アクマの使徒になりました   作:草陰

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3話 プリパラ名鑑なんてものはない

 

 

 

 あろまとみかんのユニット探しは、想定していた以上に困難な道のりになりそうだった。

 店の二階は居住スペースとなっており。かつて父親が使っていた部屋を、シドは自室として使っている。パイプベッドに寝転がりながら、タブレットPCで情報収集をしているシドはそう思い始めていた。"あろ"から始まるという大ヒントはあったものの、そもそもプリパラユーザーの総数が信じられないほどに膨大なことが発覚。軽く数百万人いることを考えれば、"あろ"から始まるユニットもまたわんさかいることは想像に難しくなかった。

 実際にプリパラ公式サイトで検索をかければ、1ページにつき10ユニットが何十ページとあったのだから、もうゲンナリだ。素直に1ページずつ調べるなんてぶっちゃけ冗談ではなかった。せめて少しでもいいから作業効率を上げたい。そういえば――。部活の後輩の一人がプリパラにお熱だったことを思い出して、早速スカイプを起動した。

 

「おまえプリパラにくわしかったよな?」

 

「ひさしぶりに連絡が入ったと思ったら……、なんですか藪から棒に」

 

「くわしいお前に訊きたいことがある」

 

「えー……。そもそも何をもって詳しいとするかは、人によって意見が別れるところだとおもいますが……」

 

 後輩がどうにかこの会話から逃れようとしていることを、シドは即座に看破する。その気持ちはシドにもよくわかる。誰だってプライベートまで理不尽な先輩に拘束されたくはない。しかし己の立場からすれば、なだめすかしのムダな駆け引きで時間を空費させられるのも御免だった。

 なのでさっさとカードを切ることにする。

 

「合宿で部屋にひとりきりになった時、ここぞとばかりにアイドルのブロマイドを取り出してハァハァしてたじゃねーか。そんな奴が詳しくないわけがない」

 

「どういう理論ですかそれ……? っていうか見てたんですか……?!」

 

「詳しくなかったらただの変質者で救いようがないだろ。あと右手がポケットの中で動いてるところまでバッチリ見た」

 

「変質者て……。あ、あれはただ純粋に愛でていただけであってですね……?」

 

「気にするな、だれにもいいやしねえよ。それで本題なんだが」

 

「か、完全に脅迫じゃないですか……。まあ、答えられることなら答えますけど……」

 

 実際だれにもいう気はないが、それを再三口にしたところで後輩が信頼するかどうかは別問題だろう。後輩の妙に投げやりな態度をスルーして、シドは続ける。あろまたちのことを教える気はなかったので、虚実織り交ぜて。

 

「たまたまプリパラTV見てたらかわいい女の子が出てたんだよ。その時はあんまり気にならなかったんだけど」

 

「あとから気になって調べようとしたら名前を控えるのを忘れて困ってる、ってところですか」

 

「そんなところだ」

 

「で、プリパラの公式サイトに行って思い当たる単語で検索をかけてみたら、その情報量に圧倒されたんでしょう?」

 

「ああ、まったくその通りだ。よくわかったな」

 

「ま、よくあることですからね。だから俺くらいのプリ通になると、ちょっとでもビビッときたアイドルは即メモする習慣がついてますよ」

 

 さっきまでの投げやりな態度はどこにいったのか、キビキビと応える後輩。あまりにも気取った声に、ドヤ顔でメガネをクイッと持ち上げる姿を幻視してわけもなくイラッとする。

 『プリ通』ってなんだこの野郎。変な造語でっちあげてんじゃねえぞ。だいたいメガネなんてかけてねえだろテメェ! 無性に頭を引っぱたいてやりたい気持ちに駆られたが、スカイプ越しだからそれも叶わない。

 

「それで、なにか効率的に調べる方法はないか?」

 

「俺ならまずプリパラ名鑑を開きますね」

 

「プリパラ名鑑?」

 

「その年に人気のあったアイドルをまとめたデータブックです」

 

「なら人気がなければ載ってないってことだろ?」

 

 やれやれとため息をつく後輩。

 

「だから"まず"なんですよ。それでもし見つかれば、数が絞られてる分だけ効率的でしょう?」

 

 たしかにその通りだった。

 いずれにせよほとんど総当りで調べる必要があるのだから、やってみる価値は充分にある。

 

「とりあえずやってみるか。助かった、ありがとう」

 

「うえ……」

 

「ん?」

 

