アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
「気付かれたか……」
ヨシュアは舌打ちをして便器から立ち上がった。
『さっきの酔っぱらいか……
俺としたことが、気付かなかったとは……』
これはアルバートの声だ。
妙に大きな声が伝わってくる。
盗聴器のすぐ側で話している証拠だった。
『誰だか知らないが、盗み聞きとはいい趣味だ。
……生きて帰れると思うな』
小さな音と共に盗聴器から伝わる音が途切れた。
踏みつぶしたか、地面に叩き付けたか。
どちらにしろ、盗聴器はもう役に立たないようだ。
ヨシュアはイヤホンを耳から外し、ポケットの中の受信機をトイレのゴミ箱に放り込んだ。
「さすがは裏の元締め、怖い怖い」
口をすぼめて息を吐く。
完全に馬鹿にした口調である。
それもそのはず、ここまでは完璧にヨシュアのシナリオ通り。
「さァて……本番、行くか」
トイレのドアを蹴り開け、ヨシュアは外に飛び出していった。
*
「あー、りんふぁちゃんだー」
リンファはその光景を見るなり硬直した。
一体どうやってくすねてきたのか、エリィは山と積まれた料理を片っ端から口に放り込んでいた。
――あ……あたしがピンチのときにこォの娘ッ子は……
「あのねぇぇぇぇエリィィィィィ!?」
「うにゃぁぁぁぁぁおかえりりんふぁちゃぁぁぁぁん」
全く、この状況でお帰りもなにもなさそうだが、リンファにほっぺたを引き延ばされなからもエリィはいつもの調子を崩さなかった。
「まあいいわ。こんなことしてる場合じゃないし。
ヨシュアがここに来てるの」
「よしゅあくんですかぁ~。おしごとですかぁ~?」
「多分ね。もうゆっくりしてる暇はないわ」
「は~い、りょ~か~い」
今回の仕事には、エリィの協力がかかせない。
まずリンファが騒ぎを起こす。
それに乗じてエリィが内部からハッキングを仕掛け、癒着の証拠となるデータを盗み出すのである。
もしハッキングに失敗した場合は、リンファが直接最深部に乗り込んで要る物を盗ってくる予定だ。
「じゃあエリィ、予定通りにね」
「あいあい」
軽く返事をしたエリィにうなずくと、リンファは適当に走り出した。
*
「い、一体どういうことです!?」
クライドの狼狽えようは半端なものではなかった。
親企業を裏切ろうとしている最中なのだから多少の異常事態に過剰反応するのも無理はないが、こんな状態ではぼろを出す恐れがある。
アルバートにとっては、クライドを落ち着かせることが最初の急務だった。
「侵入者です。
なに、心配はありません。
顔もわれていますし、すぐにつかまえますよ。
それより今は身の安全を最優先なさった方がいい。
……ジョルジュ」
アルバートの呼び声にジョルジュは何をしていいのかわからず立ち尽くした。
「専務をお宅まで送って差し上げろ。
安全確保が第一だ」
「了解しました。さあ、こちらへ」
ジョルジュはまだ不安そうな表情のクライドの背を押して、応接室の外へ連れ出していった。
とりあえず当面の邪魔者は排除した。
あとはあの酔っぱらいを装っていたコートの男をなんとかしなくてはならない。
アルバートは専用の通信機のスイッチを入れた。
この会場の中にいる全ての部下に同時に命令が送れるようになっている。
「侵入者だ。
早急に排除しろ。
身長は百九十㎝以上。
黒いロングコートを着た男だ。
レイヴン、もしくは企業のエージェントの可能性がある。
射殺してもかまわん」
これで優秀な部下達がネズミ取りに動き出す。
この緻密な網をくぐり抜けられるネズミはいない。
アルバートはそう自負していた。
「ドブネズミめ……俺を甘く見るなよ」
*
このパーティ会場はアルバートの住処である。
客に解放されている部分も多いが、立入禁止になっている場所がほとんどである。
