アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
01 女レイヴン、タオ・リンファ
「五万! もうこれ以上は!」
景気の悪い声が古い工場に響き渡る。
時間的にはもう正午過ぎのはずだが、所狭しと散乱する――いや、棄てられている黒い機械類を照らすのは今にも消えそうな電灯だけである。
そこでさっきからああでもないこうでもないと怒鳴りあっているのは、オイルで汚れた茶色い作業服をまとったひげ面の男と、もう一人の若い女。
背丈は一.七メートル程度。
すらっとした肢体を包むのはラフなジャケットとゆったりしたハーフパンツ。
湿気の多い地下都市では、特に珍しくもない服装である。
しかし、彼女がアジア系であることを示す首にかかるくらいの黒髪、漆黒の瞳、やや吊り上がった目尻と、小さいが存在感のある鼻が、彼女の個性を描き出していた。
「もうちょっとなんとかなんない?」
彼女は器用にウィンクをして見せたが、ひげの男は渋い顔のままだった。
「しかしなぁ……いくらリンファちゃんの頼みでもこれ以上は無理だなぁ……」
このオヤジがこういう言い方をするとき……それはあと一割くらいは値段が下がっても平気な時だということを、彼女――リンファはよく心得ていた。
リンファの右腕がすっと動き、ポケットから取り出したマネーカードを側のスロットに差し込んだ。
そのまま流れるようにひげの男の手元のキーボードを叩いて有無を言わせずリターンキーを押す。
淡い光を放つモニターに表示されていた兵器のCG……その上に文字が浮かび上がった。
『WG―M500/E 売約済み
「ち、ちょっとリンファ!」
「んじゃ、そういうことで」
必死に抗議する男を振り切って、リンファは一目散に工場から逃げ出した。
その速さたるや、四足ACさながらである。
後に取り残された男はしばらく呆然としていたが、やがて大きく息をついて呟いた。
「全く、かなわねぇな。あの砂利レイヴンには……」
彼はまだ知らない。もう一度モニターに目をやったとき、あらためて驚愕の唸り声をあげる運命が待っていることに。
モニターの隅で、申し訳なさそうに点滅している文字があった。
『45000COAM(送料込み)』
*
「いやー、ほんっといい買い物したぁ。
前から欲しかったんだよねー、あのマシンガン」
薄暗く、街灯もろくにない裏通りをほくほく顔で歩いているのは、言わずと知れたリンファである。
夜も昼もないこの地下都市で年頃の女が一人歩きなど危険極まりないが、彼女はむしろ周囲の危険を楽しんですらいるようだった。
大破壊。人々がそう呼ぶ巨大戦争があった。
世界全てを巻き込み、人類は著しく個体数を減じた。
そしてその結末は、超大型衛星レーザー砲による地上の完全崩壊だった。
極度の汚染によって、地上は人類をはじめとする生物の生存を拒み始めた。
その結果、人は新たな都市計画の一環として建設されていた地下都市への移住を余儀なくされた。
人類は再び自らの業によって楽園を追われ、新たな故郷に降り立ったのである。
ここアイザックシティは、それらの地下都市の中でも最大の規模と最も長い歴史を誇っている。
したがって、まだ技術の確立されていない頃の無理な建設による歪みが、大破壊から五十年が過ぎた今になって現れはじめている。
数多くあるそんな歪みの一つが、リンファの住処がある『スクラップ地区』である。
スクラップ、というのはもちろん俗称で、書類上は『K―3居住区』となっている。
高度な機械文明が産み出す副産物、すなわち大量の廃棄物が不法投棄されているため、この名がついた。
限りなく不衛生な場所ではあったが、そんな中でも人々はスラムを形成し、立派に暮らしていた。
リンファはここが気に入っていた。
他者から束縛を受けることがほとんどない、というのがその表向きの理由だが、本当はただ物価の低さに惹かれているだけである。
幾つか目の角を曲がると、もうリンファの住処は目の前だ。
住処と言っても外見は倉庫以外のなにものでもない。
一階に『商売道具兼相棒』を隠し、二階で寝起きしている。
家の入口は二つ。
『相棒』用の大きなシャッターと自分用のドアである。
リンファはいつものように、ドアの前を塞いでいる廃棄物を蹴飛ばし、ノブに手をかけた。
「…………?」
違和感。
リンファの第六感が激しく唸る。
家の中に誰かが……いる。
ノブから手を離すと、ホルスターに収めていた拳銃を構え、スライドを動かしチェンバーに弾丸を込める。
改めて左手でノブをゆっくり捻り、軽く押す。
微かな隙間から中を確かめ、目に見える位置に異状がないことを確認してからドアを蹴り開けた。
すぐに汚れた倉庫の光景が目に飛び込んできた。
使えるものも使えないものも混ざった廃棄物の山。
一応整然と並べられているパソコン。
そしてなにより目を惹くのは、青いビニールシートが被せられた巨大なリンファの『相棒』。
しかし、それ以外には動くものも見えなければ微かな音も聞こえない。
「誰!?」
隙なく銃を構えたまま、試しに叫んでみた。
何か反応があるかとも思ったのだが、相変わらず相手は沈黙を保っている。
……かと思いきや。
「やれやれ。噂通り、物騒な女だ」
リンファの『相棒』の脇から人影が滑るように現れた。
