アクマの使徒になりました   作:草陰

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ラストステージ
その邂逅は必然というか


 

 キーンコーンカーンコーン。授業終了のチャイムが、パプリカ学園に鳴り響く。

 教室から出ていく生徒たちで廊下がごった返す中、レオナを引き連れたドロシーはシオンに声をかけた。

 

「あ、シオン。ボク今日はプリパラ休むんでよろしくー」

 

 もちろんシドの店に行くためである。

 あっけらかんとしたドロシーと対照的に、レオナが申し訳なさげに続く。

 

「私も用事があるから今日は……」

 

「ふむ、ドロシーとレオナは休み……、ならば私も今日はやすむとしようか。たまにはこの時間帯に旦那さまと逢引するのもわるくない」

 

 シオンの言葉に、ドロシーは「うげっ」と声をあげる。

 

「それって例のロリコン高校生のことだろ? 中学生に旦那さまってよばせてるとか、なんど聞いてもマジひくわー」

 

「ど、ドロシーったら、そんなこといっちゃダメだよ……。当人どうしが納得してるんだから……」

 

「レオナのいうとおりだ。そして旦那さまと呼んでいるのはあくまで私の意思だ! 16になったら即日のうちに籍を入れてもらうよていだしな! そのためにも、こうしてつねに婚姻届をもち歩いているぞ!」

 

 シオンはカバンから婚姻届を取り出すと、何故かドヤ顔でドロシー達に披露する。

 こいつマジで持ち歩いてたのか――。かねて話には聞いていたが、こうして実物を見せられるのは初めてのことだった。

 ロリコン高校生とこれから会えるということで、テンションが上がっているのかもしれない。

 愛が重すぎて引くわー。と引きつつも、婚姻届にはしっかり興味を示すドロシー。

 

「ほーん、これが婚姻届かー……」

 

 己もいつかはこの紙を役所に届ける日が来るのだろう。相手は――、いやいやいや、まだそこまで考えるのは早い。かぶりを振って改めて見ると、『妻になる人』欄には、やたら達者な文字で『東堂シオン』と書かれている。

 

「……あれ、でもこれ男のほうの記入欄が書かれてないみたいだけど?」

 

「実はそこがなやみどころなんだ。なんども書いてくれるようお願いしているのだが、『イヤに決まってんだろ! つーかそもそもつきあってもないのに結婚もクソもないだろ!?』の一点張りでな。最近はもうさっさと寝床でもおそって既成事実をつくって、それを盾にせまろうかと……。いや、いかんぞシオン。東堂の女ならば正攻法で落とさねばならない。やはりそのためには既成事実が必要……?」

 

「えぇ……」

 

「ああうん。こんなやっかいな女につきまとわれてる、そのロリコン高校生に同情するわ」

 

 あのレオナですら引いている。もちろんドロシーは躊躇うことなくドン引きだ。

 これはあれだ、恋人だと思ってるのはシオンだけってやつだこれ。

 それが女房気取りで婚姻届片手に押しかけてくるなんざ、男からすれば一種のサイコスリラーだ。よもや己のチームメイトが、妄想と現実の区別がつかない危ない奴だったとは――

 

「――ま、たにんの色恋沙汰なんてどうでもいいけどさー」

 

 が、そこはドロシーである。

 自分に直接関係ないならどうでもいいやとあっさり切り替えたのだった。男のほうだって、その気もないのにやさしかったり相手が喜ぶような態度を見せているのだろう。

 ふいに己の想い人を思い出してイラッとするドロシー。

 そうだ、むしろこの場合は圧倒的に男のほうが悪い! ならば責任もってこの地雷女もといシオンを回収するのが筋である!

