アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
「初めて会ったのは、大学に入ってすぐのころだった。
わたしと同じ、機械工学を専攻してて……
いわゆるライバルってやつね。
でもそれだけじゃ終わらなかった。
そのうち、お互いが気になるようになって……
つきあい始めたのは三年目。
楽しかった。
彼、ロマンチストでね。
いつも言ってた。今は世界中で争いばかりが起こっている闇の時代だ。
でも、いつか人々がみんな笑って暮らせる時がやってくる。
その時人がより幸せになるために、自分は研究をしてるんだ、って」
今まで誰にも語ったことのない過去を話すとき、エリィはまるで小さな少女のようだった。
草原の真ん中で、そよ風に吹かれて揺れる一輪の花。
周りの人間にそんなイメージを抱かせた。
「大学を卒業して、博士号とって……
わたしたちは二人とも、ムラクモ・ミレニアム社に入社した。
大学自体がムラクモ資本だったから、卒業生はほとんどそっちに流れるのよね。
そして、わたしはACやMTの開発研究、テスラは反物質の研究に携わるようになった。
でも、それから一ヶ月もしないある日……
ムラクモ・ミレニアムは、敵対するクローム社の猛攻を受けて滅亡した」
三年前に起きた有名な事件である。
世界を二分する大企業同士の抗争に、決着が付いたのだ。
当時世界を震撼させた大ニュースである。
「わたしたちは、そのとき離ればなれになって……そして、二度と会うことはなかった。
お互いに居場所がわからなかったの。
でもこの間の事件で、オムニシャンス・インダストリーの名前が出てきて……
まさかと思って調べている内に、彼の名前が出てきたのよ。
彼は、ムラクモの滅亡後、新興のオムニシャンス社に入社して再び研究を始めたの。
でも、ムラクモというバックボーンを失った彼が研究を続けるためには、資金が必要だった。
――つまり、兵器の開発を強制されたのよ」
彼女の言葉に、密かな怒りの色が含まれていることに、ヨシュアは気付いた。
「わかる?
理想家の彼が……
誰よりも平和に憧れていた彼が、自分の生み出した技術を兵器に転用しなければならなくなった時の気持ちが……
彼はそこから狂ってしまった。
常識を外れた強力な兵器を造りだし、だんだんと影響力を強めて……
彼はとうとう、会社を乗っ取ってしまった。
そして、自分の目的を達成するための最終兵器を造り始めたのよ。
それがあのAC――H―P『ホロコースト』」
ヨシュアは恐怖に近い感情を抱いていた。
あの巨大MTも悪魔のごとき破壊力を持つ反物質爆弾とかいうものも、たった一人の人間が生み出したものだったのだ。
「目的?」
エリィは目を閉じた。
言わねばならない。
この二人には、知ってもわわなければならない。
「復讐。
自分が兵器開発をする羽目に陥った元凶に対する、復讐よ。
その手始めが、紛争当時にムラクモを裏切ってクロームに与したカトー・ラテックスだった。
そして今やテスラの矛先は、全ての旧クローム系企業と……
そしてレイヴンに向けられている」
かつてムラクモが滅びた原因になったのは、クロームではなくたった一人のレイヴンだった、という噂がある。
そのレイヴンは圧倒的な強さを持ち、ムラクモの事業をことごとく邪魔していったという。
もっとも、そのレイヴンはクローム社が滅びる因でもあったらしいが。
「全ての旧クローム……おまけにレイヴンだと?
そんなもの、全員殺そうと思ったら――」
人類を皆殺しにするしかない。
ヨシュアは最後まで言い切ることができなかった。
ようやく分かったのだ。
エリィがいつになく真剣になっている理由も、テスラがあんな破壊力のある兵器を造った理由も。
エリィも、もはや説明の必要はないと感じたのだろう。
それっきり、口をつぐんだ。
沈黙がまたしても辺りを満たした。
しかし、今度の静寂は長くは続かなかった。
リンファが口を開いた。
今まで、一言も話さずにうずくまっていたリンファが、言葉を紡ぎだした。
「だから……何?」
彼女の唇は震えていた。
エリィは悲しげにうつむかざるを得なかった。
「何なのよ!
あたしたちにどうしろっていうの!?
あのACを倒せって?
