アクマの使徒になりました   作:草陰

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4話 悪魔どもよ地獄で会おう

 

 

 

 自室のパイプベットに腰掛け、シドはタブレットPCの画面を見つめていた。

 "シオン"。"ドロシー"。"レオナ"。そして――

 

「――"らぁら"」

 

 あれからネットで情報収集をしたところ、らぁらがレギュラー枠に名前を連ねるひとりだったことがわかった。ついでに、もうひとりファルルというアイドルも本来なら載っていたそうだ。実質5人が新人にしてプリパラ名鑑のレギュラー枠入り――。前代未聞の出来事だが、意外にもあまり騒がれてはいないようだった。

 リアルタイムで彼女らの活躍を見ていた人々からすれば、順当な結果でしかないらしい。いまさら語ることもないのだ。だから"少女たち個人"に関する話題はほとんどないが――、代わりにプリパラの今後について語り合う光景が多く見られた。

 いくら順当な結果であっても前代未聞の出来事であることに変わりはない。浮足立った気持ちを発散するための駄弁り、といったところか。

 そんな中にあって、ガチ勢――プリパラに熱を上げている少女たちのことをそう呼称するらしい――たちの真剣なつぶやきは、シドの目を引いた。

 

『彼女らがしのぎを削るであろう今後のプリパラで、果たして自分の居場所はあるのか?』

 

 おおむねこういった趣旨の文章が多く見られた。もちろんガチ勢みんなが同調しているわけではないし、むしろプリパラが盛り上がってる今こそ成り上がるチャンスだと気炎を上げていたりもする。が――、そんな少女たちの文章からも、隠し切れない不安がにじんでいるように感じられるのだ。おそらくガチ勢であるあろまもまた不安を抱えていたからこそ、シドがらぁらのファンだと公言したことで感情のタガが外れ怒ってしまったのでは――。と推測する。

 そこら辺の女の子であれば、単にほかのアイドルの名前を出したから不機嫌になったのかなー、ういやつめと思うが、あの聡明な少女がそう単純だとは思えなかった。

 

「どうしたもんかね……」

 

 宙を仰ぐシド。当然、板張りの天井はなにも答えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 日曜の早朝。シドは久方ぶりの散歩をしていた。右手で杖をついて、一歩ずつたしかめるように歩道橋を渡っていく。気分転換のためであり、リハビリの一環でもあった。

 人も車も通らない早朝の空気は澄んでいて、ただ歩いているだけでも気分がいい。

 

(……まあ、現実逃避でもあるんだが)

 

 いつも通りなら、今日あたりあろまが店を訪れるはず。その際にどんな面して会おうかうだうだ悩んでいたのだ。まさに詮ないことだった。そもそも本当に怒ってるなら店になど二度と来ないだろう。来てくれたということは、ひとまず怒りを飲み込んでくれたということだ。あとは前回のような会話をしないように気をつければいい。

 だが、ヒマばかり持て余しているせいか、ひとつ気になることがあれば延々そのことばかり考えてしまう。まったくもって小心もいいところだった。昔の自分はもっとでんと構えていたものだが、退屈は人を腐らせてしまうということか。

 シドは自嘲しつつ、ともあれ階段を下りようとして――、右足を踏み外した。とっさに次の段で踏ん張ろうとしたが、足に力が入らない。まず尻をしたたかに打ち付けると、そのまま小刻みに跳ねるように階段を滑り落ちていく。階段の中ほどで、ようやくその勢いが止まった。

 

「……痛ってぇ」

 

 したたかに打ち付けた尻と背中にかけて、じんじんと痛みが走った。

 右肘と左肘も痛むが、無意識に身体を庇おうとしたのだろう。

 

「だ、だいじょうぶですか……?」

 

 頭上から女性の声がした。

 正直にいえば応える気力もなかったが、どうにか顔を上げて声を絞り出す。

 

「ええ、だいじょうぶで……あろま?」

 

「……シドさん?」

 

 見慣れた少女が、不安げな表情で立っていた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 歩道橋の脇に備え付けられたベンチに、シドとあろまは肩を並べて座っている。あれから手すりに縋ってなんとか立ち上がると、あろまに支えてもらいながらどうにか階段を下りたのだった。

 

「わるいなあろま、手を貸してもらって」

 

「いえ……。シドさんにはいつもお世話になってるし……」

 

 シドは感謝の言葉を送るが、しかしあろまは何故だかかしこまっている。というか口調がおかしい。あろまは頭にこそいつものカチューシャをつけているが、服は半袖シャツにクォーターパンツという出で立ちで、首には白いタオルをかけている。

 

「あろまは……、ランニングでもしてたのか?」

 

「うむ……、じゃなくて! ……はい。やっぱりアイドルは体力がしほんですから……。毎朝こうして……」

 

 軽い調子で話を振るが、あいも変わらず反応はよろしくない。

 やはり前回のことが尾を引いているのだろうか。もしかして――、距離を置かれてる?

