アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち   作:外清内ダク

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第6話 砂漠のグレイ・ロック
01 悪夢


 

 

 ――どうしてなの、ヨシュア

 

 気が付くと、彼は闇の中にいた。

 

 一体ここはどこだ。

 わからなかった。

 しかし、それを考える気力もなかった。

 まるで自分の心が闇に吸い込まれていくようだった。

 もう何も、彼の中にはなかった。

 

 ただ、何処から発せられているのかもわからない声を聞き、空虚な空間を眺めているだけだ。

 

 ――ねえ、ヨシュア。答えて

 

 それでも一つはっきりしていたのは、自分の名前が誰かに呼ばれているということだった。

 どこかで聴き覚えのある声だ。

 でも、それが誰の声だったのかは一向に思い出せなかった。

 

 ――どうして殺したの?

 

 悪寒が全身を駆けめぐった。

 体中の汗腺という汗腺から汗が噴き出し、彼の皮膚の上にもう一枚の膜を作るかのようだった。

 

 恐怖している。

 自分は恐怖している。

 

 彼は感じた。

 口を開きたい。

 大声で叫びたい。

 やめろ、と一言叫んでここから逃げ出したい。

 

 しかし口は開かなかった。

 大声は出なかった。

 やめろ、とは言えなかった。

 

 突然、闇が晴れ渡った。

 まるで雲の切れ間から曙光が覗くように、闇の向こうに何か明るいものが見えた。

 

 彼はそっちに流れていった。

 もうここは嫌だ。

 光に当たりたい。

 そう思った。

 

 しかし闇が完全に消え去ったとき、彼の目に飛び込んできたのは闇色の光だった。 

 

 

  *

 

 

 荒野に巻き起こる砂埃。

 

 彼は思わず目を細め、顔を腕で覆い隠した。

 自然の風ではない、何かによって起こされた熱風が彼のコートをはためかせる。

 風に乗って流れてきたにおいが、彼の鼻をついた。

 

 彼は遠くを見つめた。

 一匹の巨大な蜘蛛。

 それを取り囲む三人の巨人。

 

 違う。あれは蜘蛛ではない。

 彼は知っている。

 あれは、彼の相棒だ。

 

 そして巨人達は、敵。

 まぎれもなく敵。

 殺さなければ、こっちが殺されてしまう、敵。

 

 彼はこの風景に見覚えがあった。

 

「父さん!」

 

 彼は思わず叫んでいた。

 青い蜘蛛に向かって。

 その中にいる、一人の男に向かって。

 

 蜘蛛は動き出した。

 蜘蛛が腕を振るうと、巨人の一人が崩れ落ちた。

 また熱風が起こり、血のにおいが濃くなった。

 

「だめだ! 闘っちゃだめだ!」

 

 彼は精一杯叫んだ。

 喉が潰れて一生話せなくなったってかまうものか。

 今止めなければ、彼は後悔を背負うことになるのだ。

 これから先、ずっと。

 それは話せなくなるよりずっと辛いことだった。

 

 そのときだった。

 熱風が彼の頬を凪いだ。彼の後ろから。

 

 彼は振り返った。

 

 その直ぐ後ろに、巨人が立っていた。

 鉄でできた巨人。

 見覚えがある。

 この中にいるのは、それは――彼自身だ。

 

 巨人は、思いっきり地を蹴って走り出した。

 

 

  *

 

 

 次の瞬間、彼は地面に膝をついていた。

 周りには、崩れ去った巨人達と、胸板を貫かれた蜘蛛。

 そして彼の手に付いているべっとりとした液体。

 

 血。

 

 彼は視線をおろした。

 

 彼の目の前に横たわっているもの。

 さっきまでこれは人だった。

 でも今は違う。違う。違う。違う。

 

 父親。

 

 彼の絶叫が闇の中にこだました。

 

 

  *

 

 

 ヨシュアははっと目を見開くと、跳ねるように上体を起こした。

 

 朦朧として自分が何処にいるのかわからない。

 しかしそれも一瞬のことだった。

 

 白いシーツ。

 見慣れた壁。

 窓の外に見えるいつもの風景。

 

 ここは自分の家だ。

 やっと思い出した。

 

 ヨシュアは自分の体がじっとりと汗ばんでいるのを感じた。

 心臓も激しく動悸を打っている。

 体が火照って、まるで火の中にいるようだ。

 

「大丈夫?」

 

 横から声がした。

 

 そっちに目をやると、一人の女性が心配そうな目でこっちを見つめていた。

 黒髪と黒い瞳。見覚えがある。

 

「……リンファ……?」

 

 惚けたようにヨシュアは彼女の名を呼んだ。

 

 顔にかかる金髪を手で払いのけ、しばし考える。

 一方のリンファはというと、まだ寝ぼけているのかとでも言わんばかりの顔だ。

 

 ここに来て、ようやく彼は自分も隣の女性も一糸まとわぬ姿であることに気付いた。

 そうか。

 やっと何もかも思い出した。

 自分と彼女とが、同じベッドに横たわっていた理由も、なにもかも。

 

