アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
01 絶望の予兆
暗くて湿った空気に満たされた倉庫。
ゴミだか使える部品なんだかわからないような機械が見境なく散乱し、それを無理矢理端に寄せて道が作られている。
奥にはさしずめ砂漠の中のオアシスの如く開けたスペースがあり、そこにテーブルと椅子代わりの木箱が並べられている。
さらに、テーブルの上には一台のパソコン。
そこまでなら普通の倉庫かジャンク屋と変わらない風景だろう。
しかし、空間の半分ほどを占める小山が、そうではないことを物語っていた。
青いビニールシートを被せられた巨大な人型ロボット。
山の正体はそれである。
微動だにせず仰向けに寝転がっている。
そんな倉庫の中、床に転がって呻いている女が二人。
一人は黒髪の、アジア系の女。
もう一人は長い赤毛を三つ編みにした北欧美人である。
二人とも、顔には生気がなく、やつれ細っている。
ぐぎゅるるるるぅぅ。
もう何度目だろうか。腹が鳴った。
「おなかへったよぉ~……」
先に泣き言を言ったのは赤毛の女の方だった。
一方、アジア系の女は勝ち誇った顔でそれをいさめる……
まあ、一体何に勝ったのかはさっぱりわからないが。
「我慢するのよ、エリィ……
これは神が与えたもうた試練よ」
「そんなこといってぇ~!
りんふぁちゃんがあんなのかうからぁ~!」
そう。
某月某日、食費が尽きた。
リンファといえば、闇の世界に生きる傭兵『レイヴン』達の間では有名な存在である。
若く、美女で、この地下都市には珍しいアジア系、そして何より腕が一流となれば、有名になるのも当然である。
有名になれば勿論、企業からの依頼も増えるし、その待遇もぐっと良くなる。
要するに、食いっぱぐれる心配は少なくなるわけである。
リンファも例外ではない。
つい先日までは20万コーム以上の蓄えがあり、2ヶ月ほどなら十分遊んで暮らせるはずだった。
しかし。
一週間前にリンファがした衝動買いのせいで、それが一気に底をついたのである。
「うっ……
で、でも、あのパルス加速装置、20万ポッキリだったのよ!?
普段なら25万は下らないのに!」
「でもぉ、それでおかねがなくなっちゃったらだめじゃないぃ~」
まさしく、エリィの言うとおりである。
しかもリンファの愛機『ペンユウ』にはもうコアスロットが残っておらず、せっかく買ったパルス加速器を装備することもできないのである。
つまり……完璧な無駄。
ごぎゅるぅおおおおううう。
またしても腹が鳴った。
二人は顔を見合わせると、盛大に溜息をついた。
もう言い争いをする元気もない。
何せ、食料が尽きてもう二日である。
「あたし、ピンカロアップ食べたい……」
「えりぃはえびふらい~」
「チャオアムチョンソン……」
「ろぶすたー……」
「ロンハーパッチャンピンプン……」
「ファースト・フードでいいならここにあるんだがな」
突然かかった声に、二人は顔を上げて入口の方に目を遣った。
そこでは黒いコートを着た長身の男が、ハンバーガー・チェーンの紙袋を手にぶら下げて立っていた。
見下したような笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。
リンファの知り合いのレイヴン、ヨシュアである。
*
「お、おい……もう少し落ち着いて食べろよ……」
ヨシュアが圧倒されるほどの食欲。
リンファとエリィは、わき目もふらずにひたすらハンバーガーにかぶりつき、ポテトフライを口に放り込み、コーラでそれを胃に流し込む。
空きっ腹でこういう食べ方をすると腹を壊しそうなものだが、どうやらそんなことは気にしていられないらしい。
呆れて溜息をつきながら、ヨシュアは自分のハンバーガーを口許に持っていった。
――冷たい視線。
気が付くと、リンファとエリィが物欲しそうな瞳でヨシュアの一挙一動を見つめていた。
「……わかったって……そんな目で見るな」
ヨシュアがテーブルに置いたハンバーガーは、数秒後にはリンファの胃袋の中へ消えていた。
