アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち   作:外清内ダク

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第3話 ヘヴィ・メタル・シルバー
01 ボダ


 

 

 

 靴音が暗い空間に響き渡り、果てしなく深い闇を二本の光条が切り裂く。

 

 靴音は、闇の中を歩く二人の男のものだった。

 どちらも警察組織『ガード』の制服を身に纏い、手には懐中電灯を掲げている。

 普通は拳銃で武装しているものだが、今は丸腰である。

 

 非武装である理由はただ一つ。

 つまり、危険なのである。武装をしていると。

 

 二人の警官は暗く長い通路を、懐中電灯の明かりを頼りに進んだ。

 この先には、一つの独房がある。

 そこへ行くには幾重にも張られた電子ロックをくぐり抜け、監視システムが網のように仕掛けられた通路を通らなければならない。

 おまけに独房はハッキング対策として古風な錠前で閉ざされている。

 

 神経質すぎるほどの警備……

 事情を知らない人間はそう思うだろう。

 

 しかしガードの面々にとっては、これでもまだ恐ろしくて夜も眠れないほどだった。

 だからこそ、複数の監視カメラで常に見張っているにもかかわらず、こうして警官が十五分に一回見回りに来るのである。

 

 それほどまでに独房の中にいる男は恐れられていた。

 もし奴が脱走するようなことがあれば……このアイザックシティ・ガード本部が全滅しないという保証はどこにもなかった。

 

 長い長い通路を通り抜けて、警官二人はドアの前にたどり着いた。

 持っていたカードキーをスロットに差し込み、その隣の手形に手を押し当てる。

 さらに壁に付いているセンサーを覗き込んだ。

 カードキー、指紋、網膜パターン。

 オーソドックスだがこれだけ重なっていると安全性はかなり高い。

 

 ドアは音もなく開き、警官達を中に招き入れた。

 さらに廊下が延び、その奥にまた一枚のドアが見える。

 警官達はドアの前に立つと、横の壁に付いているモニターを覗き込んだ。

 

 独房の中の様子が見える。

 簡単な作りのベッド、備え付けの便器……

 

 そして、床に散らばった赤黒い液体と、その上にうつぶせに倒れた左腕のない男。

 

「お、おい! 見ろよ、これ!」

 

 モニターを覗き込んでいた警官が、もう一人に促した。

 言われるままにモニターに目を遣り……そして、青ざめる。

 

「まずいな……

 よし、俺が衛生班を呼んでくるから、ここは頼む」

「急げよ……」

 

 一人はきびすを返して元来た方に消え、もう一人はややこしい操作をして独房の扉を開いた。

 

 床に散る血とおぼしき液体に顔をしかめながら、警官は倒れた男に駆け寄った。

 この男に左腕がないのは元からだが、やはり気になり、警官は男の肩口に手を伸ばした。

 

 ――次の瞬間。

 

 ぐきゅっ。

 

 警官の首は、いきなり起きあがった男の右腕によってへし折られていた。

 

 

  *

 

 

 簡単なことだ。

 

 留置所ってやつの環境は悪い。

 食事も例外じゃない。

 大抵はかすかすの古パンと鍋の底が焦げ付いて赤黒くなったトマトスープ、ってとこだ。

 

 食器もアルミの安物で、時々二枚重なってることもある。

 その余りの食器に、スープを取っておく。

 それを床にぶちまければ……暗い部屋の中なら、血のように見えるだろうさ。

 

 

  *

 

 

 警官は急いでカードキーをスロットに差し込んだ。

 ドアが音もなく横に開く。

 

 早く衛生班を呼んでこなければ。

 裁判前の囚人に死んでもらっては困るのだ。

 ああいう奴は、きちんと法の裁きを受けてもらわねば示しが付かない。

 もっとも、その法も企業が私利私欲のために定めた法にすぎないのだが。

 

 彼は足を速めた。

 厳重にロックされたドアはもう一つある。

 そこを抜ければ、通常の署内である。

 

 こんなときは、いつも自分たちの命を守ってくれている警備システムが恨めしく思える。

 どうしてこんなに面倒なんだ、と内心毒づきながら再びカードキーを通し、指紋と網膜を照合した。

 

 ――それが彼の最期だった。

 

 彼は自分に何が起こったのかさえもわからなかっただろう。

 

 彼の背中に食い込み、肋骨の隙間を抜けて心臓を貫いていたのは、小さな金属片だった。

 

 

  *

 

 

 武装しない、ってのは賢い判断だ。

 もし俺が逃げ出しても、凶器を奪い取ることができないんだからな。

 

 しかし、俺をなめてもらっちゃ困る。

 人なんて脆い生き物さ。

 殺すのなんてわけない。

 

 あんたたちがハッカー対策でわざわざ用意していた錠前……

 あの長い鍵、あれなら十分、人の心臓くらい貫けるんだぜ。

 

 

  *

 

 

「ちくしょう、またかよ!」

 

 小太りの警官が、自分の手札をテーブルに投げ捨てた。

 そのカードのすぐ側にあるクチャクチャの紙幣を、別の痩せた警官が懐に入れる。

 

 勤務時間中に賭とは感心しないが、倉庫番などという退屈な仕事ならばそれも仕方ないのかもしれない。

 

「いつも言うけどよ、お前は戦略ってやつがなってないんだよ」

「うるせぇ! くそっ、今度こそ取り戻してやる!」

「おいおい、まだやる気かよ?

