アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
話もまとまったし、あとはボダがこの店に現れるのを待つだけだが……
本当にここに現れるのかもわからないし、もし来るにしても今日来るのかもわからないのだ。
と、リンファが考えた一瞬後に、後ろのテーブル席から濁声が聞こえてきた。
「ボダ!?」
二人の肩がぴくりと震えた。
全く同時に、肩越しに後ろに目を遣る。
そこでは無精髭を生やした中年の男が、席で酒を飲んでいた女にからんでいた。
さっきの声は女のものである。
「そうよ、俺は怖ぁ~い殺人鬼なのさ」
「やめてッ! 放してよッ!」
ヨシュアの眉がひくついた。
その耳元でリンファが囁く。
「ねぇ……
もしかして、この店に現れる『ボダ』って……」
「……アレのことか……」
どうやら、これはガセネタだったようである。
リンファは溜息をついてカウンターに向き直った。
今日はただ、飲んで帰るだけになりそうだ。
その時、不意にヨシュアが立ち上がった。
「……ヨシュア?」
怪訝そうなリンファの声を無視して、ヨシュアは今だテーブル席で女にからみ続ける中年男に近付く。
その顔には冷たい笑みが浮かんでいる。
「よう」
男は鬱陶しそうにヨシュアを見上げた。
「あぁ? なんだ、てめーは」
「あんた、ボダっていう名前なのか?」
男は一瞬唖然とした後で、下品に笑った。
半分笑い声を混ぜながら嘲るように答える。
「ああ、そうさ。
てめーも殺されたくなかったらとっとと失せな」
「なんだって? よく聞こえないな」
「あ?」
ゴッ!
鈍い音が響き、男のみぞおちにヨシュアの拳がめり込んだ。
そのままヨシュアは拳に力を込める。
次の瞬間、男の体は宙を舞った。
ヨシュアに投げ飛ばされた男は、背中から床に叩き付けられる。
男の苦しそうな呻きがリンファにも聞こえてきた。
「もう一度聞く。
……あんたがボダか?」
「ひっ……ち、違う!
俺じゃねぇよ!」
ヨシュアは怯える男を放り棄てた。
男は床を這いずるようにして逃げ去っていった。
肩をすくめ、リンファは追加注文をした。
それにしてもヨシュアも物好きだ。
見ず知らずの女を助けるとは……
ひょっとして口説くつもりだろうか?
だとしたらさっきの偽ボダよりたちが悪い。
マスターがリンファのグラスにジンを注ぐ。
早速リンファはそれに口を付けた。
「大丈夫だったか、シェリー?」
ぶっ。
思わずリンファは酒を少し吹き出した。
――知り合いですか……
「余計なことしないで」
シェリー、と呼ばれた女は席を立ち、ヨシュアと正面から向かい合った。
リンファも酒を飲むふりをして様子をうかがう。
よく見るとかなりの美人だ。
リンファの相棒のエリィという女性も相当なものだが、シェリーにはそれとは異なる魅力があった。
長く伸ばしたストレートヘアの金色の中で、口紅の鮮やかさが引き立つ。
滑らかなボディラインの見える革のパンツ、その上に羽織った革のジャケット。
少し吊り上がった目尻が整った表情にアクセントを添える。
どこか陰があるその姿には、むしろ女の方が憧れを抱きそうだった。
「一度は惚れた女だ。
放っておけるかよ」
「昔にこだわり過ぎるのはあなたの悪い癖ね。
私はもう、あなたとは何の関係もないわ」
シェリーはテーブルの上に代金を置くと、ヨシュアの横を通り抜けてバーから出ていった。
しばらくヨシュアはその背が消えたドアの方を眺めていたが、やがて溜息をつくとリンファの横の席に腰を落ち着けた。
「なに、昔の女?」
「うるせぇよ」
リンファがからかうと、ヨシュアは小さく吐き捨てた。
どうやら機嫌が悪いようである。
無理もないと言えば無理もないのだが。
「付き合えよ」
「え?」
「飲まずにいられるか」
ヨシュアはグラスを軽くカウンターに叩き付けた。
こんこんと小さな音が響き、それを聞きつけたマスターがすぐに酒を注ぐ。
酒に口を付けるヨシュアに向かって、リンファは意地悪く微笑んだ。
「おごってくれる?」
「先に潰れた方がな」
*
「ほらっ……もう、しっかりしてよ!」
「う……ぐぅ……」
地下都市特有の湿った空気が肌にまとわりつく。
薄汚い裏通りを吹き抜ける風が、酔って火照った顔を撫でていった。
酔いつぶれて相手の肩を借りているのは……ヨシュアである。
彼も酒には相当強い方だが、リンファはそのレヴェルを遥かに越えていた。
ヨシュアはもうリンファに支えられながらでないとまともに立つことすらできないほど酔いが回っていた。
結局あの後、二人でジンのボトルを六本空けてしまったのである。
ヨシュアのようになるのが当然だが、リンファは全く平気そうだった。
「なんで……俺と同じペースで飲んでて平気なんだよ……お前は……」
「は、『俺』ね。
いつもは『僕』なんて言って気取ってるくせに」
ヨシュアはリンファの肩にしがみついたままふらついた。
おかげでリンファもバランスを崩し、転びそうになる。
リンファは何とか足で踏ん張った。
こんな汚い通りに転んだら、せっかくのドレスが台無しになってしまう。
「……うっ」
「きゃっ!?
やだ、ちょっとこんな所で戻さないでよ!?」
ヨシュアが呻くと、リンファは大げさに叫ぶ。
戻しはしなかったが、気分が悪くなったヨシュアはその場にうずくまった。
その背をリンファがさする。
――悪寒。
バッ!
ヨシュアは突然リンファを突き飛ばし、自分も転がってその場を離れた。
次の瞬間、黒い影が二人の間を駆け抜けた!
銀色の煌めき……
刃物の僅かな反射光に、黒い糸が照らし出された。
リンファの髪の毛が数本斬り取られていた。
もう一瞬、ヨシュアの行動が遅ければ……
真っ二つにされていたのはリンファの首筋だっただろう。
ヨシュアは舌打ちを一つした。
「酔いが醒めちまった」
コートの内側から拳銃を取りだし、闇の中に潜む影に狙いを定める。
「顔を見せろよ、坊や」
リンファは慌てて立ち上がった。
ドレスの中に隠していた小型拳銃を構え、目をこらす。
影はゆっくりと動いた。
街灯の薄暗い光の中に入る。
影が光の帯によって拭い去られた。
立っていたのは一人の男だった。
まずやたらと高い身長が目を引く。二メートルは超えているだろう。
引き締まった獣のような筋肉。
金属でできた左腕。
その前腕から突きだした、湾曲した銀色の刃……
噂に聞いた通りの姿……
殺人鬼、ボダ。
どうやら、この辺りに潜んでいるという情報は間違っていなかったようである。
「あんたがボダね!?」
ボダは何も答えず、代わりに口の端を吊り上げた。
氷のように冷たい笑みがリンファに身震いをさせた。
次の瞬間!
つづく。