 

「ど、ドロシーがそういうのなら……」

 

 なにかいいたげではあったが、ドロシーに追従するレオナ。

 とはいえ、こんな地雷女であってもチームメイトだ。一応最低限の釘は刺しておかねばなるまい。ドロシーはビシっとシオンを指差す。

 

「おいシオン! だからといってうちの不祥事になるようなことだけはするなよな!」

 

「安心してくれ。隠忍自重。私と旦那さまのつきあいが外部にもれることはないよう、細心の注意をはらっている。私のせいで、旦那さまが世間の見世物になるようなことは本意でないからな!」

 

 そういってうなずくシオン。

 なにかが致命的に噛み合っていない。が、不祥事が表に出ないよう注意を払っているのならそれでいい。ともあれ、積極的な姿勢そのものは己も参考にするべきなのかもしれない。もちろん婚姻届を持ち歩く気はないが。

 学校を出て、レオナと別れてからも隣を歩くシオンに、ドロシーはふと問いかけてみた。

 

「そういやいままで訊いたことなかったけど、そのロリコン高校生ってどんなやつなんだよ?」

 

「そうだな――、入浴中に裸で乱入しても手をださない紳士的なおかただ。私としては、そのまま押したおされてゴールインも辞さないところだったのだが……」

 

「うん、一瞬でもシオンを参考にしようかとかんがえたこのボクがあさはかだったよ。なにがゴールインも辞さないところだバーカ!」

 

 その場に立ち止まって怒鳴りつけるドロシー、シオンもまたその場に立ち止まる。

 

「む! だれがバカだ!」

 

「おまえのことだよ! ぜんぜん細心の注意をはらってないじゃんか! ちょっとはあいての迷惑も考えろ!」

 

 本音としては"何かあったらボクたちに迷惑がかかるだろ!"といったところだが、それでは響かないだろう。"あいての迷惑"。ドロシーにいわせりゃ『なにそれ美味しいの?』ってなもんだが、今のシオンにはこの言葉を使ったほうが効果的であるはずだ。

 

「む? あいての迷惑……。う、うぅむ……、たしかに……、旦那さまへの思慮が足りなかったかもしれないな……」

 

 目論見通り、シオンは悩む素振りをみせる。

 だてにそこそこ長い付き合いをしていないのである。

 

「これからはつねいかなるときも避妊具を用意しておくべきだな。助かったぞドロシー、お前にしてはなかなかのアドバイスだった」

 

「あーうん、もうそういうことでいいからちょっと黙っててくんない? あたま痛くなってきた……」

 

 直情径行な人物であることは知っていたが、それが惚れた腫れたの色事になるとこんな有様になるのか。とまれ、こんな超ド級の色ボケ女から参考にできることなどひとつもありはしない。

 早くシドに会って、このささくれた気持ちを癒やしたかった。

 

「そこなふたり、邪魔だぞ」

 

 ドロシーが眉間を揉んでいると、背後から声がした。

 ふと気がつけば、住宅街のほそまった道にふたり並んで立ち止まっている。

 そのせいでとおれない後続の人が声をかけてきたようだ。

 さっと動いて人ひとり通れるスペースを確保し、丁寧な物腰で応対するシオン。

 

「これはどうも失礼した。先をどうぞ……って、あろまじゃないか」

 

 視線の先には、自称悪魔の黒須あくまが立っていた。人さし指を立て、諭すようにいう。

 

「こんなせまい道で立ち止まるでないぞ。人さまのじゃまになるではないか」

 

 悪魔のくせにえらく良識ぶったことをいうあろま。

 こまっしゃくれた態度にイラッとするドロシーが吠えるより先に、シオンがうなずいた。

 

「まったくだ、かえす言葉もないな。ところでみかんの姿が見えないが、今日はどうしたんだ?」

 

「それをいうならば、汝らもレオナがおらぬではないか」

 

 ドロシーはやれやれと頭を振る。

 これだからお子様はダメなのだと、あろまの問いかけに対して胸を張って答える。

 

「ふん、ウェスト姉弟はどれだけはなれていても魂でつながりあってるんだよ! つまりこの場にいるも同じさ!」

 

「なにをいってるんだお前は。レオナならなんでも用事があるそうだ、そっちは?」

 

「小テストの成績がわるくてな、みかんは補修だ」

 

 こころなし肩を落とすあろま。そして人が弱っているところを逃すドロシーではない。

 

「ぷぷぷー! 補修なんてうけてやんの! ボクは生まれてこのかたそんなのいちどもうけたことないぞ!」

 

「中等部は補修がない代わりに自助努力をもとめられる。あろまはドロシーのようになるんじゃないぞ」

 