 それよりそろそろ見回りの時間なんじゃねぇのか?」

「知るかよ! どうせ倉庫の見回りなんて必要ねぇだろうが!

 行きてぇなら一人で行け!」

 

 痩せた警官は肩をすくめた。

 全く、男のヒステリーは……とりわけ勝負に負けて起こした奴は醜いものだ。

 

 仕方なく痩せた方の警官は一人で立ち上がった。

 部屋の奥にある扉に歩み寄り、カードキーを通す。

 

 この扉の奥は証拠品や押収品をしまう倉庫になっている。

 入口はここしかないし、普段人がいる場所でもないので見回りの必要性は確かに薄いのである。

 

 開いた扉をくぐろうとしたとき、警官は背後に何かの気配を感じた。

 相棒の小太り警官の気配だろうか?

 いや、もっと何か異様な気配である。

 

 恐る恐る振り返り、そして彼は凍り付いた。

 

 いつの間にかそこに立っていたのは、小太りの警官の頭を手にした左腕のない男の姿だった。

 その足下には、首から上を切り離された警官の死体が転がっていた。

 

「お……お前はボ……!」

 

 その言葉を言いきる前に、彼の首の骨は男の右腕によってへし折られていた。

 

 

  *

 

 

 まぁ、俺の気配を感じたのは誉めてやるよ。

 いい勘してる。

 だがな、せっかく立派な銃を持ってたって、いざって時に使えないんじゃ宝の持ち腐れだ。

 

 さてと、丁度倉庫の戸も開いてることだし、アレを返してもらおうか。

 全く、俺の大事な腕までとっちまうんだから、ガードってのも慈悲のねぇやつらだな。

 

 

  *

 

 

 天井の小さな灯りが無数に並んだ棚を照らし出す。

 棚に並べられているのは、奇妙な形の刃物、改造拳銃、毒物、多種多様なアダードラッグ……

 押収品の中でも極めて違法性、危険性の高い物である。

 

 男は倉庫の一番奥にあるこの部屋を歩き回って、ある物を探していた。

 右腕一本で棚をかき回し、目的の物を求めて歩き回る。

 

 それは倉庫の一番奥の奥に後生大事にしまってあった。

 男はそれを見つけるなり狂喜し、右腕でつかみあげる。

 

 義手である。

 男は義手を自分の肩にはめ付けた。

 何度か腕を振り、動作を確認する。

 

 捕まったときに奪い取られた左腕を、ようやく男は取り戻した。

 肘のあたりまでは生身の腕とほとんど変わらないが、そこから先は機械骨格がむき出しになっている。

 

 ガードがわざわざ義手などを没収していた理由はそこにある。

 この男の最大の武器、それはこの義手そのものなのである。

 

 男は満足げに口の端を吊り上げた。

 そのまま踵を返し、倉庫の出口へ向かう。

 

 さて、これからどうしようか。

 男は考えた。

 ここにいるガードを皆殺しにするのもいいかもしれない。

 しかし……。

 

 男は急いで倉庫を出た。

 二つの死体が転がるさっきの部屋に戻り、死体の腕時計を確認する。

 やはりもう夜明けが近い。

 必ず夜に『仕事』をするのがポリシーである彼にとって、もうガードを壊滅させるだけの時間は残されていなかった。

 

 仕方なく彼は少し簡単な道を選んだ。

 そうだな、このあたりで妥協しようか。

 

 考えがまとまった丁度その時、部屋の入口に新たな気配が現れた。

 

「悪い悪い、交替の時間過ぎちまっ……」

 

 男は入口の方に目を遣った。

 一人の若い警官が立ち尽くし、目を見開いて彼を凝視していた。

 

 彼は迷った。

 今ここであの不運な警官を殺すべきか。

 それとも――そう、あえて泳がせて恐怖をばらまかせるか。

 

 男は後者を選んだ。

 

「ボ……ボダ!?」

 

 警官は悠長にも男の名を叫んだ。

 そして次の瞬間、派手に悲鳴をあげて何処かへ逃げ去って行った。

 

 さあ、楽しくなってきた。

 男は……ボダは、たまらずに奇妙な甲高い声でわめいた。

 

 見える。

 恐怖し、絶望する人々の姿が。

 

 ボダはそのために生まれてきた。

 愉楽。

 ボダの頭の中にあるのは、ただそれだけだった。

 

 

 

 

つづく。

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