暗くて顔は見えないが、背格好や声からして、おそらく男だろう。
……まあ、最近は見た目で性別がわからないことも多いのだが。
「勝手に人ン家にしのび込んどいてあたしを物騒呼ばわりとは、いい性格してるじゃない。
……両手を上げたままじっとして」
人影は言われたとおりに諸手を上げた。
警戒を怠らずにリンファはドアを閉め、壁のスイッチを押す。
天井のボロな電灯が、数回ちかちか点滅してから明かりを投げかけた。
瞬間、男の姿がくっきりと映し出される。
一見して貧相な男だった。
百八十以上の身長がありながら、妙にひょろひょろして見える。
少し長すぎる手足をだるそうに扱う姿はリンファにテナガザルという大破壊以前の動物を連想させたが、そのテナガザルには似つかわしくない、異様に鋭い眼光を彼の瞳はほとばしらせていた。
おまけにこのくそ暑いのに御丁寧にコートまで羽織り、それでいて額には汗を浮かべている。
リンファはその貧相な男に、暑さもわからない馬鹿、というレッテルを貼ろうとしたが、すぐに自分の構えている拳銃が汗の原因であることに気づいて、止めた。
「いつまで手を上げていればいい?」
「もう少しよ。そのまま後ろを向いて」
その辺に転がっていた手錠を拾うと、リンファは大人しく後ろを向いたテナガザルの手首に、後ろ手にそれをかけた。
小さな金属音がしたのを聞いてから男を地面に座らせる。
……この手錠、別にリンファが変な趣味を持っているわけではない。
傭兵稼業なんぞをしていると、敵を生かしたまま捕らえることも必要になる。
あくまでそのためのものである。
男が完全に無力化したのに安心して、リンファは手近の椅子を引っ張ってきて乱暴に腰掛けた。
銃を片手で弄び、男に言葉を投げかける。
「で、あんた何処の誰?」
「それに答える義務が、僕にあるか?」
「答えなきゃここで撃ち殺すまでよ」
男は呆れたような笑いを浮かべた。
しかしそれがリンファの逆鱗に触れることはなかった。
「僕の名はワームウッド」
「レイヴンとしての名前は聞いてないの。本名は?」
「……バレてるか。
本名はヨシュア。所属は……御察知の通り、ネストだ」
――レイヴンズ・ネスト。
大破壊で国家というシステムは完全に崩壊し、世界は企業によって統率されるようになった。
しかし、全人類が企業の束縛を受ける中、ただ一つだけ、例外が存在した。
レイヴンと呼ばれる傭兵たちである。
レイヴン達はコンピューターネットワーク上に存在するレイヴンズ・ネストなる組織に所属し、アーマード・コア、略してACというロボット兵器を駆る。
その戦闘能力は高く、合法、非合法を問わず依頼をこなすため、企業からの依頼は絶えない。
また、所属とはいえレイヴンがネストから受ける制約は何一つない。
リンファも、そしてこのヨシュアという男も、ネストに名を連ねるレイヴンである。
しかし同業者が泥棒とは。レイヴンも落ちたものだ。
リンファは自分が泥棒まがいの仕事を何度もやっていることを棚に上げて顔をしかめた。
「まったく、レイヴンがコソドロなんて情けない。
あんたにはフリーランスの心意気ってやつはないわけ?」
「泥棒とは聞こえがわるいな」
「的確じゃない。で、何盗ったの?」
「……このオンボロ倉庫に盗む物なんてあるか?」
そういえば、リンファの家には現金など一銭も置いていないし、転がっているのはゴミばかり。
これではいくら治安の悪いスクラップ地区でも泥棒など入るべくもない。
「そ、それは……『ペンユウ』とか……」
「わざわざ他人のACを盗むレイヴンがどこにいる」
確かにACは金になるが、リンファの愛機『ペンユウ』にはリンファ以外には扱えないように、パーソナルコードが設定されている。
そのコードを書き換えることも不可能ではないが、当然手間も時間もかかる。
これは全てのACに共通したことだ。
要するに、盗むには向かない代物なのである。
「んじゃあんたなにしに来たのよ?」
「さあな」
あくまでもヨシュアはとぼけるつもりのようだった。
リンファは諦めて、警察に突き出すことにした。
その方がよっぽど早いし、手間もかからない。
身動きの取れないヨシュアを放って、電話をかけるために後ろに振り返る。
電話まではほんの数メートル。
右足から踏み出して、続けざまに左足を床から離した、その瞬間。
かちゃっ。
小さな金属音に気付いたリンファがヨシュアに目をやったときには、既に彼の姿はなく、ただ締まったままの手錠が床に転がっているだけだった。
*
「ただいまりんふぁちゃ~ん」
間延びした声がリンファの耳に届いたとき、彼女は自分の相棒である『ペンユウ』を覆うビニールシートをはがしているところだった。
作業する手を休め、倉庫の入口を見遣る。
そこではリンファのもう一人の相棒が、両手いっぱいに紙の買い物袋を抱え、ふにゃっとした笑いを浮かべていた。
腰まである長い赤毛を三つ編みにまとめ、丸い小さな眼鏡を高い鼻にかけている。
ボディーラインがはっきりわかるデニム生地のスカートとやや丈の短いジャケット。
いつも笑顔を絶やさず、あくまでマイペースな振る舞いには惚れる男は多い。
しかし、リンファに言わせれば、「なんでこいつがあたしよりモテるのかわかんない」ということになるのだが。
彼女こそが、リンファを支える専属メカニック、エリィである。
「た~だ~い~ま~!
