女装提督が着任しました。   作:蒼樹物書

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【8】

 平穏だ。

 正式な就任から早二週間。前任の方針に素直に従って、鎮守府運営は軌道に乗っている。

 私の正体についてもまるで発覚の気配もない。

 ……それはそれで、男としての矜持が傷つけられる気もするが。

 

 「ヒトサンマルマルから山科中佐との面会です……まぁ、問題はないですし大丈夫でしょうけれど」

 「おいひい」

 

 執務室で漣と頂く、今日の昼食は牡蠣フライ定食だ。全国一位の生産量を誇る広島の、海のミルク。さくさくの衣に、磯の旨みが凝縮された濃厚な味。

 タルタルにソースにレモン。荒塩もありかなぁ、と思いながら食べ進める。

 無視された秘書艦である漣の視線から、現実逃避しながら食の楽しみに浸る。

 添えられたたっぷりの千切りキャベツ、豚汁と胡瓜の浅漬けがありがたい。

 問題は、ないはずだ。ここまで深海棲艦との実戦はなく、演習と遠征を繰り返す日々。

 なにも、もんだいは、なかった。

 何故か距離を置いてしまうようになってしまったあの娘のことからも目を逸らす。

 大丈夫、大丈夫。憂鬱な午後の予定を今は忘れる。

 食後のお茶はほうじ茶がいいな。

 

 

 

 「大規模作戦に参加してもらう」

 

 は?

 応接室で対面する、監視役たる山科中佐は開口一番とんでもないことを言い放った。

 大規模作戦。

 横須賀、佐世保、呉を中心とした連合艦隊による深海棲艦への反抗作戦とのことだ。これまでも何度か補給線確保などを目的として行われている。

 私は未だ、実戦の指揮経験がない。なのにいきなり大規模作戦とは。いや、だからだろうか。先輩に当たる横須賀と佐世保の提督と共同戦線なら頼もしい。

 自分の艦隊の指揮は自分で直接執るにせよ、実戦経験豊富な提督が二人もいてくれるならありがたい話だ。

 この話を持ってきてくれた山科中佐は実はいい人なのかもしれない。以前、あの○○○とか心の中で言い放ってごめんなさい。お兄様の悪口の件は許さないけど。

 作戦要綱を精査しないことには何とも言えないが、務める役割もそう重くはないようだ。

 

 「はっきり言って貴様の仕事は簡単だ。失望させてくれるなよ」

 「はっ。ご期待に沿えて見せます」

 

 敬礼をし、山科中佐が執務室を後にするのを見送る。

 この後佐世保に行ってそちらでも大規模作戦の調整を行うらしい。本部付きは大変だなぁ。

 

 

 また雨か。心の中で悪態をつく。呉鎮守府への訪問後、すぐに軍用鉄道に乗って訪れた佐世保。とっくに陽の沈んだそこは土砂降りだった。

 前に来たときも雨だったな。

 大規模作戦についての会議の為、佐世保鎮守府へ訪問するのは明朝マルキュウマルマルだ。こんな雑用を押し付けた本部の爺共への当てつけの為、今日は経費で呑めるまで呑んで寝よう。私、山科礼子は傘を片手に目ぼしい店を探す。

 とはいっても飲食店は見当たらない。そもそも灯かり自体がほとんど存在しない。

 

 深海棲艦が跋扈して以来、人々は先を争うように内陸地へ居を移している。ただでさえ減った人口、そしてそれすらも海を忌避するようになった現在。

 艦娘により近海の制海を得た現在も、一部の都市を除き沿岸部は物好きか各鎮守府の恩恵を狙う食い詰め者ばかりだ。

 この世の終わりの如く、人気のないバス停留所。トタン屋根の下、傘を畳みとっくに役目を途絶えさせたそこに腰を下ろす。息絶え絶えの電球が一つ。

 その僅かな灯かりの中、雨の音だけが続く。

 

 「――……」

 「久しぶりね」

 

 ボロボロの長椅子に腰掛けた、私の背後。

 一人の男と、その両脇を固めるように小柄な二人が闇から染み出すように現れる。彼らは同じデザインの黒いレインコートに身を包んでいる。激しい雨音に紛れ、その声は微かだ。

 だが馴染んだ声ははっきりと私の耳に届く。

 

 「――……」

 「えぇ、会ってきたわ。今のところ、問題はなさそうだけれど」

 

 すぐそれか。あの少年も大概だが、こいつも少年が気になって仕方ないようだ。

 全く。揃って私に手間をかけさせる。椅子の上で脚を組みながら、振り返り睨みつける。薄闇と、目深に被ったフードでその表情は伺えない。

 傍らの小柄な二人も、揃いの栗色の毛を覗かせながらも同様だ。

 

 「――……」

 「次の大規模作戦に参加して貰うわ。道子にも言い含めてあるから、大丈夫でしょう」

 