「うむ、肝にめいじておこう」

 

「どういう意味だよ!?」

 

 うなずき合うシオンとあろま。

 なんだかよくわからないがバカにされた気がする! ドロシーの叫びに、シオンはため息をついて答える。

 

「おまえがこのまえの小テストで赤点を取っていたことくらい、私はとっくにご存知だということだ」

 

 おそらく情報経路はレオナからだろう。

 胸の中で舌打ちをするドロシー。他人の弱みを握ることは大好きだが、握られるのは大嫌いなのだ。ごまかすように口笛を吹く。

 

「~♪ ふ……、ふーん、だ。中間と期末の成績はいいからもんだいないんだよ!」

 

「レオナのノートを丸暗記、でな。そして成績はレオナとちがって赤点ギリギリ……、と。どうして双子なのにここまで知能に差がついてしまったのか……。まさに複雑怪奇」

 

「そんなに褒めるなよー、はっはっは」

 

「いまのシオンの発言のどこに褒めるようそがあったのだ……!?」

 

 レオナが褒められる=自分が褒められる。ドロシーにとってはしごく当然の公式である。

 それがわからず愕然とした表情を浮かべるあろま。ふたたびため息をつくシオン。そんなこんなで特に理由もなく肩を並べて歩き始める3人。

 

「さいきんプリパラタウンにスイーツショップができたが、ふたりはもう利用したか? あそこのプリンアラモードはこの悪魔の味覚をもうならせるあじだったぞ!」

 

「ボクはドーナッツ食べたけどイマイチだったねー。あれ絶対に油つかいまわしてるでしょ。シオンは?」

 

「私はエクレアを食べた。中の濃厚なクリームと表面のブラックチョコレートが調和して、非常に美味だったな」

 

「「え」」

 

「む? どうかしたか?」

 

「ボク、シオンって和菓子しか食べないとおもってた」

 

「我もだ」

 

「おまえたちは私をなんだとおもってたんだ? というかドロシー、そもそも件の店にはお前と入ったはずだが……」

 

「え? ごめん記憶にないわ。そういうどうでもいいことはすぐにわすれちゃうんだよねー」

 

「なるほど、それならばしかたないな」

 

「どうでもいいと一蹴されたことをしかたないですますのか……。あしらい方が手なれておる……」

 

 こんな他愛のないことをくっちゃべりながら住宅街を闊歩していたが――、ドロシーは徐々に違和感を覚えてきていた。隣の2人も同様らしく、だんだんと口数が減っていく。……こいつら、いつまでついてくるんだ? いよいよだれも言葉を発しなくなった頃、ピタリと、三人の足が同じ建物の前で止まった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙が落ちる。

 チラリとドロシーが探るように視線をやれば、ふたりからも同様の視線が向けられた。

 なにかの間違いである可能性に期待したが、もはや確信せざるを得ない。

 この場にいる全員の目的地が、眼前の椏隈野商店であることを。そして全員の目的が――、椏隈野シドであることを。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 再度交差する視線。いつものドロシーであれば、ここで怒涛の追求を始めていただろう。いつ。どこで。どうやって。シドと知り合ったのだと。しかしこの瞬間、ドロシーは動けなかった。ただでさえ"恋"という感情を持て余しているのに、そのライバルと思しき相手が推定2人も出現したのだ。それも知人。ドロシーの思考回路はもはやショート寸前、どう対処すべきかさっぱり頭が回らなかった。どうすればいいか分からぬまま、助けを求めるようにすりガラスのハメられた店の引き戸に手をかけた。開かれる引き戸、その先には――

 

「シドお兄ちゃーん!」

 

「うおっ、いきなり抱きつくなよ。あぶないだろ、らぁら」

 

「えへへー♪」

 

 ――4人目がいた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 眼前の湯呑から、ゆらゆらと湯気が立っていた。

 座卓を囲むあろまとドロシー、そして己の前に湯呑を置くと、運んできたお盆を床に置いてシオンも席に着く。

 

「緑茶だ。これでも飲んで、ひとまずは気を落ちつけよう」

 