知られてはならない秘密が隠してあるとすれば、そういう場所以外にはない。
リンファは手の中の爆破スイッチを握りしめた。
これを一押しすれば、パーティ会場に仕掛けておいた爆薬が炎を吹く。
無駄に死者を出さないように爆発力は押さえてある。
ある程度中心部に近付いてから爆発させれば格好の陽動になる。
『ね~ね~りんふぁちゃ~ん』
突然通信機からエリィの声が聞こえてきた。
胸ポケットの端末のスイッチを押して答える。
「なに?」
『だめなの~。だいじなデータはぁ、ネットからかくりされてるのぉ』
「了解。こっちでなんとか探してみる」
『それとね~、しんにゅうしゃがいるとかさわいでるよぉ~。
くろいコートきたおとこのひとだってぇ~』
黒いコートの男……どうやらヨシュアが見つかったようである。
リンファは鼻で笑った。
人を閉じこめたりした報いだ。
お陰でこっちから敵の目も逸れる。
「わかった、ありがと。
エリィは早めに逃げて。
……また料理食べたりしちゃだめよ」
『あいあ~い、ばいばいりんふぁちゃ~ん』
エリィからの通信はそれで途切れた。
ここからが本番である。
リンファは手の中のスイッチを押した。
…… ……
遠くから振動が伝わってくる。
これで騒ぎはいっそう大きくなったはずである。
リンファはすぐさま奥へ向かって駆けだした。
今回はACが使えない。
従って、迅速な行動が勝負の決め手だ。
エリィがハッキングして手に入れた地図を頼りに、目指すはアルバート=マックスの私室。
――次の角を右だ。
リンファは曲がり角を一気に駆け抜けた。
……その時!
「うわわわわっ!?」
「きゃっ!?」
角の向こうから走ってきた男と、リンファは真正面から激突した。
互いにはじき飛ばされ、尻餅を付く。
リンファは痛みに顔を歪めながら相手に目をやった。
黒いコートの貧相な男……ヨシュアである。
「あ、リンファ」
「ヨシュア! あんたさっきはよくもっ!」
「……話は後だ!」
ヨシュアは立ち上がるが早いかリンファの手を引いて駆けだした。
その表情にいつもの余裕はない。
額には脂汗が浮かんでいる。
リンファは突然背中に悪寒を感じ、走りながら振り返った。
そこにいたのは、紛れもなく銃を構えて狙いを定めている黒服の男!
バシュッ!
空気が抜けたような間抜けな音がした。
これは……サイレンサー付きの拳銃のようだ。
「うそぉぉぉぉ!?」
「こっちだ!」
続けて飛来する数発の弾丸を避けて、二人は角を曲がった。
不意にヨシュアが手を放した。
リンファにうなずきかける。
次の瞬間、警戒することもなく角を曲がってきた黒服の男にヨシュアの拳がめりこみ、同時にリンファの肘打ちで男は完璧に気絶した。
走り回ったせいでリンファは息が切れている。
深呼吸して心臓をなだめ、小さく息を吐く。
「……ったく……なんであたしまで追いかけられなきゃなんないのよ」
「盗聴してたのがバレてな。さっきからこの繰り返しだ。
参ったよ、早いとこアルバートにお目にかかりたいんだがな」
ヨシュアはにぃっと口の端を吊り上げ、右手をさしだした。
「そこで……ここは一時休戦・協力する、ってのはどうだ?」
リンファはこいつのこういうところが嫌いだ。
クールなのかと思えば妙に間抜けなこともしてみせるし、そもそも敵同士だったのに急に協力を申し出たりする。
しかも急に裏切るから信用もできない。
しかし今回はリンファにも余裕がない。
ここはどうやら協力するのが吉、のようである。
ガスッ!
リンファの肘がヨシュアのみぞおちに食い込んだ。
思わずうずくまり、呻きをあげるヨシュア。
「OK、一時休戦よ。
……ちなみに、それはあたしを閉じこめてくれたお礼だから」
「くそ……根に持ちやがって……」
つづく。