アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
「ボダ!」
ヨシュアは叫んだ。
冷たい闇の中、殺人鬼の動きが止まる。
そいつは、ゆっくりと振り返った。
工場の外の空気は思ったよりも冷たかった。
しかしヨシュアの身震いは、寒さのせいではなかっただろう。
そのまま彼は右手の拳銃を持ち上げた。
銃身がまっすぐボダの方を向く。
黒い小さな鉄のかたまりが、彼の手の内で死を振りまく時を待っていた。
対峙する二人を、リンファは遠くで見つめていた。
何か言葉をかけなければ。
頭ではそう思っているのに、言葉は喉でただの吐息となって流れてしまう。
リンファは漠然と感じた。
自分は今、やっとヨシュアのかけらを見た、と。
時間が流れた。
永劫にも等しい時間の流れだった。
やがて、風が吹いた。
風はヨシュアの左の頬を撫でていった。
ボダが走る。
真っ直ぐ、ヨシュアに向かって。
ヨシュアは引き金を引いた。
しかし殺人鬼ボダにとっては、銃弾をかわすことなど造作もないことだった。
*
「風?」
彼は風の言葉を繰り返した。
何を言っているのか、彼にはわからなかった。
自分と今、身を重ねているこの風は詩人だ。
でも自分は違う。そう思った。
「あなたは水」
風は彼の胸に指をはわせた。
お互いがお互いの暖かさを感じあっていた。
それはきっと、肌の暖かさではなかっただろう。
「水は鴉の足を捕らえる。
でもやがて、鴉は水で喉を潤す」
彼は黙って風の言葉を聞いていた。
何のことだかわからなかった。
「ある時、水は滝となって流れ始めるわ」
彼は笑った。
それが風の気に障ったようだった。
風は頬を膨らませた。
似合わない表情だ。
でも、それでもいい。
風は、似合わない表情を他人に見せることは決してないのだから。
「まるで占い師だな」
彼は言った。
昨日二人で出かけたとき、暗い裏道で出会った老婆がこういう雰囲気のことを口走っていたのを思い出した。
老婆が言うといわくがあるように思える言葉だが、風はそれには少し若すぎる。
そして美しすぎた。
「わたしはそんなに偉くないわ。
だって、風なんだもの」
風の言葉は、彼の胸の中に忍び込んできた。
でも、これはどうでもいいことなのだと思った。
風にとってはどうでもいいこと。
彼にとっては大事なこと。だから彼は、聞いていないふりをした。
今はそれでいいだろう。
今は、この温もりだけで十分だ。
*
重い音が響いた。
彼は自分についた傷に手を遣った。
べとべとした赤い物が手にこびりついた。
信じられない。
それだけが、彼の心の中にあった。
ボダは倒れた。
胸板を、銃弾に貫かれて。
それをヨシュアは黙って見下ろしていた。
左手に持ったもう一丁の銃は、彼の左側に回り込んだボダを確実に捕らえていた。
わかりきっていたのだ。
一発目をかわされることは。
わかっていて、あえて撃った。
そして一瞬遅れて左側に銃弾を放ったのだ。
――あ――
ボダのうなりが聞こえた。
わからないのだ。
なぜ、左手に回り込むことがわかったのか。
ボダは息を吐いた。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
もう二度と動くことはできない。
生まれて初めてだった。こんなに、怖いのは。
何も言わず、ただヨシュアはその場に突っ立っていた。
しばらく地下都市の天井を見上げていて、そしてふとあることを思いついた。
なぜ、風が吹いたのだ。
地の底にあるこの都市に、風が吹くわけがないではないか。
さっき吹き抜けた風。
自分の左の頬を撫でていった風。
ボダが回り込む方向を、教えてくれた風。
あれはなんだったのだろう。
その答えが見えた時、ヨシュアは地面に膝をついた。
拳銃が手から滑り落ちる。
コンクリートの床とぶつかり合って、それが乾いた音を立てた。
「シェリー」
もう一度、風の名を呼んでみた。
何も起こらなかった。
風は吹かなかった。
呟きは冷たい夜の空気に吸い込まれて、こだますることもなかった。
リンファは遠くでずっとそれを見つめていた。
何もできない。それはわかっている。
これはヨシュアだけの問題なのだ。
リンファには何もできない……わからない。
悲しみを背負ってやることも、怒りを分かち合うことも。
一つだけあるとすれば、それはきっとこの姿を目に焼き付けることだけだろう。
リンファは初めて、男の涙を美しいと思った。
その姿をじっと見つめて、いつまでも憶えておこうと思った。
自分が死んだら、誰かがあんな風に泣くんだろうか。
そう考えたとき、リンファは今まで封印していたことを認めざるを得なかった。
――子供だな、あたしって。
THE END
■次回予告
E「雨に追われて逃げ込んだ廃工場。
そこに蠢く謎の影……」
R「キャァーッ!」
E「ひとりまたひとりと消えていく仲間たち……」
J「ぐあぁーっ!」
E「逃げ場のない閉鎖空間で忍び寄る恐怖……
果たして、彼らは生き延びることができるのか……?
次回、戦慄のサスペンスホラー、
『ディープ・クリア・ラップ』
あなたはもう、逃れられない……!」
R「ねえ、なんかロブスター食べたくない?」
J「冷蔵庫に放置した奴じゃなけりゃあな」
E「それではまた!
みんなよんでね~!」