 シオンの言葉に、あろまとドロシーはコクリとうなずいた。

 3人は湯呑を手に取ると、ずず……と静かに飲む。

 あれから――、静かに引き戸を閉めると、3人は逃げるように店から離れていった。突然の事態に全員混乱していたこともあり、どこかで状況を整理しようという話になったのだ。話の性質上、だれかに聞かれたいものではなかったので、シオンの提案によりそのままシオン宅へと移動。

 シオンのイメージにたがわぬ和風建築の一戸建て。そのままシオンの部屋に上げられたが、これまたシオンのイメージにたがわぬ畳敷きの和室であった。気づかぬ間にだいぶ喉が乾いていたらしく、ほどほどに温めのお茶をあっという間に飲み干すあろま。空の湯呑を座卓に置くと、あとのふたりもちょうど飲み終えたタイミングだった。

 

「さて、まどろっこしい駆け引きは私の望むところではないし、おまえたちの望むところでもないはずだとおもう」

 

 そういってシオンは居住まいを正すと、真っ直ぐな瞳を自分たちに向ける。

 

「私は旦那さま……、いや、椏隈野シド殿に懸想している。もっとハッキリいえば愛している。――おまえたちも同じなんだろう?」

 

 曇りのない、力強い発言に気圧される思いだった。

 とっさに返事が出てこなくて、それでもなにか答えなければと惑うあろまより先に、ドロシーが声を上げた。

 

「そ、そんなことありえねーし! ボクがあいつに恋してるとかマジありえねーし!」

 

「ここでツンデレ!? 逆にバレバレではないか!」

 

「はあ!? だ、だれがツンデレだし! マジありえねーし! ……ま、まあ? あいつの方から告白してきたらまあオッケーしてやらないこともないけど?」

 

 人さし指で髪の毛をくるくるさせ、唇を尖らせながらそういうドロシー。

 

「う、ううむ……。よもやこやつの乙女顔をみせられる日がこようとは……」

 

 長い付き合いでもないが、ふだんの傍若無人ぶりを知っているだけに、違和感がすさまじいったらなかった。

 引き気味のあろまとは対照的に、シオンはしごく冷静だ。うでを組んで思案顔になる。

 

「ふむ、ここですなおに恋心を認めたなら、まあ妾になるくらいは許してやってもかまわなかったのだが……」

 

「ざっけんな! 正妻の座は僕のものに決まってんだろ!」

 

「もうかくす気がみじんもないではないか……」

 

 しかし妾になるくらいは許してやるという発言は、あろまにとってもいい気はしなかった。

 いまのシドはシオンのものではないのだ。おもわず不機嫌になると、シオンは「うむ」と納得したようにうなずく。

 

「これでハッキリしたな。つまり私たちは旦那さまを巡るライバル、というわけだ」

 

「だからちがうって!」

 

「ほう、それならばここから先の話はあろまとだけすることにしよう。帰っていいぞ」

 

「な……!」

 

「ほらどうした。このへやの出入り口ならそこだぞ」

 

「うぐぐ……!」

 

「もしかして玄関の場所をわすれたか? それなら連れて行ってやるが?」

 

「ぐ、ぐぅ……!」

 

 突き放すようなシオンに、いよいよドロシーが折れた。

 

「うっ……うう……、そうだよ! ボクはシドが好きだよ! 恋してる! 愛してるよ! 悪いか!?」

 

 ドロシーは顔を真っ赤にしながらも、シドへの愛を力強く宣言した。

 そのまぶしいほどの真っ直ぐさに、あろまは内心たじろいだ。

 

「よし、ではあらためて私たちの立場をハッキリさせたところで、ひとつ訊きたい」

 

「……なんだ?」

 

 見当はついていたが、たじろいだ心をごまかすために、あえてあろまは問いかける。

 

「さっき椏隈野商店で見た――、真中らぁらはどうだとおもう?」

 

 「ふん」と鼻をならすドロシー。決まりきったことを訊くなという眼だ。

 

「そんなのボクらに訊くまでもないだろー。完全に恋してる目だったじゃん」

 

「ドロシーはそうおもうか、あろまはどうだ?」

 

 シドに抱きついていたらぁらの姿を思い出す。赤く染まった頬に満面の笑顔。ただ親しいだけの相手に向けるには、あまりにも蕩けきっていた。

 

