アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
ぎぃっ……
軋みながらドアが開いていく。
ヨシュアはその隙間から向こう側の様子をうかがった。
最初の部屋の隅に見つけたドアとシャッター……
おそらくは物資を搬入するための通路だろう。
鍵はかかっていなかった。
向こうはやや狭い部屋になっているようだった。
それでもかなりの広さなのだが。
ヨシュアはドアを蹴り開けると、銃を構えながら中に飛び込んだ。
隙なく辺りを見回す。
動くものはない。
とりあえず安心していいようである。
この部屋は各部屋のジャンクションといったところか。
ターンテーブルが床の中央にあり、壁にはこの施設の案内図がかかっている。
積み重ねられたいくつものコンテナや箱。
上を見上げると、壁には鉄製の足場が備え付けられていた。
ヨシュアは案内図に歩み寄り、手でそこの埃を払った。
最初に入った部屋の大きさを考えると……広い。
想像以上に広大な施設だ。
しかも、部屋に付けられた名前を見る限りでは、工場と言うよりは研究施設らしい。
それもAC……いや、大破壊当時にACは存在しなかったはずだから、MTの開発研究を行う施設だろう。
――悪寒。
ヨシュアの神経が突然ざわめいた。
ふり返りざまに銃を構える。
ガタッ……
遠くに積まれていた箱が音を立てて崩れた。
その影から這い出す一つの影……猫である。
一匹の黒猫が、両目を不気味に光らせてヨシュアをにらみ付けていた。
「脅かすな……」
ヨシュアは銃を降ろした。
猫の気配を殺気と取り違えるとは、まだまだ自分も詰めが甘い。
ヨシュアは溜息をついて――
――猫!?
ダンッ!
頭上から降り注いだ銃弾が、コンクリートの床に食い込む。
ほんの一瞬前までヨシュアが立っていた位置である。
気付くのが少しでも遅れていれば、彼の命はなかっただろう。
ヨシュアは銃を頭上に向けた。
壁に付いた通路、その上で何かが蠢いた。
ゆっくりと立ち上がる。
人影だった。
ヨシュアは眉をひそめた。
男……だろうか。
妙に中性的な人間が通路からこちらを見下ろしていた。
黒い髪、青い瞳、彫りの深い顔立ち。
そいつは、畏怖にも近い感情をヨシュアに植え付けた。
「流石だなァ……
声は少し低い。
男のようである。
ヨシュアは目を細めた。
いるはずがないのだ。
汚染された地上に、猫など。
もしいるとすれば、それは誰かが連れてきた、ということに他ならない。
油断させるための囮としては文句なしだろう。
さっきの黒猫が箱を蹴って上の足場に飛び乗った。
爪とさびた鉄が触れ合ってがちがちと音を立てる。
やがて猫は、男の足元まで来て体をすり寄せた。
男の目が猫に向いた。
まるで感情がないかのような冷たい瞳である。
「ミーア」
男は猫を抱き上げた。
やはりこの男の飼い猫だったようである。
普通猫は抱かれるのを嫌がるものだが、こいつはよほど馴れているのか、暴れる素振りも見せない。
男は猫の顔を自分の目の位置まで持ち上げた。
「邪魔だ」
ブンッ!
突然、男が猫を投げ捨てた!
下にいるヨシュアに向かって。
予想外のことに驚き、拳銃を握ったヨシュアの手が一瞬止まる。
ダンッ!
男の拳銃が火を噴き、弾丸が猫を貫いた!