「先輩から素直に感謝されるとなんだか気持ち悪いですね……」

 

「オイコラ」

 

「じょ、冗談ですよ……。あ、そうそう。たまには部室に遊びに来てくださいよ。ほかの先輩方も待ってますよ!」

 

「……ああ、そのうちな。切るぞ」

 

 早速電子書籍版を購入すると、タブレットで開く。

 表紙に書かれた1500ページに収録アイドル1万人という数字に度肝を抜かれたが、しかしふと冷静に考えてみる。1万人と聞けば大人数だが、プリパラユーザーの総数からすればわずか1%にも満たないのだ。つまりプリパラ名鑑に収録されているアイドルというのは、まさに一握りの選ばれしアイドルということだった。

 

(……あんまり、期待しないほうがよさそうだな)

 

 もちろん、シドはあろまとみかんのことを可愛らしい少女たちだと思っている。だが、それとアイドルとして人気者になれるかどうかはまた別の話だろう。心情的にはすでにあきらめムードだったが、とにかく検索だけはかけることにした。

 

(ユニット名については、あとでみかんにこっそり教えてもらうとするか)

 

 程度はどうあれ調べたという事実は残るし、あろまに対する義理もこれで果たしたことになるだろう。電子書籍の検索窓に『あろ』の文字を入力すると、検索ボタンをタップした。最初にスクロールしたページを、何の気なしに読み上げる。

 

「えー、アロマゲドン……、ね。悪魔のあろまと天使のみかんによるユニットで……」

 

 添えられた写真に映っているのは、今のあろまとみかんを成長させたような外見の少女ふたり。

 あっさり見つかってしまった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 翌日。しとしとと雨が降っていた。

 昔は雨の日があまり好きではなかった。わけもなく気持ちが沈み込んでしまうからだ。けれど今はちがう。雨音に耳をかたむけていれば、わずらわしいことを考えることがなくなるからだ。いつになくリラックスした気持ちで店番をしていると、いつも通りの時間にあろまだけが訪れた。

 

「店主よ、我が来たぞ」

 

「やあいらっしゃい」

 

 あろまがビールケースの傘立てに傘を入れたのを確認すると、シドは問いかける。

 

「みかんはどうしたんだ?」

 

「補習だ」

 

「え……、宿題はちゃんと済ませただろ?」

 

「小テストの成績がわるかったのだ」

 

 ふう、とため息をつくあろま。あろまのクラスでは抜き打ち小テストがあるという。これで高成績を取れば宿題が免除されるそうだが、逆に悪い成績を取れば補習をやらされるそうだ。

 

「今回の小テストは我から見てもなかなかむずかしかった。みかんのみならずほとんどの生徒が補習をうけることになっていたから、おそらく長丁場になろうな」

 

 基本的に小テストの内容はたいしたものではないが、時々急激に難しくなるそうだ。おそらく生徒たちに活を入れる意図があるのだろうとは、あろま談。初めてシドとあろまが出会ったあの日、みかんが不在だったのもちょうどそのタイミングだったらしい。

 

「ほんらいであれば、今日はみかんとセリフあわせをする予定だったのが……。すっかりスケジュールに穴があいてしまった」

 

「プリパラでダンスのトレーニングとかできないのか?」

 

「あそこのトレーニング施設は予約制なのだ。おそくとも前日には予約しなければつかわせてもらえぬのだ。それに、ひょっとしたらみかんが早く抜けてくるかもしれんしな」

 

 そういってあろまはいつもの席に座ると、テーブルに頬杖をついた。

 

「気だるそうだな」

 

「なにもやることがない日など、ひさしくなかったからな。文字どおりヒマをもてあましておるのよ」

 

「それなら丁度いいな」

 

「む?」

 

 そういって片眉を上げるあろま。シドが手招きすると、怪訝な表情を浮かべつつもトコトコとカウンターにまで寄ってくる。すっとシドがスマホを差し出すと、目を見開いた。

 

「これは」

 

「いわれた通り、ふたりのユニットを見つけてきたぞ」

 

「ほう……。なかなかやるではないか! さすが我が眷属と褒めておこう!」

 

「お褒めいただき恐悦至極に存じます」

 

 胸を張って高笑うあろまに、頭を下げるシド。

 お約束のやり取りを終えると、改めて話を続ける。

 

「ところで、なんでふたりは成長してるんだ? プリパラに入ると成長できるのか?」

 

「あれは"成長"というより"変身"といった方がただしいな。プリパラは自分の意思で容姿をいじることが可能となっておるのだ」

 