冗談じゃないわ!
地下都市ひとつ、一撃で全滅させるような化け物、一体どうやって倒せって言うのよ!?」
そう、地下都市ヴォルカニクスは、ホロコーストの放った一発の反物質レールガンによって、完全壊滅していた。
もちろん、自分の機体が巻き込まれても耐えられるように威力は控えてあるのだろうが……
それでも、カトー・ラテックス本社ビルは蒸発。
そして、地下都市という閉鎖空間内でばらまかれた熱は、ヴォルカニクスに住まう百二十万人を一瞬で灼き殺したのだ。
その後、ホロコーストは何処かへ姿を消した。
しかしそう遠くないうちに再び姿を現すはずである。
おそらくは、旧クローム企業とレイヴンが世界一多く、ヴォルカニクスから一番近い、このアイザックシティに。
「リンファ、お願い……」
「嫌よ……死にたくない……
あたしは死にたくないのよ!」
もう、エリィは何も言えなかった。
諦めと困惑の色が同時に彼女の顔に浮かぶ。
その時、ヨシュアは不意に立ち上がった。
エリィの肩に手を置き、その耳元で小さく呟く。
「しばらく、二人だけにしてくれないか――」
*
ヨシュアはうずくまっているリンファに歩み寄った。
そして彼女と背中合わせにして、床に座り込む。
「シェリーって女を憶えてるか?」
忘れるはずもない。
かつてリンファも関わったある事件で、狂った殺人鬼に惨殺されてしまった女性である。
ヨシュアの知り合いらしい。
「奇麗な目をしていた。
見ていると、何もかも見透かされているような気分になった。
そうだな……あれは、畏怖と呼ぶのがふさわしい感情だった」
リンファは何も応えず、聞いていないふりをした。
一体こいつは何を言っているのか。
昔の女の自慢をする気なのだろうか。
「三年前のある日、別れ話をもちかけられた。
いきなりのことだった。
俺は驚くあまり、理由を聞くのもわすれてしまった。
俺は今でも後悔してる。
どうしてあの時、本当のことを言わなかったのか……
あいつに、自分の気持ちを伝えなかったのか」
「何が言いたいの」
たまらずにリンファは聞き返してしまった。
これ以上、黙ってヨシュアの昔話を聞くことが堪えられなかった。
「メッセージさ。俺からの」
ヨシュアは徐に立ち上がった。
「お前はここにいろ。
なに、心配ない。奴は俺が片付ける」
事も無げにヨシュアは言い捨てた。
その口調には一片の曇りも迷いもなかった。
そして、次の彼の言葉は何処までも深く、何処までも優しかった。
「愛しているよ、リンファ」
*
ヨシュアは後ろ手にドアを閉めた。
地下都市の中とはいえ、空調設備は行き届いていない。
倉庫の外に出ると、夜の冷たい空気が肌を付いた。
ポリシーである黒いロングコートの内側から、彼は煙草の箱を取りだした。
一本取って口にくわえ、もう一度ポケットを探る。
そのとき、目の前にライターが差し出された。
一瞬面食らうが、その火に煙草の先端を近づけ、火を付ける。
ヨシュアの口から紫煙が漏れた。
「もう、いいの?」
「ああ」
火を差し出したエリィの顔には、笑顔が浮かんでいた。
しかしその頬はひきつり、無理に笑っていることは誰の目にも明らかだった。
「行って……くれるの」
ヨシュアは上を見上げた。
しかし見えるのは、もちろん天井だけである。
もしここが地上なら、星は無理でも月の一つも見えただろうが。
「ありがとう――」
「勘違いするな。
あんたのために行くわけじゃない」
そうだ。
ヨシュアも理解していた。
テスラを倒すということ、それはエリィの愛する男を殺すということなのである。
それを理解しているからこそ、彼は行く気になったのだ。
きっと、頼んでいるエリィの方がやりきれないに違いない。
エリィは意地悪く言った。
「リンファのためなら死ねるのね」
ヨシュアはそれを鼻で笑った。
「さぁな。ただ……」
目が、変わった。
そこに浮かんでいるのは、決意でも怒りでもない、しかしどんな感情よりも真剣な感情だった。
「飢えてるのさ。俺の中の悪魔がな」
つづく。