「……我もそうおもう」

 

「うけた印象は皆おなじ、か。今日だけでライバルが3人発覚……。さすがの私も驚いたぞ」

 

 にわかに眉をしかめたが、すぐにいつもの凛とした表情にもどるシオン。

 

「が、旦那さまの魅力を考えれば少ないくらいではあるな」

 

 どころか不敵な笑みを浮かべる。そこから伝わってくる強烈な自負。なにがあっても負けないと思っている顔だ。

 

「よくしらないけど、あいつって元々すごいバスケ選手だったんだろ? 隠れファンとか結構いそうだもんなー。ま、そんな"半端なやつ"に負ける気しないし、だれが相手だろうとボクが負けるわけないけどさ。もちろんおまえらにもな!」

 

 ドロシーもまた、あたり前のように自らの勝利を確信している様子だ。

 こうして見ると実に似た者同士である。

 チームを組んだのも必然だったのだなとあろまは改めて納得した。

 さておき、あろまはコホンと咳払いをする。ふたりの視線がにわかに集まる。

 

「ひとつ、汝らにはなしておきたいことがある」

 

「なんだ?」

 

「シドはらぁらのファンだ」

 

「ん? まあ、たしかにあれだけ親しげにしているのなら不思議ではないが」

 

「そうではない。シドは、らぁらが"プリパラのらぁら"であることを知らぬのだ」

 

 これに「はぁ?」と眉をしかめたのはドロシーだ。

 

「らぁらなんて珍名の持ち主がこの世にふたりといるわけないだろ!」

 

「だからこそではないのか? さしずめ芸名だとでもおもったのだろう」

 

「身なりがちがう、というのも大きいであろうな」

 

「それってお前らがすっとぼけてるだけだろー? ボクなら気づかないなんてありえないね!」

 

 胸を張るドロシーだが、常日頃の言動が言動なだけにおそろしいほど説得力がなかった。

 己が正体を現す前、なんどか道ですれちがってもまったく気が付かなかったことには触れないでおいてやるのが優しさだ。

 

「まあそれについてはどうでもいい。旦那さまがらぁらの正体に気がついていない、それだけの話だ。で、なにがいいたいんだ?」

 

「見なれた少女がじつは好きなアイドルだった……。これほどドラマチックな話はないのではないか?」

 

 「うげっ」とうめいたドロシーはそれがどういうことか即座に理解したらしい。

 つまりはこうだ――。それまで異性としてまったく意識していなかった少女が、ある日突然のカミングアウト。実は私……あなたの好きなアイドルの◯◯だったの! なんだってー!? そして一気に近づくふたりの距離――。謂わばラブコメの王道展開である。

 もちろん現実が物語のように推移するわけもないが、ギャップというのは往々にして強いカードとなり得るのだ。切り方によっては、あっという間に勝負を着けられてしまう可能性すらある。

 という意味で危機感を煽るつもりだったのだが、しかしシオンは"ドラマチック"という部分に強く反応した。

 

「ドラマチックか……。たしかにこの言葉ほどおそろしいものはないな。真中らぁらが関わると、何もかもがドラマチックに回天していく……」

 

 たしかに――、らぁらがデビューしてからというもの、プリパラでは大イベントばかり立て続けに起こっている。そしてそのすべてにおいて、彼女は中心人物のひとりであり続けた。あろまはそれらを知識の上でしか知らない。しかし当事者として間近で見てきたシオンには、あろまには見えないものが見えたようだ。

 

「……運命論者ではないが、ここまで来ると真中らぁらにはなにかがあると認めざるをえないな」

 

 鋭い眼光を浮かべるシオン。一方でドロシーはだるそうな表情でいう。

 

「なにがあろうとどうでもいいけどさー、それでこれからどうすんだよ」

 

「そうだな。らぁらとはさっそく明日にも接触するとしよう。……赤の他人同士ならばともかく、私たちにはまず話し合うべき事があるからな」

 

「話し合うべきこと? テキトーに宣戦布告しあって終わりじゃないの?」

 

 首をかしげるドロシー。

 あろまもまたなにを話し合うつもりなのか不思議だったが、シオンはこの場で話す気はないようだった。

 

