アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
ギィンッ!
甲高い音が響く。
一瞬にしてリンファの眼前に近付いたボダが、彼女に刃を叩き付けた。
かろうじて拳銃で受け止めたが、銃は手を離れ、はじき飛ばされていた。
衝撃で尻餅を付いたリンファに、銀色の刃が迫る!
「動くなっ!」
叫びながらヨシュアは引き金を引いた。
弾丸はボダの刃に命中する。
軌道をそらされた刃はリンファの耳の横を通り過ぎた。
すかさずボダの腹にリンファの蹴りが入る。
ボダは派手に吹き飛んで地面に転がった。
しかし、すぐに立ち上がる。
蹴られたときに自分で後ろへ飛んだせいで、大したダメージにはならなかったのである。
それでも一瞬の隙は生まれる。
リンファとヨシュアは一瞬ずつずらして弾丸を撃ち込んだ。
同時よりこの方がかわしにくいのだが……
ボダの左腕が動く。
バヂッ!
リンファは火花が飛び散るのを見た。
二つの弾丸は、腕の刃によって叩き落とされていた。
「…………ッ!」
「化け物め!」
憎まれ口を叩く暇もなく、ボダは再び走った。
呆然とするリンファの頭をつかみ、放り投げた。
壁に背中を打ち付け、呻くリンファ。
ボダはそのままの勢いで左腕を振るった。
目標はヨシュア。
――刃が来る!
ヨシュアの意識が殺人鬼の左腕に集中する。
しかし次の瞬間、ヨシュアに叩き付けられたのは右の拳だった。
予想外のフェイントに、銃を取り落として地面に倒れ込む。
そこを狙って今度こそ刃が煌めいた。
……手に触れる硬い物。
ガッ!
刃はヨシュアの顔の目の前で止まった。
彼の命をすんでのところで救ったもの……
それは、地面に転がっていたワイヤーケーブルだった。
両手でワイヤーの端を持ち、全体重を乗せたボダの刃を受け止めたのである。
手のひらに激痛が走った。
ワイヤーを伝って血がしたたる。
重みに耐えきれず、手のひらの肉が裂け始めていた。
ヨシュアは冷たい笑みが張り付いたままのボダの顔を見上げた。
狂人は今まで何人も見てきたし、自分がそうでないという保証もない。
しかし、こいつは普通の狂人……というと妙だが、ともかくそういった連中とは一線を画していた。
勝負は次の一瞬で決まる。
ボダが次の一撃を繰り出すために刃を引くその一瞬が全てである。
ふっ、と手のひらの痛みがひいた。
ガッ!
刃は、こんどは地面に突き刺さった。
倒れたまま身を捻ったヨシュアの頭のすぐ側に。
流れるようにヨシュアは落とした拳銃を拾って撃った!
弾丸はボダの頬をかすめて上空へ突き抜けた。
勝った。
彼はそう思った。
ボダが刃を引き抜く。
体勢を崩したヨシュアに、次の攻撃をかわすのは無理である。
そして!
ごっ!
鈍い音が響く。
空から降ってきた植木鉢が、ボダの後頭部を直撃した。
さすがのボダもこれにはたまらず倒れ伏した。
ヨシュアが狙ったのはボダではない。
横の建物の壁から突きだした不安定な木板。
それを支える支柱を撃ち抜いたのである。
支えを失った板は傾き、その上に載っていた植木鉢も当然下に落ちる、というわけである。
ヨシュアはゆっくりと立ち上がった。
いくら殺人鬼ボダといえど、こんなものを食らっては生きてはいないだろう。
小さく息をつくと、未だに呻いているリンファに歩み寄った。
「生きてるか?」
「まあね……
! 後ろ!」
リンファは慌ててヨシュアの背後を指さした。
弾かれたように振り返ると、そこには笑みを浮かべて立ち上がったボダの姿。
そのとき、突然上空が明るくなった。
朝日……ではない。
地下都市の天井についた強力な電灯の光である。
地下都市には本来夜も昼もない。
しかしそれでは人間の時間感覚は麻痺してしまう。
そのため、地上の日照時間に合わせて人工の昼夜を作り出しているのだ。
まぶしさにヨシュアの目が眩んだ。
まずい、と思うよりも先に……
ボダは踵を返し、何処かへと消え去っていった。
*
「まけちゃいましたぁ~。あはははは」
『負けてないッ!』
珍しくリンファとヨシュアの声はぴったりと一致した。
青いビニールシートが被せられた山。
転がる何かのスクラップ。
手入れだけはしっかりしているAC用のパーツ。
テーブルが一つと、その周りに椅子代わりに置かれている木箱。
散らかるゴミ。先週の女性向け写真週刊誌。
それとテーブルの上のパソコン。
ここにあるのは言ってしまえばそれだけである。
薄暗く汚れた倉庫の一階……
リンファがACを格納するガレージとして使っている場所である。
ちなみに、二階は寝床になっている。
そこで木箱に腰掛けているのはリンファとヨシュア。
そしてもう一人、腰まである赤毛で大きな三つ編みを作っている女性。
