アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
爆発の衝撃が、コックピットを襲う。
機体が激しく揺れ、いくつものレッドランプが一度に点灯した。
警告音はさっきから鳴りっぱなしである。
頭が痛い。
揺れのおかげで打ってしまったようだ。
額に当てた手に赤黒い血がこびりついた。
ヨシュアは舌打ちをした。
損害を確認する。
動かないことはないが、機動性能は30%以下にまで低下しているだろう。
さすがはバズーカ砲。威力は半端なものではない。
その時、不意に通信が入った。
『ヨシュア、大丈夫!?』
リンファである。
かなり大丈夫ではないが、無駄に心配させてもしょうがない。
それに……リンファをかばったのはこっちなのだ。
ペンユウにバズーカ砲が命中する直前、ワームウッドが飛び出したのである。
砲弾はワームウッドの胴体に食い込み、床に散らばった追加弾倉には誘爆しなかった。
「喋っている暇があったら自分の心配でもするんだな」
そう言いつつもその声には余裕がない。
それもそのはず、操縦桿を倒しても、出力がほとんど上がらなかったのである。
ヨシュアは外部モニターを見遣った。
トラッカードッグがこちらに迫ってきている。
止めを刺すつもりだろうか。
その時、突然視界の外から赤いACが飛び込んできた。
マシンガンの掃射でトラッカードッグを追い払う。
言うまでもなくペンユウである。
『ヨシュア、どうせもうまともに動けないんでしょ?
今のうちに撤退しなさいよ』
「冗談じゃない。
それより……」
ヨシュアはモニター越しに倉庫の中を見回した。
立ち並ぶ何かのタンク。
そこにうがたれた内容物を示す文字。
「時間、稼げるか?
できるだけ奴を動き回らせて、だ」
『簡単に言ってくれるよね』
文句を言いながらも、ペンユウはトラッカードッグを追い始めた。
マシンガンで牽制し、わざとそれをかわさせている。
さすがに巧い。
ヨシュアはまだ生きている動力を全てレーザーキャノンに回した。
慎重に標準を合わせる。
あとはタイミングを計るだけ、である。
彼の額から汗が流れた。
汗は血と混ざり合い、髪をべっとりと顔に張り付けた。
ヨシュアはトリガーに指をかけた。
*
ガガガガッ!
マシンガンを放つ。
ヨシュアは時間を稼げと言ったが、別にこのまま倒してしまっても良いわけである。
もちろんリンファは手加減などせずに本気で狙っているのだが……当たらない。
トラッカードッグの動きには予想以上にキレがある。
下手に手加減などしようものならこっちが危ない。
実際、さっきからいくつものバズーカ砲弾がペンユウの装甲をかすめている。
リンファはさらにトリガーを引いた。
トラッカードッグは、弾丸をかわしてこちらに突っ込んでくる!
「馬鹿の一つ覚えっ!」
リンファは叫んだ。
トラッカードッグのこの動きは予想済み。
レーザーブレードの出力を最大まで上げ、突っ込んでくる敵に斬りつける!
しかし、直前でトラッカードッグは方向を変えた。
ブレードの届かないペンユウの右手に回り込み、そして……
左の拳を、そのままペンユウに叩き付けた!
ごっ!
コックピットが揺れる。
まさか、ブレードも装備していない素手で殴りかかってくるとは……
ダメージは大したことはないが、一瞬機体が揺らいだ。
その隙に、もちろんトラッカードッグはバズーカを構える!
「目には目をっ!」
ペンユウは左腕を振り回し、トラッカードッグのバズーカの銃身を弾いた。
ことわざの使い方は間違っているが、効果はある。
弾丸はペンユウから大きくはずれ、床で爆風を撒き散らした。
ブースターを噴かし、ペンユウは飛びすさる。
バズーカをかわしにくい近距離での戦いは不利である。
――まだ!?
リンファはワームウッドに目を遣った。
レーザーキャノンを構えたまま、ぴくりとも動こうとはしない。
そうこうしている間にもトラッカードッグは再び近付いてきた。
バックジャンプしながらマシンガンを掃射し、距離をとる。
その時、トラッカードッグが天井に向かってバズーカを発射した。
瓦礫と砂埃で視界が封じられる!