「なんにせよ明日だ。今日はここで解散としよう」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 翌日のお昼休み。らぁらを校舎裏に呼び出したシオン一行。

 もちろんその場でフクロにするつもりではないし、告白するわけでもない。いや、ある意味では告白することにはなるのだが。

 とまれ唐突な呼び出しにも関わらず、らぁらは実にあっさり、そして喜々として自分とシドの関係を口にしたのだった。

 

「シドお兄ちゃんとの関係? 幼なじみだよ! いつも遊んでくれたんだ!」

 

「ふん、それで将来の夢はシドのお嫁さんとかいうんじゃないだろうな」

 

「え! なんでわかったの? オトナになったら結婚するって約束をしてるんだ!」

 

「マジかよ……」

 

 絶句するドロシー。その気もちはシオンにもよくわかった。

 シドと"幼なじみ"で"結婚の約束"までしているときたもんだ。あまりにも強すぎるバックボーン。やはり最大の敵はこいつだと、シオンはひとり納得していた。

 

「てか昔の約束なんてノーカンだろー? シドだって絶対まじめに受け取ってないって」

 

「うっ……、じつはわたしもそう思ってるんだよね……。でもそれくらいじゃあきらめないよ!」

 

 両手を握って笑顔でガッツポーズを取るらぁら。嫌味もなく、その姿にはどこまでも真っ直ぐな印象を与えられた。だれからも愛されるのは、きっとこういう娘なのだろう。"恋敵"という視点で見てみれば、なんとおそろしい相手だろうか。シオンでさえもにわかに気圧される状況で、ためらわずストレートを放ったのはドロシーだった。

 

「ふーん、ま、シドはボクがもらうけどね」

 

「え?」

 

 繰り出されたドロシーの言葉に、らぁらは笑顔のまま固まる。

 

「聞こえなかった? シドはボクがもらうっていったんだよ」

 

「それって、どういう、ことかな?」

 

「にっぶいなー! つまりシドとはボクが恋人になるから、らぁらはあきらめろっていってんの!」

 

「……」

 

「そもそもボクがいる時点で失恋確定なんだから、わざわざあきらめる機会をあたえてやったことに感謝しろよな!」

 

 そういってビシっと指差すドロシー。怒涛のドロシー節である。

 こちらもまたある意味では真っ直ぐだが、らぁらに対する多少の怯懦が透けて見えるのは、そこそこ長い付き合いのシオンだからか。

 意味を捉えかねたらしくポカーンと固まるらぁらだったが、すぐにハッとした表情になった。

 あわてた様子で両手を振り上げて声を張り上げる。

 

「だ……、だめだめだめー! シドお兄ちゃんはぜーったいにわたさないんだから!」

 

「なんだよー! お前のスローガンは『みーんなトモダチ』なんじゃないのかよ! トモダチなら譲り合いの精神を持てよ!」

 

「あれはプリパラ限定のスローガンだもん! 現実世界でみんながみんな無条件でトモダチになれるなら、戦争なんて起きないよ!」

 

「お、おぉう……」

 

 らぁらの口から飛び出した社会派な返答が予想外だったのだろう、怯んだ様子のドロシー。

 

「ドロシーよ、そもそも一方的に差し出させることを譲り合いとはいわないぞ」

 

「シオン! おまえはどっちの味方なんだよ!」

 

「なにを異なことを、敵も味方もあるものか。旦那さまはすでの私のものなのだからな」

 

「ああそうだ! こいつはそういうやつだった!」

 

 そもそも理屈の上でも感情の上でもドロシーに味方する理由などないのだが、そのあたり都合よく忘れるのがドロシーがドロシーたる所以であろう。

 地団駄を踏むドロシー。らぁらは「まさか……」とつぶやく。

 

「旦那さまって……もしかして……」

 

「らぁらが想像したとおりだ。――私も椏隈野シドに恋をしている」

 

「ドロシーさんに、シオンさんまで……ということは!」

 

「もちろん、そこにいるあろまも同様だ」

 