「いじるって……、大丈夫なのかそれ?」

 

「なんでもプリパラに入ると一度身体がデータ化されるそうだ。容姿を変えるといっても0と1の数列をうごかしているだけだから、元の肉体にはなんの影響もない、ということらしいぞ」

 

 プリパラというのは思いのほかSFじみた施設のようだった。いずれにせよ、実際に何百万人という少女たちが利用して何事もないのだから、シドが心配するようなことはないのだろう。

 

「にしてもすごいじゃないか、プリパラ名鑑に載ってるなんて! 見つけた時はびっくりしたぞ!」

 

 素直な気もちから賞賛するシドだったが――、あろまの表情は陰った。予想外のリアクション。動揺するシドに、あろまは口を開く。本人はいつもの態度を装おうとしているようだが、声の響きからは苦々しい感情を隠しきれていなかった。

 

「……我らがのっていたのは巻頭の"期待の新人コーナー"。デビューから1年以内のアイドルだけでくまれた特集ページだ」

 

「……?」

 

「統計によれば新人のおよそ2割がそこにのれるそうだ。ほんきで神アイドルを目ざすのであれば、こんなのはのってあたり前……。なんの自慢にもならん」

 

 載れない8割から見れば充分すごいのでは――? 口にしかけてシドはつぐんだ。勝負の世界において、その仮定になんの意味もないことは、身を持って理解している。だが、それでも選出されたこと自体はめでたいことではないのか? どうしてこんな苦々しい声なのか。

 怪訝な表情をしているシドに気がついたのか、あろまはにわかに逡巡した様子で口を開いた。

 

「……我のような新人にとって、ほんとうに価値があるのはそのさきのページよ」

 

「その先のページ?」

 

「"レギュラー枠"と、その道につうじた人間からはよばれておる。通常ならはやくてもデビューから二年目……、平均して三~四年とキャリアをつんだアイドルがのる枠だからそういわれている。名実ともにトップアイドルだとみとめられた証だな」

 

 なら新人が載らないのは当然じゃないのか? そんなシドの疑問を先取るように、あろまは続ける。

 

「……ときおりいるのだ。そんな"レギュラー枠"に新人でのるアイドルが、な」

 

「それは」

 

「もちろん、そのようなアイドルは例外もいいところだ。10年で5人いるかいないか。年にひとりもいればその年は大さわぎよ。だからいまは新人コーナーにのれただけでも良しとするべきだし、我にだってそのていどの分別はついておる。……例年どおりであれば、な」

 

「?」

 

「……4人だ。ことし、レギュラー枠に新人が4人ものったのだ。我らと同じ新人がそれだけのってしまえば、いやでもいしきせざるをえまい? 比較して劣っているとはだんじておもわぬが、それでも、な」

 

 沈んだ声で、あろまはそう締めくくった。外から入ってくる雨音が、やたら大きく聞こえる。暗くなってしまった空気を払拭するために、シドは意識して陽気な声を出す。珍しく弱気なあろまを、これ以上見たくないという気持ちもあった。

 

「ま、俺としては助かったよ。おかげであろまたちのことをあっさり見つけることができたんだから。それに、楽しみもひとつできたからな」

 

「たのしみ?」

 

「来年のプリパラ名鑑を買うことさ。もちろん――、あろまは載ってるんだろ?」

 

 そういって不敵な笑みを送るシド。

 ぽかんとするあろまだったが、すぐに負けず劣らずの不敵な笑みを浮かべる。

 

「く、くくく……。眷属ごときが主人たる我をためそうなどとは片腹いたいわ。だが――、なめた口を聞かれてだまっているのはそれこそ悪魔の名折れぞ!」

 

 「シドよ!」、ビシっと人差し指を突きつけるあろま。

 

「アローマ予言書四百十章! 第六節! 悪魔は威を発しプリパラ名鑑にその名を刻むであろう! せいぜいたのしみにしておるがよいわ!」

 

 力強く断言するあろま。その目にはさっきまでの陰は消え去っていた。

 シドもまた力強く応じる。

 

「おう! ……いや、マジでたのむぞあろま。プリパラ名鑑って結構いい値段するんだよ……」

 

 ヘタれるシドに、ガクッと肩を落とすあろま。

 

「し、しまらぬな……。まあ、我としてもその気もちはわかるが……」

 

「あろまも買ったことがあるのか?」

 

