何だ核バズーカって。
錯乱しつつ、あたまおかしい工廠の主と別れた後。
続いて案内されるのは入渠施設。
出撃から帰った後すぐに入れるよう港に隣接し設置されたそこは、大浴場を思わせる。実際、百を超える艦娘達の入浴施設としての機能も持っているのだ。
「この時間は清掃して湯を張っている所なので、誰も利用していません」
そう言いながら大きく『湯』と描かれた暖簾を押し上げる案内役の漣。
『私』の事情を考慮してのことだろう。その辺り気の利く娘だ。いい娘だ。
「わぁ~……」
その光景に思わず間抜けな感嘆の声が漏れる。暖簾を潜り、靴置き場を抜け脱衣所を抜けた先。
そこはこの国で生まれ育った者が真っ先に想像する、銭湯のそれだった。ちなみに当然だが女湯しかない。
熱い湯で今まさに満たされんとする大きな湯船。居並ぶ洗い場。その脇には個人用の小さな湯船……これが入渠用なのだろう、装置が備えられたこちらは既に湯で満たされている。タイル張りの壁にはご丁寧に大きく富士が描かれている。
あっ、あの蛙が描かれた黄色い桶まで!完璧だ!
「入りたい」
「次は私達の寮ですねー」
お風呂好きな私の口から思わず出た要望は、無慈悲にも一刀両断された。
艦娘達が日々を過ごす寮。艦種毎、それぞれ独立した建物が用意されている。
戦艦寮、空母寮、巡洋艦寮、駆逐寮。先の二つ、戦艦と空母は個室。巡洋艦と駆逐艦は相部屋となっている。その中でも巡洋艦の部屋は重巡と軽巡で広さや利用する人数にも差がある。
艦娘達の艦種はそれぞれ役目があり、それは優劣をつけるものではない。だが、その艦種に属する数や重要性については序列が存在する。それに沿って艦娘達の待遇は差がつけられているのだ。
よって数が少なく、作戦において重要度の高い戦艦と空母には個室が許されている。主力艦たる戦艦と空母の少ない呉であってもその法則は守られる。
そんな少ない戦艦と空母で占める大きな寮と、そして多数の所属艦が住まうに関わらず同じくらいの大きさの巡洋艦寮と駆逐寮の窓からの視線を感じながら。
「各寮長との面会をしときましょうか」
漣が先導しつつ、提言する。
寮長。この辺りの管理構造については資料で既に知っている。各寮、そして各艦種の代表を務める艦娘達。
戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦。呉鎮守府に所属する膨大な数の艦娘達を管理するに当たり、各艦種における代表者として選ばれた艦娘。
彼女達はそれぞれの艦種の艦娘達の意見を纏め上げて各艦種の意見として上、提督へ申告する。その選抜方法は各艦種達の自主性に任せられているそうだ。
例えば、戦艦。演習や実戦の戦績で計った実力。力ある者が率いるべし。
例えば、空母。投票による選任。人徳によって率いるべし。
代表の選び方はそれぞれで決められており代表の任期も異なる。ただし、選ぶ方法は各艦種の艦娘が全員納得する方法であること。それが前任の示したことらしい。
そんな代表者達との初めての会合。緊張する。
会合場所に選ばれたのは戦艦寮の会議室だった。内装は寮というよりもホテルを思わせる。それも、高級そうな。
「お疲れ様です。有馬です」
応接室に入った私の第一声に、待機していた居並ぶ艦娘達が敬礼をする。
戦艦代表、長門。
空母代表、鳳翔。
巡洋艦代表、妙高。
駆逐艦代表、朝潮。
……駆逐艦代表は漣かと思ったが、彼女は辞退していたらしい。
前任が作成した引継ぎ資料を記憶から引っ張り出して彼女達と照合する。次々と挨拶をする艦娘達に応えながら、私は緊張を高めていた。
バレてない、よね? 思えばこれだけの数の艦娘達と至近で会話するのは初めてだ。ウィッグのずれがないか確認したがる自分の手を必死に宥める。大丈夫、大丈夫……。
「提督?」
「ひゃいっ!?」
様子の可笑しかった私に、長門が声をかけてくれるが思わず変な声が出てしまった。長門はそんな私を笑うでもなく、その真っ直ぐな目で心配してくれる。こうして見ると凄くカッコいい娘だなぁ。身長も高く、姿勢もいい。私何かよりよっぽど男らしい……は失礼かな。
「……大丈夫ですか?」
「は、はいっ。大丈夫れふ」
噛んだ。死にたい。
「ふふっ……お気遣いされなくとも結構です。我ら艦娘は貴女の手足とお思い下さい」
「あ、ありがとうございます……っ」
じーん。優しい。抱かれてもいいや。
いやまて逆だ。そんなカッコいい長門のカッコいい言葉に錯乱しながらも礼を言う。
彼女達が、私の手足となってくれるのなら。私は、自分の手足を大切にしよう。
今後の方針について軽く話し合う。とは言っても基本的には今の体制のまま寮を管理してもらう。ただ新任の私と意識疎通の齟齬がないよう、より頻繁に情報を上げてもらう様依頼した。そうこうしている内にそろそろ夕食の時間が近づいてきた。
最後の施設は食堂だ。話によると私の新任祝いの席を設けてくれているらしい。四人の寮長と敬礼を交わして、私と漣は食堂を目指し退室した。
◇
「……ぷはっ」