 

「えーっと……。なあ、そのシドさんってのやめないか? いつも通りに喋ってくれていいぞ?」

 

 シドの言葉に、あろまは困ったような表情を浮かべる。

 しかしすぐに素早く周囲に視線を走らせると、コホンとかわいらしい咳払いをした。そして。

 

「……ならば仮そめの我はやめ、真実の我にもどるとしよう」

 

 あっさりと、いつもの妙に偉そうな態度にもどった。杞憂だったかとホッとしたのもつかの間。

 

「このまえはすまなかった」

 

 ペコリとあろまに頭を下げられ、焦るシド。

 

「だれがどのアイドルを好きになるかは個人のじゆう――、そんなあたりまえのことを忘れてみっともなくわめいてしまった」

 

「いや……、あれについては俺もわるかった。さすがにデリカシーがなかったよ」

 

 客観的に見れば、同じ新人のらぁらには先んじられているのだ。神経質になって当然だ。そう考えて気を使ったつもりのシドだったが、しかしあろまは静かにかぶりを振る。

 

「いいや。あれについては我のほうが全面的にわるい。汝が我とちがうアイドルを好きだというのならば、むしろどこが好きなのかしつもんして糧とすべきだった」

 

 淡々と、なんの気負いもない声。

 

「アイドルというのはつねに"選ばれる"存在なのだ。ゆえに、それがたとえどんなことであっても、すべてをうけ入れるべきだとおもっておる」

 

 けれどあろまの瞳は真剣そのものだった。すべてを受け入れる。その言葉にウソはないのだろう。プリパラに――、夢に対するあろまの本気を垣間見た瞬間だった。なんだかバツが悪くなり、空を見上げると太陽が燦々と輝いていた。まぶしさから目をそらすように、話を切り替える。

 

「さっきまでよそよそしかったのは、あの日のことを気にしてたせいだったか」

 

「いや。それはかんけいないぞ」

 

「……関係ない?」

 

 「うむ」とうなずくあろま。「なら、どうして?」とシドが問いかければ、キョトンとした表情を浮かべるあろま。「それは――」いいかけた直後、にわかに眼を泳がせ始めた。頬をほんのり赤く染めて、ポツリとつぶやく。

 

「……我のせいで、シドがだれかにみくびられるのはいやだからだ」

 

「見くびられる?」

 

「運動部はなにかと上下関係にきびしいときいた。年功序列もあてはまるのであろう?」

 

「まあ……。たしかにそういう点はあるな」

 

「ならば。こうして我がタメ口ではなしかけているところを、もしもシドの知りあいにみられたらまずいのではないか?」

 

 うかがうようにシドの顔を覗きこむあろま。不安げな眼差しに、シドはつとめて何事もないように振る舞う。

 

「そりゃあ考え過ぎだよ。さすがに部活と関係ない交友関係にまで口出ししてきたりはしないさ」

 

「そうなのか?」

 

 あい変わらず不安げな様子のあろまに、シドは力強く首肯した。

 

「ああ。ただまあ……、からかわれはするだろうな」

 

「え……」

 

「知り合いがかわいい女の子といっしょにいれば、囃し立てたくなるのが男ってもんだからさ」

 

「そ、そうか。まあ我の悪魔的な美ぼうをまえにすればそれもやむなしだな!」

 

「ああ! そうともさ!」

 

 笑い合うシドとあろま。ひとしきり笑いあったところで、ふいに沈黙が落ちた。あろまはふたたびうつむいて、なにか言葉を探している様子だった。先をうながしてあげるべきか迷って、シドはやめた。どうせ時間はまだたっぷりある。ぼんやりと空を見上げるシド。ながれる雲が太陽を覆い隠したところで、あろまの意を決した声。

 

「足。わるかったのだな」

 

「ああ」

 

「いつから」

 

「もうそろそろで1年弱ってところだな」

 

「……どうしてそうなったか訊いても?」

 

「バスケの試合中にな、おもいっきり相手選手とぶつかったんだよ。それで……、倒れたときに打ちどころが悪くてな」

 

 強いて過失を問えば相手方にあるのだろうが、ぶつかること自体はままあることだ。不幸な事故。シド本人はあくまでもそう思っている。まして、骨折部位こそ厄介なところではあったが、若いシドなら半年もあれば完治すると当初はいわれていたのだから。