そのまま貫通した弾丸は、間一髪かわしたヨシュアの足下に突き刺さった。
男が拳銃を連射する。
ヨシュアは弾幕から逃れるようにしてコンテナの影に飛び込んだ。
「なんて奴だ、自分の猫を……」
思わず、ヨシュアの口からそんな言葉が吹き出した。
猫を撃ち抜いた瞬間見えた男の表情……笑っていた。
冷笑や微笑などではない。
本当に楽しそうな、玩具を得た子供のような笑いだった。
今まで動物を飼っている者は何人も見てきた。
それぞれいろんな動物をいろんな方法で飼っていたが……
自分の猫を嬉々として撃ち殺すような奴は初めてである。
「そういやァ、まだ名乗ってなかったな」
コンテナの影になって見えないが、おそらく男は笑っているのだろう。
さっきと同じ、狂喜に満ちた表情で。
「俺の名は……」
*
「エリィ、どこ?」
リンファの声は、部屋の中にこだました。
反響音が減衰しながら響き渡る。
しかし、他には返事も微かな物音もない。
溜息をつきながらリンファは部屋を見回した。
多分この部屋は作業や運搬に使う重機のガレージだろう。
時代遅れのMTやらクレーンらしきものが、等しく埃をかぶっている。
それも、油を吸い込んだ黒い埃である。
臭いもする。
はやくエリィを見つけて、こんな所からは退散したかった。
それにしても、大分奥まで来たはずだが、全く端にたどり着いた気配がない。
一体どれほど広い施設なのだろうか。
スペースが限られている地下都市ではとても考えられない造りである。
おまけに機材や重機が点在していて、かくれんぼには最適な空間かもしれない。
きっと、見つける前に鬼が飽きてしまうだろうが……今の自分のように。
「エリィ? ……ったく、どこまで行っちゃったのよ……」
愚痴りながらもリンファはMTの影を一つ一つ見て回った。
しかし、散々歩き回って見つけたのはドア一つだけである。
リンファは渋い顔をしてドアノブに手をかけた。
「よう、嬢ちゃん。
お暇かな?」
声は突然、後ろからかかった。
慌てて服の内側から拳銃を取りだし、背後に突きつける。
そこでは見たこともない人間がにやにやと笑いながらこっちを見つめていた。
妙にミスマッチな黒い髪と青い瞳……顔の彫りが深いのは北欧系の血だろうか。
アジア人のリンファにとってはヨーロッパ系の人間の顔はあまり区別が付かないが、ヨシュアとは少し違うタイプだということぐらいはわかる。
しかも、ヨシュアより断然美形である――性別がわからないほどに。
内心の動揺を抑え、リンファは軽口を返した。
「あいにくと、今取り込み中なの」
「そうかい、そりゃ残念」
そいつは肩をすくめてみせた。
声や態度からすると、どうやら男らしい。
「なら仕方ない。
無理矢理付き合わせるしかないな。
……地獄の入口までのドライヴにな」
リンファはもう少しで吹き出すところだった。
全く、文芸センスのない奴である。
もっとましな文句がなかったものか。
などと考えている暇は、ないようである。
男が走る!
手には軍用ナイフ……
男はそれを、リンファの眉間めがけて突きだした。
寸前でかわしたものの、自慢の黒髪が数本切り落とされる。
リンファは青ざめた。
普通、ナイフで攻撃するときは腰に重心をおいて構え、最も大きな的……つまりは相手の胴体を狙って突き刺すのがセオリーである。
そうでなければ、たとえ当たっても服を貫くことさえできないのである。
しかしこの男は、大きくナイフを振り回していながら、狙いが正確で力も乗っている。
いや、そもそも相手に自分から襲いかかるのに、拳銃ではなくナイフを使ってくるという時点で、そいつが銃よりもナイフを使った方が強い、ということの証明なのである。
決して侮ってはかかれない。
男の攻撃をかわしざまに、リンファは肘打ちを繰り出した。
狙いは男の顎。
しかし男は避けもせず、左手を持ち上げた。
もう一本のナイフが、顎の前で煌めいた。
慌ててリンファは腕を止めた。
このまま攻撃していたら、あの刃が腕に食い込んでいただろう。
仕方なくリンファは体勢を崩しながら男の胴を蹴った。
直接のダメージはないだろうが、反動で地面を転がり、距離を離す。
リンファは顔をしかめた。
服が埃だらけである。
「いい腕してるじゃない……おかげで埃まみれよ」
「かわいい顔が台無しだな」
この期に及んで、まだ男はおどけて見せた。
どうも嫌いなタイプである。
気を取り直してリンファは低い声で言った。
「あんた、何者?」
「あんただって、聞いたことくらいあるだろ。
俺の名は……」
男は口の端を吊り上げ、にやっと笑った。
「エアハルト」
つづく。