それと同時にポテトフライもエリィが頬張った。
なんという早業……よっぽど腹が減っていたのだろう。
「全く、もう少し可愛らしく強請れないもんかね」
「よしゅあく~ん、えりぃもっとたべたぁ~い!」
「あたしも~!」
もう一度、ヨシュアは溜息をついた。
もう余計な話をするのに疲れたのか、コートの内ポケットから光磁気ディスクを取りだし、テーブルの上のパソコンに接続する。
すぐさま、画面に何かのデータが表示された。
「働かざるもの食うべからず、だ」
「ってことは、仕事?」
リンファはきらきらと目を輝かせた。
最近大きな抗争もなく平和だったおかげで、リンファの所にはさっぱり依頼が入って来なかったのである。
これで、どうやら食いつなぐアテはできたようだ。
「なになにのおしごとですかぁ~?」
「え~と……
依頼主はカトー・ラテックス。
依頼内容は要人護衛か」
カトー・ラテックス……
その名の通り、有機高分子化学の分野ではそれなりに名の通った企業である。
企業としての規模は中の上といった程度。
それでも、絶縁装甲や軽量パーツには欠かせない高分子を得意としているだけに、社会への影響力は大きい。
確か、大破壊以前から続く息の長い企業だったはずだ。
今時珍しく社長も世襲で、現在は五代目のテルミチ=カトーがその位に付いている。
「ネストで公式募集されてた依頼だ。
もう契約はしてあるんだが、依頼主がまだ腕の立つレイヴンを探してる。
金に糸目は付けないんだとさ」
「ふーん。
で、いつなの? その仕事」
ヨシュアは無言で画面を指さした。
そのためのデータディスク、というわけである。
画面には実行日時と作戦内容、そして周辺のマップデータが表示されていた。
明日20時丁度より、テルミチ=カトー専用車両を地上幹線道路8号線地下都市『ヴォルカニクス』~地下都市『アイザック・シティ』区間で護衛せよ。
尚、報酬は7万コーム、前金として半額を支払うものとする。
格別の条件だ。
リンファは口の端を吊り上げ、満面の笑みを浮かべた。
「OK。受けるわ、この仕事。
エリィ、ペンユウの準備は?」
「さんじかんでできるよ~」
「決まったな。
それじゃあ、行くか」
ヨシュアは一人で立ち上がった。
リンファ達は呆然と彼の顔を見上げている。
まだ出撃するには早すぎるし、特に他の用事もないのだが。
「どこ行くの?」
「それだけじゃ足りないだろ?
奢るよ」
*
ピッ。
暗く狭い部屋の中、電子音が小さく鳴った。
部屋で一人だけコンピューターに向かっていた男は、横にあるディスプレイに目を遣った。
パソコンの画面には、とある企業の内部情報が事細かに記されている。
その一つに、この企業と契約したレイヴンの情報があった。
四人ほど名前が挙がっている。
彼に対抗するために雇ったに違いない。
浅はかで愚かなことだ。
しかし、その中に二つの名を認めたとき、彼は目を見開いた。
――そうか。やはり、邪魔をするか。
もしかしたら偶然かもしれない。
相手もレイヴン。たまたま、この企業の依頼を受けただけかもしれない。
もしそうだとすれば幸運だ。
恰好のデモンストレーションの機会である。
彼は通信を開いた。
『ご用ですか』
相手の男は表情一つ揺るがさず、事務的な口調で応えた。
黒いスーツが硬く冷たい雰囲気を醸し出している。
「明日の作戦部隊を変更する。
『カットラス』を倍に増やせ。
それと……『ドレッドノート』を投入する」
通信相手の男の眉がぴくりと動いた。
『……カットラス12機とドレッドノート……
少々大がかりすぎると存じますが』
「構わん。言ったとおり準備しろ」
『了解しました』
通信はそれで終わった。
相手の男の心配ももっともである。
たかだかAC四機相手に、この戦力は異常とも言える。
しかし、彼は確信していた。
これでも足りないくらいだ、と。
そう。あくまでこれはデモンストレーション。
派手に本番を盛り上げなければならないのだ。
――始めようじゃないか。狂気と殺戮の宴を――
つづく。