アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
「ねえ」
その声はか細く、まるでそよ風のようだった。
しかし甘えの色はない。
風はヨシュアの体を優しく撫でていった。
「どうして?」
暖かいものがヨシュアに触れた。
また風が動いたのだ。
風の視線は彼に向けられているようだった。
気付いてはいたが、彼は目を合わせようとはしなかった。
代わりに腕を曲げて風を抱き寄せた。
「さぁな」
風はその答えに満足したようだった。
一体何が聞きたかったのだろう。
彼にはわからなかった。
また風が動いた。
彼は風と自分の境界線がわからなくなってしまった。
「どうしてだ」
彼がはじめて風を見つめた。
金色の糸の束が妖しく自分にからみついているのが見えた。
風は青い瞳を輝かせていた。
「どうして、ここにいる」
風は彼に酔った。
そして唇を触れ合わせた。
「風は、流れなければ生きていけないのよ」
*
憤怒
殺意
悲哀
絶望
懐古
同情
風。
ヨシュアの中に渦巻いていたのは、そのどれでもなかった。
その全てをあわせた、その全てを越えたもの。
それを形容する言葉を、彼は知らない。
「ボダァアアァァァアァァァァッ!!」
ヨシュアは走った。
銃を連射しながらボダに迫っていく。
全ての銃弾を叩き落とし、ボダは突っ込んでくるヨシュアの頭をつかみ取った。
腕一本でヨシュアの体を持ち上げ、地面に叩き付ける。
く……はっ……
ヨシュアの口から呻き声が漏れた。
「お……マ…え……」
ヨシュアの眼前に顔を近づけ、ボダは喉からひねり出すように声を出した。
アクセントも発音もおかしい。
まるで質の悪い機械のような声だった。
「おま……エ……オもし……ろイ……ぞ」
両目を見開くヨシュアに向かって、銀色の刃が振り下ろされる!
……と、その時!
ゴバァッ!
轟音を立て、工場の壁に大穴が空いた!
砂煙を突き抜けて、一台のトラックが工場に突っ込んでくる。
それを見たボダはすぐさま立ち上がり、闇の中へと消えていった。
慌てて追いかけようとするリンファの背中に声がかかる。
「りんふぁちゃ~ん!」
振り返るとそこには、トラックの運転席から上半身をのぞかせたエリィの姿があった。
そういえば、トラックの荷台にのっている、ブルーシートを被せられたものは……
「おまたせ!」
*
[戦闘モード起動]
愛機『ペンユウ』のコックピットの中で、リンファはコンピューターの声を聞いていた。
自ら機体を覆うシートを剥がし、トラックの荷台から立ち上がる。
「エリィ、聞こえる?」
『きっこえま~す。
りんふぁちゃん、ここくさいね~』
「我慢して。
それよりヨシュアは大丈夫?」
『うん、だいじょぶだよ。
わーむうっどにのるって』
「わかった。エリィは早く逃げて」
『りょ~かい!』
リンファはレーダーに目をやった。
すぐ近くにある光点はエリィが乗ってきたトラック。
遠くから近付いてくるのはヨシュアのACワームウッドだろう。
そして、レーダーに新たな点が表示された。
[AC確認。
アイザックシティ・ガード所有、『トラッカードッグ』]
「やっぱこの近くに隠してたのか……」
レーダーによると、どうやらボダは隣の倉庫にいるようである。
エリィから受け取った地図と照合する。
第三番製品貯蔵庫……
何が貯蔵されているのかまでは書いていないが、暴れ回るスペースは存分にありそうだった。
エリィはもうトラックで外へ逃げ出している。
結構逃げ足は速い。
リンファもペンユウを操作し、その穴から工場の外へ出た。
三番倉庫は少し北にある。
レーダーの反応に注意しながらペンユウは倉庫に忍び寄った。
おそらく製品の搬出にMTか何かを使っているのだろう。
ACが余裕で通り抜けられるくらいの大きな扉がついている。
鍵が閉まっているだろうが、今は緊急事態である。
きっと、ヨシュアがコネがあるというガードのお偉いさんが弁償してくれるだろう。
ガガガッ!
