アクマの使徒になりました   作:草陰

2 / 12
2話 天使のような、悪魔のような

 

 

 

 ピピッと、左手に巻いた腕時計から短いアラーム音がした。

 あいも変わらず閑古鳥が鳴きますは椏隈野商店。店長代理の椏隈野シドは、今日も今日とて店の奥に鎮座し、客が来るのをひたすら待ち構えている。

 ふたたびピピッとアラーム音。眠気覚ましも兼ねて、30分ごとに鳴るように設定してあるのだ。

 いつもであれば、この音を聴くことが唯一の楽しみだった。アラームが鳴るたびに、この退屈な店番にもいずれ終わりの時が来ると実感できたからだ。

 まったくもって後ろ向きな話だが、シドにとってはそれほどまでに退屈な時間だったのだ。だがそれも――、以前までであれば、になる。

 

「……あと、10分くらいか」

 

 そうシドが見立てたところで、店のドアが開け放たれた。

 店内に流れこんだ新鮮な風と共に、元気のいい声が店内に響き渡る。

 

「お兄さん、こんにちはなのー!」

 

 ぱっちり見開かれた大きな丸い瞳に、曇りのない笑顔。天真爛漫を絵に描いたような少女が立っている。シドも自然と口元にほほ笑みを浮かべると、少女――白玉みかんを歓迎する。

 

「いらっしゃい、みかん。あろまはどうした?」

 

「う、うしろにおる……」

 

 ぬっと、みかんの背後からあろまが出てきた。ぜーぜーと息を切らしながら店に入り、崩れ落ちるようにテーブルの指定席に座り込んだ。みかんもまた向かい側の席に座る。

 

「ど、どうしたんだあろま。ずいぶん顔色が悪いぞ」

 

 おそるおそる話しかけると、あろまはいつにもまして青白い顔でシドを見る。

 

「なにを異なことを……。悪魔たる我のかおいろはこれこそが標準よ……」

 

「悪魔というより屍人の顔色にしか見えないが……」

 

「……校門を出てすぐ、みかんが走りだしたのだ。それを追いかけてきたらこのざまよ……」

 

「それはそれは……」

 

「走ってくるだけならたいしたことではない……。だが、我が天使にはりっぱな羽が生えておるからな……。悪魔のちいさな翼ではおいすがるだけでせいいっぱいだ……」

 

 なにを隠そう、みかんは体力テストの持久走における女子新記録を保持していた。"小学生女子"ではなく"女子"というのがミソだ。聞くところによれば、中学生女子の記録までぶち抜いたというのだから恐れ入る。この才能差ばかりは努力だけで埋め合わせられるものではない。むしろよく追いすがれものだとシドは思う。「我はしばらく休む……、デビ」という言葉を最後に、あろまはとうとう突っ伏した。同時に、みかんは笑顔とともに口を開く。

 

「あろまは今日ずーっとお兄さんにあいたそうにしてたの! だから、これぐらい急いだほうがいいのかなっておもったの!」

 

「そうだったのか」

 

「そうなの! それにね! 今日だけじゃなくて、おみせにいく日は学校でいっつもそわそわしてるの! このおみせに来るときはいつよもり歩くペースがちょっとはやいなの!」

 

 ここまでいわれてシドは合点する。

 あろまがついて来られて、尚且つ最短時間でこの店まで来られるよう、みかんなりに走るスピードを調整していたということだ。ぐったりしてるあろまを見る限り、もうちょっと容赦してやれよと思わないでもないが。にしても――。

 

「あろまはこの店に来ることをそこまで楽しみにしてくれていたのか……。うれしいじゃねえか」

 

 脳裏に過ぎ去るあろまとの日常。それはもうここに書ききれないほどあった。

 実は一月程度の付き合いしかないが、人間関係は時間じゃない、密度だ。ぶっちゃけると今と同じく丸イスに座って駄弁ってただけなのだが、密度……、あったよな……?

