アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
『やれやれ……とんでもない化け物だ』
『なんか、よくぞ生き残ったって感じ』
リンファ達は口々に愚痴をこぼした。
エリィもほっと胸をなで下ろした。
一時はどうなることかと思ったが、さすがはあの二人である。
自宅のコンピューターに向かってエリィは話しかけた。
「おつかれさまでしたぁ~」
『急にいつものエリィに戻んないでよ……なんか疲れる』
しかし、エリィは一抹の不安を感じていた。
今回襲ってきた二種類のMTは、どちらもオムニシャンス・インダストリーのもの。
ならば奴がでてきてもおかしくないのだが……
……と、その時。
『デコイ部隊、聞こえるか!?』
これは、アンテナ車に入った通信である。
エリィがハッキングしているせいで、ヨシュアやリンファにも声が伝わっていく。
それにしても、デコイ部隊とは……まさか?
そんなリンファ達の心中など知る由もなく、あのヤマザキとかいう男が応える。
『聞こえている。どうした?』
『こちら本社! 大変だ、敵がこちらを襲撃している!』
『何!? 囮作戦がばれたのか?
はやく、社長を避難させるんだ!』
なるほど。
ということは、この輸送車自体がダミーだったということである。
おそらく、本社の社長宛に襲撃の予告状でも届いたのだろう。
襲撃者から逃れるために社長が移動する、という情報をわざと相手に流す。
そしてレイヴンをやとって囮に襲いかかった敵を撃破する、という算段である。
もちろん本物の社長は本社で隠れている、というわけだ。
これならたとえ迎撃に失敗してもレイヴンが死ぬだけで済む。
しかし、それがばれていたということは……
敵は、こちらの計画を知っていながらわざわざ引っかかった、ということになる。
何故そんなことをしたのか、誰にも見当も付かなかった。
『それが、社長がおかしいんだ。
さっきから、奴が来た、とか言って頭をかかえてるだけで動こうともしない……』
――奴!?
エリィの脳裏を嫌な予感がかすめた。
『ともかく、敵の映像を送れ!
いますぐこっちのレイヴンを連れて救援に向かう!』
『了解!』
そして送られてきた映像に、三人は言葉を失った。
*
「社長、ここは危険です! 社長!」
カトー・ラテックス社長、テルミチ=カトーは、椅子に埋まったまま頭を抱えていた。
部下達の声など全く聞こえては来ない。
ただ、三年前のことが頭をよぎっていくだけだった。
「わたしは……わたしは悪くない……
違う……違うんだぁ……」
部下は訝しげに眉をひそめた。
一体どうしたというのだ。
普段は聡明で落ち着いたこの社長が、まるで怯えた羊のような目をしている。
「敵襲だ! ビル正面に赤いACが一機!」
別の男が社長室に駆け込んできた。
その報告を聞いて、社長が弾かれたように顔をあげる。
後ろを振り返り、窓にへばり付いた。
窓からは表の通りの様子がよく見える。
街の中心部、大通りに面した一角。
文句なしの一等地に、この本社ビルは建っている。
道の向こう側に、赤いわだかまりが見えた。
明らかに周囲の闇とは異質な空間。
わだかまりはやがてはっきりとした形を得て、人の形をとった。
AC。
それも、普通のACとは違う。
見たこともないタイプのAC。
その肩には、見覚えのあるエンブレムが張り付いていた。
「ひっ……ひあぁぁぁああぁぁあぁあっ!!」
*
「あのAC!」
『似てる……あの工場にいたACに』
リンファとヨシュアはそれぞれ叫び声を上げた。
そう。
送られてきた映像に映っている赤いACは、かつて工場で遭遇した謎のACとうり二つだった。
赤黒く塗装された、重量感のあるボディ。
現行のどの規格にも当てはまらない特異な構造。
しかし、違う点が一つある。
肩に、大きな筒を一本背負っていることだ。
