アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
「あー、つうしんかいふく~」
脳天気なエリィの声が倉庫の中に響き渡る。
ヨシュアは平静を装ってパソコンの画面に目を遣る。
表示されたリンファの顔に、さっきまでの汗はなかった。
表情もいつもの意地悪い笑みに戻っている。
どうやら無事だったようだ。
ヨシュアはほっと胸をなで下ろした。
もちろん、表にはださないが、内心では結構心配していたのである。
『やっほー……あ、ヨシュア。まだいたの?』
――前言撤回。心配して損した。
「だいじょぶですかぁ~?」
『完璧よ。
いまごろあの馬鹿、テロリストとドンパチやってんじゃないの?』
二人は言葉を失った。
このリンファは、よりにもよってマスターランカーを、自分が戦うはずだったテロリストにぶつけたのである。
まあ確かに自分を狙うレイヴンも追い払えるし、テログループも壊滅できるわけだが……
無茶苦茶なことは言うまでもない。
『んじゃ、あたしはもう少し隠れて、もしあいつがテロリストに負けるようだったら残りを片づけるわ』
「あ~い。はやくかえってきてぇ~。
ばんごはんはねぇ、えりぃとくせいえびふらいだから~」
エリィの言葉を聞いた途端にリンファの顔が青ざめる。
『え、エリィ! まさか料理する……』
ブチッ。つー、つー、つー。
無理矢理通信を切ったのは、今度はエリィの方だった。
へらへらとした笑顔を決して崩すことなく、残ったデータを処理していく。
「なんだか……慌てていたみたいだが……」
「きにしな~い、きにしな~い」
エリィは突然立ち上がり、大きくのびをした。
柔らかい吐息がその唇から漏れる。
そよ風のような小さな音がヨシュアの耳にも届く。
やがてエリィは腕をおろすと、あくびのせいでこぼれた涙を指でぬぐい去った。
その姿は、無邪気な少女のようにも、艶めかしい女性のようにも見える。
だが違う。
彼女はそんなものではなく、性別を越えた、いわば一つの芸術作品のような魅力を周りの者に感じさせた。
「えりぃはおかいものにいってきま~す。
おるすばんよろしくね~」
自分に言っているのだろうか。
ヨシュアは一瞬考えたが、他に人がいるはずもない。
彼は苦笑すると、ただ一言、ああ、とだけ答えを返した。
*
爆発音が、途絶えた。
ペンユウが身を潜めていたのは、サンタニカ跡のはずれの方にある、崩れたビルの影である。
テロリスト達が使っているあたりからはかなり離れているので、戦闘に巻き込まれる心配はない。
おまけに地下だけあって、あのうだるような暑さもない。
まさに絶好の隠れ場所である。
しかし爆発音が途切れたとあっては、出ていかないわけにはいかないだろう。
とりあえずテロリストが壊滅したかどうかだけでも確認しておかないと、胸を張って報酬を受け取れない。
リンファは、座席の後ろにある荷物用のポケットに、さっきまで着ていたシャツと使い終わったタオル、そして飲み干したスポーツドリンクの缶を投げ入れた。
今着ているのは、どうせ汗をかくだろうとふんで用意しておいた着替えである。
洒落っけもなにもないただの白いシャツだが、汗がしたたり落ちるようなものよりは遙かにましだ。
操縦桿に手をかけると、リンファはペンユウを動かした。
と、その時。
ピピッ。
[AC確認。機数2]
――あいつらか!
リンファの瞳に真剣な光がともる。
レーダーをみやると、そこには右手の方から近づいてくる二つの光点が記されていた。
まっすぐこちらに向かっているところを見ると、見つかった可能性が高い。
『お前か!?
そこにいるのはお前だな!?』
お前お前と、気安い奴だ。
リンファは憮然としながらも通信を返した。
その間にも、マシンガンを構えることは忘れない。
「やるじゃない。あの数を蹴散らすなんて。
さすがはマスターランカーってとこ?」
さすがは、にアクセントをおいて、嫌みったらしくリンファは吐き捨てた。
もちろんこれも計画のうちである。
相手は相当腹が立っているに違いない。
そこを煽っているのである。
『おのれぇぇぇっ、卑怯なまねをっ!
勝負だ! 今度は絶対に逃がすものか!
カンバービッチ君、ジャッジだ!』
ペンユウは右に向きを変えた。
真っ正面から近づいてくるサンドストーカーと、脇から回り込んで両者の中間あたりに陣取るスティンク。
どうやら連中は、リンファの行動がただテロリストと戦わせるためだけのものだったと思っているらしい。
だが、甘い。リンファは相手の武装を考慮に入れた上で、地下都市の中を戦場に選んだのだ。
サンドストーカーのメイン火器は、右腕に構えたレーザーライフル。
威力は高いが、代わりに装弾数が少ない兵器だ。
砂漠ではかわしにくかったレーザーも、遮蔽が数多く存在するここなら、回避は難しくない。
回避できるということは、無駄弾が生まれやすい。
根本的に装弾数が少ないのだから、相手は慎重に行動せざるを得まい。
本来の自分を抑制しながら戦っている人間に勝つのは、それほど大変なことではない。
これがレイヴンの戦い方。
周囲の状況、持っている兵器、そして相手の感情すらも利用する。
これこそが、レイヴンの真の戦い方なのだ。
少なくともリンファはそう理解していた。
「今度は逃げも隠れもしない。
このあたしに喧嘩売ったらどうなるか、教えてあげるわ」
『いい心がけだな。
……行くぞっ!』
サンドストーカーがライフルを構える!
リンファは操縦桿をひねった。
ペンユウがすぐさま横に飛び、迫り来る光線を……
迫り来る光線……
迫り来る……
……来ない。
カチッ。カチッ。
サンドストーカーの指は、さっきから何度も引き金を引いている。
しかし、出てくるのは空しい金属音ばかり。
これはもしかすると……
『しまったぁぁぁぁっ!?
弾が切れたぁぁぁぁっ!!』
やっぱり……
リンファは肺の中にため込んでいた息を吐き出した。
気を張りつめた分だけ損したような気分である。
確かに、テロリストたちと戦わせたのには相手を消耗させる目的もあったのだが、まさかここまで見事にはまってくれるとは……
『仕方がない、こうなったらミサイルで……』
ガパンッ。
音を立てて肩のミサイルポッドが口を開く。
しかし、そこからは何も出てこようとはしない。
静寂だけが、空しく過ぎ去っていった。
『……か、カンバービッチ君!
追加弾倉はないのかね!?』
『無茶言わないで下さい!
そんなの持ってきてませんよ!』
『じゃあ君の武器を貸してくれ!
後で返すから!』
『僕の武器もとっくに弾切れです!』
『そんな……では一体……』
リンファは、二人のやりとりをにやにやしながらただ聞いていた。
別に今の内に攻撃してもいいのだが……
見ていた方がおもしろそうである。
やがて、通信機が黙りこくった。
しばしの間、流れる沈黙。
無言で向かい合うペンユウとサンドストーカー。
そして、その時はついにやってきた。
『カンバービッチ君、戦略的後退だっ!』
『もう止めましょうよ……そういう風に見栄張るの……』
言い放って方向転換し、全速力で遠ざかっていく二機。
もはや追う気力もリンファには残っていなかった。
あとに取り残されたペンユウは、いつまでも、ただ呆然とそこに立ちつくしていた。
つづく。