女装提督が着任しました。   作:蒼樹物書

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【9】

 「初めまして。有馬望です」

 「秘書艦の漣です」

 「よ、よろしくお願いします……鮫島千佳、です……」

 

 軍用鉄道で到着した夜の佐世保鎮守府。私と漣を出迎えてくれたのは、ここの主、鮫島千佳提督だった。

 栗色のショートボブに、太い黒縁の眼鏡。背は私より少し低いくらい。つまりかなり小柄。階級は私と同じ少佐。年齢は私の少し上。

 お兄様の失踪後、佐世保鎮守府を引き継いだ彼女。

 資料に添えられた写真でしか知らなかったが、実際会ってみるとどうにも気が弱そうな人だ。この人も横須賀の伊東中佐と同様、私の正体について知らされているらしい。

 しかし、呉と同じく佐世保の艦娘達には伏せられている。気をつけなければ。

 あれ?

 

 「そちらの秘書艦の方にもご挨拶できればと思うのですが」

 「……ぁ、すみません、こちらの艦娘は秘書艦含め全て出払っておりまして」

 

 は?

 そういえば妙に静かだ。寮らしき建物にも灯かりは皆無。鎮守府に艦娘がいない?

 

 「遠征や出撃、訓練などが重なっておりまして……」

 「あの、それ……おこがましいのですが、大丈夫なのですか……?」

 

 大丈夫なわけない。

 過去に深海棲艦の大規模な襲撃が横須賀鎮守府にあったことを、提督たる彼女が知らないはずがない。それに不寝番の艦娘配置は本部から命じられているはず。うちでもローテーションで回している。

 地形上、呉よりも佐世保の方が外洋に近いため深海棲艦による危険は大きいはずだ。

 一体、何故。

 私の正体を隠す為……それにしても大げさ過ぎはしないか。

 

 「は、はい……近海で二個艦隊を展開しており、警戒させてます、ので」

 「……失礼しました。鮫島少佐の采配に口を出すつもりはありません」

 

 やめよう。

 確かに異常なことだが新任の私が先任の、それも他の鎮守府運営に口を出す訳にはいかない。それにどうも彼女は私に話せない事情があるようだ。とりあえず防衛体制が敷かれていることだけ確認できれば、それでいい。

 

 人気のない本館、その中の客室へと案内される。作戦に参加する呉の艦隊は海路にて明日の朝、こちらに到着する。横須賀の伊東中佐と、その秘書艦も鉄道で同じ頃着くとのことだ。

 最先任で階級も上である彼女が今回の作戦を主導する形となっている。

 作戦開始は明日のヒトマルマルマル。呉の艦隊は佐世保到着後、準備が完了次第の出撃だ。明日は朝から忙しくなる。

 静まり返った鎮守府。漣におやすみを告げて眠ることにする。佐世保には扶桑型が所属しているはずだ、今回会う機会はあるのだろうか。

 名物の違法建築、見たかったなぁ。

 

 

 「不幸だわ……」

 

 真夜中の海上。口癖となった言葉が零れ出る。私、扶桑型戦艦二番艦山城は波音だけの静かな海上を航行していた。今頃別の巡回ルートを航行している姉様も同じ不幸を呪っているだろう。

 何で寝ずの番を、こんな人数で。それも、海上でだなんて。鮫島提督の命令は不審な点ばかりだ。

 確かに私達艦娘は睡眠しなくてもいい。食事すらしなくとも、死ぬことはない。艤装を動かすための燃料、戦闘となれば弾薬も必要ではあるが。

 しかし、眠くもなるしお腹も空く。だから寮にはベッドはあるし食事も提供される。

こんでぃしょん……戦意維持の為にそれらは必須だ。だというのに。

 

 「あんなすまなさそうにするなら命令しないでよ……」

 「提督、土下座する勢いだったからね……」

 

 同じ不幸に見舞われた傍らの駆逐艦、時雨が同調する。彼女の姉妹艦であり、呉に所属する夕立もこちらに来ると聞いている。しかし、ゆっくりと話をすることは出来ないだろう。

 命令があるまで私達は海上の巡回、警戒を行い補給や休憩は無人の鹿屋基地でするよう命じられている。鹿屋基地は司令が未着任で、設備のみ先行し建造された基地だ。確かに設備は使えるし、補給物資は送られているそうだが。

 

 私達の指揮官たる鮫島提督は優しく、そして優秀な提督だ。少し気弱で慎重な所はあるがその指揮は的確。無駄を許さない人だ。だから、こんな嫌がらせのような命令は今までに一度もなかった。

 一体、何故。

 

 「……僕達が今、鎮守府にいると都合が悪いと言われてるようだね」

 

 そう。

 まるで私達を今回の大規模作戦の為、佐世保鎮守府を訪れる者から遠ざけているかのようにしか思えない。しかしその理由がわからない。

 合同作戦なので、海上では呉や横須賀の艦娘達とは顔を合わすこともあるだろう。だから接触を絶つ必要があったのは横須賀、呉の提督とその秘書艦か?