リンファはすぐさまレーダーを確認した。
しかし、レーダーに映るのは妙なノイズばかり。
「!?」
リンファは天井の、バズーカで撃ち抜かれた辺りを見上げた。
へし折れた鉄骨が巨大な怪物のような影を作り出す。
電気配線のコードは絶縁体がとけて、そこから青白いスパークを飛び散らせていた。
……スパーク?
まさか!?
気付いたときにはもう遅い。
ボダは、電磁波によってレーダーを攪乱し、同時に視界を煙で遮って、そこに襲いかかるつもりなのである。
条件は向こうも同じのはずだが、あの妖怪野郎ならこちらの駆動音で位置を特定する、なんていう技が可能かもしれない。
リンファの予感は的中した。
砂煙を突き抜けて、銀色のトラッカードッグが突如姿を現した。
位置は……ペンユウの真後ろ!
どうやらペンユウの後ろにあったタンクに上り、そこから飛び降りてきたようである。
とても回避が間に合う状況ではない!
……と、その時。
『伏せろっ!』
ヨシュアの声が、コックピットの中に響き渡った。
*
がっ!
ワームウッドのレーザーキャノンは、狙い違わずそれをぶち抜いた。
即ち……トラッカードッグが乗っていたタンクである。
タンクは大きく裂け、そこから内容物が吹き出してきた。
無色透明な液体。
見ただけでは水と区別がつかないかもしれない。
その液体は、トラッカードッグを押し流した。
ペンユウは、タンクの真下にいたせいで液体はほとんどかからなかった。
しかし、背筋に悪寒を感じたリンファは慌ててその場を離れた。
タンクの外壁には、大きくこう記されていた。
《Nitric Acid》――《硝酸》、と。
*
ギアの駆動音が響く。
ペンユウは片膝をついた。
コアにあるコックピットの扉が開き、そこからワイヤーが垂らされる。
リンファはワイヤーについた足場をつたってペンユウから降りた。
先にワームウッドを降りて溶解していくトラッカードッグを見つめていたヨシュアの隣に並ぶ。
ヨシュアは珍しく煙草を吸っていた。
紫煙が立ち上り、リンファはむせた。
それに気付いたのか、ヨシュアは煙草を吐き捨てた。
「終わったわね」
ヨシュアは何も答えなかった。
ただじっと、硝酸の海に飲み込まれていく銀色の機体を見据えていた。
瞳は研ぎ澄まされた刃のように輝いていた。
リンファも彼と一緒にその光景を眺めていた。
もし死体が残らなかったら、ガードは賞金を支払わないかもしれない。
そんなのは嫌だな、と漠然と考えていた。
その時、酸の海の中で何かが煌めいたような気がした。
最初は銀色の装甲板かとも思ったが、それとも多少違って見えた。
ずぶりっ。
鈍い音がここまで届いた。
間違いない。
溶け去っていくACの外装を突き破って、誰かの左腕が姿を見せた。
リンファはあんな腕を持つ男は一人しか知らない。
刃が付いた義手。
ばじゅっ!
跳ね飛ばされた装甲板が、酸に触れて音を立てた。
ACの残骸から這い出てきた男、ボダはその装甲板を足場にして酸の海を飛び越えた。
「生きてる……」
ふとヨシュアを見ると、彼の額には脂汗が浮かんでいた。
ひゅー、ひゅー。
ボダの荒い息づかいが聞こえてきた。
肩を上下させ、生きているのすら辛そうだった。
リンファは息を飲んだ。
ボダの顔面は、酸のせいであちこちが焼けただれていた。
全身の皮膚が黄色く変色し、いくつもの水ぶくれが生まれては弾け、また生まれてを繰り返している。
「野郎」
ヨシュアが唸った。
血に濡れた手をコートの中に入れる。
拳銃を取り出すと、すぐさまボダに向けた。
ボダはきびすを返すと走り出した。
向かう先は倉庫の入口。
逃げるつもりだろうか。
リンファがそう思ったときには、ヨシュアはすでに走り出していた。
つづく。