アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
リンファは注意深く辺りの様子をうかがった。
暗く、人通りもほとんどない道路。
昨日ボダに襲われた場所からそう遠くない地区である。
この辺りはどこぞの企業のプラントが立ち並ぶ工業地帯だ。
ボダは夜にしか殺人をしない。
これもネストでつかんだ情報である。
だからこそ、昨日は朝が訪れると同時に姿を消したのだ。
リンファとヨシュアがとった作戦……囮作戦である。
おそらくボダはそう遠くへ行っていない。
ならば夜にこの辺りをうろつけば、また襲ってくるだろう。
そこを返り討ちにする、というなんとも力押しの作戦である。
右手には通信機の端末が握られている。
エリィにもヨシュアにも、これ一つで連絡が取れる。
できれば助けを呼ぶ為には使いたくないものだ。
ピピッ。
通信機が小さな電子音を立てた。
端末のスイッチを押して口許に持っていく。
「誰?」
『僕だ。異状は?』
「まだ、ない」
聞こえてきたのはヨシュアの声だった。
そういえば、決めておいた定時連絡の時間を過ぎている。
リンファの方から連絡を取るはずだったが、すっかり忘れていた。
『今どこだ?』
「えーと……なんか、プラントの前よ。
ブラックスミス……ケミカルズとかいう企業の」
『ああ、あの辺りか。
大体位置は……』
その時。
甲高い悲鳴が、闇を切り裂いた!
*
「!?」
通信機から聞こえてきたのは、間違いなく女の悲鳴。
声が遠いことからしてリンファではなさそうだが、どこかで聞いたことがあるような気がする。
ヨシュアは通信機に向かって叫んだ。
「どうしたんだ?」
『悲鳴よ! 工場の中から聞こえた!
探ってみるわ!』
「お、おい! ちょっと待……」
通信は一方的に切られた。
溜息をつき、ヨシュアは端末をコートのポケットに放り込む。
「無鉄砲な奴だ……
一人でボダをなんとかできるとでも思ってるのかよ」
ブラックスミス・ケミカルズのプラントは……
ヨシュアは西の方に目を遣った。
確か、あっちだ。
思うが速いか、ヨシュアは走り出していた。
*
カチャッ。
リンファは拳銃のスライドを引いた。
ムラクモ・ミレニアムという企業の名銃である。
小型で扱いやすく、リンファはこれが気に入っていた。
しかしその企業が三年前に滅びてしまったため、蓄えてある千発の弾丸を使い切ったらもう弾が補充できないのが難点である。
プラントの中は暗く静まりかえっていた。
とりあえず近くにあるのは、そびえ立ついくつものタンク。
それぞれがパイプで繋がっている。
知識がないリンファには何の設備だか見当も付かないが、隠れるには最適な場所であることは確かだ。
足音を殺し、リンファはゆっくりとタンクの一つに近付いた。
注意深く様子をうかがう。
ヒュッ!
銀色の煌めきが、リンファの目の前をかすめた。
もし一瞬早く後ろにのけ反っていなければ、リンファの頭は今頃ナイフに貫かれていただろう。
ナイフが地面に突き刺さった直後に、上から一人の男が落ちてきた。
空中で一回転し、器用に衝撃を緩和する。
まるで猫か何かのような身の軽さである。
言うまでもない。ボダである。
リンファは銃を彼の方に向けた。
「出たな、妖怪」
別にリンファの科白に笑ったわけではないだろうが、ボダはいつもの冷笑を浮かべ、走った。
一瞬にしてリンファの懐に飛び込む!
――そう何度も食らうかッ!
慌てることなくリンファはバックステップし、握っていた左手を放した。
空中に舞うもの……砂。
ざぁっ!
これはかわしようがない。
ボダは正面からまともに砂を食らった。
当然、目の中にも砂が入り込む。
たまらずボダは目を閉じた。
その動きが一瞬止まる。
「そこだぁっ!」
ダンッ!
リンファの銃が火を噴く!
銃弾はまっすぐにボダに迫り……
叩き落とされていた。
ボダの左手の義手からのびた銀色の刃によって。
――本当に目が見えてないのか!?
疑問に思う間もなく、ボダが再度迫る!
目は、確かに閉じられたままである。
刃がリンファの首を襲う!
ダンッ!
その時、一発の銃弾がボダの左腕を貫いた!
衝撃で刃の軌道が逸れ、リンファの鼻先をかすめる。
リンファは銃声がした方に目をやった。
煙を立ち上らせる拳銃を両手で構えた男……
ヨシュアが、鋭い目つきでこちらを睨んでいた。
「く……か……」
ボダが声をあげる。
リンファは慌てて距離を離し、隙なく銃を突きつけた。
穴の空いた自分の左腕をまじまじと見つめ、ボダはしばらく呆然としていた。
しかし次の瞬間、大きく口を開いた。
「くくくくくかかかかか、けひゃはははははっ!」
笑っている――
リンファは背筋を冷たいものが流れるのを感じた。
この男は、痛みすらも感じてはいない。
まさに戦うためだけに生まれた兵器。
勝てるのだろうか。
こんな機械に。
次の瞬間、ボダは地を蹴った。
リンファの頭上を飛び越え、その先へを走り去る。
「あっ!? 逃げた!」
「追うぞ!」
二人はボダの後ろ姿を追った。
奴がまっすぐに走る先にあるのは、一つの工場施設らしき建造物である。
壁のいたるところからパイプが飛び出し、他の建物と繋がっている。
ボダはその工場の入口から中に入ったようだった。
二人も工場までたどり着いた。
入口のドアの前で頷きあい、互いに拳銃を構える。
リンファがドアノブに手をかけ、開くと同時にヨシュアが中に飛び込んだ。
視線を銃口と一緒に左右に振る。
暗い工場内。
タンクやパイプが複雑に絡み合っている。
暗くて奥の方までは見渡せない。
ヨシュアは手招きをした。
リンファが銃を構えながら中へ入る。
途端に彼女の顔が歪んだ。
――鼻を衝く不快な刺激臭。
「何……この臭い?」
「アンモニアだな。
……全く、スマートじゃないぜ。
こんな所に逃げ込むとは」
さすがのヨシュアも眉を歪めている。
一体何のプラントだか知らないが、面倒なことになったようである。
臭いを堪えて二人は工場内を見回した。
一体どこにボダが隠れているかわからない。
一瞬たりとも気は抜けない。
その時、リンファは闇の中に何かが蠢くのを見た……ような気がした。
ヨシュアに手招きで知らせ、遠くのある一点を指さす。
二人は目を凝らした。
しかし何も……
いや、確かに何かいる!
二人はすぐに走り出した。
やがて蠢くものがはっきり見える場所まで近付いた。
リンファが見たものは、ボダの背中と、地面に転がる一人の女だった。
ボダはその女の頭を鷲掴みにしている。
とても生きているようには見えなかった。
そしてヨシュアはもう一つのものを見た。
ボダに頭を掴まれ、力無く倒れている女。即ち……
「シェリー」
ヨシュアの口を、その名がついて出た。
「シェリー……って、まさかあの!?」
ようやくリンファも思い出した。
確かに前にここの近くのバーで会った女である。
ボダは声に気付いて振り返った。
その口は大きく裂け、狂喜の笑みを浮かべている。
そして彼は、左腕を振るった。
ごとり。
重い音。
リンファは思わず目を反らした。
首を切り離されたシェリーの肉体が、支えるものを失って床に転がった。
つづく。