アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
『ヨ……ヨシュア……ぁ』
リンファの声は無事を確認するためのものでも、作戦を練るためのものでもなかった。
ただ、圧倒的な恐怖と重圧から逃げようと、必死で助けを請う一人の少女の声だった。
それを聞きながらヨシュアは薄れる意識を必死で呼び覚ました。
モニターで被害状況を確認する。
機関部がやられていて、もはや一歩も動けないだろう。
おまけに全ての兵器が、接続を失って使い物にならなくなっている。
おそらくペンユウも似たような状況なのだろう。
「化け物め……」
ヨシュアは額に冷や汗を浮かべて毒づいた。
まさか、全身にミサイルを埋め込んでいるとは……発想と技術が尋常ではない。
敵は……H―1は、ゆっくりと歩みを進めた。
一歩一歩、自分の重みを確認するかのように、動くことのできない二機に近付いていく。
『ヨシュア……ヨシュアぁ……怖いよ……
助けて……ねぇ、助けてよ!』
「落ち着け!」
その言葉は自分に言い聞かせているようでもあった。
「俺が護ってやる!
だから取り乱すな!」
その一瞬後で、ヨシュアは自分が口走ったことにはっとなった。
生まれてこのかた、他人を護るなんてことは考えたこともなかった。
なのにどうして、こんなことを言ってしまったのか。
多分、リンファをなだめるためのでまかせなんだろう。
彼はそんな風に自分を納得させた。
……終わりだな。
ヨシュアは漠然と感じた。
こんな風に、余計なことをあれこれ考えるのは、どうしようもない証拠だ。
もはや生き残る道は残されてはいない。
ヨシュアは手元のキーをいじり回した。
モニターに文字が表示される。自爆機能の安全装置が解除される。
おそらく、相手が至近距離まで近付いたところで自爆すれば、いくら相手の装甲が硬くても仕留められるだろう。
不思議と恐怖はなかった。
隣で動けなくなっているペンユウに目をやる。
距離は離れているから、自爆の影響は受けないだろう。
「リンファ」
ヨシュアは優しく声をかけた。
「声、聞かせてくれ」
しばらくの沈黙の後で、リンファの声がした。
『ねえ、死んだらどうなんだろう?
寒いのかな? 痛いのかな?』
リンファの声はさっきより落ち着いた調子だった。
ヨシュアのでまかせが効を奏したらしい。
「どうだろうと」
ヨシュアの額を汗が流れ落ちた。
「死んだ後だから平気だろうさ」
…… ……
ヨシュアは、自爆スイッチにかけていた指を放した。
何か音が聞こえる。
発煙筒を焚いたときのような、しゅうしゅうという音が地面を伝わって耳に届いてくる。
H―1の動きが止まった。
回転して辺りの様子を確かめている。
奴にも聞こえているらしい。
音は次第に大きくなっていった。
「何だ……この音は?」
『! もしかして!』
リンファが叫ぶ。それと同時にヨシュアも気付いた。
ACに乗るときにいつも聞いていた音。
つまり……
『ブースター音!』
ゴバガァァアアアァッ!
突如、床が弾けた!
何かが地下から飛び上がり、工場の床をぶち抜いて現れる!
それは床を破った勢いのまま空中に飛び上がり、やがてH―1から少し離れたところに着地した。
二足タイプの巨大ロボット。
H―1にそっくりなデザインだが、所々角張っている。
そして肩には……「H―2」の文字!
最悪だ。
ヨシュアは目を瞑った。
よりにもよって、あんな化け物がもう一機でてくるとは。これではもう、自分たちが助かる見込みは……ない。
しかし、次に聞こえてきた声が二人を驚愕させた。
『やっほー!
りんふぁちゃん、だいじょぉぶぅ?』
H―2から届いた脳天気な声……これは!
「エリィ!?」
*
エリィは計器の状況を一つ一つ確認した。
普通のACとはまるで違う操作系統だが、わからないことはない。
それにしても驚くべき性能である。
レーダーもモニターもひたすら感度が良く、なんと数十メートル先の埃の一粒が見えるほどに拡大できる。
装甲も分厚そうだし、機動力も文句ない。
さすがは奴の作品……といったところか。
驚き半分、遊び心半分でいろいろといじくり回しながら、エリィはリンファ達に通信を送った。
「あー、ぺんゆうぼろぼろだぁ。
なおさなきゃ~」
『それよりエリィ!
ンなもん何処で手に入れたのよ!?』
『てめぇ……地下に入りやがったな!』
突然アルベルトの声が乱入してきた。
確かに、このAC「H―2」は地下の隠しガレージから拝借したものである。
ガレージにはもう一機分空きがあったし、そもそもこいつが二号機だったので、おそらく一号機がそのあたりにいるだろうとタカをくくっていたが……
どうやら目の前のこいつがそれのようである。
それにしても、あのボロボロになったアブソルート・ツヴァイの中でよくも生きていたものである。
その生命力だけにはエリィは感心した。
『ブッ殺す!』
罵声と同時に、H―1の装甲がめくれ上がった!
その奥から飛び出す無数のミサイルたち!
――まだ残ってたのか!?
『逃げて、エリィ! はやくっ!』
まるで蜘蛛の糸のように煙をたなびかせて、百近い数のミサイルがH―2に迫る!
しかし――エリィは避けようともしない!?
ギュゴガガガガガガゴウンッ!
案の定、全てのミサイルがH―2に直撃する!
嵐の如く炎が吹き荒れ、爆炎を巻き上げる!
『そいつは俺のだ!
返してもらうぜっ!』
いくらなんでもあれだけの攻撃を受けては……今頃機体がどうなっているか、想像に難くない。
やがて煙は薄れ、散乱していった。
そして、その奥に巨大な人影が姿をあらわした!
無傷で佇む、H―2の姿!
「やだ」
よく見ると、ミサイルは一発も直撃していない。
すべてH―2のボディから逸れ、近くの床や壁に着弾している。
『
ヨシュアは惚けたように呟いた。
おそらく、機体の周囲に強力な磁界か電界を発生させ、それでミサイルの軌道をそらしたのだろう。
と、言うのは簡単だが、実行するのはほとんど不可能に近いはずである――
そうでなければ、とうの昔にどこかの企業が実用化している。
「えへへ~、えりぃ、いっきま~す!」
H―2が走る!
しかしH―2はH―1と同じく何の武装も施されていない。
やはり同じようにミサイルか何かが隠されているのだろうか?
H―2は驚異的なスピードで一気に間合いをつめ、そして……
「えりぃぱ~んち!」
ごばぁっ!
『……………は?』
*
リンファの目が点になった。
つまり……H―2が、近付くや否やパンチをぶちかましたのである。
それも素手で。
確かに、接近戦において格闘戦を得意とするMTは存在する。
しかし、これは威力の面ではるかにそれを超越していた。
貫いたのである。
分厚い装甲に護られたH―1のコアを。
たったの一撃で。
『ぱーんち! ぱーんち! ぱーんち!』
ごしゅっ! がひょっ! ぐきょっ!
次々繰り出されるパンチに、H―1の機体は見る間に解体されていったのだった。
つづく。