 い、いずれにせよ当初の目的は達せられたことになる。シドは己の努力が実った感慨にひたろうとして――、被せられるようにみかんの声。

 

「それはちょっとちがうの」

 

 視線を向ければ、いつになく透き通ったみかんの眼差し。

 シドはわけもなくたじろぎつつも、何事もなかったかのように応じる。

 

「どういうことだ?」

 

「あろまはね、お兄さんのことがだいすきなの!」

 

「俺を?」

 

 おもわずキョトンとするが、にこにこ顔のみかんを見る限り本当のことらしい。無論、店員としてそれだけ気に入ってもらえたということだろう。いわれるほど大層な接客をしたつもりはないが、そういってもらえれば商売人冥利につきるというものだった。

 

「もちろんこのお店のことも好きだけど、それよりもっともっともーっとお兄さんのことが大大大だーい好きなの!」

 

「マジかよ……。そいつァ照れるな」

 

「ちょ、ちょっとまったー!」

 

 ガバッとあろまが起き上がった。

 

「なにかおおいなる誤解があるようだから訂正しておくが、我はだんじてそわそわなぞしておらぬし仮にそわそわしていたとしてもそれはこの店に来れば汝に会えるからなどということは決してありえないわけでっ」

 

「はじめてお兄さんと会った日にね? とってもすてきなお兄さんとお知り合いになれたって、うれしそうにいってたなのー!」

 

「ほう」

 

「そ、そんなことはいっておらん!」

 

 バン! とテーブルを叩くあろま。もう耳まで真っ赤だ。

 

「あれは……、その、なんだ? ……そう! 我の眷属にふさわしい漆黒の闇をせおった男がみつかったといっただけだ!」

 

 無論、それがあろま流の褒め言葉なのだとは理解しているが――、うれしくねえ。

 なんだ漆黒の闇を背負った男って。ジョーカーとかレクター博士みたいな男のことだろうか。やっぱりうれしくねえ。

 

「ちなみに! 眷属候補はほかにもやまほどおるのだ! こんかいはたまたま汝が選ばれたというだけのこと! 名誉にこそおもえど己が我のとくべつなどとうぬぼれるでないぞ!」

 

「うそなのー。あろまが男の人とこんな楽しそうにおしゃべりしてるのなんてはじめて見……」

 

「みーかーんー!」

 

「ひはいのー。くひひっぱるのやめへほひいなのー!」

 

 テーブルに身を乗り出して、みかんの頬を両手で引っ張るあろま。それをほほ笑ましく眺めるシド。すっかり恒例となったじゃれあいを終えると、あろまは憮然と椅子に座り直す。

 

「まったく……。これより呪いの儀に入る。よういせよ、みかん」

 

 あろまの言葉にみかんが初めて表情を曇らせる。

 

「がっこうの宿題なのー……。やりたくないけどやらないといのこりになっちゃうなのー……」

 

「これは我らがより高次に至るためのすうこうなる儀式である。我が眷属よ、なんびとの介入をもゆるすでないぞ」

 

 あろまの言葉にシドは力強くうなずく。

 

「大丈夫だ、ここ数日あろまとみかん以外の客が来たことはない。のびのびと勉強してくれ」

 

「そ、それはそれでこの店はだいじょうぶなのか……?」

 

 心底不安げな表情を浮かべるあろまだったが、たぶん大丈夫。まったく客は来ないし売上も惨憺たるものだが、経営的にはどっかで帳尻を合わせてるはずだ。シドはそう信じている。

 さておき――、ふたりは背負ってきた学校カバンから筆記具とプリント類を取り出し、テーブルに広げたのだった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 カリカリとシャーペンの音だけが店内に響く――

 

「うう……」

 

 ――訂正。主にみかんのうめき声しか聴こえない。宿題のプリントを前に頭を抱えており、すっかり見慣れたいつもの光景だ。一方、テーブルの向こう側に座るあろまは、真剣な表情で黙々とシャーペンを走らせている。ぶ厚い本を「本当に読んでるのか?」という速度でめくりつつ、すぐ隣に置いたレポート用紙になにやら書き写していた。

 曰く、"つかえそう"な言葉をピックアップしているそうだ。もちろん宿題でもなんでもない。これもまたすっかり見慣れたいつもの光景だ。あれはいつのことだったか――。以前「あろまは宿題をやらなくていいのか」と聞いたところ、抜き打ち小テストの成績がよければ免除されるらしい。

