さんと共に行う必要があるという。よって工廠には常時詰めている艦娘が存在する。

 妖精さんとの意思疎通に優れ、機械に強い者が。横須賀では工作艦、明石。

 ここ呉の工廠では。

 

 「提督! お疲れ様です!」

 

 ポニーテールを大きな緑のリボンで結んだ髪型が特徴的な、軽巡洋艦夕張が主として君臨している。エプロンと呼ぶには分厚く、そして無骨な印象である作業用の前掛けをしたまま私達を迎えてくれた。

 頑丈で薄暗いレンガ造りの建物はそこかしこに物が散乱している。ドラム缶やら工作機械やら何に使うか想像もできないような鉄塊やら。

 それらを避け、慣れた様子で縫うように工廠の奥から現れた彼女は。

 

 「早速ですが新装備、核バズーカ開発の許可を!」

 「却下です」

 

 あたまおかしかった。




呉鎮守府ツアー前編。
同じ艦娘は同時に存在しない設定です。
ダブった時は艤装のみ出てくる説。
そもそも紗代ちゃん旦那いるし一児の母じゃねーかNTRしたの漣じゃねーかの突っ込みは許可します。
紗代ちゃんはジュウコンカッコカリ容認派。
演習編はもう一話挟んでその次の予定。

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