アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
意外と奇麗な食堂の隅のテーブルで、リンファは紅茶をすすった。
ほのかに甘く、のどに引っかかる苦みがほとんどない。
なかなかいい紅茶だ。
アリーナ会場の中にある、噂の食堂である。
レイヴンが集まるところと言えば大抵はゴミ溜めのようなもので、リンファはそれが嫌で仕方がなかったが、ここはその例に当てはまらない。
優しい照明や白塗りの壁も含めて、内装は明るく上品。
なおかつ料理の味や店員の接客態度も悪くなく、とても荒くれ者だらけの店とは思えなかった。
よく考えてみれば、アリーナ会場にはレイヴンだけでなく、一般人や企業のトップも観客としてやってくるのである。
ならばこの店の様子もしかるべきものなのだろう。
「えへへ~、りんふぁちゃん、みてみて~」
本当に嬉しそうに、エリィがトレイに乗った料理を指さした。
これが話していた新メニューというやつらしい。
「おいし~よ~。りんふぁちゃんもたべればいいのにね~」
「あたしはいらない」
エリィは気付いていないようだが、リンファはいくらいい店だといってもこんな状況で食事をする気にはならなかった。
というのも、周りにいる男達が、例外なく全員、リンファとエリィに注目していたのである。
それも無理はないことで、実はリンファとエリィのコンビはレイヴン内では有名だったのだ。
凄腕の女レイヴンと同じく女のメカニック、しかもどちらもかなりの美人とくれば、むさくるしい男のレイヴン達の間で評判にならないほうがおかしいというものだ。
リンファは十七歳で、近所のパーツショップのオヤジには砂利扱いされているが、同時に多感なお年頃。
一方のエリィも言い寄ってくる男は多い。
それにもかかわらず、リンファはいまいち男に興味が持てないせいで、エリィは極度の面食いなせいで、未だに恋人の一人もいない。
それはともかくとして、リンファは一挙一動を絶えず監視されている状況下で普段通りに振る舞えるほど神経が太くはなかった。
もう一度、リンファはエリィがスプーンを口に運ぶのを眺めながら紅茶をすすった。
店は次第に混雑しはじめ、リンファの背中側にあるすぐ隣の空いていたテーブルにも、一人の客が腰掛けた。
リンファは紅茶のカップを口許で止めた。
「これはこれは、先日はどーも」
リンファの冷たい声は、周囲の喧噪に掻き消され、エリィにすらも届かなかった。
「相変わらず嫌味な言い方だな」
彼も同じように小声で答えた。リンファの真後ろ、テーブルに腰掛けたままで。
エリィは顔を見たことがないから気付かないだろう。
今日の対戦相手、『ワームウッド』がすぐそばに居ることに。
「まあ、ダミーの輸送車に爆弾を仕掛けるような陰険な奴なら仕方ないか」
「負け惜しみは醜いねぇ、ヨシュア君」
「全く、本当に口の減らない女だ」
「……やめてくんない、その言い方」
静かにゆっくりと、リンファはカップをテーブルの上に戻した。その瞳は真剣そのもの。
「いちいち『女』って強調しないでよ」
「安心しろ。手加減は絶対にしない」
ヨシュアは椅子を蹴って立ち上がった。
そのまま自然に歩き、リンファ達のテーブルの横を通った。
「君を対戦相手に指名したのは僕だ。決着をつけようじゃないか」
「……楽しみにしてるわ……」
*
「ね~ね~りんふぁちゃ~ん、さっきのひとだれだれだれ~?」
出場者の控え室……と言ってもACの格納庫も兼ねた場所だが、そこでペンユウの前に立ちつくすリンファにエリィがまとわりついた。
さすがのエリィも、すぐ横に人が立って入れば気付くらしい。
さっきからあれは誰だと聞き続けている。
リンファは少し、エリィの男性の好みがわかったような気がした。
「アレが今日の相手、『ワームウッド』よ。
本名はヨシュアっていうらしいけど」
「わーむうっどくん? でもわかいひとだよ~?」
「あれから『ワームウッド』のことを調べてみたの。
そしたらどうだったと思う?」
エリィはぶんぶんと首を横に振った。
わからない、ということらしい。
「あいつは『ワームウッド』の二代目なのよ。
マスターアリーナを辞退したってのは奴の父親なわけね。
で、そのAC……これがワームウッドって名前なんだけど、それを受け継いで自分もレイヴンになったんだってさ」
「おとうさんのおしごとをついだのねぇ~。
えらいですねぇ~」
「さあ」
へらへらとヨシュアを褒めるエリィから目をそらして、リンファは前髪を掻き上げた。
「どうだか」
最後のその言葉は半分溜息が混ざっていた。
そしてリンファは自分の巨大な相棒を見つめた。
かつてないものになるであろう死闘を前にして、緊張の一つもしていない機械の姿がそこにあった。