 

『へー、頭いいんだな』

 

『べ、べつにたいしたことではない。学校教育など教科書いじょうのことはやらんからな。さいあくでも予習さえしっかりやっていれば、高成績をとることなぞたやすいのだ』

 

 シドの言葉に、ほめられ慣れていないのか頬を染めて応じるあろま。ぐうの音も出ない優等生っぷりである。だれもがそれをできれば苦労はないのだよあろまくん……。

 

『あろまは昔からあたまがよくてすごいの!』

 

 すすけるシドとは対照的に、まるで自分のことのようによろこぶみかんが天使すぎてつらかった。もっとも、そんなみかんも時間さえかければちゃんと問題の答えを導き出せるのだから、決して地頭は悪くない。

 

「うう……」

 

 まだしばらくみかんのうなり声は続きそうだが、いずれ、きっと、答えを導き出してくれるはずだ。シドはそう信じている。あろまはいつのまにかぶ厚い本を閉じており、レポート用紙と向い合って何やらぶつぶつと呟きはじめていた。

 

「この単語はこれにおきかえて……。いや、これではかえって耳にのこらぬな……。この言葉はこのままでいくほうがぶなんか……」

 

 曰く、ピックアップした言葉を、実際につかえるよう調整しているそうだ。

 いくら文面はかっこよくても、口にして映えるかどうかは別問題、ということらしい。

 かくして、それぞれの時間が流れていく……。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「肉まんおいひーのー!」

 

 喜色満面、ごほうびの肉まんを頬張るみかん。宿題を終えた直後はさっきまでのあろま並にグロッキーな顔色だったが、すっかりいつもの元気なみかんだ。あろまは紙パックのブラックコーヒー(ミルクとシュガー入り)を、ストローでちゅーちゅー吸っている。

 すっかり日常となった光景。シドは以前から気になっていたことを、そろそろ頃合い良しかと問いかけてみることにした。

 

「なあ、あろま」

 

「どうした、我が眷属よ」

 

「パプリカ学園って立派な図書室があっただろ? そこでやったほうが捗るんじゃないか?」

 

 シドの問いかけに、あろまはこころなし唇を尖らせて答えた。

 

「……もちろんふだんはそこでやっておる。だが、悪魔であってもときには気分転換がひつようなのだ」

 

「そうなのか」

 

「そうなのだ」

 

 ふたたびコーヒーをちゅーちゅー吸い始めたあろまを横目に、シドは内心うなずいていた。たしかに気分転換は大事だ。あろまたちと知りあう以前を思い出して実感する。そしてその気分転換のために――、この店を利用してくれている事実がなによりもうれしかった。

 

「なあ――、あろまとみかんはプリパラでユニット組んで活動してるんだよな?」

 

「うむ」

 

「そうなのー!」

 

「今度いつライブやるか教えてくれよ。チケット買って見に行くからさ」

 

 まだ体調面での不安は残るが、その日に合わせて整えればなんとかなるだろう。

 しかしシドの言葉に、あろまの表情は曇った。

 

「気もちはうれしいが――、汝が我らのライブを直接見ることはほぼふかのうだ」

 

「え……、そんなにチケットの競争倍率が高いのか?」

 

「そのとおりだ! ……といいたいところだが、そもそもプリパラは男子禁制だからだ」

 

「……ああ、なるほど」

 

 そりゃムリだ。シドはあっさり納得する。考えても見ればプリパラは未成年の女の子ばかりなのだ、警備の面から色々と縛りがあるのは当然か。

 

「いちおう、ちょくせつ見るほうほうがないこともないが……」

 

 チラと横目でシドを見るあろま。ほんのりと頬を赤く染めている。

 もしや、その方法とは。

 

「……おいおい、俺に女装趣味はないぞ?」

 

「ちがうわ!?」

 

「なんだちがうのか……」

 

「あたりまえだ! っていうかなんでちょっとざんねんそうなのだ……!?」

 

 おい、なんだその不安げな眼差しは。若干引き気味なのは気のせいではないだろう。

 どうもとんでもない勘違いをされている気がする。シドはあわてて訂正を入れる。

 

