アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
「まだ捕まらないのか?」
アルバートは通信機に向かって怒鳴った。
彼が命令を出してからはや一時間。
今までこれほど時間がかかったことは一度もない。
それだけでも苛ついているというのに、通信機の向こうの部下もなかなか答えようとしない。
「どうした? 早く答えろ!」
『す、すいません……残念ながらまだ……
どうやら侵入者に仲間がいたらしく、手間取っております』
「何? 一体何者だ?」
『女です。
接待嬢の制服を着ていますので、おそらく雇われるふりをして忍び込んだものと思われます』
「チッ……この大胆な手口、どうやらレイヴンのようだな。
わかった。しかしだからといって言い訳にはならん。一刻も早く捕まえろ」
アルバートの口調がさっきとはうってかわって落ち着いたものになった。
普通に考えれば、冷静になったとみなせるだろう。
しかし彼に限っては違う。
アルバートは、頭に血が上れば上るほど、落ち着き払った行動を取るようになるのだ。
それは常に四面楚歌の闇の世界で生きていくために必要なことだったのかもしれない。
すぐにかっとなって殴りかかっているようでは、
アルバートの部下はみんなそのことを心得ている。
通信している部下も例外ではなく、慌てて返事をして、通信を切った。
アルバートはソファに身を投げ出した。目を閉じて頭を整理する。
自分にイリーガル社を裏切るよう勧めてきたクライド。
これはいい。バックボーンにプログテック社を持つのなら願ったり叶ったりだ。
そして、レイヴンとおぼしき二人組。
恐らくそいつらを雇ったのはイリーガル社と敵対する、あまり規模の大きくない企業だろう。
自分とイリーガル社の癒着の証拠をつかみ、堂々とイリーガル社を潰しにかかるに違いない。
――まてよ。
アルバートの脳裏に一つの考えが浮かんだ。
もしかしたら、これは利用価値があるかもしれない。
アルバートは徐に立ち上がった。
思いつきを実行に移すために、自分の部屋を後にしようと、ドアノブに手をかける。
ドアはアルバートが力を加えるまでもなく自然に開いた。
驚くアルバートの目に、一組の男女の姿が映った。
「……貴様らッ……!」
「ハァイ、ミスター・アルバート」
二つの銃口がアルバートの胸に向けられた。
言うまでもなく、リンファとヨシュアだった。
*
「リンファ、お先にどうぞ」
「あ、そう? それじゃあ……」
リンファは手錠で手を縛られ床に座らされたアルバートを見下ろした。
「イリーガル社の裏帳簿……あんたが管理してるはずよね。
素直に渡してくれたら命は助けてあげるわ」
「そこのコンピューターからデータバンクに入れる。
パスワードはIRG―3350Sだ」
意外にもあっさりとアルバートは口を割った。
むしろ、嬉々としているようにも見える。
逆にリンファの方が呆気にとられた。
リンファはアルバートが指さしたデスクの上のコンピューターを動かした。
データバンクにアクセスし、言われた通りにパスワードを入力する。
しばらく待たされた後、画面に何かの表が表示された。
間違いない。イリーガル社の不正取引の記録……いわゆる裏帳簿である。
これならアルバートとの癒着どころか、イリーガル社が行っていたあらゆる不正行為の証拠になる。
リンファはすぐさま持ってきたディスクにそれを写し取った。
コンピューターが作業を始めたのを確認して、拘束されたままのアルバートに目を遣った。
「不思議がることはない。
色々事情があるのだ。
それに君たちはレイヴンだろう?
仕事さえこなせれば文句はあるまい?」
アルバートが見つけた利用価値とは、これのことである。
仕手を仕掛けてイリーガル社を潰すためには、リンファを雇ったのであろう第三者に同時に攻撃させた方が都合がいい。
全て計算ずくである。
リンファにはその辺りのことは想像が付かなかったが、どちらにしろ損はなさそうだと納得した。
「……まあいいか。
ヨシュア、あたしの方は終わったけど」
リンファが呼んでも、ヨシュアは全く反応しなかった。
銃をアルバートに突きつけたまま微動だにしない。
やがて、ヨシュアは徐に口を開いた。
「シュイジンを知ってるか?」
「……知らない」
ダンッ!
リンファは息を飲んだ。
飛び散る血しぶき。
弾ける肉片。
ヨシュアが放った銃弾は、アルバートの左耳を吹き飛ばしていた。
「うぐあぁぁぁぁぁあっ!?」
「もう一度聞く」
ヨシュアの声は冷たく澄んで、まるで研ぎ澄まされた刃物のようだった。
「シュイジン、という男を知っているか?」
「し……しらないッ! 本当だッ!」
「じゃあ質問を変えよう」
ヨシュアの持つ拳銃が、今度は右の耳をポイントした。
引き金に指をかける。
ほんの少し力を加えれば凶弾が弾けるだろう。
ヨシュアを止めなければ。
リンファは漠然と感じた。
しかし体は動かなかった。
まるで何かに縛られたかのように、指先まで完全に硬直してしまっていた。
「マーサ、という女を知って……憶えているか?」
アルバートは喉を鳴らした。
おそらく知らないのだろう、ということはリンファにも想像がついた。
しかし何故ヨシュアがここまで残忍な行動をとるのかは全くわからなかった。
「し……知らない……」
左の耳が吹き飛んだ。
悲鳴を上げ、虫のように床で蠢くアルバートの姿が、リンファの目に映った。
ヨシュアはもう一度引き金を引いた。
今度は弾丸は左肩を貫いた。
幾度となく破裂音が響き、両手と両足が順番に打ち抜かれていく。
そして最後に顔に銃口が向けられたとき、リンファの金縛りが解けた。
「殺しちゃだめッ!」
リンファはヨシュアに飛びかかり、その右手をつかんだ。
銃口の向きを変えようとするが、それより一瞬早く弾丸は発射されていた。
弾丸はリンファの右腕をかすり、そしてアルバートの頭に食い込んだ。
悲鳴を上げる暇さえ与えられず、アルバートは事切れた。
リンファも傷口を押さえてうずくまる。
「……リンファ! 馬鹿なことを……」
ヨシュアはコートの裏ポケットから消毒薬と包帯を取りだし、リンファの腕に応急処置を施した。
レイヴン稼業を続けていると危険も多い。用心深いヨシュアはいつもこのくらいの備えをしている。
処置が終わるなり、リンファはヨシュアの胸ぐらをひっつかんだ。
「馬鹿はあんたよっ! 一体何考えてんの!?
殺す必要なんてなかったじゃない!」
「……リンファ、お前この仕事始めてどのくらいになる?
まさか、今まで人を殺したことがない、なんて言う気じゃないだろうな?」
「あんないたぶるようなやり方、おかしいよ!
どうかしてるんじゃないの!?」
激しい剣幕で食ってかかるリンファから目をそらして、ヨシュアは立ち上がった。
リンファの純粋な瞳の色が、ヨシュアには耐えられなかった。
「おかしくなんかないさ……僕はまともだ」
ヨシュアの言葉が終わるか終わらないかのうちに、部屋のドアが外側から開いた。
入口に立ち尽くし、黒服の男が一人、地面に転がるアルバートの死体を凝視していた。
――見つかった!?
リンファが理解するよりも早く、黒服の男は走り去った。
その手には、通信機が握られていた。
「ここまでか……リンファ、話は後だ!」
「逃げんじゃないわよっ!」
つづく。