りんふぁちゃん、元気ぃ?」
「ぜんぜん」
元気も何も今朝会ったばかりなのだが、ズレたエリィの質問に真面目にかつ暗く答えるリンファ。
「あ、そ~だ~!
あのねりんふぁちゃん、やおやのおじさんがおまけしてくれたんだよ~!
やさし~ね~」
「聞けよ……人の話……」
無論リンファの暗い表情などに気付く由もなく、エリィはテーブルの上に買い物袋を立てて置くと、小さく首を捻った。
その横では置いたばかりの袋が倒れ、中からオレンジが転げ落ちる。
「はなし? おはなし?
なになに?」
「ワームウッド。知ってる?」
「わーむうっどくん? しってるよ。レイヴンのひとだよ。
えっとねぇ、四足限定アリーナで一位になって、マスターアリーナにノミネートされたんだけど、いきなり引退するっていってどっかいっちゃったの」
「マスターアリーナ!?」
アリーナとは、企業がスポンサーとなって開催される、レイヴン達の闘技場とでも呼ぶべき場所である。
AC同士の戦闘に、酔狂な金持ちが賭をして楽しむわけだ。
そこには百戦錬磨のレイヴン達が集う。
中でもマスターアリーナは最高レベルのアリーナで、そこにノミネートされるだけでも超一流レイヴンの証であり、他のレイヴン達からは羨望の眼差しで見つめられることになる。
もっとも、このアリーナを『レイヴンの仕事ではない』と考えて嫌う者も多いのだが。
かく言うリンファもそんなアリーナを嫌うレイヴンの内の一人である。
「なになに? わーむうっどくんがどうしたの?」
「んー……さっき泥棒に入られたのよ。逃げちゃったけど。
で、そいつがワームウッドって名乗ったわけ。本名はヨシュアとか言ってたけどね」
「え~? い~な~、えりぃもわーむうっどくんあいたいよ~」
子供のように駄々をこねるエリィ。確か彼女はリンファより年上だったはずだが……
リンファは頬を膨らませるエリィの横の机から、転がったオレンジを拾い上げた。
柑橘類特有の甘酸っぱい香りが辺りを万遍なく満たしていく。
「ほんと、エリィ好みのいい男だったよ。若いけど腕は悪くなさそうだし」
「……若い?」
突然、エリィの声のトーンが変わった。
それまでのふにゃふにゃした声が急に張りを帯びる。
驚いたリンファがその顔を見ると、そこにはコンビを組んで二年間、リンファすらも滅多に見たことのない落ち着いた表情が浮かんでいた。
ごくまれに、エリィはまるで別の人格に支配されたかのように『変わる』ことがある。
『変わった』後のエリィは豊富な知識と冷静な判断でリンファに幾度となく的確な助言を与えてくれた。
一体どちらが本性でどちらが偽物なのかわからないが、きっとこれが昔科学者だった頃の名残なのだろうと、リンファは納得していた。
「おかしいわ。
ワームウッドが活躍したのは今から四半世紀も昔。
当時二十代だったらしいから、今は最低でも五十くらいにはなってるはずよ。
どう贔屓目に見ても若くはないわね」
それだけ一気に言い切ると、エリィの表情はまたいつものおっとりゆっくりしたものに戻っていた。
「なのでぇ~、ひとちがい、じゃない~?」
「かもね。ま、どっちでもいいか。
それよりエリィ、実は仕事入ったの」
「ほんと~? やったね!
なになにのしごと?」
「依頼主はオムニシャンス・インダストリー、依頼内容は物資輸送車の護衛。
予告状叩き付けるような大馬鹿テロリストを捻り潰すだけで、なぁんと報酬四万コーム!」
「すっご~い!
お・い・し・い・おしごとちゃん、いらっしゃ~い!」
レイヴンへの依頼料の相場は二万から三万コームで、四、五万ともなればかなり依頼料は多い方だ。
また、それなりのACを一機持つには七十万から百万コームほどかかる。
「新しく買ったマシンガンが届いたら、早速装備して出るよ。
ソフトの追加、お願いね!」
「りょ~かい! む~、まくまくするぅ!」
「……わくわく、じゃないの?」
浮かれて準備を始めるエリィの背中を見つめながら、リンファは何か漠然とした予感のような物を感じていた。
あの男……ヨシュアは、きっとまた現れるに違いない。
根拠も何もない。
ただ、背中を冷たいものが駆け抜けていく、それだけのことだった。
つづく。