 驚きの表情を浮かべるらぁら。

 その驚きようといったら、『ガガーン』という大文字が背後に見えそうなほどだった。

 この瞬間までそんな人間が出てくるとは夢にもおもっていなかった――、そんな様子だ。

 物事に対して楽観的なのは、それが色恋沙汰であっても変わらないらしい。

 シオンはらぁらが驚いているうちに話を進めることにする。

 

「さて、ここに集まったのは旦那さま――いや、シド殿と呼ばせていただこうか、を恋い慕う者たちとなる」

 

「こ、恋って……」

 

 この期に及んで頬を染めるドロシー。

 普段の口汚さとひねくれっぷりを知っているシオンとしては、いささか初すぎる反応に驚きがないといえばウソになる。

 が、良くも悪くもドロシーの感情表現がストレートであることもシオンは知っていた。

 

「いまさら隠す理由もないだろう。つまるところ、われわれ4人は恋敵ということになる」

 

「……それで、結局の所なにがいいたいのだ?」

 

 それまで黙っていたあろまが口を開いた。

 どこか精彩の欠けた表情が気になったものの、本人も触れられてほしくはなさそうだし、ならばシオンも触れる気はない。

 

「話は簡単だ。ひとまずの休戦を申し込みたい」

 

「……は?」

 

「期限はアイドルドリームグランプリが終わるまで、それが終わるまでは一切のアタックを禁じる。悪い話ではないと思うが」

 

 そういって3人を見回せば、案の定というべきかドロシーが噛み付いてきた。

 

「なんで休戦なんかしなくちゃいけないんだよ!」

 

「逆に聞くが、プリパラとシド殿を天秤にかけられるのか?」

 

 「うっ」と、言葉に詰まるドロシー。ふたたびその場を見回せば、らぁらとあろまも神妙な顔をしている。つまり、これがこの場にいる全員の総意だった。

 どちらも大事で――、だからこそどちらにも手を抜けない。

 しかしながら、なにもかも抱え込めるほど自分たちの両手は決して大きくはないのだ。この状況で恋の鞘当てをはじめた結果、ドリームグランプリに身が入らず、醜態をさらすような真似でもしたら目も当てられない。万が一そのようなことになれば、シドに対しても、プリパラに対しても、二度と顔向けが出来なくなるだろう。

 

「あらためて問おう。――返答やいかに?」

 

 真っ先に応じたのはらぁらだった。

 

「わかった! わたしもドリームグランプリのあいだは、そっちに全力をそそぐよ!」

 

「まあ、しょうがないか……。ボクとちがってお前たちはひとつのことにしか集中できないもんな。休戦してやることに感謝するんだな!」

 

「……我も休戦に応じる」

 

 それぞれの返答にシオンはうなずく。ここに盟約は成ったのだ。

 

「よし、話はまとまったな。イゴよろしくたのむ。……まあ、どうせドリームグランプリの勝者はこの私である以上、いらぬ休戦で終わるかもしれんが」

 

「わたしだってぜったいに負けないよ! 神アイドルになったすがたを見せるって――、シドお兄ちゃんと約束したんだから! ドリームグランプリなんかで負けてられない!」

 

「ふざけんなお前! どんだけこっちのハードル上げようとしてんだよ!」

 

「ええー!? なんで怒られるのー!?」

 

 らぁらの胸ぐらを掴んでぶんぶん振るドロシー。高まるらぁらの戦闘力にさしものシオンも生唾を飲み込む。幼なじみで正体を知られていないにも関わらずシドはアイドルとしてのらぁらのファンで、あげくの果てには幼い日の約束までしてるときたもんだ。囲碁の世界で並み居る強豪たちと競い合っていた頃にもついぞ感じたことのない緊張感。――たぎる!

 

「では――、くれぐれも入浴中に乱入したり寝込みを襲って既成事実をつくろうなどとはするんじゃないぞ。私も我慢する」

 

「そんなことお前しかやらねーよ。っていうか休戦期間おわってもやるなよ? いいな? フリじゃないぞ?」

 

「ねえねえ、既成事実ってなに……。な、なんでこわい目で舌打ちするのドロシーさん……?」

 

 かくして――、その場はまとまったのであった。

 その場からひとり、うつむいて立ち去っていった少女にだれも気がつくことなく――

 

 

 

 

 

 

 

 

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