「むろんだ。どんなことでも戦となれば情報収集はふかけつだからな。ゆえに必要経費だとわり切っていても、サイフの中身はかぎられているわけで……」

 

 そういって遠くを見つめるあろま。が、すぐに得意げな表情を浮かべる。

 

「ちなみに、ことしはプリパラ名鑑にのったから無料でおくられてきたぞ!」

 

 雑誌の仕事を受けたら見本紙が送られてくるようなものか、と得心するシド。となれば約1万人に無料配布。ヘタな雑誌の発行部数より多い。プリパラの規模をあらためて思い知らされていると。あろまがニヤリと笑った。

 

「これからは我がプリパラ名鑑の経費でなやまされることはなくなるわけだが……。かわりに汝がプリパラ名鑑の出費でおもいなやむことになるわけだな」

 

「ああ、なるといいな……」

 

「きのどくそうに目をそらした!? いまのはどう考えても我の話に乗るながれではないか!」

 

「ははっ、まだまだ甘いな。場の流れを読ませるのではなく支配してこそ一流の芸人だぞ、あろま」

 

「芸人ちがうわ!? しかしまあ一理ある……のか?」

 

 むむむ、と思案顔で腕を組むあろま。テキトーな言葉を真に受けるなんともかわいらしい少女である。なんにせよ――、いつもの元気を取り戻せたようだ。シドは内心ホッとするのであった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「ああ、そうだ。実はあろまにお願いがあるんだが……」

 

「ふむ? まあ汝にはいろいろと世話になっておるからな。できることなら応じてやってもやぶさかではないぞ」

 

「本当か!?」

 

「? どうしてそんなに食いぎみなのかはわからぬが……。悪魔に二言はない!」

 

 胸を張って応えるあろま。すっかりいつもの調子を取り戻したあろまに、シドはカウンターの下から取り出したそれを見せた。

 

「……サイン色紙?」

 

 何故だか急にそわそわしだすあろま。頬を赤く染めつつ早口でまくし立てる。

 

「な、汝も我の眷属としての自覚がでてきたようだな! 本来であればそうやすうけ合いなどしないが、こんかいは褒美として特別に……」

 

「らぁらちゃんにサインもらってくれないか?」

 

 ぴしりと、なにかひび割れるような音が聞こえたが、シドは気にせず続ける。

 

「いやー、あれからプリパラTV見てみたらソラミスマイル……だっけ? のライブがやってたんだよ! これがもうビビッと来ちゃってさ! 特にらぁらちゃんが気に入ってな! あれはもう運命の出会いといっても――」

 

 らぁらへの熱い思いを語り始めるシド。あろまはやおらそんなシドに背を向けると、右腕を大きく振りかぶった。

 

「ん? なにやってんだあろ……」

 

「ふん!」

 

「色紙をゴミ箱にシュート!? な、なにをするんだあろま!」

 

 苦情の声を上げるシド。あろまも負けじとばかりに声を張り上げる。

 

「やかましい! キサマのような半人前が我いがいのサインをほしがるなど100億年はやいわ!」

 

「んな横暴な……! いや、俺もちょっと図々しかったか……」

 

 反省するシドに、あろまはふんと鼻を鳴らす。

 

「わかればよいのだ。……しかしだな、眷属としてひび研鑽している汝の努力にはむくいてやらねばならん。そ、そこでだ、我の初サインを汝にくれてやっても……」

 

「安易なコネでらぁらちゃんのサインを手に入れようなんて、ほかのファンに失礼だもんな! 俺も正攻法でどうにか直接もらえるように努力しないと……」

 

「このアホ店主!」

 

「うお!?」

 

 あろまはカバンに手を突っ込むと、取り出したなにかをシドの顔に投げつけた。痛みはないが、バサリと視界を覆うそれに気を取られる。

 

「アホ! マヌケ! とうへんぼく! 一流バスケ選手! ロリコン! それとえーっと……、もう知らぬ!」

 

「ちょ、あろま……」

 

 制止の声もむなしく、あろまはシドに背を向けて店を走り去っていった。

 静まり返る店内。どうするべきか考えてみるが、答えは出てこない。所在なく周囲に視線をやると、レポート用紙が散乱している。

 

「……投げつけられたのはこれか」

 

 ひとまずカウンターと床に散乱するレポート用紙を片付けよう。カウンターの下にかけてある杖を手に取り、立ち上がろうとしたところでふと気がついた。

 

「……俺がバスケやってたの、知ってたのか」

 

 

 

 

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