*
『じゅんびぃ~、できたよ~』
あくまでいつもの調子を崩さないエリィの声が、コックピット内のリンファに届いた。
試合開始まで、残り数分といったところだ。不思議と重圧も緊張もなかった。
いつもは完全に一人での戦いだが、今日はそうではないのが原因かもしれない。
いざというときには、エリィが通信でアドバイスすることができるのだ。
……まあ……エリィのアドバイスがどの程度当てになるかは非常に疑問なのだが……
『そうびはねぇ~、いつもどおりなのぉ~。
でもあたらしいきのうつけたよぉ~』
「新しい機能?」
『えっとねぇ~、みぎがわにぞうせつしたレバーあるでしょ~』
リンファは言われるままに右を見た。
確かに、見慣れないレバーが増えている。
『それをうごかすとぉ~、だいれくとれすぽんすもーどになるのぉ~』
「ダイレクト……レスポンス……って、もしかしてコンピューターの操縦補助をなくすってこと?」
『あたり~! データはぜんぶバレてるのでぇ~、いざとなったらしゅどうでうごかしてね~』
「……簡単に言ってくれるけど……」
何はともあれ、これでなんとかヨシュアの裏をかく要素は整ったようである。
覚悟を決めたリンファは、ジェネレーターの起動スイッチを押した。
初めてリンファが依頼をこなしたとき、その報酬で真っ先に性能を上げたのはジェネレーターだった。
その後も優先して強化していった結果、今では現行の最高性能のものを使用している。
リンファがここばかり贔屓にする理由はただ一つ。
なかなかエンジンが動かないとイライラするからである。
と、いうわけで、高性能のジェネレーターはストレスを感じさせることなく動き出した。
ACの各部にエネルギーが供給される。
その時だ。いきなり通信が入ってきて、電波越しにあのコバヤシとかいうアリーナ管理委員の男が話しかけてきた。
『リンファさん、準備はよろしいですか?』
「いつでも」
『ではリフトに乗ってください』
言われるまま、リンファはペンユウを動かしてガレージの隅にあるリフトに乗せた。
すぐにリフトが上へ……試合の会場へ向かって動き出す。
視界の隅に、必死に手を振るエリィの姿が映った。
「なんだ……エリィってば、実は心配してたのね……」
『なんですか? よく聞こえませんでしたが』
「あ、ううん、こっちの話」
『では、今回の試合について簡単に説明させていただきます。
試合会場は地上、旧北アメリカ大陸C地区。
制限時間は十分。
その間に相手のACを戦闘不能状態にするか、相手に降伏宣言させれば貴女の勝利です。
制限時間を越えた場合、管理委員による判定で勝敗を決めます。
なお、試合中はあらゆる行為が認められます。相手を倒すために全力を尽くしてください。では、幸運を祈っております』
言いたいだけ言って、コバヤシは一方的に通信を切った。
何が幸運を祈っている、だ。
リンファは内心毒づいた。
こんなとこで戦ってること自体、この上ない不幸なんだぞ。
しかしまあ、こうなってしまったものは仕方ない。
それにヨシュアとは、いずれは決着をつけておきたい。
リンファは深く考えるのを止めた。
何事にも明るく楽しく前向きに、というのが彼女の信条である。
『やっほ~、りんふぁちゃん、きっこえるぅ?』
そんなリンファも全くかなわないくらい底抜けに明るい声が響いてきた。
言うまでもなくエリィである。
そういえば、エリィに比べて自分はファッションに気を遣わないな、とリンファはふと思った。
そして、今日もらう賞金で、エリィと一緒に服を買いに行こうと決めた。
そう、彼女はもう勝つつもりでいた。
「きこえるきこえる。なんかヤル気でてきた」
『ほんとぉ~? でもぉ、よしゅあちゃんころしいちゃや~よ~』
「はいはい。了~解」
一体あんな嫌味なネクラ野郎のどこがいいんだか。
ま、多分顔なんだろう。
だいたいあいつは因縁ある敵なんだから……
ん? そういえば何の因縁だったっけ?
こないだペンユウをぼろべろにした因縁……いや、確かもっと前だ。
最初に会ったのはあいつが泥棒に入って来たとき……
リンファの頭の中はヨシュアで埋め尽くされた。知らぬ間に。
リンファ自身が気付かぬ間に。
彼女はあまりにも自分を知らなさすぎた。
やがて、カウントダウンが開始された。
このカウントがゼロになった瞬間、このリフトは地上にたどり着き、同時に戦闘が始まるのである。
あと十秒。リンファが右手を軽く動かすと、それに反応したペンユウがマシンガンを構えた。
あと五秒。額を汗が流れていくのを感じた。自分らしくないという気がした。
あと二秒。もう地上の明かりで周りがはっきり見えるようになった。
そして……
つづく。