 シドがそこまで説明したところで、あろまは眉をしかめていた。ならば、どうして今も杖をついているのか――。目は口ほどにものをいう。シドは答える。

 

「問題は、俺の体質にあったんだ」

 

 骨が極端に癒合し難い――、くっつき難い体質だと判明したのは、入院からしばらく経って行われた検査でのことだった。

 

「もう二度と歩けないだろうって、担当医にはいわれたよ」

 

「だが……、いまはあるけておるではないか?」

 

「担当医にいわせれば"奇跡が起きた"ってことらしい。当時はそりゃもう喜んだよ。俺はまだ歩けるんだって。リハビリも熱心にやって、ようやく外を出歩ける程度には回復した」

 

 あまり認めたくはないが、己の人生で最も努力した瞬間があのリハビリだったと、シドは語る。

 

「……どうして、みとめたくないのだ?」

 

「俺は人生の半分以上をバスケに捧げてきたわけだぞ? そのバスケ以上に努力したことがあるなんて、認めたくないのさ」

 

「そういうもの……なのか?」

 

「まあ、くだらないプライドの問題だな。……あるいは未練、か」

 

 怪訝な表情を浮かべるあろまだったが、こればかりは説明してわかってもらえるものだとも思わなかった。そんなシドの気配を察したのか、あろまはすぐに気を取り直して言葉を続ける。しんき臭い空気を振り払おうと気を使ってくれたのだろう、いつになく明るい声だった。

 

「なんにせよ、汝の努力はみのったのだな!」

 

 だというのに――

 

「いや、俺のやってきたことは正真正銘――、ムダな努力だよ」

 

 ――シドの声は、自分でもおどろくほど冷たい響きを伴っていた。

 

「……え?」

 

 困惑するあろまを横目に、まるで堰を切ったようにシドの口は動き始める。

 

「努力ってのは、そもそもなんのためにするんだとおもう?」

 

「もくてきがあって……、それを叶えるために、であろう?」

 

 うかがうように答えるあろまに、「その通りだ」とシドはうなずく。

 

「俺は、またコートに立ちたかったんだ。仲間たちといっしょに、またバスケをやりたかった。将来はプロになりたかった。だから必死でリハビリして、ようやく歩けるようになって……」

 

「ちゃ……、ちゃんと努力はみのっておるではないか! あるけないといわれたのに、あるけるようになった!」

 

「でも、そこまでだ。杖がなければ……いや、あっても日常生活すらおぼつかない」

 

 「あろまも、俺が階段から落ちたのを見ただろう?」といえば、あろまは悔しそうに口元をぎゅっと結ぶ。本当なら半年で歩けるようになるケガ――。それが1年弱経ってもかろうじて歩ける程度までしか回復していないという、圧倒的な現実。

 

「わかってるんだ。こんなことをやっても意味なんかない。俺には結局、なにも残らなかった。これまで積み重ねてきた努力はぜんぶ――、ムダだったんだ」

 

 痛々しいほどの沈黙が、その場に落ちた。

 

(――バカか俺は!)

 

 間もなく冷静になったシドは、すぐに強烈な自己嫌悪に襲われた。聡明さゆえにわすれてしまいそうになるが、あろまはまだ小学六年生なのだ。自分よりも5つは年下の少女相手に、ほとんど八つ当たりのように感情をぶつけて、一体なにをやっているのか!

 

「汝は、我のライブをみたことはあるか?」

 

「……は?」

 

 声。視線を向ければ、あろまはうつむきながら繰り返す。

 

「みたことはあるか?」

 

 有無をいわせない、そんな静かな気迫が篭められたあろまの声。

 シドは素直に「見たことがない」と答える。

 

「プリパラサイト内のアロマゲドン専用ページまでは見つけたんだ。でも緊急のサーバーメンテナンスとかでな……」

 

「不正アクセスがあったそうだ。これを機にサーバーのセキュリティを1からみなおすらしい。汝が我らのユニットを見つけたと知ったときは、なんともタイミングがわるいとおもったが……、そうでもなかったようだ」

 

 顔を上げるあろま。強い意志を感じさせる眼で、シドの瞳をしっかり見据える。

 

「ちかいうちに、我はライブをやる」

 

「ああ」

 

「そのライブに、汝をしょうたいする!」

 

「……え?」

 

 意味をとらえかねているシドを尻目に、あろまはベンチから立ち上がった。

 これ以上の問答は不要とばかりに、颯爽とシドに背を向ける。

 

「くわしいことは追ってつたえる。それまでは店でまっておるがよい! ハーハッハッハ!」

 

 高笑いとともに去っていくちいさな背中を、シドは呆然と見送るしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

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