「大丈夫?」

 

 ヨシュアが落ち着いたのを感じたのか、リンファはもう一度問いかけた。

 ヨシュアは大きく息を吸い込んで、大きく吐いた。

 そして小さく唸った。

 

「ああ」

 

 体が重い。

 ヨシュアはベッドに横たわった。

 もう一眠りしたかった。

 

「なんでもないんだ」

 

 そう。彼は心の中でもう一度繰り返した。

 これは、なんでもないことなんだ。

 

 

  *

 

 

 太陽は、容赦なくじりじりと照りつけていた。

 

 地面は完全にひからびて、古い花瓶のようにひび割れている。

 もう何ヶ月も雨が降っていないのだろう。

 

 メキシコ砂漠。

 ここ30年の間に新しく生まれた砂漠である。

 できた当初は世界規模のニュースになったものだ。

 なにせ、ここの近辺にあった地下都市が破棄を余儀なくされたほどなのである。

 なんでも、地質の変化が原因で、落盤事故が頻発したらしい。

 

 また、砂漠といっても砂ばかり、というわけではない。

 そもそも、世界の砂漠の9割は、岩や小石に覆われた「岩石砂漠」、「礫砂漠」なのである。

 ここは、見渡す限り砂ばかりの「砂砂漠」と、「礫砂漠」の中間といったところか。

 いくつか岩山もそびえ立っている。

 

「カンバービッチ君」

 

 砂漠の真ん中にそびえ立つ、そこそこ大きな岩山。

 その影に隠れて、一人の男が双眼鏡をのぞき込んでいた。

 

 砂漠というのは不思議なもので、日向は地獄のような暑さなのに、一歩日陰に踏み込むとこんどは少々肌寒いのである。

 こんなことなら上着を持ってきておくんだったと、彼は今更ながら後悔した。

 

「カンバービッチ君! 聞こえないのか?」

 

「聞こえてますよ」

 

 男は振り返るどころか、微動だにせずに答えた。

 

 何もかもわかっているのだ。

 後ろにいる、アラブ系の男との付き合いは短くない。

 どうせ、いらついて八つ当たりの相手を探しているに違いないのだ。

 

「まだ見つからないのかね!?」

 

 そうら、見たことか。

 もはやまともに取り合う気も起きなかったが、やはり無視するのも後が怖い。

 仕方なく、彼はぶっきらぼうに言い捨てた。

 

「本当に来るんですかね」

 

「カァンバァビッチくぅん、私を信用したまえ」

 

 信用できたら苦労しない。

 

 だいたい、なんなんだその「カンバービッチ」なんていうあだ名は。

 勝手につけておいて、いやがると怒り出す。

 自分勝手にもほどがある。

 

 彼は、そう心の中で毒づいた。

 彼……カンバービッチも、典型的な日系人なのである。

 この、言いたいことがはっきり言えない性格が遺伝なのだとしたら……

 彼は、間違いなく祖先を恨むだろう。

 もちろん、心の中で。

 

「それより、ちゃんと見張っててくれよ」

 

「見逃しゃしませんよ。

 この砂漠のど真ん中で、真っ赤なACなんて」

 

 双眼鏡の向こうに見える風景は、黄色い砂と灰色の岩に覆われた不毛の大地のみ。

 もしもこの中に真っ赤な、全高8メートルにも及ぶ巨大な人影が現れたりしたら……

 結果は、考えるのもばかばかしいくらいに分かり切っている。

 双眼鏡などなくとも、見逃すはずがない。

 

 カンバービッチはため息を付いた。

 いくら我慢強い彼とはいえ、3時間も何の変化もない砂漠を見張り続けていたら、苛つくのも無理はない。

 

 そろそろ、頃合いか。

 

 彼は、後ろにいるアラブ系の男に進言するタイミングを、ずっとうかがっていた。

 もちろん、諦めて帰還しようという進言である。

 あの男はわがままな上に癇癪持ちで、巧くなだめるのも一苦労なのである。

 

「あの、僕ぁ思うんですけ……ど……」

 

 言いかけて、カンバービッチは凍り付いた。

 

 一度双眼鏡をおろして、肉眼で確認する。

 そして再び双眼鏡を覗き込むと、声を裏返して叫んだ。

 

「き……来たっ!」

 

 その声に反応して、アラブ系の男がカンバービッチに駆け寄った。

 彼の双眼鏡をひったくると、砂漠の向こうを見やる。

 

 そこには、砂塵を巻き上げて疾走する真紅の巨人……ACが一体。

 

「そうら見ろ! 私の言ったとおりではないか!」

 

 アラブ系の男は双眼鏡を投げ捨てると、きびすを返して走り出した。

 

「出撃だ、急ぎたまえカンバービッチ君!」

 

「り、了解!」

 

 慌ててカンバービッチは彼の後を追いかけた。

 しかしふと足を止めると、後ろを振り返った。

 

 そして、双眼鏡を拾い上げて丁寧に砂を落とし、懐にしまい込んだ。

 

 

 

つづく。

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