 レッドカーペットもいい所だ。様々な方面からの思惑が偶然重なったとはいえ、彼は光帯を腰に巻いて生まれてでも来たのだろうか。もしくは悪魔にでも魅入られているのか。

 おかげで私は貧乏くじを引きっぱなしだ。訓練学校時代から何時もそうだ。同期である彼も、彼女も私に厄介事しか持ち込まない。

 

 「――ありがとう。僕は、頼れる人にしか頼らないよ」

 

 ばーか。

 このタイミングでだけ、はっきりと通る声で発したその感謝の言葉。そんな人誑しの言葉に動揺するには、年を取り過ぎた。

 そもそも両手に花をしている時に、とっくに振った女相手に甘言を吐くもんじゃない。左右に侍らした二人の少女が彼を見上げながら、彼の雨具の裾を握っている。ほら、二人の嫁が不安がってるじゃないか。

 

 「お尋ね者はさっさと消えなさい。でないと、私の覇道の礎になるわよ?」

 

 突き放す私の言葉に、彼は苦笑しながら闇へと溶けていく。

 二人の艦娘と共に。

 ――はぁ。溜息と共に脱力する。

 出世を狙う私にとって、彼の首を取ることは魅力的なことだ。しかし、過去に抱いた彼への淡い感情が邪魔をする。それに彼が失踪を選んだその理由、その目的。

 私はそれを支援すると決めたのだ。だから今は、彼を見逃し、あの少年の為に走り回るとしよう。

 

 「宿で呑むか……」

 

 しかし今は、呑まなければやってられない。店で呑むことを諦め、重い腰を上げて傘を広げる。

 高い酒、あるといいなぁ。

 

 

 「へぷしっ」

 「風邪ですかご主人様?」

 

 夜の呉鎮守府。書類を片付けている最中、くしゃみが込み上げてきた。

 気をつけてくださいよ、と秘書艦漣が気遣ってくれる。大丈夫、と応じながら本日処理すべき最後の書類に目を通す。

 大規模作戦要綱。

 今回の作戦目的は、南西海域方面への侵攻を開始した深海棲艦への迎撃が目的となっている。南西海域はこの国にとって重要な補給路の一つだ。

 普段佐世保がその確保を担っているが、単体の鎮守府では対応できない程に強力な敵艦隊が確認されたらしい。そんな強力な敵艦隊主力、通称Z部隊迎撃をマレー沖で予定しており私の指揮する艦隊はその準備を整えることになる。

 

 作戦の流れはこうだ。

 海域に跳梁する敵潜水艦を掃討し、その後に行われる前線への陸戦部隊と補給物資の揚陸を可能にする。そうして展開した支援を受けながらこちらの主力で以ってZ部隊を叩く。揚陸作戦は佐世保、Z部隊の撃滅は横須賀が担う。

 私達、呉の艦隊が担当するのは敵潜水艦掃討だ。となれば対潜哨戒部隊を編成することになる。軽巡洋艦と駆逐艦を中心とした索敵能力の高く、速力の高い部隊。それも編成するのは対潜の成績が高い娘がいいだろう。

 

 何人かの候補を思い浮かべながら、手元の適当な白紙にペンを走らせる。まず軽巡洋艦が三人。駆逐艦が二人に、索敵機運用の為に足の速い軽空母。

 作戦開始にまではまだ少し時間がある。その間に出撃させる艦娘の選抜、訓練と装備の用意。やることは山積みだ。

 そして合同作戦の為、横須賀のあの人とも会うことになる。お兄様のご学友であり、『僕』を知っている彼女は『私』の秘密について既に知らされている。

 ……彼女の性格を考えればまず間違いなく遊ばれる。憂鬱だ。

 そんな憂いを掻き消すように、再び部隊編成に思考を走らせる。ここ呉に所属する艦娘は多いがほとんどは訓練を行う駆逐艦娘だ。艦娘は建造・発見直後であっても最低限の戦闘は可能ではあるが。

 実戦、それも大規模作戦への参加となれば条件に見合う人は限られてくる。

 そうなると。

 『彼女』も選ばなくてはならない。

 ちょっとした、そう、ちょっとした理由で、私的な理由で選考から外すわけにはいかない。思えば二週間前から何故か逃げるように距離を置いてきた。関係修復にもいいかもしれない。

 そもそも、避ける、理由が、曖昧だ。

 ――なんでだっけ。

 よく、おもいだせない。

 

 「ご主人様?お疲れなようですし、そろそろ休まれては」

 「……ぁ。うん、そうだね。おふろ入って、今日は休もう」

 

 お兄様、初の実戦、頑張ります。




有馬君は前話のことを本気で忘れてます。
そして夏イベ始動編。バカンスに来た浮かれ○○○どものケツ蹴っ飛ばしにいこうぜ!
合羽三人組についてはあれです、正体バレバレの覆面身内キャラというお約束。
次話投稿は少しお時間頂くかと。書き溜めしてからの予定です。
牡蠣フライ食べたい。

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