ただの筒ではない。付け根の部分には円形のユニットが付属している。
おそらく、円形加速器で加速した砲弾を高速射出する、レールガンと呼ばれる兵器だろう。
『見ているな、エリィ。
……そしてその相棒、
聞いたことのない声が聞こえてくる。
通信機を通じて、おそらくは、あのACから送られてきた声が。
男の声である。
『やっぱり……やっぱりあなたなのね』
エリィは半分呆然としながら呟いた。
リンファの眉が歪む。
この男と知り合いなのだろうか。
『止めて……今なら戻れる。
戻ろう、あの頃に。
二人で……二人で一緒に暮らそう』
しばし、相手の男は沈黙した。
しかし雰囲気は、考え込んでいるという風ではない。
エリィの言葉に苦悩しているのではないのだ。
『ショーの始まりだ』
『止めて……お願いだから……』
『よく見ておくがいい。
タオ=リンファ、そしてヨシュア=オースティン。
私が今、人の力というものを示してやろう!』
『テスラ!!』
通信は一方的に閉じられた。
男の声はもう聞こえてこない。
沈黙が、辺りを支配した。
それをうち破ったのはヨシュアの声だった。
『あのAC……動いている!』
送られてくる映像の中のACが、地面に片膝を付いた。
肩のレールガンを左手で支えて……発射の準備をしている!
その時、エリィの脳裏をどす黒い予感が駆け抜けた。
『リンファちゃん、逃げて! はやく!!』
そして次の瞬間――
ギュゴグガアアッ!
閃光と爆音が、全てを飲み込んだ――
*
倉庫の中には、ただただ沈黙だけが満ち溢れていた。
普段からこの、リンファの住処はうるさい場所ではない。
しかし、今日の静寂はいつもとはわけが違った。
何処までも深く。
何処までも暗く。
耳に入ってくるのなら、地獄の呪詛でもまだましだ。
普通ならそう思う。
だが、ここにいる誰も、そんなことは考えなかった。
静寂が破られる時。
それは、おそらく最悪の事態を耳にする時なのだ。
それでもヨシュアは、勇気を振り絞って言葉を捻りだした。
「説明してくれ」
それだけで、彼の意志を伝えるには十分だった。
エリィはじっとうなだれていたが、やがて重たそうに頭を持ち上げた。
そしてへらへらとした笑いを浮かべる。
「エリィ、わかんな~い……
なんてわけには、いかないか」
エリィは自嘲気味に目を細めた。
「何から――説明すればいいかな」
「あの爆発のことからだ」
無難なところだ。
誰もがそう思った。
「反粒子、って知ってる?
普通の粒子と全く同じ性質をもちながら、逆の電荷を持っている粒子……
それを反粒子と呼ぶの。
たとえば、電子に対する陽電子、陽子に対する反陽子とかね。
そして、反粒子によって構築された物質は、反物質と呼ばれる」
学のないヨシュアには、彼女の言っていることがよくわからなかった。
しかし、とりあえずそういうものなんだと納得するふりをした。
「反物質は、物質と出会うと互いに消滅する。
その瞬間、γ線とともに、莫大なエネルギーを放出するの。
そのエネルギー量たるや、1㎏の反物質が消滅しただけで、周囲30㎞を焼き尽くし、その中心部の温度が10の39乗度を超えるほどのものよ」
弾かれたようにヨシュアの顔が上がった。
原理はよくわからなかったが、エリィの言いたいことはなんとなくわかる。
「まさか、それが……」
「そう。あの爆発は、反物質が物質と出会うことによって生じたものよ。
つまり、反物質爆弾とでも呼ぶべき兵器ね。
おそらく、この間の工場施設もこれで破壊されたに違いないわ」
ヨシュアは言葉を失った。
しかし、ここで呆然とするわけにはいかない。
まだまだ、聞きたいことは山ほどある。
「それじゃあ、あのAC……いや、あれに乗っていた男は?」
「……テスラ=ダッドリー。
わたしの、昔の彼」
エリィは懐かしそうな瞳で遠くを見つめた。
つづく。