「よく保ちましたね、長門さん」
有馬提督と漣が部屋を後にした直後。私、長門型一番艦、戦艦長門は詰まった息を吐き出す。よしよし、とその小さな手で傍らの鳳翔が背を撫でてくれる。
あんな台詞を言っておきながら、私もかなり緊張していた。別段人見知りというわけでもない。ただ衝動を、緩む頬を抑えるのに必死だっただけだ。
なんだあの可愛い生き物。小動物的な魅力とでも言うべきか。
私は周囲の評価、こう男らしいとか凛としているといった外面に比べ、可愛い物に目がない。小動物とか、駆逐艦とか。
自室に増殖し続ける手製のぬいぐるみに、姉妹艦たる陸奥から難色を示されるほど。
旗艦を務める事が多い私は極力その嗜好を隠してきたが。付き合いの長い鳳翔はお見通しなのだろう、苦笑している。
「ふふっ、可愛らしい方でしたね」
「そんな……不敬です」
同じように笑顔の妙高と、それを咎めるように朝潮。真面目なこの駆逐艦娘は上官に対する態度として不敬だと感じてしまうのだろう。
そんな彼女に悪戯心が沸いてしまった。
「実際愛らしい。朝潮と並ぶと姉妹のようだしな」
「あぁ、雰囲気というか……髪型も似てますしねぇ」
「提督がお姉さんになりますかね」
肩まで真っ直ぐ届く黒髪、少し真面目そうな印象の提督と朝潮が重なる。そんな私の言葉に続ける鳳翔と妙高も同感のようだった。
「……おねえちゃ……だ、だから不敬です!」
小さく呟いた後、慌てて真っ赤になりながら否定する朝潮。長姉にとって上の姉妹は憧れだものなぁ。
そんな可愛い朝潮の頭を撫でてやり、黒髪の美少女姉妹二人を侍らせる自分を夢想する。涎が垂れそうになったのは夕食が近づいて空腹な為だ。
◇
「それでは本日の主役、有馬望司令の入場でーす!」
漣の紹介の後、万雷の拍手に足を重くしながら食堂へと入る。情けなくも苦笑いとも愛想笑いともつかないひきつった笑顔で、へこへこしつつ。
どうもこういうのは苦手だ。お兄様なら颯爽と、堂々と出来るだろうに。
「えー、本日はこのような席を設けていただき、誠に恐縮です」
薦められるままに、食堂に設けられた即席ステージのマイク前に立ち挨拶。既に食堂の席は艦娘により埋まっており、本日二度目の視線集中砲火を一身に受ける。大破しそう。
「今朝も挨拶させていただきましたが、これから誠心誠意、提督を務めさせていただこうと思います」
撤退だ。これ以上の攻撃を受けては轟沈しかねない。
無難な挨拶で何とか乗り切ろうと試みる。
「さて、既に美味しそうなご馳走を前にしておりますので、簡単に終わらせて貰おうと思いま」
――くう。
皆さん、お腹をすかされてると思いますので。
そんな身近さを感じさせるような冗談で締めくくろうと、思ったのに。
私の胃は伸縮を活発化させ、最高のタイミングでその中の空気を圧縮、音を発した。集音性の無駄に高いこのマイクが憎い。
しかし受けはよかったようだ、大爆笑に包まれる中、半泣きで礼をしてすごすごとステージを降りたのだった。
「あっはっは、食いねぇ食いねぇ!」
「ありがとうございます……おいひぃ……」
食事が始まり喧騒に包まれる中。
楽しそうにお寿司を勧めてくれる重雷装巡洋艦、北上さんに薦められるままに口に運んでいく。瀬戸内海の豊かな漁場で獲れた魚は絶品だった。
でもちょっとしょっぱい気がするのは醤油をつけ過ぎたせいだろう。私の目尻が湿っているのは山葵が少し多いせいだろう。
「いやー、面白いモノ見せてもらったよー。そうそう、演習も見に来てくれるんだよねー」
「あ、はい。タイミング悪くお酒、出せませんですみません」
「いーのいーの、私それほど呑む方じゃないしー」
フレンドリーな人だ。見かけはほぼ同世代なせいか、気軽というか。
心地よい距離感。新任直後の私にとって、こうして親しくしてくれるのをありがたく思う。この後演習に参加する為、ご馳走を前にしながらお酒を控えて貰っていることも気にしないでくれているようだ。
「あ、でもそれなら代わりにさー」
「はい、何でしょう」
あれ、何か。目が細くなったというか。
その奥にある光を隠すように瞼を狭めた彼女に少し緊張する。
「演習でさ、
「ごほーび、ですか。そうですね、私に出来ることであれば何でも」
あ、そんなことか。それぐらいならお安い御用だ。
演習に参加する他の艦娘にもお伝え下さい、と北上さんにお願いして了承する。成果に褒美で応えるのも上官の務めだ。
……しかし、私は後悔することになる。出来ることならば何でも、と言ってしまったこと。
北上さんが、この鎮守府でトップクラスの実力であることを失念していたこと。
そして仲間内から密かに『蛇』と揶揄される、彼女が小さく舌なめずりしたのを見逃していたことを。
お兄様、私、迂闊でした。
有馬君のマスコット化が止まらない呉鎮守府ツアー後編。
次回は演習編です。
もう結果は見えている感じですが。有馬君逃げて、超逃げて。
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