小さな眼鏡を高い鼻にかけ、へろへろした笑顔を浮かべている。
リンファ専属メカニック、エリィ。
過去の経歴は何もわからないが、腕は本物である。
憮然とした表情を浮かべながらも、ヨシュアは手のひらを差し出した。
エリィの手で消毒薬と包帯による処置がなされる。
一体どこで身につけたのか、エリィは機械の扱いのみならず医学の心得も多少あるようだった。
「それにしても、なんなのよあいつは……
銃弾はたき落とすわ、植木鉢脳天に食らって平気な顔してるわ……」
「なんだ、知らないのか?」
ヨシュアは手を握ったり開いたりして調子を確かめた。
さっきまでの痛みはほとんどない。処置が確かな証拠だった。
「ヴェスタル・ファナス社の人間兵器……
ネストで公然と流れてる噂だ。
どうせ見てないんだろ」
「うっ……」
「えりぃもみたよ~! あはははは」
レイヴン達が所属する『レイヴンズ・ネスト』は、コンピューターネットワーク上に存在する組織である。
特定のレイヴンを指名しない依頼の紹介や、ネットを介したAC用パーツの販売、アリーナ管理委員会と連携した『バトルアリーナ』運営など、その活動は多岐にわたる。
三年ほど前に一度、突然消滅したことがあったが、引退したレイヴン達によってその後再結成されたようである。
ネストにあるレイヴン向け公開ノードでは、企業や依頼、レイヴンに関する様々な噂が飛び交っている。
そんな噂の中の一つに、賞金首ボダに関するものもある。
「ヴェスタル・ファナス社は知ってるか?」
「それくらいはね。
キンドル造ったとこでしょ?」
キンドルとは、化学工業系企業のヴェスタル・ファナス社が製造した能力強化薬物、アダードラッグの一種である。
人間の反射神経を研ぎ澄ます効果があるが、あまりに慣習性・中毒性が強いために使用が禁じられ、ヴェスタル・ファナス社自身もより巨大な企業によって潰されてしまった。
「そのファナス社が極秘に製造していた兵器……
それがボダだ。
お得意のアダードラッグや人工器官によって肉体の能力を極限まで高めた生体暗殺兵器ってやつだ」
「にねんまえにぃ~、けんきゅうじょをだっそうしちゃったです~」
「なるほど……強いわけよね……」
リンファは足をテーブルの上で組んだ。
目を閉じて、なにやら深く考え込む。
その横顔にヨシュアが声をかけた。
「で、どうするんだ?」
目を開けてリンファは立ち上がった。
「決まってンじゃない」
*
地下都市アイザック・シティの外れに、大きなプラントがある。
いくつかの工場施設とタンク、倉庫が建ち並び、人々がその間を忙しく駆け回っている。
シェリーはそのプラントの中を見回っていた。
「監督!」
背中にかけられた声に、彼女は振り返った。
黒いレザージャケットの上を長い金髪が流れる。
青い瞳が相手を見据えた。
「何?」
「シェリーさん、三番倉庫の商品は今日搬出でしたよね。
まだ受取側から連絡がないんですが」
「おかしいわね。
わかった、連絡してみるわ」
「お願いします」
シェリーは男と別れて歩き出した。
その背を見つめながら、男は心の中で呟いた。
――大したものだ。あの若さで工場監督とは……
*
突然、外が暗くなった。
それに連動して室内の灯りが付く。
地下都市に疑似の夜がやってきたのである。
シェリーはノートパソコンの画面から目を離して、窓の外を見つめた。
事務室の奥にある工場監督室の隣は丁度三番倉庫になっている。
結局受取側はやってこなかった。
再三連絡したにもかかわらず、である。
おかげでこんな時間まで工場に残っていたのが無駄になってしまった。
これでいて、監督というのも辛い仕事である。
まあ、辛くない仕事なんていうものがあるのかどうかは疑問だが。
シェリーは溜息をついてパソコンを閉じた。
バッグにパソコンを詰め込み、立ち上がる。
もう今日は帰ろう。
シェリーは部屋の灯りを消した。
そのままドアから外へでる。
外の冷たい空気が頬をなでる。
地下都市はその広大さから、あまり空調設備が行き届いていない。
空気は地上からファンで取り入れているのだが、汚染された空気を洗浄するのが精一杯で、気温や湿度の調節までは手が回らないのである。
従って、地下都市の気候は地上に左右される。
夜は寒くなってしまうのだ。
シェリーは徐に歩き出した。
側には彼女自慢の赤いスポーツカーが止めてある。
工場にマッチした車ではないが、趣味なのだから仕方がない。
工場の職員の中にもカーマニアは沢山いる。お互い様、である。
スポーツカーのドアを開く。
助手席にバッグを放り込んだ時、シェリーは妙な感覚を憶えた。
背筋を冷たい汗が流れていく。
悪寒、というやつである。
シェリーは辺りを見回した。
暗いプラント。動くものは何もない。
その時、誰かが彼女の頭をつかんだ。
つづく。