「女装しないで済んだからホッとしただけだって。マジで」

 

「そうなのか……?」

 

 まだすこし疑わしげだったが、「まあよい」とあろまは気を取り直した様子で続ける。

 

「そもそも、女装程度でプリパラのセキュリティをあざむけるわけがなかろう」

 

「じゃあ、その方法ってのは?」

 

「……ふん。いずれにせよ眷属になりたてのお前にプリパラはまだはやい。ときが満ちるまでせいぜい研鑽するがよい!」

 

「お、おう?」

 

 ビシっと人差し指を突きつけるあろま。なにを研鑽すればいいのかさっぱりわからないので、とりあえずあいまいに相槌を打っておくシド。

 

「で――、直接ライブを見るのがムリなのはわかった。けど、ほかに見る手段はあるんだろ?」

 

 シドはこれまでプリパラというものにまったく興味を示さず生きてきた。

 なので無知もいいところだが、同じ部の連中が『プリパラの誰それがカワイイ』という話で盛り上がってるのを目にしたことくらいはある。つまりは男でもライブを見るための手段が何かしらあるということだろう。予想通り、あろまは「うむ」とうなずく。

 

「それについては安心してよいぞ。たとえば地上波のプリパラTVチャンネルでながれることもあるが――、これはあまりオススメできんな」

 

「どうしてだ?」

 

「ながれてくるライブ映像はランダムだからだ。我らのライブがいつ放映されるのかわからん。……もっとも、人気アイドルなら優先的にライブ映像をながしてもらえるのだがな。みとめるのは癪だが、我らはまだその域に達しておらぬのだ」

 

 むすっとした表情になるあろまだったが、すぐに気を取り直して続ける。

 

「かくじつに見るならやはりネット配信だろうな。我らのユニット名で検索をかければすぐに見られるぞ」

 

「ユニット名はなんていうんだ?」

 

「我らのユニット名は――」

 

 口にしかけて、あろまはふとなにかに気がついた表情を浮かべた。

 次いで、口元にニヤリと笑みを浮かべる。

 

「我が眷属にさいしょの試練をさずける! しゅだんは問わぬ。プリパラにて活動している我らがユニットをみつけるのだ!」

 

「えー」

 

 面倒くせえ。でもまあ、あろまの名前で検索かければ一発だろう。

 しかしそんなシドの安易な考えを一蹴するかのように、あろまはさらに笑みを深めた。

 

「ククク……。さきにいっておくがそう簡単なものではないぞ? 本名で活動しておるとはかぎらぬし、プリパラにはいれば容姿もかわる……」

 

「む」

 

「さあ、この条件下ではたして我らをみつけることはできるかな? ククク……はーっはっはっは!」

 

 そういって高笑うあろまはまさに悪魔……!

 まあ実際には小悪魔というか、いたずら少女といった可愛らしい風情だが。

 いずれにせよ検索難易度が一気に跳ね上がってしまった。これは骨が折れる作業になりそうだと生唾を飲み込むシドに、みかんはあっけらかんと答えた。

 

「じぇるーん! でもみかんたちは本名でかつどうしてるし、容姿もあんまりかわってないなのー!」

 

「こ、こらみかん! よけいなことをいうでない!」

 

 天使のひとことで一気に難易度が下がった。ついでとばかりにみかんに問いかける。

 

「みかん、ふたりのユニット名はなんていうんだ?」

 

「えーっとね! あろ――」

 

「みーかーんー!」

 

「おこっちゃいやなのー!」

 

 狭い店内で追いかけっこをはじめるふたり。

 ここで再度みかんに問いかければユニット名を教えてもらえそうだが――、追いかけてるあろまが涙目だからやめておこう。

 

「しかし"あろ"から始まるユニットか……。アロエリーナ?」

 

「そんなゼリーみたいな名前ではない!」

 

 あら、聞こえてたか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぐぐ……。ようやく我の悪魔っぽいところをシドにひろうできそうだったというのに……」

 

「聞いてアロエリーナー、ちょっといいにくいんだけどー、さいきんあろまが乙女なのー」

 

「お、乙女ちがうわ!」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。