リンファはトリガーを引いた。
ペンユウのマシンガンが火を噴き、扉を粉々にうち砕いた。
工場の中を覗き込む。
レーダーの光点と同じ位置に、銀色の巨人が仁王立ちしていた。
ガード所有の威圧用AC『トラッカードッグ』……塗装は変わっているが、間違いない。
バズーカと追加弾倉のみ、などといいう意味不明な武装をしたACは他に聞いたことがない。
ペンユウのマシンガンが再び火を噴いた。
高速の銃弾が雨あられとトラッカードッグに迫る!
しかしトラッカードッグはバズーカを地面に向かって放ち、その爆風で弾丸を吹き飛ばした。
どうやらボダは、兵器の巧い使い方を知っているようである。
砂煙を煙幕代わりにして、ペンユウは工場の中に飛び込んだ。
レーダーの光点はこちらとの距離を一定に保って移動している。
中距離……バズーカが最も効果を発揮する間合いである。
しかし、今は砂煙のおかげで視界が悪い。
こういう状況ではマシンガンの方が有利!
レーダーから相手の位置を算出し、火器制御機関にデータを入力する。
あまり正確ではないが、だいたいの位置にロックオンすることはできる。
ガガガガガッ!
マシンガンの銃弾が煙を貫く!
しかし……手応えはない。
そのかわりに、レーダーの光点が大きく右に動いた。
回避行動をとった証拠である。
その軌道を頼りに敵位置をより正確に算出する。
これを繰り返せば、いずれは相手に当たる!
エリィ特製FCS補助ソフト、『ビンゴくん三号』である。
なかなか便利な代物だが、名前がいまいちなところが難点だ。
リンファが再度トリガーを引こうとした、その時!
レーダーの警告音が鳴った。
トラッカードッグが猛スピードで近付いてくる!
収まりかけた砂煙を切り裂き、銀色の巨人が姿を現す。
そのままトラッカードッグは、ペンユウに体当たりを仕掛けた!
かわしきれずにはじき飛ばされるペンユウ。
ブースターで体勢を立て直すも、その目の前にはバズーカの弾丸が迫っていた。
――直撃!?
リンファは覚悟して目を閉じた。
ドグォアァァッ!
ペンユウの眼前の空中で、突然バズーカ弾が爆発を起こした。
衝撃がペンユウを震わせるが、直撃ほどではない。
『気を付けろ、手強いぞ』
「ヨシュア!」
青い蜘蛛……ヨシュアの四足AC『ワームウッド』が、壊れた扉から滑り込んできた。
どうやらさっきは、ヨシュアが敵弾を撃ち落としてくれたようである。
ペンユウが体勢を立て直している間に、ワームウッドはトラッカードッグに攻撃を仕掛けた。
肩に装備しているレーザーキャノンを乱射しながら相手を追いつめていく。
しかしトラッカードッグは、避けるどころか真っ正面から弾幕に突っ込んでくる!
身を低くしてキャノンの弾丸をかわし、そのままワームウッドに迫る!
バズーカの銃口は真っ直ぐにワームウッドのコアに向けられている!
バズーカの弾丸はワームウッドの足下に着弾した。
慌てて回避するも、爆風からは逃れられない。
安定性のないワームウッドは大きく吹き飛ばされた。
そこを狙ってさらにトラッカードッグのバズーカが火を噴く!
――させるかっ!
ペンユウはすでに体勢を立て直している。
マシンガンを構え、右から左へと掃射する!
ガガガガガッ!
マシンガンは狙い違わずバズーカ弾を撃ち落とした。
同時に後ろのトラッカードッグにも弾丸が迫る。
トラッカードッグは空中に飛び上がりそれをかわすと、自分の肩に手を遣った。
左手でつかんだものは……バズーカの追加弾倉。
規格品通りなら、あの中には十発分のバズーカ砲弾が入っているはずだ。
必要に応じて弾丸を補給できるわけだが……
……ということは、まさか!?
リンファの予感通り、トラッカードッグは追加弾倉をもぎ取り、ペンユウに向かって投げつけた!
足下に転がる幾つものバズーカ弾……
そして、トラッカードッグはそれを狙ってバズーカ砲を撃つ!
「やばっ……!?」
慌ててリンファは操縦桿をなぎ倒した。
しかし……間に合わない!
ゴガァァアアアァァンッ!
つづく。