 既に面識のある横須賀の提督、そして同じ艦娘である秘書艦……最も、可能性が高いのは。

 

 「あ、イ級だ」

 「砲戦用意」

 「……一撃で終わるじゃないか。というより、もう終わったじゃないか」

 

 理不尽な命令で募った苛立ちを、哀れな深海棲艦にぶつける。初弾命中、過剰な火力は駆逐艦イ級を文字通り粉砕する。

 夜間の会敵即殺。あの程度の相手一匹なら簡単だ。少しは溜飲が下がったが、長い夜を考えると気持ちが沈む。早く命令が来ないかしら。

 今日の夕方から始まったこの体制は、最低でも大規模作戦二段階目である揚陸作戦直前まで続くとのことだ。私達から避けたい人物がいるならさっさと帰って欲しい。そうして佐世保に帰れば、鮫島提督との約束である間宮券が全員に配られる。やはりこの命令は彼女の本意ではないらしい。

 間宮券、何に使おうかしら。姉様と氷あずきがいいかも。

 あぁ……鎮守府に早く帰りたい。

 

 

 「伊東道子中佐です。今回はよろしくお願いしますね」

 

 そして翌朝。

 艦娘運用を初めて開始した百戦錬磨、横須賀の提督である伊東中佐が秘書艦を伴って到着した。腰まで届く美しい黒髪を首の後ろ辺りで止め、凛とした雰囲気。

 しかし女性らしいしなやかさも併せ持ち、その外見は大和撫子という言葉を思い浮かばせる。軍服を盛大に押し上げる胸部の豊かさもそれを助長している。後、女性としては背が高い。

 小柄な私と鮫島中佐、そして秘書艦の駆逐艦娘二人が並ぶと二十半ばという年齢も相まってお姉さん力が凄い。三年とはいえ最も艦娘達の提督として経験の長い彼女だ、頼りにして然るべきだ。だが初対面らしい鮫島中佐に続いて私も握手と挨拶を交わしながら、内心穏やかではなかった。

 

 「あら、鮫島中佐もですけど有馬中佐も可愛らしいのね。嬉しいわぁ」

 

 誰が可愛いのか。何が嬉しいのか。そう、彼女のこの性格だ。

 以前お兄様の弟として紹介されお会いした時も、散々玩具にされた。

 妹さん?と言われたことを未だ私は根に持っている。その時は今のように女装していなかったのに。

 

 「……ありがとうございます。こちらは秘書艦の漣です」

 「えぇ、お母様のお嫁さんですもの。お久しぶりね」

 「お久しぶりです。相変わらずのようで」

 

 母の嫁ってもう何が何だか。漣は伊東中佐のお母様……伊東紗代元提督とケッコンカッコカリをしている。

 何の冗談かケッコンカッコカリと呼ばれるある種の改装。限界まで錬度を上げた艦娘に、指輪型外付け小型艤装を装着することで限界を超えた性能を得ることが出来るらしい。

 一度付けた指輪は他の艦娘が装着しても効果がなく、限界までの錬度、つまり永くその指揮下で経験を積んだ艦娘にのみ効果があることから強い絆を結ぶとも称される。

 漣はその指輪を何時もネックレスから下げているようだ。他の娘や私に気を使っているらしい。いい娘だ。

 

 「あと、これが叢雲ね」

 「これ言うじゃないわよ。久しぶりね、『桃色狸』」

 「そっちも相変わらずですねー、『銀狐』」

 

 ……仲、悪いのかな。

 伊東中佐の傍ら、秘書艦であるらしい駆逐艦、叢雲。彼女と漣は口調こそ穏やかだが互いに睨み合いつつ渾名で呼び合う。

 渾名、または二つ名と呼ぶべきだろうか、それを持つことは高錬度の証とされている。実際叢雲の左手薬指には銀の指輪が光っている。彼女も伊東中佐と強い絆を結んでいるようだ。

 ――あの娘の二つ名は『蛇』だったかな。

 なぜかみぶるいする。

 何だろうかこの悪寒は。とにかく、これで顔合わせは終了だ。

 これから最終の打ち合わせを行い、その後出撃だ。私の艦隊も既に到着しており、装備の点検や補給などの出撃準備を整えている最中。

 山科中佐は簡単な仕事とは言ったが、大規模作戦の大事な第一歩だ。

 一人の轟沈も許すつもりはない。そして作戦目的を必ず完遂する。その為の準備は出来る限り、思い尽く限りしてきた。

 お兄様、いよいよです。




提督集結編。
二つ名持ちがぞろぞろ出てますが、実際は十人もいません。
レベルカンスト近い艦もしくはカッコカリ艦が対象。
次話はいよいよE-1戦です。
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